
2022.09
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日本の伝統産業である日本酒造りは、時代の変化とともに、現場で働く蔵人たちの労働環境にまつわる課題が浮き彫りになってきています。
連載「美味しい日本酒の裏側 酒蔵の労働環境問題」では、第1弾のアンケート、第2弾の蔵人座談会を通して現場が抱える課題を抽出し、第3弾の経営者インタビューを通して、改善案の事例を提示しました。
最終回となる第4弾では、労働管理のプロである社会保険労務士・奥村広美さんにインタビュー。経営側・従業員側の双方の立場から労働環境を改善するためのアドバイスをいただきました。

2010年前後から「ブラック企業」が社会問題化するなど、労働環境の整備が厳しく求められる現代。奥村さんはこうした変化について、「少子化で若者が減っていることが大きな背景。労働力を確保するために、小さなパイを取り合わなければならない状況になっています」と説明します。
「現代の若い人たちは、仕事にやりがいを求める一方で、自分の時間を大切にする傾向があり、企業を選ぶときは労働条件をしっかりと見ています。ユースエール認定(※1)を取得しているか、などはその一例。スキルのある人を集めるためには、労働条件をきちんと整えて、選ばれる企業にならなければならない時代なんです」
第3弾の経営者インタビューで取り上げたように、働き方改革に努める企業が増えてきていますが、いまだに慣習を変えられずにいる酒蔵は少なくありません。その中には、清酒製造は農業と同じ扱いであり、労働基準法の労働時間や休日に関する規定が適用されないという論拠を主張するところもあります。
「確かに、昭和28(1953)年に発出された通達(基発361号)に『清酒製造事業は当面、農業従事者という扱いになる』という内容が書いてあります。しかし、約70年経ったいまも“当面”が続いているかというと疑問もあるところ。
また、この条件が適用されるためのハードルは高く、醸造部門のみと厳密に定められています。例えば醸造担当者が瓶詰めも兼任しているのであれば適用されませんし、精米部門も、杜氏の指揮監督で動いているならこの条件が適用されるものの、杜氏の指揮監督を受けることなく独立しているなら該当しないなどと細かく決められているんです」
そうした法律がありつつも、当の農業でも働き方改革は進んでいるのが実情。労働基準法に則って変形労働時間制を取り入れ、残業時間や深夜労働手当などの支払いを徹底する流れが生まれているといいます。
「たとえば酪農の分野でも、最近はITツールを取り入れることで、牛のお産の時期に一晩中付き添わなければならないということがなくなってきています。日本酒業界でも『楽をしたら、よいお酒はできない』というような考えを変えるタイミングに来ています」
(※1)若者の採用・育成に積極的で、若者の雇用管理の状況などが優良な中小企業を厚生労働大臣が認定する制度。いわゆる「ホワイト企業」の指標となる。

冬季に業務が集中しがちな日本酒造り。どうしても長時間労働が起こりやすい業種として、一年間を通して労働時間を調整する「1年単位の変形労働時間制」を取り入れることが有効です。繁忙期の労働時間が多くなってしまう代わりに、閑散期の労働時間を減らすシステムであり、年間を通じて合計の労働時間・休日を労働基準法の範囲内に収めます。
「1年単位の変形労働時間制は、従業員にとって仕事が少ない時期の時間の使い方が自由になるだけでなく、経営者にとっても一年の計画が明確に立てられるほか、繁忙期に「残業」扱いとする時間を減らせるというメリットもあります。ただ、給与計算が大変になるので、やり方を理解するのに苦労するかもしれません。これについては、地域の労基署が無料で相談に乗ってくれるので、どんどん電話で聞いてみるとよいでしょう」
ちなみに、注意が必要なのが、「待機時間は労働時間にあたる」ということ。第1弾の蔵人アンケート回答にあった「休日に配達に対応できるよう待機させている」という場合は、待機中も労働時間となり給与が発生することになります。これについて、警備業界では裁判が多数起こっており、待機時間の賃金未払いによって訴訟されるケースも起きているのだとか。
もうひとつ注意したいのが、醸造現場の責任者である杜氏を労働基準法第41条第2号の「管理監督者」とみなし、労働基準法で定められた労働時間や休日に関する規制を適用しないこと。
「管理監督者の条件はかなり厳しく、一概に給与の金額によって決まるものではありません。人事の裁量権があり、経営会議に出ているなど、経営者と一体的な立場にあるかどうかを労基署はかなり厳しく見ます。このような実態がきちんと伴っていない限り、割増賃金の支払い逃れとみられると考えたほうがいいでしょう」

グローバル化によって欧米の実力主義のシステムが日本にも導入されるようになったことで、給与制度も従来の年功序列制から、徐々に成果給の考え方が取り入れられるようになってきています。
「会社の利益が上がらないことには給料を上げられませんが、従業員が納得できる給与体系とは、それぞれの労働者が生み出した利益に応じて公平に分配されているかどうかが重要です。そのためには、簡単なものでよいので、人事評価制度を設けてみるとよいでしょう。
外部に作成を依頼してもよいですが、その企業が何を目指し、どのよう な業務や規則に重きを置いているのかを理解しているのは経営者です。現場を管理している杜氏と一緒に、まずは大切だと思うことを10項目ほど書き出してみる。それから、それぞれの項目の達成度を『これができたら何点』と設定し、成果に応じて報酬を上げていくというやり方です」
たとえ現時点で十分な給与を支払えないとしても、5年計画、10年計画を立てる中で「何年後にこの目標が達成できれば、給与がいくらになる」とロードマップを示すことも、モチベーションを上げるために重要だと奥村先生は話します。
そのほか、非正規雇用者の正社員化や賃上げに対して助成金を支給する「キャリアアップ助成金」や、中小企業・小規模事業者の賃金の引き上げにかかる投資(設備や訓練等)額の3/4〜9/10を助成する「業務改善助成金」などの制度を活用する方法もあります。

第2弾の蔵人による覆面座談会では、危険をともなう酒造りの現場におい て、労災隠しが起きているケースも明らかになりました。
「労災は使ったところでデメリットはなく(※2)、報告も簡単で、報告したからといって必ずしも調査の対象になるわけではありません。むしろ、労災を隠すことで50万円以下の罰金(労働安全衛生法120条)と損害賠償が課されることもあるほどです。労災を隠す経営者の方は、労災のことを知らずに先入観で恐れているだけではないでしょうか。
ちなみに労災は、労働者自身が申請することも可能で、もし事業主が書類にはんこを押すことを拒否した場合は、『押してくれませんでした』と言って提出することも可能です」
(※2)労災保険のメリット制適用対象となっている事業所は、保険料に影響します。
事故の原因に対して十分な対策がおこなわれていなかった場合、怪我の後遺症を含めた損害賠償を支払わなければならないといった事態も起こり得ます。
「労災やその原因となりうる労働環境は、隠すほうがリスクが大きいんです。知らなくて法律を守れないのであれば、どんどん労基署に連絡して相談してみましょう。事故が起こる前の段階で『こういう風にしているんですが大丈夫ですか?』と相談すれば、無料で親切に対応してくれます」
