2020.10
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進む地方の衰退。「地元で愛される酒」の将来は? - 酒スト的地酒論(2) 流通と消費
全てのお酒には造り手がいて、売り手がいて、そして飲み手がいます。地酒の「地」を考えるこの連載、前回の記事で注目したのは、造り手が追求する「地」である「原材料」でした。
今回は「売り手」と「飲み手」について、そのなかでも日本酒の「流通と消費」の地域性について考えてみましょう。仮に造り手が究極の「地酒」を謳っても、地元ではそれを買えず、誰も飲んでいない、となればそれを「地酒」と呼べるのか、疑う人もいるでしょう。流通・消費は地酒の「地」を考えるうえで重要なテーマと言えそうです。
また流通・消費は次回のテーマである「経済」とも密接に関わっています。その関連性にも触れながら、流通・消費の地域性にはどのような要素があるのか、分析してみます。
物流 - 時代によって変わる、地域性への影響
「流通」という言葉は、大きく「物流」と「商流」に分けることができます。初めに流通の一つ目の要素である、地酒の物流について考えてみましょう。
日本酒は運びにくい商材です。比較的重量があるうえ、温度変化や振動、時間経過等による品質変化が起こりやすい・・・明治時代末期に一升瓶が登場して以降はさらに、割れやすい、という条件が加わります。こうした「運びにくさ」を反映するように、特にインフラや設備が未発達だった時代には、評判の良い酒を盛んに造る「銘醸地」は物流条件が良いところに生まれました。
たとえば、現代でも都道府県別で日本酒の製造量一位を誇る兵庫県の銘醸地、灘。十八世紀後半頃からの急速な発展を後押ししたのは、六甲山水系の急流を生かした水車精米や、酒造りに適した水である「宮水」による品質向上に加えて、物流条件が良かったことがありました。陸上運輸よりも水上運輸が主流だった江戸時代、「樽廻船」の発着地であり、江戸まで効率的に大量の酒を運ぶことができるという強みがあったことも、その発展の一因だったのです。
一方、飛行機などの高速/大量輸送、そして冷蔵での物流システムが整備された現代では、品質変化の起こりやすい生酒でも、全国どこでも品質を保ったまま、素早く届けることが可能になりました。このことによって、「銘醸地」と物流条件の関連性は切り離されたようにも感じられます。むしろ東京や大阪、名古屋といった一大消費地に近い地域には、大規模な製造・全国的な流通を行っており、地域性との縁が薄そうに感じられる酒蔵も多くあります。反対に、近くに空港がない、主要高速道路・鉄道路線が通っていない、などの物流条件の悪い地域には、まだ都市部の流通業者や消費者に「発見」されていない、地元向けの商売を行っている酒蔵が残っています。
(※1)日刊経済通信社『酒類食品産業の生産・販売シェア 2017年度版』より作成
過去には物流条件が良いことが地域の「銘酒」の持つ個性を見出すきっかけになっていたのに対して、物流環境が向上した現代においては、むしろ流通・消費の地域性を減じる方向にも働いているように見えるのは興味深い点です。そのように考えてみると、海外への日本酒輸出が増え続けるなか、たとえば主要港湾に近い、国際空港に近いなどの国際物流条件が「日本酒の地域性」にどのような影響を与えるのか、今後の展開も気になるところです。
商流 - 地域の酒を背負う酒屋
次は流通のもう一つの要素である「商流」について見てみましょう。当然といえば当然ですが、日本酒は酒屋を通じて消費者に販売されます。いわゆる「酒屋」を営むには「酒類小売業免許」という免許が必要です。この酒販免許も2003年までは距離/人口基準による「需給調整要件」(※2)が設けられており、一定のエリアには一定の軒数の酒屋しか存在することができませんでした。そうした経緯もあり酒屋は他の小売業態に比べると地域性を保ってきましたが、特に上記規制の廃止後は、コンビニエンスストア化やディスカウントストア化に見られるような、全国規模での画一化が一気に進みました。
(※2)酒税の安定的な徴収のため、需要と供給のバランスを確保する観点から、商品の供給量や供給に必要な免許の発行を一定の条件で制限する法令
このような状況にあっても一部の酒屋は、地元の酒蔵と深い関係を作り、消費者にそれらのお酒の魅力を伝えることで、商流の地域性を保ってきました。筆者自身、たとえば会津(福島県)を訪れる際には「地元の酒販店」の存在を強く感じます。
会津地方には、会津若松市の渡辺宗太商店や植木屋商店、会津坂下町の五ノ井酒店など、「会津の酒」に力を入れる酒販店がいくつもあります。地元の酒蔵の商品とその魅力について、対面で詳しく伝えてくれるこれらの酒販店は、ブログやSNSでも発信を行っており、東京など県外から訪れたり注文したりする消費者/飲食店も多いお店です。
福島県は全国新酒鑑評会において、平成30年度まで7年連続で金賞受賞数日本一を記録しています(※3)。その背景の一つは、若い造り手の活躍。特に会津地方は、蔵元や杜氏として若い世代が活躍しているエリアです。地域に密着した酒販店は、酒蔵の声を消費者に届けるだけでなく、消費者の声を酒蔵に届ける役割も担っています。若い造り手に、全国の消費者の声をフィードバックしたり、酒屋としての意見を日々伝えながら「育てる」ことのできる酒販店の存在は、地元の酒蔵が躍進する要因の一つとなっているのかもしれません。
(※3)令和元年度は新型コロナウイルスの影響により、金賞酒を審査する結審が中止となったため、全国で「金賞受賞酒なし」の年となった。
他にもたとえば、過去の記事でもご紹介した山同敦子著『日本酒ドラマチック 進化と熱狂の時代』(講談社)には、酒蔵と地元の酒販店が二人三脚で県内に広め、やがて全国に広めていく例がいくつも紹介されています。Webメディア「WEDGE Infinity」でも、秋田県の天洋酒店が人気の酒蔵ユニット「NEXT5」を始めとした造り手と二人三脚で秋田の酒を広める役割を果たしてきたことが紹介されています。
このように商流の地域性は、製造と消費の地域性を繋ぎ、それらを高める重要な役割を担っています。東京の日本酒専門酒販店に約7年間勤める筆者がはじめの頃に驚いたのは、酒蔵の「地元」と思えるエリアに、東京からお酒を発送する機会が意外なほど多いことでした。地元の消費者も実は、地元の酒を求めており、酒販店がそのニーズを満たせていない可能性はあります。(一方、筆者の勤務先も含めて首都圏の酒販店のほとんどが首都圏のお酒に力を入れているわけではないことにも、課題を感じています。)
消費 - 地方衰退の時代。地元消費に支えられる経営は可能か?
これまで地酒の流通について見てきましたが、最後に消費について考えてみましょう。消費の地域性とは取りも直さず「地元消費量」のことと言えますが、これは一つの変数に大きく左右されますーー「人口」です。
残念ながら、多くの地方で人口は早いペースで減り続けています。国土交通省の推計によれば国土1㎢単位で見たとき、2050年までに2割以上の地点で人口がゼロになり、約2/3の地点で人口が半分以下になるとされています(※4)。こうした将来像が実現してしまえば、今のところなんとか地元消費に支えられている酒蔵も経営が立ち行かなくなる、少なくとも地元消費に頼った経営をするのは難しくなってしまいます。
(※4)出典:国土交通省「国土の長期展望」中間とりまとめ(2011)
これを解決する一つの答えとしては「観光」があるでしょう。この点は地域経済との関わりも大きいため詳細は次回の記事に譲りますが、仮に酒蔵のある土地に住む人が減っても、訪れる人が増え、その人たちが積極的にその土地の酒を消費してくれれば、消費の地域性を保つことはできます。過去の記事でご紹介した釧路にある福司酒造の製造部長・梁瀬一真さんは観光以外にも、その地域や酒蔵の活動に関わってくれる人、すなわち「関係人口」を増やすことが地域の酒蔵の未来に役立つ、と語ってくれています。
また、都道府県単位の日本酒消費量と人口の関係を見てみると、必ずしも人口の高い都道府県ほど日本酒の消費量が多いわけではないことも分かります。たとえば、米の生産量の多い都道府県など米文化の強い地域では、日本酒の消費量は多くなる傾向があります。反対に、九州地方の多くの県のように焼酎文化が強い地域では日本酒の消費量は少ない、というように他の酒類と比較した優先順位によっても日本酒の消費量は変化します。
今でも地元消費に支えられている多くの酒蔵は、「蔵開き」をお祭りのように開催して積極的に地域住民と交流するなど、地元の人々との関わりを強く保っています。直近では、コロナ禍にあって地元住民に酒を無料配布した酒蔵(麒麟山酒造(新潟県東蒲原郡)、湯川酒造店(長野県木曽郡)など)が話題となっていました。
同じくコロナ禍の一時的な対応として消毒用アルコールの製造を始めた南部美人(岩手県二戸市)は、感染への警戒が求められる状況が長引くにあたり「岩手県で今後消毒アルコールが無くて泣く人を出さないためにやり続ける決意をしました」として、永続的な製造を決断。さらに、そのための製造免許や製造の仕組みを活用して、地元産の原料を使ったクラフトジン・クラフトウォッカの製造開始を発表しました。南部美人の久慈社長は「南部美人はコロナを機に多角化していくことで、地元と一緒に繁栄して行きます」と、その決意を記者会見で語っています。
苦しい状況にある時の、こうした取り組みは地元の人と酒蔵の絆を強くし、他の酒類よりも日本酒を、他の日本酒よりも地元の日本酒を、多く飲んでもらうきっかけにもなりそうです。
地方の消費落ち込みと、一部で高まる日本酒人気に伴って、多くの酒蔵が東京や大阪をはじめとした都市部での販売に勝機を見出そうとしており、かえって都市部で各酒蔵の販売活動が過密になる、という状況も見えています。1,200以上ある酒蔵がすべて都市部で戦い、生き残っていくことも、現実的には難しいでしょう。多くの酒蔵にとって、地元消費の喚起と都市部での人気獲得の両立が課題になっています。
「疎」になる地方で、酒蔵と住民は「密」な関係を作れるか
地元の原料で、地元の人が造り、地元の店頭に並び、地元の人が飲む。このように製造、流通、消費の地域性が一体となった酒があれば、それは「地酒」と呼ぶにふさわしいでしょう。しかし「地方」そのものが衰退、あるいは消滅に向かっていく中、特に消費の地域性を保つことは難しい状況にも見えます。
一方で、流通と消費の地域性を支えるのは人口だけではない、ということも今回の考察からは分かりました。地域の酒蔵を支える酒販店の存在、米文化と酒文化、酒蔵と地元住民の関わり、そして「関係人口」。人口が減り「疎」になる地方で、酒蔵が地元と「密」に関わることに、流通と消費の地域性を保つ鍵があるのかもしれません。
酒蔵と酒屋が手を取り合って、地元の人々とも積極的に交流していくこと。あるいは地元にいなくても、地域と酒蔵に関わってくれる人を見つけていくことは、「地酒」を守るためだけでなく、地域経済のためにもなる可能性があります。次回はその「地域経済」と地酒の関わりについて、考察してみましょう。
■次回の記事はこちら
第3回:地域経済 - 「地元資本」の酒蔵が支える、地域の現在と未来
参考文献
・鈴木芳行『日本酒の近現代史: 酒造地の誕生』(吉川弘文館, 2015)
・神戸市文書館ウェブサイト「灘の酒造業 10 樽廻船と新酒番船」(閲覧日2020年10月7日)
・日刊経済通信社『酒類食品産業の生産・販売シェア 2017年度版』(2017)
・山同敦子『日本酒ドラマチック 進化と熱狂の時代』(講談社, 2016)
・磯山友幸「売り手と造り手の二人三脚 日本酒で秋田ファンを増やす」(WEDGE Infinity, 閲覧日2020年10月7日)
・国土交通省「国土の長期展望」中間とりまとめ(2011)
・「阿賀町の全世帯に清酒一升贈呈 外出自粛を応援 新潟・麒麟山酒造」(産経新聞, 閲覧日2020年10月7日)
・「木祖の湯川酒造店が村内全戸に日本酒1升贈る」(市民タイムスWEB, 閲覧日2020年10月7日)
・指出一正『ぼくらは地方で幸せを見つける ソトコト流ローカル再生論』(ポプラ新書, 2016)
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