
2021.10
22
冷蔵設備が広く普及し、フルーティーな味わい・繊細な味わいの日本酒が人気になって久しい昨今。特にこの5年ほどは、日本酒の保管や熟成は冷蔵または氷温がふさわしい、との意見も広まってきています。
フレッシュな味わいを変えずに長期間保存しておきたいという需要は熱心な日本酒ファンの中では多く、なかには自宅でも氷温で保管できる日本酒専用冷蔵庫を保有している人もいます。「氷温熟成」と記載して発売されたり高額な商品も増えてきており、今後の熟成酒の一つの大きな流れになる可能性があります。
一方で常温で熟成させた、よく「燗酒向き」とも呼ばれるようなお酒が、これまでの熟成酒では主流でした。数年〜数十年かけて熟成された日本酒には、新酒では造りえない独特の味わいが表現されます。
ここで一つ疑問が浮 かんできます。
「冷蔵でも常温でもなく、加熱しながら熟成させたらどうなるのか?」
これまで日本酒を保管する際には、高温になりやすい環境は老ね・劣化の原因となるためタブーとされてきました。近年になり実際に加温熟成の商品として一ノ蔵(宮城県)の「Madena」と高清水(秋田県)の「加温熟成解脱酒」の2つが販売されていますが、まだほとんど試されていない造り方と言えるでしょう。
保管の温度が10度上がると、変化(熟成)の速度は約2倍になると言われています。これにしたがえば加温熟成では温度次第で、冷蔵と比較して数十倍の速度で熟成を進めることができます。しかし、どのような香味になるのかは前例が少ないために未知数です。
今回は短い期間ではありますが実際に加温熟成を行い、味わいに与える影響や加温熟成の可能性を探ってみたいと思います。
熟成させる環境には、設定した温度を維持できる冷温庫を使用しました。淡麗なものから濃醇なものまで様々なタイプの日本酒を用意し、1ヶ月間の熟成を行いました。

熟成の温度は常温よりも高く火入れ温度よりも低い、かつ1ヶ月間で数年分の熟成が見込める温度ということから50℃に設定しました。「保管の温度が10度上がると、変化(熟成)の速度は約2倍になる」(※1)という通説をそのまま利用する場合、-5~5℃の氷温・冷蔵環境と比較して約32倍の速度、1カ月で3年弱分の変化が起きる計算です。
(※1)参考:原 昌道, 蓼沼 誠「清酒熟成問答」(日本釀造協會雜誌, 61巻2号, 1966)
なお 、そもそも日本酒の熟成によって成分や味わいにどのような変化が起きるのか、については以下の記事にまとまっています。今回の実験には以下の8種類の日本酒を使用しました。

| 銘柄 | Alc度数 | 精米歩合 | 日本酒度 | 酸度 |
|---|---|---|---|---|
| 極上吉乃川 吟醸 | 15 | 55 | +7 | 1.2 |
| 極上吉乃川 特別純米 | 15 | 60 | +2 | 1.3 |
| 獺祭 純米大吟醸45 | 16 | 45 | ― | ― |
| 分福 純米生原酒 氷温貯蔵生原酒 | 17 | 60 | +5 | 1.5 |
| 分福 純米生原酒 氷温二年貯蔵 | 17.5 | 60 | +3 | 1.5 |
| 奥播磨 山廃純米生 強め R2BY | 19 | 55 | +2.8 | 1.6 |
| 白影泉 山廃純米 H28BY | 17 | 55 | +10 | 2.8 |
| 八海山 貴醸酒2019 | 17.5 | 60 | -36 | 2.5 |
「極上吉乃川」は淡麗な酒質が特徴のブランド。この2本では加温によ る影響やアルコール添加の効果などを見ていきます。
「獺祭」はフルーティーな香り、特にカプロン酸エチルという吟醸香の代表ともいわれる成分が明確に出ている日本酒です。冷蔵保管など丁寧な扱いが求められる酒質がどのような変化を起こすのかを見ていきます。
「分福」はほぼ同スペックで製造年度が違う2本を使用します。氷温貯蔵の2年間と加温熟成の1ヶ月間にどこまでの違いがあるのかを見ていきます。
「奥播磨」「白影泉」は同じ蔵元の商品ですが、「白影泉」は熟成酒用のブランドです。今回選んだ「奥播磨 山廃純米 強め」は、火入れ・熟成後に「白影泉」として販売するお酒を、新酒の無濾過生原酒として取り分けた商品です。これによって、熟成前の無濾過生原酒と火入れ後の常温熟成を疑似的に比較します。 さらに火入れと生酒の比較として、奥播磨を63℃まで湯煎することで疑似的な火入れ酒を作成しました。この2種類の加温熟成と4年間の常温熟成との違いを見ていきます。
「八海山」は貴醸酒のため糖分やアミノ酸などの成分も多く、今回の実験に使用する日本酒の中で味わいの変化が特に大きいと予想されます。甘味が強い酒質での変化の度合いなどを見ていきます。
ここからは、それぞれのお酒を加温熟成し、外観やテイスティングの比較を行った結果を書いていきます。
※なお、それぞれのお酒に対する評価はあくまでも加温熟成(メーカー非推奨の環境での保管)後の評価であるため、本来のお酒に対する評価とは異なる点にご注意ください。

実験酒の中で最も淡麗な酒質だった極上吉乃川 吟醸。
写真では分かりにくいですがしっかりと黄色に着色がされています。香りや味わいもメイラード反応による熟成香が強く現れています。熟成香の強さは同系統(軽快な酒質)の熟成酒と比較しても、5年前後の熟成酒と遜色ない程度の変化と考えられます。
口に含んだ時に感じる味わいではなめらかさもあり、劣化と捉えられる部分は少ないけれど、熟成酒としては飲み口がさらっとしすぎる点や余韻がやや粗さを感じる点など、やや纏まりに欠ける部分は否めない状態でした。

軽快ながらも吟醸と比較するとしっかりした旨味のある極上吉乃川 特別純米。
吟醸よりも少 し着色は濃く、香りや味わいもよりふくよかさの強い印象になっています。この点は熟成前の酒質の違いによるもので、熟成度合いにはほとんど差異は無いように感じられます。飲み口や余韻は吟醸と同様に荒さを感じます。
アルコール添加による影響は余韻の長さに現れていて、添加されたタイプは熟成後も後味のキレの良い味わいになっており、反対にこちらの特別純米は余韻が長めに感じられるようになっています。

フルーティーな香りやなめらかな甘味が特徴の獺祭 純米大吟醸45。 着色は極上吉乃川 吟醸と同程度で、熟成香の強さもそこまで強くはありません。しかし熱に弱いとされるフルーティーな香りや甘味は加熱によって完全に崩れ、香りと味わい両方の面で苦味やアルコール感、化学製品様の香りを思わせるなど、明らかに劣化と捉えられる状態でした。

熟成前は青りんごの様な青々しさやドライフルーツを思わせる熟れた甘さを併せ持ったふくよかな味わいの分福 氷温貯蔵生原酒。
加温熟成後はメイラード反応由来の熟成香も強く感じながら、苦味を思わせる香りも同様に主張してきます。味わい全体も濃醇になっているものの、全体を通して苦味が覆っているため、「この苦味が無ければ恐らく美味しいと感じる」という印象でした。
この原因が熟成前に感じた青々しい香り(酢酸イソアミルなど)由来なのか、生酒の過熟(イソバレルアルデヒドなど)由来なのかは不明点でした。

氷温熟成と比較すると、完全に熟成の方向は別物であることがわかります。 氷温熟成ではメイラード反応は起きておらず、味わいに大きな変化を起こさないまま、とろみが与えられていますが、加温熟成では酒への着色や味わいへの影響など変化する部分が大きく、常温熟成の延長にあると思われます。