2020.10
21
「舞美人」の酸味の秘密を知りたい! - 福井・美川酒造場(舞美人)
豊かな”酸”に特徴のある日本酒「舞美人」。 飲んだ人の感想を聞いてみると
「他にはない独自性がある」
「インパクトのある酒」
「中毒性がある」
「変態酒!」
などなど、一度飲んだら忘れられない「舞美人」の味わいに魅了される人は少なくありません。
筆者自身も初めて「舞美人 山廃純米 sanQ(サンキュー)」をいただいたとき、その酸の強さに驚きました。また、酒粕を再発酵させたお酒「MYVY(まいびー)(※1)」の、赤黒いような外観にも度肝を抜かれました。その製法からしてもお酒好きの好奇心を掻きたてます。
こんなに強い個性をもつ「舞美人」とは、どのようにして造られているでしょうか。蔵見学レポートに加えて、造り手である美川酒造場、蔵元杜氏の美川 欽哉(みかわ きんや)さんへのインタビューにより、「舞美人」の味わいの秘密を探りました。
(※1)2020年から製品名を「舞美人 純米酒 MYVY(まいびー)」と命名。
自社田・福井産の米で造る地酒
蔵へ伺ったのは2019年9月中旬頃。稲穂が揺れる田んぼの中に、蔵が建っています。蔵の目の前にあるのが美川酒造場の自社田です。酒造りに使う米はすべて福井県産米、そのうち約3割が自社田のお米(山田錦と五百万石)を使っているそうです。
6代目の蔵元である美川さんは、蔵元杜氏としてお酒造りも行います。創業は、1887(明治20)年。蔵は、1948(昭和23)年の福井震災により蔵が半壊したため、その翌年に建てなおされたものだそうです。
蔵に入ってすぐの場所にあるのが釜場。美川酒造場では、大きな和釜を使用します。バーナーでお湯を沸かしたうえに、甑を置いて米を蒸す昔ながらの手法です。
少しひんやりとした蔵内には、ジュワジュワと湧き出るような水の音が響きます。
仕込み水は、近くを流れる足羽川(あすわがわ)の伏流水。ほどよくミネラルを含んだ軟水の水質です。地下80mから汲み上げる水は、夏でも約15度と一定の温度を保ちます。
実際に飲んでみると、口あたりやわらか。「この水でコーヒーを淹れると美味しいですよ」と美川さん。ペットボトルに水を汲んで持ち帰る人もいるようです。
大正時代の木槽で絞る
美川酒造場の酒造りにかかせないのは、木槽(きふね)搾りです。重厚感のある大きな木槽は、ピカピカに磨き上げられていて、大事に扱われていることが感じられました。
木槽搾りでは、発酵が終わった酒袋に醪を詰め込み、上から油圧で力を加えていきます。自重のみででる”あらばしり”、じわじわと圧をかけて中間に出てくる”中汲み”、最後はしっかりと圧をかける”責め”。3段階で搾ります。
あらばしりから、中汲み、責めと3段階の工程の合間にそれぞれ作業が入ります。中汲みにの前に、搾り袋を木槽の中心に移動して全体を平らにしたり、責めに入る前は、すべての搾り袋を一度木槽から出して、圧力が一番かかる真ん中へ積み替えたり、非常に手間のかかる作業です。
時間をかけてゆっくりと圧力をかけていくため、搾り終わるまでに約3日。ヤブタ式と呼ばれるアコーディオン状の自動圧搾機が約半日かかるので、何倍もの時間をかけて搾ることになります。
木槽の内側をステンレスにしている蔵もありますが、美川酒造場では竹の組木。木を長持ちさせるために柿渋を何度も塗り直すなど手間のかかる工程がいくつもあります。
豊かな酸味や旨味を生む酒母造り
酒母造りは「舞美人」の特徴である強い”酸”を出すための重要な工程です。
製造量の約半分を、蔵に住む天然の酵母を育てる酵母無添加の”山廃造り”で行います。酒母ができるまでの時間は50日〜60日ほど。一般に、酵母添加の速醸酛で約14日、山廃造りは約1か月かかるのに対して、倍の時間をかけて酒母を造っています。
美川さん「舞美人の山廃造りの酵母は、発酵力が弱いんです。暖気入れ(※2)の回数も多く、枯らし(※3)期間も長くとっています。もろみ日数は25日〜35日ぐらい。酒母造りにかかる日数は、もろみ日数をはるかに上回ります。
しかし、日数が長ければ理想の酒母ができるということではありません。酸味と甘味のバランスを取りながら酒母を仕上げていくことが大切なのです。
また、いかに力強い酵母に育て上げるかも重要なポイントです。あまり過保護にしすぎず、ある程度は自力で発酵力を高められるよう育てることを心がけています。この点は子育てとよく似ています」
蔵独自の酵母の特性を理解し、焦らず急かさず、我が子のように菌と向き合う。時間をかけてでも個性が十分に発揮できるよう育つまで、信じて待つことが大事なのだと感じました。
(※2)暖気入れ:お湯を入れた樽(暖気樽)を入れて、酒母の温度を上げること
(※3)枯らし:酒母造りの最終段階で温度をさげ、もろみに使用するまでの期間。通常は5〜7日。
『不老泉』との出会いから山廃造りへ
無添加の酒母造りをはじめたのは10年前。そのきっかけには、滋賀県上原酒造の「不老泉」というお酒との出会いがあったそうです。
美川さん「12年ほど前、不老泉の山廃純米を燗酒で飲んだのです。酸味があって独特な香りとホット梅酒のような甘みがあり、最初は正直、今まで飲んだことのない苦手なお酒だと感じました。
さまざまな地酒を飲んだ後、最初に苦手だと思った不老泉がふと気になって、燗冷ましを飲んでみたのです。一口飲んだ途端、あまりの美味しさに感動し、衝撃を受けました。味わいにインパクトがあり、また何度も飲みたくなるお酒だったのです。こんなお酒を造りたいと思い、山廃造りに興味をもちました」
最初の年は、酵母無添加ではなく協会酵母を使用。酸味が多めではあるものの味わいはまろやかで良い出来に仕上がったそうです。それでも満足できず、さらに蔵独自の味わいを引き出すために、翌年からは蔵付き酵母で山廃造りを始めます。
美川さん「その年から異常なくらいの酸味が際立ち、こんな酸味の強いお酒を出してもいいものかと悩みました。県の食品研究機関にも分析してもらったところ、『"乳酸系由来の蔵付き酵母"(※4)で腐造ではない』とのことで、安心しました。ただ商品としてお客様に飲んでいただけるかどうか、とても心配でした…」
美川さんの懸念に反して、東京方面から「このお酒はすごく面白い!」「この酸っぱさは癖になる」「肉料理に合う」といったうれしい反響が届きます。
酵母無添加のお酒は1年を待たずに完売。強い酸味が、舞美人の個性として広まるようになったのです。
(※4)美川酒造場の蔵付き酵母は、乳酸・酵母無添加の環境で酵母が生成する乳酸が、他の酵母よりも多いそうです。高い酸味を実現するこの酵母を美川さんは「sanQ酵母」と呼んでいます。
目指すのは酸度があって美味しいお酒
特に、強い酸味のある舞美人の山廃純米 sanQ(サンキュー)(※5)。数値を見ると、昨年度は酸度4.0、今年度は6.2、一番酸度の高い「外伝」になると、酸度7.4。一般的な日本酒の酸度が1〜2ほどと考えると、だいぶ高い数値です。
一方、多くの舞美人ファンが認めるように、舞美人の魅力は、酸のインパクトだけではありません。酸味とともにしっかりとした旨味や優しい甘み、燗酒にすると映えるボディ感、複雑さ。そのうえで、豊かな酸味があることが魅力なのです。家庭の和食はもちろん、中華や洋食、エスニック……幅広い味の料理と合わせて楽しめます。
美川さん「酸度が高ければ良いというものではなく、酸度があって美味しいお酒であることが絶対だと思います。『酸度が高いお酒』という話題性だけが先行するのではなく、お酒造り過程や発酵の素晴らしい魅力を感じてもらえたら造り手としては最高です」
美川さんが酒造りをするうえで大事にしていることは、インパクトのある商品を造ることよりも、土地に根付く酒蔵の特徴を最大限に活かすことなのです。
美川さん「酒蔵は地域の自然に支えられて存在しています。米や水、四季折々の気候、酒蔵に住み着く天然の酵母。その土地にある自然の財産をありがたく活用させていただくことで、地酒が生まれてくるのです」
(※5) sanQの名前の由来は、sanは酸味、Qは、Question。毎年、酸度や酒度などに数値の基準を設けず、お客様に謎解きしてもらうような意味で”Question”と名付けたそうです。また、sanQには、飲んでもらったお客様への感謝”Thank you”の気持ちもこもっています。
酒造りの楽しさを次世代にも伝えたい
「酒造りは楽しい」そう断言する美川さん。「舞美人の酸味愛好者であるお客様が、毎年レベルの高い酸度を求めてくるので私も蔵元杜氏として造りがいがあります」と笑顔。
この楽しさを、若い人にも伝えていきたいと考えているそうです。
美川さん「『後継者の育成』なんて難しいことではなく、酒造期間に一緒に働いて、ものづくりの楽しさや面白さを知ってほしいのです。何らかの形で日本酒造りに携わる事で、将来必ず役に立つ日が来ると信じています。それは、日本酒が日本の文化そのものを物語っているからだと思うんです。
日本酒は世界で最も味わいの幅が豊かなお酒だと思います。私も個性豊かなお酒が好きですし、酸味のきいた濃醇な日本酒なんて、いろんな料理に合わせて飲みたくなるじゃないですか。個性的なお酒は、飲んでいても楽しいし、造ってる過程もまた楽しいものですよ!」
自社田で無農薬栽培の酒米を造り、輸出用に向けた斬新なラベルやボトルの開発…やってみたいことはまだまだたくさんあるそうです。豊富なアイデアからできる個性あふれる美川酒造場のお酒。今後の展開にもワクワクさせられます。
番外編:酒粕再発酵酒「MYVY」についてはこちら
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