2020.01
04
長く、広く、アメリカのSAKE市場を支える - フォルサム(アメリカ)・米国月桂冠
1637年、京都・伏見に誕生した月桂冠。日本で生産量第3位の同社が太平洋を越え、アメリカへの輸出を開始したのは1902年のこと。当初、そのほとんどは現地の日系人へ向けられたものでした。
ところが、1980年にジェームズ・クラベル原作の『将軍 SHOGUN』がドラマ化されたのを皮切りに、アメリカ人のあいだで日本文化への関心が急速に高まり、日本酒にも注目が集まりはじめます。この流れを受け、1989年、同社はカリフォルニア州フォルサムに現地法人・米国月桂冠を設立。1990年代、2000年代を経て、SushiやRamen、Toyotaが若者たちの日常へ溶け込むまでに成熟してゆく中、“SAKE”をこの地に根付かせる役割を担ってきました。
伏見の水とフォルサムの水
サンフランシスコから約190km、サクラメントから約30kmの距離に位置するフォルサム。山々にほど近い湖のあるこの地に月桂冠が酒造場を構えたいちばんの理由は、ずばり“水”です。
本社がある京都・伏見は、「伏見の女酒」で知られる軟水寄りの中硬水を誇ります。そんな月桂冠が、米国で現地調査を行う中で心をつかまれたのが、シエラネバダ山脈の雪解け水が集まるフォルサムの、より軟らかな水でした。
「アメリカに現地法人を持つ他社では、ミネラル分の除去などをしなければならない苦労があると聞きますが、弊社では粗めのフィルターに通しただけの水を使っています」と、醸造責任者の河瀬陽亮さん。「フォルサムの水はやわらかく、発酵が緩慢なので、お米のエキス分が残ったボディのあるお酒になるんです。これは、アメリカ人の舌に合いやすいといえるかもしれません」
一方、アメリカの消費者に合わせて造り方や味わいを変えているのかという質問に、米国月桂冠副社長の村上浩一さんは「アメリカ人の舌と日本人の舌が極端に違うと思わない」と言います。
「こちらの水を使い、こちらの米を使い、こちらにいるメンバーが造っているというだけの違い。意図的にアメリカ人の好みに合わせて造っているということはありません」
老舗酒造の未来を担う若手杜氏
現在、米国月桂冠の醸造を率いる河瀬さんは、弱冠31歳(2019年12月時点)の若手杜氏です。
河瀬さんが京都の本社からアメリカへ赴任したのは2015年のこと。当時、米国月桂冠では、製品改革のあるプロジェクトが進んでいたといいます。予算は約1億円。ところが、その中途で赴任した 河瀬さんの“ひと工夫”により、予算を一切使わないままプロジェクトの目的が達成されました。 新たな設備を導入することなく、よりおいしい味わいを残したまま、生産量を増やすことに成功したのです。
「品質とコストは対極にあるようですが、品質もコストもお客様満足度につながります。より低コストで同じものを作れれば、その分お客さんに還元できますので」
それだけの偉業を成し遂げておきながら、「自分はラッキーなだけ(笑)」と謙虚な河瀬さん。
「月桂冠は、380年前から挑戦を続けています。今までの先輩たちが作ってきた道があり、その中でだんだん品質がよくなってきた。私はそのバトンを受け継いで、今自分がやれることに一生懸命取り組んでいるだけです」
多彩なラインアップの根底に流れるもの
看板商品は、精米歩合70の純米酒「Traditional」。レストランではホット・サケ(熱燗)として出されることが多いそうですが、冷やした状態で口に含んでもほくほくとした穀物の香りが広がる、味わい深いお酒です。
河瀬さんが最も試行錯誤を続けてきたという「Haiku」は、華やかな香りが魅力の特別純米酒。発酵の経過やできあがりの状態によって、毎度レシピを変えているそうです。
丸々とした源蔵とっくり型のボトルが目を惹く「Black & Gold」は、TraditionalとHaikuをブレンドした商品。リンゴやナシを思わせるフルーティな香りとふくよかな味わいという対照的な性質が、見事なバランスで共存しています。
そのほか、スッキリタイプの「Silver」や生酒「Draft」などをそろえ、新製品の開発にも意欲的に取り組む米国月桂冠。味わいはすべて異なりますが、いずれもテクスチャーはやわらかく、同じベース──月桂冠の惚れ込んだ、フォルサムの水の上に成り立っていることがはっきりと感じ取れます。
米国月桂冠が見るアメリカの“今”
日本からの日本酒の輸入量は右肩上がりで、最近はローカル酒造も続々と誕生するなど、目まぐるしく変化する近年のアメリカ。一方で、そのシェアはまだワインのたった1%程度でしかないという現実もあります。
そんなアメリカ市場の課題として、村上さんは「地域差」を指摘します。事実、日本酒やSAKEのシェアはカリフォルニア州やニューヨーク州などの沿岸部に集中しており、アメリカ全土を見渡せば、まだまだ出回っていない地域がほとんど なのです。
米国内の大手日系酒造メーカーであるTakaraやOzekiが日系の流通企業と組んでいるのに対し、米国月桂冠はアメリカ系のディストリビューター(販売仲介業者)と提携しています。日系企業がなかなか進出しないサウスダコタ州やネブラスカ州などのエリアにさえ販路を持つため、「SAKEといえば月桂冠しかない」という州が多数存在するのも事実です。
長く、広く、アメリカのSAKE市場に貢献してきた米国月桂冠。二人は、まさに過渡期ともいえる現在の状況にとても前向きな見解を見せます。
河瀬さんは、「クラフトブルワリーやマイクロブルワリーの商品からSAKEの世界に入り、月桂冠のSAKEにも興味を持ってくれるという人もいるでしょう。SAKEのマーケットが大きくなるという意味で大歓迎です」と好意的 です。
「クラフトブルワリーやマイクロブルワリーのおもしろさは、今まで想像することもなかったようなアイデアが生まれるところ」と村上さん。「私たちは他をけなすようなことは決してしません。それと同じくらい、例えばアツアツのホット・サケとして飲まれているSAKEを軽んじる言葉を聞くと、少し残念な気持ちになります。互いにリスペクトを持って高め合っていくことができればよいですね」
現地の酒造メーカー、日本からの輸入酒、ローカルで誕生した小規模醸造所。1%の市場を拡大し、日本酒(SAKE)の明るい未来を築くためには、それぞれに固有の役割があるということでしょう。
故きを温ね、新しきを知る
約1世紀にもわたる長い年月のあいだ、どの酒造メーカーよりも広く、アメリカのSAKE市場を見つめてきた米国月桂冠。アメリカのSAKEの発展を支えるその背景には、長い歴史が培った慧眼と、新しい時流を柔軟に受け入れる機知がありました。
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