DXで事業再生。投資先としての酒蔵とは:くじらキャピタル・竹内真二さん - 日本酒蔵M&Aスターターガイド (3-3)

2024.01

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DXで事業再生。投資先としての酒蔵とは:くじらキャピタル・竹内真二さん - 日本酒蔵M&Aスターターガイド (3-3)

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

日本酒蔵の事業承継に関心を持つ人のために、日本酒M&Aの特徴を解説する「日本酒蔵M&Aスターターガイド」。1本目では現在の日本酒業界が直面するM&Aの実情、2本目ではM&Aの基本や酒蔵ならではのポイントについて解説しました。

最終回では、実際に買い手としてM&Aを経験した3名の方にインタビュー。経歴や状況の異なる3名の方のお話を、3本の記事に分けてご紹介します。

この記事では、中小企業成長支援ファンド・くじらキャピタル株式会社の代表・竹内真二さんにお話を聞きました。

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中小企業の再建を目指すくじらキャピタル

中小企業を対象に、DX(デジタル・トランスフォーメーション:IT・デジタル技術の活用による業務・ビジネスモデルの変革)やグローバル展開の支援をおこなう投資ファンド・くじらキャピタル。2021年10月、神奈川県の金井酒造店をM&Aして黒字化したのち、別会社に譲渡した実績があります。

代表の竹内真二さんは、アメリカの大学を卒業後、リーマン・ブラザーズ証券会社東京支店に入社。その後、モルガン・スタンレーに移籍してから、M&A事業に携わるようになりました。

2001年に起きた9.11同時多発テロをニューヨークで目の当たりにしたことをきっかけに、「自分で何かやりたい」と独立した竹内さんは、複数の会社の設立を経てCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)グループのデジタルマーケティング企業・IMJの再建を託されCEOに就任。赤字脱却と事業再成長に成功します。

2016年には、IMJの持ち株を大手コンサルティングファーム・アクセンチュアに売却。2018年4月、中堅中小企業の再成長や事業承継支援によって永続的な繁栄を実現することを経営ビジョンに掲げ、くじらキャピタルを創業しました。

綿密な調査で投資家向けの説明責任を果たす

金井酒造店をM&Aすることになったきっかけは、交流のあった税理士法人からの紹介でした。スキームには、事業譲渡という形式を用いています。

「当時、金井酒造店は有限会社だったのですが、別の事業もこの会社で運営していたため、酒造事業のみを新設分割して株式会社金井酒造店を設立しました。

事業譲渡のスキームが、新設会社への免許引継要件に該当するかはケース・バイ・ケースで判断されるようです。 アメリカでは『ノーアクションレター』と言って、法令に抵触しないことを行政に確認してもらう手続きがあり、日本でも『法令適用事前確認手続き(日本版ノーアクションレター)』が一応制度としてはあるのですが、こと酒造免許の承継については、所管の税務署や行政官の判断に依存する部分が残ります

投資ファンドという性質上、投資家への説明責任があるため、デューデリジェンスなどは厳密におこなわなければなりません。

投資家に向けて、投資委員会の議事録やDDレポートを提出する必要があるため、すべてのプロセスに専門家を入れています。投資家の中には上場企業もあるので、コンプライアンスを重視する必要があるんです。

検討段階でいろいろな酒蔵を見ましたが、就業規則や賃金規定がなかったり、36協定も結んでいなかったりと、労働基準法を守っていないところも少なくありません。また、建物や設備が古いため、アスベストや土壌汚染などの問題に抵触するケースもあります。労務や環境に関しては、専門家を入れてきちんと調べたほうが賢明だと考えています」

M&Aプロセスごとのポイント

続いて、竹内さんに、第2弾で紹介したM&Aのプロセスに従って、それぞれのポイントを教えていただきました。

事前検討

「データベースを活用する方法もありますが、プレイヤーが無限にいる業界ならさておき、国内にある酒蔵の数は限られているので、条件の良い案件は掲載されづらい傾向にあると思います。業界のコミュニティ色が濃いので、紹介の方が良い案件が入ってきやすいのではないでしょうか。

重視する条件は製造規模とブランド価値。経営状況などの数値的な部分はなんとかなりますが、時代の移り変わりによって周辺が第一種低層住居専用地域(最も用途の制限が厳しい地域)などに指定されてしまい、工場の建て増しができないなど、立地条件によって断ることはありましたね」

バリュエーション

「会社の純資産をベースに株式価値を評価する時価純資産法を採用しました。在庫は日本酒という商品としてではなく、アルコールとして売ったらいくらかで換算します。

製造免許は価値あるものだと思いますが、結局は場所に紐づいているもので単体で購入することはできないため、それだけで価値をつけるのは難しいのではないでしょうか」

契約・PMI

「案件探しに2年ほどかけ、成約まで半年ほどかかりました。通常の企業なら3ヶ月ほどで契約が結べるので、少し時間がかかったのは酒蔵ならではだと思います。

従業員のみなさんにはクロージング直後にアナウンスしましたが、このタイミングでの伝え方はとても重要だと思っています。その時のイメージは2度と覆せないものなので、声のトーンや表情まで気を配って、相手のカルチャーにリスペクトを持って、『お互いの経験を持ち寄って一緒によくして行きたい』と伝えるようにしています。

シフト管理をはじめとした社内システムについてはDXで大きく変更しましたが、LINEを使えるならできるくらいのITリテラシーがあれば十分ですし、マニュアルも丁寧に作ったので、みなさんきちんと対応していただけました。

大変だったのは、営業でしょうか。確率論ですから、多く当たるに越したことはないので、初めは僕自身を含む弊社のメンバーが居酒屋、酒屋、卸業者のアタックリストを作り、上から順番に訪問していきました。プレスリリースについても、リストを作って配信していましたね。どれも、一般的な食品製造業では特別なことではないと思いますが、酒蔵ではあまりやっていないのかもしれないですね」

M&A専門家が見る、日本酒蔵M&Aならではの特徴

M&Aの専門家である竹内さんは、酒蔵M&Aは「腕力が必要」と評価します。

「酒蔵の多くは規模が小さく、売上が足りなくて赤字化しているので、マーケティングやブランディングなど、赤字を黒字化するまでの運転資金がそれなりに必要でした。

資産の切り分けは複雑で悩ましいところだと思います。しかし弊社では、事業がやりにくくなることが決してないよう、創業者の住居なども含め、醸造と関係ないアセットは必ず切り離し、醸造に必要な部分だけを承継するよう心がけています」

また、「もっと複雑な商流のある業界に比べれば、構造としては単純」と解釈しつつ、日本酒業界ならではのコミュニティの複雑さを指摘します。

「日本酒は、業界の関係が濃密ですね。お互いがお互いを必ず知っていて、親戚関係の酒蔵も多いのは驚きました。今回はそこまで商品構成を変えていませんが、例えばラインナップやブランドの方針を大きく変えるとなると、周囲の説得も必要になるのだろうと感じました」

そんな酒蔵M&Aについて、竹内さんはどのようなところに魅力を感じているのでしょうか。

「やはり、輸出が伸びているところでしょうか。世界展開しうるポテンシャルを持ちながらも、前時代的な体制が残り、DXができていないところが多い。テコ入れの余地が非常に大きく、複数の酒蔵に対して同じことができれば、おもしろいことができるのではないかと思っています。一方で、国内でのニーズは減っていますし、国境を越えるにあたっての難しさは当然あるので、わかりやすさを磨く必要はありますね」

まとめ

日本酒の酒蔵ならではの特徴はさまざまありますが、経営を深く理解するくじらキャピタルのようなファンドが介入することによって黒字化したM&Aの実例。案件として選ばれる条件を見ても、基礎を徹底することの重要性が見て取れます。

「経営に苦労しているのは、小さな酒蔵さんだけではありません。もし、数千石ほどの規模がある酒蔵と関係を結ぶことができれば、より大きな結果を生み出せるもしれません」と話す竹内さん。M&Aによるシナジーが、事業再生を超えた大きな成果を生み出す未来に期待が高まります。

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