2022.07
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「厳しい環境でも働けるのはなぜ?」「改善はできる?」本音で語る! 蔵人覆面座談会 - 美味しい日本酒の裏側 酒蔵の労働環境問題(2)
近年、世界的に注目を集めつつある日本酒。メディアによって、蔵元の革新的な取り組みや、酒造りの技術面にスポットが当てられる一方で、現場で働く蔵人たちの労働環境には課題が山積しています。
連載「美味しい日本酒の裏側 酒蔵の労働環境問題」第1回では、全国の蔵人を対象にアンケートをおこないました。回答数が59件と、量的なデータとしては不十分ともいえる結果となりましたが、コメントを含む回答からは、長時間労働や不十分な給与、安全性の面において、看過できない問題があることが浮き彫りになりました。
第2回となる今回は、こうした問題の実態と原因にさらに深く切り込むため、酒蔵での就労経験がある4名を招いて座談会を実施。匿名・覆面で参加いただくことで、その赤裸々な思いに迫りました。
参加者
※プライバシーの保護ならびに本音で語っていただくことを目的に、匿名でご参加いただきました。
長時間労働はなぜ起こるのか?
──全国の蔵人さんを対象におこなったアンケートの結果(第1回参照)では、酒造りのシーズン真っただ中の長時間労働に悩まされている人が多くいることがわかりました。なぜ、酒蔵は労働時間が長くなってしまうのだと思いますか?
私が勤めていたところは、蔵元の影響力が大きすぎて、いきなり「明日出勤してね」「冬から勤務時間が伸びるから」と言われると逆らえないような環境でした。
──経営者のひと言ですべてが決まってしまう。契約に反する業務を命じられても従わざるをえないということですね。
私は、基本的に杜氏との二人体制で働いていたんですが、杜氏が「自分が若いころは休みなんかないのが当たり前だった」と主張するタイプの人で、厳しく扱われていました。期待してくれていたのもあるとは思います。
──現場の管理者である杜氏の考えに合わせなければならないパターンもあるんですね。「自分はこれくらいできたし、それで一人前になれたから、同じようにやれて当然だ」と。
経営者や管理職の考え方が、労働環境に与える影響は大きいですよね。私はいまの蔵で働く前に、何軒か別の酒蔵でも働いたことがあるんですが、休みを取らせるか・取らせないかの違いは、経営者が若いか・若くないかでした。本来は、経営者と杜氏のあいだできちんとルールを決めるべきだと思っています。
会社の経営状況も、労働時間に影響するんじゃないでしょうか。私のところは経営状況が悪くて、製造免許を取り消されないため(※)に少人数でノルマをこなすという状況だったので……。
(※)日本酒の製造免許取得には年間60キロリットルの最低製造数量を満たす必要があり、これを3年以上にわたり下回る場合には、税務署が製造免許を取り消すことができる(酒税法第十二条第四項)。ただし、実態としては多くの酒蔵がこの最低製造数量を下回っている。
私の職場は、働き始めた当初は週1しか休みがなかったんですが、経営者が「ホワイト企業を目指そう」と意識するようになってから、週休2日になりました。とはいえ、週休2日を確保するためには、それなりの人数がいないと厳しいですよね。
──経営状態がよくないと、労働者の人数を確保できない。結果的に、一人ひとりの労働時間が長くなってしまう。
あとは、どんなに親しく交流している酒蔵でも、お互いの職場の労働条件について話すことってほとんどないんですよね。昔ながらの冬季のみの出稼ぎ労働とか、杜氏制度とかに起因しているのかもしれませんけど、自分の酒蔵がほかと比べてどうなのかという基準がわかりづらいのは一因としてあると思います。
──お互いに情報を共有していないから、咎められることもなければ、よいところを真似しようという動きも起こらないということでしょうか。ちなみに、みなさんの職場・元職場の休日取得状況は?
繁忙期は休みがないですね。閑散期は週休1〜2日で、決して多くなるわけではありません。
働きはじめは、「週1〜2日は休める」と言われていたんですが、体力的に余裕があったので休まず頑張っていたら、それが当たり前に……。忙しくなるにつれて体力が持たなくなり、休みがほしいとお願いしても理解してもらえませんでした。
約10年間勤めましたが、繁忙期はだいたい月1日しか休みがなく、2日あればいいほう。閑散期は名目上は週休2日なんですが、休日でも葬式用の配達に呼び出される可能性があって、無給で自宅待機をしなければなりませんでした。
私がいま働いているところは、週休2日で、閑散期は週休3日になります。年間120日の休日取得を目指していて、正月とGWに働かなければならない分、それ以外のところで多く休めるシステムです。
それはうらやましい……。
──繁忙期の労働時間が多い代わりに、閑散期の労働時間を減らす制度を「変形労働時間制」というんですが、みなさんが経験した酒蔵でもこれを取り入れることはできそうでしょうか?
似たような仕組みにできないか、経営者にお願いしたことがあります。でも、冬場の労働時間は伸びたのに、夏場は結局いつもどおり働かされたので、繁忙期の残業代を浮かせるために悪用されてしまって終わりました。
現場で働く人には、そういう制度に反感を持つ人も多そうです。「どうせ酒造りのことわかっていない奴が決めたものだから」と言って、実行には至らない気がします。
薄給でも働けるのは、日本酒が大好きだから
──それだけ長時間働いているにもかかわらず、給与が見合わないという問題もあります。
私の職場は時給制だったので、朝6時から10時間前後働いて、ようやく月20万円に届くような状態でした。そこから、健康保険や年金は自分で加入して支払わなければならないので、差し引いて考えるとかなり少なかったのではないかと。
私の場合は、最初の6年間の収入を時給換算すると1時間800円。残業は何時間働こうと、一律で1回1000円しか支払われませんでした。ちなみに給料は手渡しかつ給与明細は手書き。イエローさんと同じく健康保険と年金は自分で払っていたので、生活費が10万円を切っている状態でしたね。
──なぜ、そのような厳しい給与条件でも働き続けることができるのだと思いますか?
いまの酒蔵で働いている人たちには、日本酒が大好きな人が多いはず。私自身、麹の管理が好きなので、自分から無給で泊まり勤務してしまうこともあります。うちの酒蔵は管理が甘い分、休みなどが取りやすい面もあるので、心の中で相殺して「まあいいか」と納得してしまう。でも、これから働く人たちのことを考えると、改善していかなければいけないんですよね。
──レッドさんのように、酒造りへの愛や情熱がある人たちには納得できるものでも、みんながそう思えるとは限らない。厳しい労働環境にも耐えられる人しか残れない現状があるのでしょうか。
みなさんに聞きたいんですけど、昼食は自分で買っていましたか? 昔の酒蔵って、住み込みで食事を作ってくれる人がいたと思うんですけど、私の職場はそういうのがなくて。給料が少ないから自炊して節約したいけど、休みがないから作り置きする時間もなくて大変だったんです。
昼食は支給されないですね。
うちも杜氏以外は食事は出ません。ただ、休日出勤のときだけお昼を食べさせてもらえます。私が入る前に働いていた人たちが、経営者に交渉して勝ち取った権利だと聞きました。
うちも、残業しているときだけ、たまに夕飯が出ていました。
──蔵によって独自ルールがいろいろあるんですね。
ヘルメットやハーネスは用意しない。安全管理の甘さ
──先ほど、イエローさんとブルーさんが自分で健康保険に加入していると話していましたが、アンケートでは会社で加入しているという人が9割以上。14〜15人にひとりくらいの割合で、個人で加入しなければならない人がいるという感じでした。
保険がないというのは初めて聞いたので、びっくりです。そんなところあるんですね。
──労災保険も9割以上の職場が加入していますが、実際には機能していないというコメントも見られました。
以前の職場で骨を折る事故に遭ったときに、めちゃくちゃ怒られたことがあります。「うちは労災なんか一回も申請したことがない。なんてことをしてくれたんだ」と。「ここにいたら死んでしまう」と思って辞めました。
──それはつらいですね……。
タンクの作業をするときにはしごを立てかけて上るんですけど、足に滑り止めのゴムがついていないうえ、床が防水加工されていてツルツル滑るんですよ。作業中に、乗っていたはしごが滑って倒れてしまったんです。
──聞いているだけで痛いです。安全面の対策にも、さまざまな課題がありそうですね。アンケートでも、怪我や命の危険を感じている人が多くいました。
高さ2メートルほどの仕込みタンクの上で作業していたんですが、足場が幅の狭い角材なんですよ。その上を、15リットルくらいのもろみや水が入った容器を持って移動しなきゃいけないので、危なかったなぁ。というか一回、実際に転落したことがあるんですけど。
よく無事でしたね。
一応、上にも報告したんですが、興味を持ってもらえませんでした。
──興味の問題じゃないだろうと。
いまは別の業界で働いているんですが、安全性に関しては何よりも口うるさく言われるので、自分の働いていた蔵はなんて危機管理が甘かったんだろうと思います。
私も前職で工場によく行っていましたが、ほかの製造業では安全対策が徹底されていますよね。酒蔵では、クレーンを使って二階からお米を昇降したりするときも、誰もヘルメットをつけていなくて。
夏場は蔵の屋根の補修を社員でおこなうんですけど、下はアスファルトなのに命綱がないんですよ。建設業だと、高さ5メートル以上では必ずハーネス安全帯をつけることが義務付けられているのに。
命綱なしで屋根の修理は私もやっていましたね。見かねた同僚にハーネスを貸してもらえただけラッキーだったのかな。
うちも、雪が降る地域なので、屋根に雪が積もらないように夏にコールタールを塗る作業があるんですが、昔は命綱なしで作業していました。
──屋根の補修はあるあるなんですね。酒蔵は歴史ある建物が多いので、老朽化しているケースも多々あります。補修する予算がないからと社員任せにしたり、そのまま放置したりしているのは、安全性の軽視の表れと言えるかもしれません。
フォークリフトなんて、「こういう使い方はしてはいけません」と講習で注意されるような無茶な使い方をしています。
あと、蔵の中ではサンダルを履くところが多いと思うのですが、お米を担いで走ったりするので危ないですよね。脱いだり履いたりが多い現場だからしょうがないのですが、知人の医師にそのことを話したら、足をよく使う職場でサンダルなんか絶対ダメだと怒られてしまいました。
うちは長靴ですが、一度事故があってから、鉄板入りの安全長靴になりましたよ。
──グリーンさんの蔵は、現場で発生した課題が改善していける仕組みができあがっているようですね。
怪我や事故があるたびにフィードバックして、丁寧に対策してきました。それが軌道に乗っていまに至る、という感じです。
──怪我をしたら、レッドさんの勤めていた蔵のように怪我人を怒るのではなく、対策を取るのが企業の本来の役割であるはずです。
経営者・管理職の意識改革
──こうした問題はどうすれば改善できるのか。現場で働いていた立場からのアイデアをお聞きしたいです。
行き着く先は、経営者・管理職の意識改革じゃないでしょうか。酒蔵によくあるケースとして、経営者が異業種を見ていないんですよ。修行に出るとしても、よその酒蔵に行くだけという。
レッドさんに同意です。酒蔵の経営者同士の集まりもあるようですけど、品質について話して終わり、みたいな……。大学も研修先も似たようなところを出ている人が多いし、外の世界が見えにくいのかなと思います。
レッドさんが先ほど「経営者が若いか若くないかが労働環境に影響する」と言っていましたけど、さすがに世代交代したら変わるんじゃないかと期待しています。業界団体でも、経営者に経営の基礎知識を教える授業などできないものなんでしょうか。
──業界ではすでに酒造りの研修は提供していますが、労働環境の研修も必要ですね。日本酒業界には、蔵人の労働組合があまりないんですよ。酒造組合は経営者同士の組合、杜氏組合はもともと個人事業主の集まりなので、業界として、労働者の環境改善の受け皿がないという現状もあります。
外から指示されてもなかなか改善しづらいのかもしれないとは思います。「改善したら売上が増えた」という事例が出てくれば、真似する蔵も増えるのかもしれません。でも、「あそこは◯◯杜氏系だからうちとは違う」とか、見て見ぬ振りされるのかな……。
──改善したことで経営がよくなったという事例は説得力がありそうです。経済的な余裕がないから、十分な人数を雇用できず、一人ひとりの負担が増え、給与も払えず、安全面の対策も打てていないという悪循環があるのが現状。日本酒の生産量は年々下がっていますし、不景気がブラックな環境を生み出している可能性はあります。
お酒の単価は関係していそうです。
造り手のほとんどは、「安い価格の中で、できるだけ努力をしていいお酒にしよう」という方向で頑張ってしまうんですよね。でも、どれだけ手を尽くしても、スーパーで売られる一升瓶の値段は1000円台から変わらない。
そもそもそれって大手メーカーの戦略なんですよね。中小酒蔵が「安くて品質の良いもの」という枠の中で戦っても大手には勝てないし、給料が上がるわけはないんですよ。
これ、消費者の意識も影響する部分なんだと思っています。「これだけ手間がかかっているんだから、一升瓶は最低2000円くらいするものだ」という意識が根付いてくれれば、こんな価格帯での競争にはならないんじゃないでしょうか。
──「値上げをすると消費者が買ってくれなくなってしまうんじゃないか」という恐れが、結果的に現場を苦しめている。消費者は、自分たちの飲んでいるお酒がどのような環境で生まれているのか知ったうえで、「安いほうがいいと言ってたら、いつか日本酒が飲めなくなってしまうのかもしれない」と考えることが必要なのかもしれません。
最近、精米歩合90%などの低精白のお酒がたくさん出ていますし、しかも四合瓶で3000円くらいで売られていますよね。あれは活路になるんじゃないかと思っています。ああいうお酒がどんどん受け入れられていって、業界全体でお酒の値段をもっと自由に設定できるようになったらいいですね。
造り手、消費者、メディアが一緒になって考える
──今回のアンケートは、最低100件の回答を集めたいと考えていたんですが、実際に集まったのは59件。SNSなどの反応を見ていて思ったのですが、実際に働いている蔵人さんたちにとっては答えづらい内容だったのでしょうか。
推測の域を出ないのですが、ほかの業種に勤めたことがない人や、いま働いている蔵しか知らない人だと、その状況が当たり前だと思ってしまうんじゃないでしょうか。日本酒が大好きで情熱的な人ほど、盲目的になってしまいがちですよね。働きがいを感じているし、充実しているから、労働問題なんて気にならないよ、と。
レッドさんに賛成です。頑張って組織を支えている人って、現状を伝えることで、いまあるものが崩れてしまうと考えてしまいそうです。
業界全体が改善の動きに走ったら、私が働いていた酒蔵なんかは潰れちゃうだろうしなぁ。
──ブラック企業は、愛のある社員によって支えられていると。
あとは、縦社会というか、師弟関係のようなものが色濃い業界なので、匿名でも回答することが裏切り行為に感じられてしまう人はいるかもしれません。私も杜氏の顔が浮かんで罪悪感を覚えましたし。その気持ちと、改善したいという気持ちのバランスではないでしょうか。
──いまある酒蔵を守ることはもちろん大切ですが、労働者にその負担を強いていては、後世に日本酒という文化を引き継ぐことが難しくなってしまいます。労働環境が改善され、たくさんの人が「酒造りに携わりたい」と感じられる好循環を生み出すために必要なのはどんなことだと思いますか?
日本酒は製造免許が新規交付されず、新規参入が困難でしたが、数年前に輸出用清酒なら醸造所を作ってもいいことになりましたよね(輸出用清酒製造免許)。あれは歴史的な一歩だと思っています。日本酒業界に新しい風が入るのは、ブラックな風潮を抜け出すために必要なことです。
最近、とある酒蔵で、酒造りの経験がない別業界の経営者が社長に就任した結果、事業全体が好転したという例を聞きました。異業種の人々が経営面に参加すると、労働環境の見直しにもつながるんじゃないでしょうか。
──異業種の視点が入ってきづらい環境が、体制の改善しづらさに繋がっているという考えですね。
この座談会に参加してみての感想なんですが、メディアって、蔵元の話やお酒の品質ばかりフォーカスするので、現場の人たちはあまり注目されないんですよね。今日はお話を聞いてもらえてよかったです。
今回のアンケートには、辛い思いをしているのに焦点が当てられていない人たちの悲鳴のようなものも入っているんじゃないでしょうか。せっかくこういうテーマを取り上げてもらえるなら、今回だけで終わらせずに、継続的に発信していただきたい。メディアの発信力と影響力を利用して、いろいろな人に喚起しながら、改善に繋げるためのうねりのようなものを生み出してほしいです。
私は日本酒が大好きなのに、現場で働き続けることはできませんでした。日本酒の未来を考えて、現場に目を向けてくれるのはありがたいです。
──そう言っていただけて、我々こそありがたいです。みなさんのお話から、実際に酒蔵で働いている人々だけではなく、消費者、業界団体、国の諸機関が一緒になって考えていかなければならない問題であり、それを提起するのがメディアの役割だと再認識しました。一人ひとりが日本酒に関わる当事者として状況を改善できるよう、コミュニティの内外に課題を提示していきたいと思います。
第1弾ではアンケート、第2弾では座談会を通して、現在の日本酒業界の労働の現場がどのような課題に直面しているのかをお伝えしました。第3弾では、労働環境を改善し“ホワイト”化に努める酒蔵をインタビュー。実際の改善のために参考になる事例をご紹介します。
【連載:美味しい日本酒の裏側 酒蔵の労働環境問題】
第1回「正月挟んで200連勤」「有給とるとボーナス減る」蔵人アンケート結果を公開
第3回 働き方改革も「酒屋万流。「ホワイト化」への取り組みを人気の4酒蔵にインタビュー
第4回 「若者に選ばれる企業になる必要がある時代」。労務専門家からのアドバイス
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