2024.01
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決め手は「熱い想い」。M&Aで先祖代々のブランドを復活:「敷嶋」伊東優さん - 日本酒蔵M&Aスターターガイド (3-2)
日本酒蔵の事業承継に関心を持つ人のために、日本酒M&Aの特徴を解説する「日本酒蔵M&Aスターターガイド」。1本目では現在の日本酒業界が直面するM&Aの実情、2本目ではM&Aの基本や酒蔵ならではのポイントについて解説しました。
最終回では、実際に買い手としてM&Aを経験した3名の方にインタビュー。経歴や状況の異なる3名の方のお話を、3本の記事に分けてご紹介します。
本記事では、2000年に廃業した銘柄「敷嶋」をM&Aによって復活させた伊東株式会社の伊東優(いとう・まさる)さんにお話を聞きました。
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・杜氏の想いを引き出し、地元にファンを作る:日本酒キャピタル・田中文悟さん
・DXで事業再生。投資先としての酒蔵とは:くじらキャピタル・竹内真二さん
偶然が譲渡元の酒蔵を引き寄せた
「敷嶋」という日本酒はもともと、1788年に創業した、愛知県半田市の伊東合資会社で製造されていました。知多半島のお酒は江戸でも人気があり、敷嶋はその中でも地域を率いるような存在だったといます。
ところが、日本酒の需要が減少するに従って経営は下火になり、伊東合資会社は2000年に清酒製造免許を返上します。伊東さんが高校1年生の時のことでした。
そのころ酒造りには特に興味がなかったという伊東さんですが、2014年10月、優さんの祖父の葬儀の場で、冷蔵庫で14年間保管されていた敷嶋の生酒を飲んで衝撃を受けます。清酒免許を再び手に入れ、敷嶋を復活させるという情熱が生まれた瞬間でした。
譲渡してくれる酒蔵を探し続けて約5年。最終的に決まったのは、ほとんど偶然が導いた出来事でした。
「天下錦」を造る福持酒造場に蔵人として入りながら、委託醸造という形式で敷嶋を造っていたころ、東京の居酒屋「ぽんしゅ家」店主・鈴木登子さんから、「天下錦を買わせてほしい」とダイレクトメッセージが届いたのです。「僕が造っているのは『敷嶋』という銘柄で、天下錦を販売する権利はない」と説明すると、「じゃあ敷嶋を一本ください」と返事が。後日、そのお店で敷嶋を飲んだ徳原宏樹さんという人が、伊東さんの酒蔵を訪れたのでした。
「酒販店を開く予定だから『敷嶋』を扱わせてほしいと言われて、製造免許を取る見通しが立っていないという話をしました。その方が千葉県の酒蔵を紹介してくれて、無事M&Aをできることになったんです」
新設分割をして旧会社をM&A
酒蔵の建物は保持しており、地元・亀崎の地に酒蔵を復活させたいという想いを持っていた伊東さんにとって、M&Aの目的は製造免許を取得することでした。
「免許を返上したとはいえ不動産は持ち続けていたんですが、何も使ってないために固定資産税と修繕費ばかりが取られていって、どんどん体力がなくなっていっていたんです」と伊東さん。
「前職のNTTドコモに勤めていたころから案件は探していました。でも、条件が該当する案件が全然なかったんですよね。基本的に『今作っているところのブランドを引き継いでほしい』『不動産もそのまま使ってほしい』と言われるのんですが、僕は亀崎の酒蔵を復活させたいと思っていたので」
また、伊東さんがアプローチした酒蔵の中には、経営状況的には相手にメリットがある場合でも、M&Aに対して抵抗があるようなところも少なくなかったと言います。
最終的に見つかった千葉の蔵は、元の会社に清酒製造免許を含む酒造事業を残し、新設分割により設立した会社にその他の資産を寄せて、元の会社の株式を取得するという形になりました。
「もともと地元の税務署に一年前くらいから相談をしていて、千葉のほうに連絡してもらっていたので、税務署での手続きはスムーズに行きました。特殊な事例なので、税理士さんはちょっと困っていましたね(苦笑)」
専門業者への依頼については、仲介業者は立てず、実家の税理士に相談しながら、弁護士に契約書を見てもらう程度だったとのこと。
「はじめはすべて自分でやろうとしたんですが、あらゆる人から説得されて渋々入れました。でも、安全のためにお金は使った方がいいですね。NTTドコモに勤めていたころに事業企画をやっていた関係で、財務情報を読むスキルがあったのは役に立ったと思っています」
M&Aプロセスごとのポイント
続いて、伊東さんに、第2弾で紹介したM&Aのプロセスに従って、それぞれのポイントを教えていただきました。
事前検討
「案件はデータベースやメーリングリストにも投稿して探しており、2ヶ月に1回ぐらいの頻度で挙がってきてはいました。
でも、設備や在庫、銘柄の引き継ぎが不要で、製造免許を亀崎に移転してもよいところを探していたので、対象はかなり絞られました。経営状況や負債はチェックしていましたが、敷嶋を復活させたいと思っていたので、その酒蔵さんが持っているブランド価値は検討材料に入れていませんでした」
デューデリジェンス
「専門家への依頼はしておらず、デューデリジェンスも省略して進めたので、相当苦労しました(苦笑)。先方の税理士さんもM&Aは初めてだったので、慣れていなかったのもあると思います。先日も、新会社に移管するはずの不動産が一件漏れてしまっていたことが後から判明して、処理に追われることになりました。
こういった資産や負債については、M&A後に判明するケースはよくあると思っています。特に酒蔵は、個人と法人の資産・負債がぐちゃぐちゃになっていて、本人たちも理解していない負債があるケースもあるのではないかと」
バリュエーション
「僕たちの両親の世代くらいまでは、不動産を会社名義にしていない酒蔵が多くあります。今の世代くらいからだいぶ法人化していくのではないでしょうか。
僕自身、亀崎の代々引き継いでいる土地を管理していますが、道路の一部を所有していたり、荒れた田んぼや3平米しかないような小さな土地など、価値のない不動産がバラバラにあって、その場所を今後どうしていくか悩んでいます。また、不動産の場合、“大は小を兼ねない”のが悩みどころですよね。うちの蔵がそうですが、維持していこうとすると、それだけ修繕や維持に費用がかかり、経済のサイクルを大きくしなければならないので。
製造免許については、先方から打診のあった金額が僕の予算にマッチしていたので支払いました。でも、僕は免許が主目的だったので値段をつけましたが、経理上は価値がないというふうに処理してしまったほうが楽だと思います」
契約
「税務署の担当者が、酒蔵M&Aの経験がある人だったので、契約はスムーズに行きました。税理士のなかには、税務署や国税局などの出身の方がいますが、こうした交渉に慣れていると思うので、そういう方にお願いするのがベストじゃないでしょうか」
成功の決め手は「熱い想い」
M&Aを達成するための最も重要なポイントとして、「熱い想い」を挙げる伊東さん。
「先ほども言ったとおり、M&Aには良い印象を持っていない人も多く、その酒蔵の歴史に誇りを感じている人もたくさんいます。相手にもよりますが、お金で動かない方にはプレゼンなどをしてロジカルに説得するというよりは、こちらの情熱を伝えて『応援したい』と思ってもらえたことが、成約につながったと感じています」
伊東さんの場合は、自分の日本酒を造るために、複数の酒蔵で修行をしていたことも「本気度」を伝える大事な要素となり、相手の心を動かす一因になったといいます。
まとめ
先祖代々続く銘柄を復活させるためにおこなわれた伊東さんのM&A。それは、清酒製造免許が新規に発行されない現在の日本において、「自分の酒蔵を持ちたい」という想いを持つ人へのソリューションになります。
長い伝統に誇りを持つ酒蔵は、経営状況が良好でない場合でも、M&Aに好意的に応じるとは限りません。さまざまな戦略やスキームを必要としつつも、最後は伊東さんのような情熱を持つ人にこそ、偶然のめぐり合いがもたらされるのではないでしょうか。
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