天美・第二章 「喜びを分かち合える銘柄に」女性杜氏が挑むブランド育成 – 山口県・長州酒造 (2)

2022.09

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天美・第二章 「喜びを分かち合える銘柄に」女性杜氏が挑むブランド育成 – 山口県・長州酒造 (2)

ふじたちえこ  |  酒蔵情報

山口県下関市にある長州酒造。酒蔵創生と新銘柄「天美」誕生までの物語は、すでに「レジェンド」ともなっておりご存じの方も多いかもしれません。簡単におさらいすると、下関市の企業・長州産業(岡本晋社長)が、地元の酒蔵・児玉酒造の廃業予定を知り、「酒蔵は地域の大切な伝統文化」との思いから新規事業として蔵を継承。2018年に新たな社名・社屋でスタートしたのが長州酒造です。

そこに招かれた藤岡美樹杜氏は、新蔵の建設がさら地の状態からプロジェクトに参加。約2年間の準備を経て「天美」の初仕込みとなったのが2020年秋でした。まずは純米吟醸と特別純米の2種のみというラインナップから始まった新銘柄は、飲み手の圧倒的な支持を受け、仕込むごとに完売となる快進撃を続けます。2年に満たぬ短い期間、しかもコロナ禍という逆風の中で、「天美」は幅広い層の人たちに愛飲される人気銘柄となりました。

その「天美」の物語が今年2022年から第二章に入りました。「白天」(=白いラベルの純米吟醸)、「黒天」(=黒いラベルの特別純米)の名で親しまれている定番に加え、新たに「廣島千本錦」「赤磐雄町」「播州愛山」「長州山田錦」の4品種の酒米を用いた純米大吟醸のシリーズが発売に。新商品や2期目の酒造りに込めた想いを、藤岡杜氏にお聞きしました。

「天美らしさ」を実現しつづける酒造り

2期目も変わらない「天美らしさ」とは

蔵の創業時は、酒造り未経験者も含めてのスタートゆえ、「酒米と酵母の選択、精米歩合の設定をできるだけシンプルに」というのが藤岡さんの意向でしたが、ここへきて新たな味わいと出会えるのは飲み手として嬉しい限りです。しかも、シリーズすべてが同じ精米歩合(50%)、同じ酵母(901号)で、酒米のみの違いという設計のため、飲み比べの楽しさも加わります。

今回の取材の時点では、「天美純米大吟醸」の廣島千本錦、赤磐雄町、播州愛山の三種類が発売済。味わってみると、酒米それぞれの個性が明確に異なるにも関わらず、そのどれにも「ああ、天美だ」と感じるきれいな共通項がありました。藤岡さんにそのことを伝えると、

「そうですね。まずは、天美を造るのが大前提ですから。『天美の千本錦』だし、『天美の雄町』、『天美の愛山』なんですよ」ときっぱりと気持ちのいい一言が返ってきました。

「だから逆に、天美らしさというものを考えた時に、切り捨てているものもたくさんあるんです。たとえば一口目のすごいインパクトとか、酸味や甘味の強さとか。天美では、そういうことはやらない。そう決めていて、やることの中で天美らしさを出していますね」

「微差は大差」を合言葉に、徹底した数値管理

天美らしさのために、やること。それは醸造以前の原料処理から醸造後の出荷管理にいたるまで、藤岡さんが胸に刻んでいる「微差は大差」を合言葉に徹頭徹尾、どの段階でも細やかに目を配る仕事の積み重ねです。

たとえば原料処理。積まれた米袋を前に藤岡さんは開口一番、「こんなことを言うと嫌われちゃうかもしれませんけど」と前置きしたうえで「うちは何でも届いたもの、書かれたことを鵜呑みにはしないで、ダブルチェックなんです」。その理由を尋ねると、藤岡さんは次のように語ります。

「原料米は、お米によって生産者さんが違ったり委託精米の精米機によってクセが違ったりするので、精米機ごとにロット番号を振ってもらって、ロットごとの品質管理をしています。精米機も何台もありますから、砥石の素材などによって精米の具合も違う。だからロット管理が必要ですし、純米大吟醸の場合は、精米機も指定させてもらっています。

届いた米の容量は記載と同じこともあるし違うこともあるので、鵜呑みにはしないで毎回必ず使う前に自分たちでもう一度測り直して、吸水を決めて洗います。同じ山田錦の60%で、同じだけの水分を吸わせたくても、洗米の途中で様子が変わったり、バラつきが出たりもするので、何でもダブルチェックでちゃんと見ようね、とみんなに話しています」

情報共有と基本に忠実な作業で、チームでの仕事も再現度を上げる

何事にも手間のかかる作業を連日こなしていくチーム「天美」は、醸造経験者も初心者もパートの女性たちも入っての混成チームです。それでいて、一人一人の成長著しい仕事ぶりは、これもまた毎日の丁寧な指導によるもの。藤岡さんは「仕事は見て覚えろ」という職人の世界で修行を重ねた最後の世代とのことですが、それゆえ逆に一緒に仕事をするスタッフ達には仕事の情報を出す、共有するということを心掛けているそうです。

「私たちは毎朝朝礼をして、仕事の流れをシフト表で確認して、細かなところはみんなで様子を見ながら動いてもらっています。仕事は、教えて、覚えてもらって、あとは忠実にやってもらう。基本を押さえれば、昔の職人の世界だったら学ぶのに何年もかかっていた仕事がもっと短い期間でこなせるようになっていくんです」

天美・第二章にかける想い

酒米違いの新商品が生まれた理由とは

短い期間での醸造量の増加や商品アイテムの多様化は、チーム全体の充実あればこそ。そのなかで、今期から扱う酒米の品種が増えたのは、どんなことがきっかけだったのでしょうか。

「農家さんとの交流で田んぼを見せて頂いたり、お米を譲っていただけることになったり、いろいろな機会が増えてきて。うちは、瀬戸内四県のお米を使わせていただいているのですが、それぞれの産地の気候風土や歴史を知っていくと農家さんたちへのリスペクトも湧きました。その思いをお酒に込めて、さらには西の酒蔵の特色が出せたらいいなと思ったんです。お米によって酵母と精米歩合を変えると軸が変わるので、全部同じ酵母と精米歩合に縛ったシリーズを造ってみたんですけど・・今は後悔してます(笑)」

「後悔」という言葉を不思議に思い、その意味を尋ねると、

「最初は、『酵母を変えないとみんな同じ酒になっちゃうんじゃないの』なんて思ったりもしたのですが、いやいや、やり始めてみたら、それぞれのお米がこんなに違うのか、と

もう原料処理の段階から米の特性が全然違うんです。洗った時から違いますし、水を吸わせたら吸わせるだけ溶ける米もあれば、逆に、吸ってるけど溶けない米もあれば、溶かさないと味が出ないとか、溶かさなくても味が出るとか。もう、こんなに違うんだなというのが実感でした。

しかも、お客さまに飲み比べをしてもらうときに、1か月で4種類出荷するのはしんどいけれど、間があいてしまうとテンションも落ちるだろうし、ならば毎月出そうと。そうなると、雄町を搾る前に千本錦を、千本錦を搾る前に愛山を・・・みたいにあれこれ考え抜かないとできない状況になっていって」

こうした大変なやりくりの結果、4種類を飲み比べる楽しみが実現しました。

「そう、ひとつずつ飲んでいくと、こんなに違う!と思うけれど、(取材時点で発売済みの)3種類を一緒に飲むと、やっぱり統一感があって、個性は違うけれど、どこか似ている天美の3姉妹だなあと思いましたね」

酒米違いの4種類が新たに加わった天美シリーズ。今後も、またさらに種類が増えていくこともあるのでしょうか。

「いえ、使う米の種類は多分、これが最終形かな。これ以上増やすとわけがわからなくなるのではと思いますし、定番のお酒を最高と思ってもらえるようにしていきたいですから。毎月、白天、黒天、白天、黒天と同じお酒を出していくことで、『天美はこういうお酒です』という面が広くなるように。全部の商品にコンセプトがあって、味わいの差があって、でもちゃんと天美らしさがあるものをきちんと丁寧に造れるようにと思っています」

次の世代に残せる、「やってよかった」と思える酒造りを

四半世紀ほどにもなる酒造りのキャリアを経ても、この純度と一途さ。短い期間に大ヒット商品を生み出しながら驕ることのない地道な姿勢。その背景を尋ねると、藤岡さんは次のように語ります。

「もともとが不器用なので、真面目にやらないと。お酒造りには自分にはどうこうできない域がどうしてもあるんですよね。だとすると真面目に向き合って、何かを感じとって、うまく進む方向に自分が合わせるしかないと思うんです。無くなりそうだった蔵が残って、せっかく興味を持って飲んで下さる方がいらっしゃるわけですから、パッと出て無くなるものではなくて、次の世代に渡せるように定番をきちんと出し続けていきたいと思うんです」

この蔵の準備段階では、藤岡さんは建築のことも一から学びながら、設計施工、動線作り、醸造器具の導入などなど蔵の稼働までのすべてに携わり、酒造りのための体制を整えてきました。どんな設備を入れるにも機械ひとつを買うにも大きな金額が動く醸造業。新規事業の命運が自分にかけられているという、その重圧を肩に乗せながらの酒蔵新設で、藤岡さんは「当初の予算をだいぶ超える」という大胆な選択も行ったといいます。

「言われた予算でできることをやるという方法もありましたが、では、その予算で建てたものが、その予算を回収できる箱になるのかと考えたときに、ならんよね、と。ならば、買い直す、建て直すことで二度手間にならないように、いいものを作るほうが最終的にはいいと考えました。地域の人たちに喜んで貰うこと、ここ下関から世界に出ていく酒を造ること、そんな願いを持っている社長が、せっかくゼロからやろうと言って下さったのだから、精神的にもやってよかったと満たされるようなものにしたいと思ったんです」

「人の気持ちに触れる酒を造る」ということ

話題の端々に、藤岡さんが何に対しても自分のできることを尽くそうとする誠実さがにじみ出ます。大局を見ながら、細やかでもあり、「微差は大差」と言い切る力。その胆力は、どんなことから身に付いたのでしょうか。

「仕事から、でしょうか……。私自身は、日本酒があまり好きではなかったのに、大学の先輩に酒蔵で美味しいお酒を飲ませてもらって、すごく感動して、自分みたいにお酒を飲んだことのない人に美味しいお酒を伝えたい、造りたいと思ったことが、この人生の入り口のコンセプトになりました。

じゃあ、それは、どうやったらできるのか。人の気持ちに触れるようなものを造ろうとしたら、こちらもちゃんと時間をかけて、手間をかけて造らないと、そういうものは造れません

どうやったら美味しいものを造って、その状態でお客さまの口まで届けられるのか。酒を造って売ることと、美味しいお酒をお客さんに届けることもまた違います。それは、いろいろ考え抜かないとできないことですし、自分だけではできないことだから、いろいろな方の力もお借りしないとできないことだと思うんですよね」

「喜びをわかちあえる」銘柄に

美味しいお酒を飲みたいと思う人は世の中に大勢います。でも、それを自ら造ってあげたい、届けたいと思った時点から、藤岡さんの仕事は始まりました。それは、自らの夢を叶えた仕事でありながら、同時に人に貢献する生き方であるともいえます。

「私は、人に喜んでほしいんでしょうね。お酒を口にした人が喜んでくれる、ということが嬉しいのだろうなと思います。一緒に何時間も働いてくれるスタッフにも、ここにいることを楽しいなとか嬉しいなとか思ってもらえたらいいなとも思いますし。

この会社にしても、なくなるはずだった酒蔵を残そうと思った人がいて、天美が出来たわけですから、ならば美味しいお酒を造って存続し続けていきたい。天美という新しいブランドの軸、幹になるものを太くして、実のなる大きな樹に育てていく。そうすることで、飲んで下さるお客さん、酒販店さん、飲食店さん、みなさんと喜びをわかちあえるようになりたいですね」

2種類の定番商品を軸として、多くの飲み手に支持されるようになった天美。取材後の8月10日、新商品シリーズの締めくくりとして山田錦がリリースされ、2期目の造りを終えました。3期目以降も「天美らしさ」を研ぎ澄ませながら、より多くの人々に美味しさと出会う喜びをもたらしてくれることでしょう。

※「天美」一期目の酒造りに関する記事はこちら
地酒の新星「天美」、女性杜氏が挑む蔵づくりと酒づくり - 山口県・長州酒造

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