2020.10

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日本酒の原材料は、ローカルでありグローバル - 酒スト的地酒論(1) 原材料

河島 泰斗 (わっしー)  |  酒スト的地酒論

現在、日本酒は北海道から沖縄まで全国47都道府県で製造されており、減少傾向にあるとは言え1000を超える酒蔵が操業しています。そして、海外でのSAKEの製造も着実に増加しており、既に10か国・地域を超えています(2020年9月現在)。

また酒造りが広まっただけではなく、様々な品評会・コンテストにおいて国内外の様々な場所で造られた日本酒/SAKEが高い評価を受けており、いまや「日本全国に美味しい地酒があり、世界にも広がりつつある」と言えるでしょう。

この「全国に美味しい地酒」というのは一見当たり前のことのように思えますが、実はかつて高品質の日本酒を造れる地域は限られていました。それが、先人の営為によって徐々に広がり、ここ100年くらいで全国各地に及びました。

では、美味しい地酒はいったいどのようにして広がったのでしょうか。その背景には、日本酒/SAKEの原材料である米、水などの特性と、それを活かすための先人たちの努力があります。

米 - 自由度の高さが、酒蔵のこだわりを反映させる

日本酒の主原料である「うるち米」は、様々な穀物の中でも最も水を含みにくいものの一つであり、とても保存と運搬に適しています(一方、もち米は水を含みやすく長期保存に適しません)。それゆえ、古くから日本人の主食のみならず、納税や商取引の決済手段(貨幣)としても広く流通してきました。

日本には古くから地産地消の「どぶろく」が根付いていましたが、米の保存・輸送適性の高さゆえに、早くから遠方の原料米を使った酒造りも行われ、その中で品質が向上していきました。例えば、平安時代の造酒司(みきのつかさ。京都にあった酒造りの国家機関)は、諸国から納税された米で酒造りを行っていました。また、江戸時代に銘醸地として知られるようになった灘五郷・伊丹では、様々な地域の原料米を用いて酒造りが行われたことに加え、産地による原料米の優劣が論じられ、わざわざ東海地方や九州の原料米を調達することもあったそうです。

そして、明治時代以降に酒造好適米の改良が進み、山田錦(兵庫県)、雄町(岡山県)、五百万石(新潟県)といった品種及び特産地が形成されると、全国各地の意欲的な酒蔵が、遠方から優れた酒造好適米を調達し、高品質な酒を醸造するようになりました。今なお兵庫県特A地区産の山田錦が絶大な人気を誇ること、山田錦と高精白にこだわって「獺祭」が世界的な成功を収めたことなどは、こうした動きの象徴と言えるでしょう。

一方、近年の国内では、「酒づくりは米づくりから」という考え方のものもと、原料米を地元で自家栽培したり、近在の契約農家から調達する酒蔵が増えています。記憶に新しいところでは、昨年4月、農業と醸造の一体化を目指す全国12蔵の代表者らが発起人となり「農!と言える酒蔵の会」が設立されました。また、今年2月に、「醸し人九平治」で知られる萬乗醸造(愛知県名古屋市)が、原料米を栽培する兵庫県西脇市黒田庄に酒蔵を開設したことも、この動きの一環として捉えることができます。さらに、地域ぐるみの取組として、各県等がオリジナルの酒造好適米を開発し、地元の農家及び酒蔵への普及を図る事例も増加しています。

こうした動きの中に、ワインからの影響が感じられるのも興味深いところです。ブドウを米になぞらえ、「テロワール」(ブドウ畑を取り巻く気象、土壌、地形などの自然環境要因)、「ドメーヌ」(自ら育てたブドウのみからワインを醸造する(主に)小規模の生産者)といった表現を用いるケースも多く見られます。以上のような「原料米の地産」は、酒蔵がある地域の産業(特に農業)・環境との新たな連関を生み出し、日本酒の「農産加工品」や「地場産品」としての新たな魅力を創造していると言えます。

保存・輸送適性に優れた「うるち米」を主原料とする日本酒/SAKEは、もともと酒蔵の立地選択、そして原料米の産地選択の自由度が高く、グローバルな物流が発展した現代はさらに自由度が増していると言えます。そして、自由だからこそ、原料米の産地選択に各蔵のこだわりが表現され、私たち消費者はその違いを楽しむことができるのでしょう。

水 - 酒造りの「与条件」として、各地の水に順応した酒造りが進化

日本酒の成分のうちおおむね8割以上を占める「水」は、米以上に品質に及ぼす影響が大きいと言われています。先人もそのことを経験的に理解しており、江戸時代の1697年(元禄10年)の「本朝食鑑」には、「凡そ酒を造る場合は先ず水を択ばねばならない。(中略)水を択んだ後には、米をよく択ばねばならない。」と記されています。

江戸時代以降の「銘醸地」(高品質の日本酒の産地)の形成は、米以上に水と深い関わりを持っています。江戸時代に新興産地の灘五郷が発展した要因の一つに、ミネラルが豊富な中硬水の「宮水」が発見され、生酛づくりとの組み合わせで従来にない「辛口」の日本酒が造られたことが挙げられます。上方(関西)からはるばる江戸に輸送された「下り酒」は市場を席捲し、現在も使われている「下らない」という言葉の語源となりました。

そして、明治時代以降、科学技術による酒造りの解明を背景として、広島で三浦仙三郎によって開発された「軟水醸造法」が全国に普及し、日本に多く分布する軟水で美味しい酒を造ることができるようになりました。この醸造法を、現代でも人気の高い「吟醸酒」の発祥として位置付ける研究もあります。このように、水とそれにまつわる技術の進化は、日本酒の産地形成・拡大において大きな役割を果たしてきたことが分かります。

また、海外においても、水を介したSAKEと地域の強い関係性を見ることができます。昨年紹介した月桂冠USAの記事では、月桂冠が米国進出のために現地調査を行う中で、カリフォルニア州のフォルサムの水が決め手となって1989年この地に工場を構えたという経緯が描かれています。また、砂漠地帯のArizona Sake の記事には、「砂漠地帯にとって、水は天のめぐみ。(中略)飲めるなら、硬水だろうが軟水だろうが関係ない。どんな水でも造りますよ、僕は。」という印象的な言葉があります。方向性は異なるものの、ともに水を介して地域に根を張ろうとする覚悟が感じられます。

そして、大西洋の反対側、昨年11月にパリに醸造所を創立したWAKAZEは、軟水醸造法によって全国に広まった日本酒をさらに「世界酒」に押し上げるためには、世界に広く分布する硬水に適合した醸造法(=硬水醸造法)の確立が不可欠であるとし、パリの硬水による酒造りのチャレンジを重ねています。

選択の余地が大きい米に対し、水は基本的に日本酒造りの「与条件」となります。今も昔も、酒蔵は地元の水を前提とし、その可能性を最大限に引き出すべく工夫を重ねてきました。今日、国内各地に個性あふれる地酒が根付き、さらに海外にまで広がりつつあるのは、日本酒が「各地の水に依拠し、それに順応してきた」からだと言えるでしょう。

微生物と副原料 - 「安定」を目指す進化と、原点回帰

日本酒の製造プロセスでは、様々な微生物(麹菌、乳酸菌、酵母など)が働いています。また、政令で定められた副原料(醸造アルコール、糖類、有機酸など)が用いられることもあります。

微生物のうち、最初にその存在が認識されたのは麹菌です。今日、大多数の酒蔵は麹菌(=種麹)を麹屋から購入しますが、この伝統はいまから約600年前の室町時代に遡ると言われており、早くから広域的に微生物を安定供給する技術と産業があったことに驚かされます。その後、江戸時代まで種麹の流通範囲は三河(愛知県)~灘五郷(兵庫県)くらいに限定されていたようですが、明治時代以降に全国へと広がり、現在は海外にも輸出されています(※1)。一方で、少数ながら、地元の種麹を購入したり、自家培養に取り組む酒蔵が見られるのも興味深いところです。

※参考:種麹の歴史と未来(江戸~令和)

明治時代以降に科学技術が導入され、酒造りにおける微生物の働きが解明されると、より安全・確実な酒造り、米不足への対応、安価な酒の供給などの様々な目的で、微生物の働きを補助・代替するための副原料が用いられるようになりました。

明治時代から戦後にかけて普及した醸造アルコール、糖類、酸味料、酵素剤、活性炭、きょうかい酵母、醸造用乳酸といった副原料は、全国の酒蔵が基本的に同じものを入手・使用することができ、酒造りの安定化や高品質化に大きく貢献しました。

参考:日本酒の「表示義務のない添加物」ってなに? - 米、米麹、水「以外」の原料・資材を学ぶ

一方、近年は、副原料への依存を低下させようと取り組む酒蔵が増えています。この動きは、当初は醸造アルコールなどを添加しない「純米酒」に始まり、各蔵で乳酸菌を育てる「生酛・山廃づくり」、各蔵独自の酵母を用いる「蔵付き酵母仕込み」や「酵母無添加仕込み」、そしてあらゆる副原料を使わない「無添加仕込み」など、多様な展開を見せています。また、地域ぐるみの取り組みも含めれば、各県等によるオリジナル酵母の開発・普及もこの一環として捉えられます。

このように、微生物・副原料は目に見えない、または見えにくいものですが、日本酒/SAKE造りに不可欠な存在として、美味しい地酒の拡大と定着の両方を支えきたと言えます。

日本酒/SAKEの原材料の特性~ローカル×グローバル

日本酒の産地形成の歴史を紐解くと、全国各地の美味しい地酒は、初めからそこにあった訳ではなく、先人の努力によって広がったことが分かります。そして、原材料に着目すれば、このプロセスは「米によって広がり、水によって地域に根を張り、微生物・副原料によって支えられてきた」と解釈することができます。

今日、日本国内で「オール〇〇(地域名)」の日本酒や「無添加」の日本酒が造られていることと、米・米麹の地元調達が困難な海外でSAKEが造られていることは、一見相反するように見えます。しかし、日本酒が広域化(グローバライズ)と現地化(ローカライズ)を行き来しつつ各地に根付いてきたことを踏まえれば、それは少しも驚くことではなく、むしろ日本酒/SAKEの懐の深さと、世界各地にますます地酒が広がる可能性を強く感じます。

次回は、「流通・消費」の視点から「地酒」について考えていきます。

参考文献

・井上直人『おいしい穀物の科学』(講談社、2014)
・加藤百一「源氏物語に見える酒 (2)」(日本釀造協会誌106巻4号、2011)
・森太郎「村米について」(日本釀造協会誌78巻2号、1983)
・若井芳則「酒米研究・酒米育種・精米技術の100年の進歩」(日本釀造協会誌99巻10号、2004)
「農!と言える酒蔵の会」ウェブサイト(閲覧日2020年9月30日)
・人見必大『本朝食鑑』(1697)
・佐々木健、佐々木慧「広島発の秀逸バイオ技術,軟水醸造法の水質化学的および微生物学的要点」(広島国際学院大学研究報告第49巻、2016)
・滝口智子「日本酒を世界酒に パリで醸す日本の若手集団 WAKAZE」(日経電子版記事、閲覧日2020年9月30日)
・村井裕一郎「種麹の歴史と未来(江戸~令和)」(閲覧日2020年9月20日)

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