日本酒造りを支える「きょうかい酵母」に迫る

2023.10

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日本酒造りを支える「きょうかい酵母」に迫る

瀬良 万葉  |  日本酒を学ぶ

酵母は、日本酒のアルコール発酵に欠かせない存在です。酵母にはいろいろな種類があり、どの酵母を使うかによって、仕上がる日本酒の香りや味わいも変わります。最近では使用酵母をラベルに記すなどして公表するケースも増え、造り手だけでなく飲み手も酵母に注目するようになってきました。今回の記事では、そんな酵母の中でもほとんどの日本酒に使われている「きょうかい酵母」について解説します。

※「きょうかい酵母」は日本醸造協会の登録商標です。

きょうかい酵母とは

「きょうかい酵母」とは、日本醸造協会が頒布している酒造用酵母です。日本酒用のほかに、焼酎用やワイン用のきょうかい酵母も存在します。

酵母は、酒造りの過程で糖分をアルコール(エタノール)と二酸化炭素に分解する微生物で、酒の香りや味わいを左右します。

自然に手に入る酵母(野生酵母)で酒造りをすることも可能ですが、野生酵母は性質が不安定で、いつも同じものが繁殖するとは限らず、仕上がる酒の品質も安定しづらいというリスクがあります。

そこで日本醸造協会が、品質の安定を目指して良質な酵母の純粋培養に取り組み、きょうかい酵母の頒布を始めました。1906年(明治39年)の頒布開始以来、現在に至るまで、何種類もの酵母が国内外に頒布され、品質向上に貢献してきました。

きょうかい酵母は、アンプル乾燥酵母といった形態で供給されています。酒造免許を持っている酒蔵などの酒造業者が、注文書をダウンロードしてFAXで注文する仕組みです。

アンプルは試薬瓶のような小さな容器で、ここに酵母を封入して頒布されます。酵母が外部環境から遮断されているため、衛生的で品質の維持に適しています。アンプル1本に約200億個の酵母が含まれていて、一升瓶830〜1,660本分の純米酒を造れます。

乾燥酵母とは、酵母を乾燥させて粉末状にしたものです。乾燥酵母を使うことで、酒母造りの工程を省略して仕込みを始めることが可能になるため、製造期間を短縮でき、コストを削減できます。また、常温で長期保存できるため、計画外の仕込みにも便利です。

きょうかい酵母の数字が意味するのは?

原則は発見された順番

きょうかい酵母は、「6号」や「10号」のように番号で区別されます。

原則的にこの番号は、酵母が発見された順番に付与されていますが、例外もあります。例えば9号は、8号よりも早く発見されていましたが、きょうかい酵母としての頒布開始は8号よりもあとなので「9」という番号が振られました。

また、きょうかい酵母の中には、頒布が終了しているものもあります。

例えば「櫻正宗」の酒母から分離された1号は、現在はきょうかい酵母としては頒布されていません。月桂冠から分離された2号、酔心山根本店から分離された3号、広島の酒蔵から分離された4号、賀茂鶴酒造から分離された5号も、現在は頒布されていません。

このほか、8号酵母や12号酵母、13号酵母など、比較的新しいきょうかい酵母でも、頒布が中止されるケースがあります。

「01」がつくのは「泡なし酵母」

601号や1401号のように数字に「01」がつくきょうかい酵母は、発酵中に高泡が発生しない性質を持つ、通称「泡なし酵母」です。変異元の酵母に「01」を加えるかたちで命名されています(例:601号は6号の泡なし変異株、1401号は14号の泡なし変異株)。

泡なし酵母に関する本格的な研究が始まったのは1963年。その後1971年に、きょうかい7号の泡なし変異株である「きょうかい701号」が分離され、頒布が始まりました。

通常の酵母を使うと、発酵が進むにつれてもろみの液面より上に高泡が形成され、もろみ全体のかさが高くなります。泡の部分には酵母がたくさん含まれているので、泡をタンクから溢れさせると発酵が鈍くなってしまいます。それを防ぐにはタンク容量に余裕を持たせて仕込む必要があり、コスト面で無駄が生じるという問題がありました。

そこで泡なし酵母を使えば、量を増やして仕込むことができます。また、泡なし酵母の場合はタンクの掃除も容易なため、業務負担も軽減されます。一方、高泡はもろみの状況を表すものとして扱われてきた歴史があるので、泡なし酵母を使うともろみの状況がわかりづらいという意見もあります。

現在では泡なし酵母のほかにも、発がん性の可能性が指摘されているカルバミン酸エチルの生成を押さえる「尿素低産性」のきょうかい酵母(KArg系酵母)や、リンゴ酸が主成分となる酸味の強いお酒を造るために使われる「リンゴ酸高生産性」のきょうかい酵母(No.28やNo.77)など、さまざまな特性を持った酵母が頒布されています。

現在も使われているきょうかい酵母

最後に、現在使われている主なきょうかい酵母について、それぞれの主な特徴を見ていきましょう。

きょうかい酵母主な特徴
6号(泡なし:601号)穏やかで澄んだ香りが特徴で、旨味のある酒になりやすい。発酵力が強い。新政酒造から分離されたため「新政酵母」とも呼ばれる。
7号(泡なし:701号)現在、きょうかい酵母の中で最も多く使用されている。発酵力が強く、華やかな香りをもたらす。宮坂醸造の「真澄」から分離されたため「真澄酵母」とも呼ばれる。
8号酸が多く、濃醇な味わいをもたらす。すでに頒布は終了しているが、今も複数の酒蔵で使用されている。
9号(泡なし:901号)低温長期発酵の吟醸用酵母で、極めて華やかな吟醸香をもたらす。カプロン酸エチル高生産株が登場するまでは、出品酒に使われる酵母の定番だった。「香露」を醸造する熊本県酒造研究所から選抜された酵母で、「熊本酵母」や「香露酵母」とも呼ばれる。
10号(泡なし:1001号)低温長期発酵で、高い吟醸香をもたらす。酸は少なめ。茨城・明利酒類の副社長を務めた小川知可良博士が、東北地方の複数のもろみから分離したため「明利小川酵母」とも呼ばれる。
11号7号の変異株で、7号よりやや酸が多く、リンゴ酸が豊富。アミノ酸は少なめで、アルコール耐性が強い。現在はあまり使われていない。
14号(泡なし:1401号)酢酸イソアミルを多く生成し、バナナのような香りをもたらす。酸は少なく、低温でもよく発酵する。金沢の酒蔵で分離されたため「金沢酵母」とも呼ばれる。
1501号低温長期発酵となり、カプロン酸エチルを多く生成して高い吟醸香をもたらす。酸は少ない。秋田県と秋田酒造組合の共同研究によって誕生した「秋田流花酵母」(AK-01)が、きょうかい酵母として採用されたもの。旧きょうかい15号。
1601号カプロン酸エチルを多く生成して高い吟醸香をもたらす。酸は少ない。1801号の頒布開始以降は、使用されることが減っている。
1701号酢酸イソアミルとカプロン酸エチルを多く生成し、バランスの取れた吟醸香をもたらす。発酵力が強い。1801号の頒布開始以降は、使用されることが減っている。
1801号酢酸イソアミルとカプロン酸エチルを多く生成し、バランスの取れた吟醸香をもたらす。さらに、ムレ香のもとになるイソアミルアルコールの生成が、きょうかい酵母中最も少ない。発酵力が強い。
1901号カルバミン酸エチル生成の原因となる尿素をほとんど作らない酵母。酢酸イソアミルとカプロン酸エチルを多く生成し、バランスの取れた吟醸香をもたらす。
赤色清酒酵母酵母の中に赤色色素を生産するため、桃色にごり酒に使われる酵母。

※酢酸イソアミル、カプロン酸エチルについてはこちら↓

まとめ

飲み手にとっては「香りの決め手」として捉えられやすい酵母ですが、その歴史や現在使われている酵母を見るとわかるように、造り手にとって酵母はアルコール発酵の仕方など、「造り」に大きく作用する原料です。

酒造りのニーズに応じてきょうかい酵母のラインナップは大きく変化し、それがまた酒造りのあり方に変革をもたらしてきました。まさに、酵母の進化は、日本酒の進化であるともいえるのです。

参考文献

・公益財団法人日本醸造協会「きょうかい酵母®」(2023年8月23日閲覧)
・熊本酒造組合「熊本の酵母」(2023年8月23日閲覧)
・灘酒研究会「灘の酒用語集 きょうかい酵母」(2023年8月23日閲覧)

[各酵母の特徴は以下を参照]
・岩田博、小野玄記、馬場規子、中嶋則行、泉健、熊谷伸二、佐野英二、熊谷知栄子、斎藤富男(関東信越国税局鑑定官室)「協会10号酵母の性質について」(日本醸造協会誌,第85巻第7号,1990)
・北陸酒造技術研究会「きょうかい酵母清酒用第14号 (金沢酵母)」(日本醸造協会誌,第90巻第9号,1995)
・斎藤久一「きょうかい酵母清酒用第15号 (秋田流・花酵母)」 (日本醸造協会誌,第91巻第9号,1996)
・稲橋正明「きょうかい酵母清酒用1701号」(日本醸造協会誌,第96巻第10号,2001)
・吉田清「きょうかい酵母清酒用1801号」(日本醸造協会誌,第101巻第12号,2006)
・蓮田寛和「きょうかい酵母®清酒用尿素非生産性高エステル酵母1901号(KArg1901)について」(日本醸造協会誌,第109巻第8号,2014)
・NPO法人FBO『新訂 おもてなしの基』(NPO法人FBO、2019)
・日本酒サービス研究会、酒匠研究会連合会『新訂 日本酒の基』(NPO法人FBO、2018)
・一般社団法人日本ソムリエ協会『J.S.A SAKE DIPLOMA教本〔Second Edition〕』(2020)

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