
2022.08
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蔵元の革新的な取り組みや、高品質な酒を造り出す技術にメディアからもスポットが当てられる日本酒。一方で、現場で働く蔵人たちの労働環境に課題があることは注目されにくい状況が続いています。
連載「美味しい日本酒の裏側 酒蔵の労働環境問題」第1弾ではアンケート、第2弾では蔵人による覆面座談会を通して、現在の日本酒づくりの労働現場がどのような課題に直面しているのかをお伝えしました。
こうした課題が残っているのは、経営側から見た事情もあってのこと。 第3弾では、「ホワイト化」に努める4つの酒蔵の経営者にインタビューをおこない、経営者視点での課題と、改善への取り組みについておうかがいしました。

山口県で「貴(たか)」を醸す永山本家酒造場は、2001年に5代目の永山貴博さんが杜氏に就任するまでは、杜氏組合から蔵人集団を雇用して酒造りをおこなっていました。
「そのころの酒蔵と杜氏さんたちの関係は、プロ野球の球団と選手のように、成果に対して報酬を支払うシステム。蔵人を社員として雇用する酒蔵が増えたころから、“企業”として労働基準法に則る蔵が増えてきたとはいえ、いまだに従来の慣習が残っているところが混在しているのだと思います」
幼いころから、母親が土日も年末年始も休みなく蔵人たちの食事の世話をしていることに違和感を覚えていたという永山さんは、自らが造りに入ってから、まずは食事の支給を市販のお弁当に変更。代表取締役となった2013年ころからは、繁忙期にスタッフの休日を増やす工夫を始めました。
「土曜日に洗米をおこなわず、仕込みを日曜日に挟まないようにすることで、土日どちらかに交代で休めるようにしました。あとは平日のどこかで休みを取るんですが、忙しくて取れなかったときは、酒造期を終えてから夏休みを長く取ってもらうようにしています」

この仕込みのスケジュールから生まれたのが、「二日踊り」という製法。酒造りの三段仕込みは、1日目に原料の一部を混ぜ合わせる「添(そえ)」をおこない、2日目に何も加えない「踊り」という工程を経て、3日目の「仲(なか)」、4日目の「留(とめ)」 に分けて残りの原料を加えていきます。「二日踊り」とは、この「踊り」の工程を二日分設けるというやり方です。
さらに、新型コロナウイルス感染症拡大に伴ってお酒の生産量が減ったのをきっかけに、踊りを三日分おこなう「三日踊り」を発案。
「添・踊り・踊り・踊り・仲・留というスケジュールにして、週あたりの仕込みをタンク2本で回すようにしたことで、もろみを踊らせている土日は全社員が休めるようになりました。杜氏制だったころは、酒造りのプロである杜氏に『そんな方法で造ったら酒がダメになる』と言われると蔵元は反論しづらいものでしたが、蔵元杜氏だからこそできるやり方です。酸味を引き出した酒質を目指しているという狙いもあって、このやり方で問題なくこなせています」

「龍力」の蔵元である兵庫県姫路市の本田商店は、2021年に本田龍祐さんが5代目蔵元へ就任したのをきっかけに、働き方改革を進めています。そのひとつとして、朝5時〜15時だった勤務時間を、朝8時〜17時 へと変更しました。
「そもそもなぜ以前のようなスケジュールだったのかというと、出稼ぎの杜氏・蔵人が多く、江戸時代の農民の働き方をそのまま受け継いでいたからなんです。当時は灯りがないから、日の出と共に働き始めて、日の入り前に仕事を終えて、日が沈んだら寝るという生活。でも、今は令和ですよ。江戸、明治、大正、昭和、平成と5つの時代を超えて同じことをやっている業界なんて、取り残されていってしまうでしょう」
しかし、当初は制度を変えようとしても、なかなか現場からの賛成が得られなかったといいます。
「『勤務時間を変えよう』『報酬は減らさないから、休みを増やそう』と提案しても、『そんなことはできない』と言われるんです。理由を聞いてみると、『この工程はこの時間にやると決まっているものだから』。変わることへのアレルギーがあるんだと気づきました。経営者側にも、変えるのが億劫で変えられないという人は多いと思います。
酒造りって、『頑張れば頑張るだけおいしいものができる』という幻想に囚われている部分もありますよね。確かに手間をかける必要はありますが、根性論と実際にかける手間は違う。5時から造るからおいしくなって、9時から造ったらまずくなるなんてことはありません。むしろ、しっかり寝てリフレッシュしたほうが、おいしいお酒を造れるはずです」
業務の効率化を測るため、IT課を設立し、遠隔でもろみの温度管理ができるシステムを導入。こうした労働環境の改善に努めるのは、若い働き手を確保するためでもあると本田さんは話します。

「朝5時に起きて15時に終わるような職場では、友達と飲みに行くこともできないし、出会いもない。『業界に人がいない』という嘆きを聞くことがありますが、当たり前だと思うんですよね。人材派遣業の友人の話では、朝5時からの仕事は報酬が2倍になるそうですが、この時間に働きたい人がいないという証拠です。仕事として、選んでもらえるポジションになれるのかということは考えていかなければなりません」
以前は2日に1回のペースで仕込んでいましたが、コロナ禍で生産量が減ったのを機に、3日に1回に変更し、週あたりの労働時間を短縮しながら酒造期間を6月まで伸ばしました。全社一丸となって掲げる目標は「売上倍で給料倍」。効率化を図りながら酒質を上げるため、本田商店の模索はまだまだ続きます。
「明日から変えたくても、明日はまだ変わらないんだろうなと思う余裕を持つことも大切です。1年ぐらい言い続けたら、だんだん変わってくるものなので」

25年前に杜氏の年俸を1000万円に設定して以来、実力に応じた報酬をしっかり払う体制をとり続けている「雨後の月」の広島県・相原酒造。きっかけについて、代表取締役の相原準一郎さんは、昭和62年に雇用していた杜氏を他の蔵に引き抜かれたことだったと話します。
「広島杜氏はもともと他の地域に比べて報酬が高かったこともありますが、他の蔵から引き抜かれないための防衛策としても、ある程度高額な給与を支払う必要があったんです。そのころ、杜氏になるには『10年は修行しないと一人前になれない』と言われていたので、優秀な人に長く勤めてもらうためにも給与額を高めに設定する習慣がついていました。
その分、自分の給料がしっかり取れない時期もありましたが、何とか利益が出るようになり、今では若い蔵元たちにも『設備と人に金を使え』と言うようにしています。当社に見学に来てくれた際にこれを聞いた、宮城県・新澤醸造店の新澤巖夫社長が、実際に取り組んで成果を出しているのも耳にして、嬉しく思っています」(相原準一郎さん)
こうした父・準一郎さんの教えを受け継いだ息子の章吾さんが酒造りに入ってからは、給与面以外の労働環境も徹底的に整備。繁忙期は週休1日、閑散期は週休3日以上に設定し、週の合計労働時間を年平均で40時間におさめる1年単位の変形労働時間制を取っています。残業は一人あたり平均10時間で、深夜労働はおこないません。

「みんながどれくらい働いているのかを可視化するために、手計算では間に合わなかったのでアプリを使ったところ、勤務時間を1分単位で管理できるようになりました。季節醸造をおこなう酒蔵は、やることが冬に固まっている業種なので、変形労働時間制を活用して内容を効率的にする必要があります。例えば、麹を早くつくれる麹菌を採用して麹づくりのサイクルを早めたりと、工夫の余地はたくさんあります」(章吾さん)
農業と同様に見なされ、労働基準法のグレーゾーンとして扱われてきた面もある酒造り。しかし、章吾さんは「それでは人が集まらない。人員が慢性的に不足している業界で安定的に人材を確保するためには、一般的な企業と同じ基準にする必要がある」と指摘します。
「もちろん、高い専門性が必要な場面はありますが、杜氏が作業にどれぐらい時間をかけているのかが分析できれば、世代交代するとなったときに何人で分担すればいいか考えることもできます。また、労働時間が長ければ長いほど優れているかといえばそうではありません。万能型、肉体派、知的なタイプなど、それぞれ得意分野と苦手分野がある上で、チームでおこなうのが酒造り。労働時間に頼らないフェアな評価をしたいと思って方法を模索しています」(章吾さん)