2020.12
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地酒の新星。女性杜氏が挑む蔵づくりと酒づくり - 山口県・長州酒造
太陽光発電システムなどを製造する長州産業株式会社(山口県山陽小野田市)が、廃業目前だった地元の酒蔵を買い取り、更地から真新しい酒蔵を建てることを発表してから2年半。2020年11月に待ちに待った新酒の第一号が売り出されました。お酒の評判は上々ですぐに品切れとなり、順調なスタートを切っています。日本酒とはまったく無縁だった会社による日本酒市場への新規参入を、造りの現場で陣頭指揮したのは女性杜氏、藤岡美樹さんです。藤岡さんがこのプロジェクトに関わった経緯と、新蔵誕生までの苦労の軌跡をたどりました。
異業種の地元企業が出会った、廃業目前の酒蔵と女性杜氏
長州産業が畑違いの日本酒造りに関わるきっかけになったのは、新規事業として2017年から始めたチョウザメの養殖です。チョウザメ養殖の鍵を握るのは良質で豊富な地下水。県内3カ所で養殖場所を設ける一方、さらに拠点を探して岡本晋(すすむ)社長が辿り着いたのが下関市菊川町にある児玉酒造でした。
そこで出会った蔵元の児玉剛さんから、「造りは15年前から止めているし、後継者もいないので廃業を考えている」と聞かされます。岡本社長はそれを知って「地域の文化である酒蔵が消えるのは惜しい。この地に続いてきた日本酒の文化と伝統を残すため、新規事業として取り組む価値がある」と考え、児玉酒造の事業承継を決めます。2017年夏のことでした。
その後準備を進め、2018年春に児玉酒造の事業承継手続きを完了。社名を長州酒造に変え、老朽化した酒蔵を解体して、更地にゼロから酒蔵を建設することを決めます。そこで懸案になったのが杜氏探しでした。異業種ゆえに長州産業には伝手がありませんでしたが、広島の機械メーカー、有限会社キクプランドゥーの菊田壮泰(たけひろ)専務が「うちは酒蔵にも機械を納めていて、知り合いの造り手が何人もいる。そのなかに一人ご紹介したい女性がいます」と名前を上げたのが藤岡さんでした。
藤岡さんは東京農業大学時代に飲んだ日本酒の魅力に惚れ込み、「美味しい日本酒を自分で造って、日本酒の良さを知らない人に伝えていきたい」と日本酒造りの世界で生きることを決意。農大卒業後は奈良県吉野町の北岡本店(「八咫烏」)で酒造りを学び、その後、香川県観音寺市の川鶴酒造で蔵人から杜氏に昇格するキャリアを実現しています。この話が持ち上がった2018年夏には三重県鈴鹿市で銘酒「作」を醸している清水清三郎商店に移って、酒造りに従事するところでした。
創業の精神「不退転の決意」が動かした、杜氏の思い
ところが、菊田専務から話を聞いた藤岡さんは、即座に断ります。「異業種の会社が日本酒造りやその経営環境について十分調査しないままに参入して失敗したケースもあります。もしそうなってしまえば、その会社だけでなく農家や酒販店さんなどのお取引先やお客様も幸せにならない、と感じたからです」と藤岡さんは振り返ります。
ところが菊田専務は「長州産業の岡本社長は中途半端な気持ちで日本酒に参入するわけではなく、必要十分な資金を投じて、長い目で酒造りをする構えでいる。会うだけ会ってみないか」と粘り強く説得。藤岡さんも折れて、休日を利用して山口の長州産業にまで足を運びました。
藤岡さんは岡本社長に会うと、日本酒造りをめぐる環境を説明します。日本酒造りはまず米を現金で買い、造った酒は1年かけて売るので資金の寝る期間が長いこと。日本酒の価格は上がりづらく、地酒蔵の利益率は決して高くないこと。新規参入の場合は設備投資規模も大きくなり、回収の目処も立てづらいこと。「長州産業にも損をさせたくないし、やるからにはお客様やお取引先も含めて、酒蔵を継承して良かったと思ってほしい」との思いから、日本酒事業への参入をもう一度考え直してもらうつもりで、これらの内容を言葉を尽くして説明しました。
ところが岡本社長はその場でおもむろに立ち上がり、壁に掲げられている父・岡本要(かなめ)元会長のあいさつ文を指し示し、「この文中にある不退転の決意、というのが我が社の座右の銘です。 うちの会社の歴史そのものが新規事業への挑戦の連続だった。今回の日本酒事業への参入も同じ。5年や10年で成否は判断しない。まずは事業の収益よりも、品質の良い酒を造ることが大事だと考えている。またそれだけでなく、地元の米作りや食文化の発展などへの貢献も含めて、末永く事業を続けて行くつもり。だから、新しい酒蔵誕生に藤岡さんの力を貸してもらい、一緒に次の世代に渡せる基礎を作ろう」と強く要請されたのでした。
品質を重視した酒造りで、地元と協力し合いながら、長期的な目線で酒を広めていくこと。岡本社長が語ったこれらの言葉は、蔵人の時から藤岡さんが目指してきた方向性とも一致していました。
「酒造りは大好きです。しかも、奈良の酒蔵時代に5年先輩が杜氏になった時は、自分もただの蔵人ではなく、造りの判断の責任者である杜氏になりたいと強く思ったものでした。それだけでなく、ゼロから酒蔵を立ち上げて、その礎を築くというチャンスは二度とないだろうから、この話に賭けてみたい、と考えはじめました」
この考えをさらに確かなものにするため、今度は藤岡さんから岡本社長に、ある提案をします。それは、杜氏として設備設計や酒造りに責任を持つだけではなく、藤岡さんが直接、ブランド作りや営業にも関わったうえで、できたお酒は商品説明ができる専門店のみで販売すること。
「営業面も含めて関わりたいと考えたのは、最初の数年間というのは商品のイメージが作られる大事な期間だ、と考えたからです。少なくともその期間は、商品のこだわりを自分の声で直接伝えて、それを地酒屋さんや飲食店さんと一緒に広めていきたい。そうやって本当に美味しいお酒を造って、届けていけば、お客さんにも喜んでもらえるはずだ、と思いました」
藤岡さんのこの提案を、岡本社長も「藤岡さんに任せたい。やってみてください。」と快諾。こうして、2020年春からの杜氏就任が決まったのです。
最新鋭の設備を備えた酒蔵は、「新しいものの匂い」も徹底的に対策
清水清三郎商店の蔵元と杜氏の理解もあり、藤岡さんは蔵人として働きながら、休みには山口県へ出かけて、準備を始めます。最初に考えなければならなかったのは「最終的にどれだけ造れる蔵にするか」でした。いくら岡本社長に「長い目で見る」と言われていても、それに甘えるわけにはいかず、能力的には2日に1本のペースでほぼ一年中仕込める四季醸造蔵にすることとしました。そのうえで、醸造量が増えるたびに追加で入れていけばよい仕込みタンクなどは部屋を広くして必要数だけ並べることに。原料処理や麹室、冷蔵庫にする槽場(酒を搾るための部屋)など、製造規模のボトルネックになりうる設備は最初から大きく、最新鋭の機器類を導入することにしました。
いざ建屋の建設が始まる段階で藤岡さんが最も気にしたのが匂いでした。「建物にしろ、設備機器にしろ、新しいものには匂いがあるんです。それらの匂いが酒に移ったら大変。それが一番気になりました」と藤岡さん。このため、建物に使う接着剤や防かび剤は低臭・無臭を慎重に選び、しっかりとした換気システムを構築。麹室は木製だと新しい木の香りが酒に移る恐れもあるので、オールステンレスの2室式に。搾り機は濾布と板を徹底的に洗濯し、さらに酒を通すステンレスのパイプや樹脂製のパイプもすべて繰り返し洗浄をしています。
新型コロナウイルスの感染拡大やその後の井戸水のトラブルもあって、2020年春の醸造開始が半年遅れたのですが、藤岡さんは「おかげでその間も毎日毎日洗浄に明け暮れました。もう二度と新しい酒蔵での酒造りは経験したくない、と思ってしまうぐらいに」と話しています。
天の恵みで出来た美しい酒、透き通った味わいは早くも人気に
そして、いよいよ2020年9月から仕込みを開始。最初の仕込み1号の醪を搾り機にかけたのが11月中旬でした。搾り機の槽口(ふなくち)から迸り出てきたお酒を唎いた瞬間のことを藤岡さんは次のように語っています。
「懸案だった違和感のある香りは皆無でした。酒本来の柔らかな香りと一点の曇りもない透き通った甘味と旨味を感じることができて、力が抜けました。時間が経過するにつれ、ゼロから立ち上げたプロジェクトの達成感がじわじわと湧いてきましたね」
お酒の名前は「天美」としました。天(太陽)の恵みで出来た美しい酒という意味を込めてあり、これだけは岡本社長が決めました。仕込み1号は山田錦60%精米の純米酒。「まったく無名の蔵の新酒が果たして売れるのか不安もあって」(藤岡さん)、本来よりも仕込み総量を抑えめにしたため、四合瓶のみで生酒約2,000本の限定販売となりました。ところが藤岡さん自身によるSNS発信の効果もあって、事前に長州酒造の話は酒好きの間で広まっており、全国約40店の特約店に出荷されたお酒はあっという間に品切れになりました。「嬉しい悲鳴です。私を含めた5人で、今後は週1本のペースで仕込んで、天美のお酒をより多くの人に知ってもらいたい」と藤岡さんは笑顔で話していました。
「微差は大差」を合い言葉に、チームで目指す地酒としての評判固め
造りに参加する杜氏&蔵人5人のうち、経験者は2人だけです。蔵人たちとの合い言葉は「微差は大差」。「この辺でいいかな」といった気持ちが酒質に微妙な差を生み、それが積み重なると明確な違いになってしまうという思いをこの言葉に込め、蔵全体が緊張感を維持するように心を砕いているのです。蔵人達にも、このように一つ一つの作業に手を抜かない酒造りを求める一方で、藤岡さん自身も造りが始まってからは車で15分ほどの自宅にはほとんど帰らず、蔵の仮眠室で寝泊まりしています。
そんな藤岡さんが目指す酒質は「甘味と酸味のバランスのよい、キレのいいお酒。香りは控えめで味わいに寄り添うような感じにしたい。日本酒を飲み慣れない人にもするりと入っていくように、アルコールを感じさせないお酒にもしたいので15度の原酒で提供していきます」と話していました。
長州酒造の執行役員でもある藤岡さんは、会社としての目標を次のように語っています。「最初の5年間で長州酒造の製造スタイルと味わいの確立を目指します。また、人を育ててチーム力を強化します。そして、10年後をメドに親会社から自立して、できれば存在感のある子会社に育てたい。その後の5年で次の杜氏へのバトンタッチに備えます。蔵の敷地から湧く美味しい軟水を活かした、下関の地酒としての評判も固めたいですね」
初年度の順調なスタートの理由を、「建設会社さんや設備会社さん、そして地元の方々をはじめ、色々な人たちが蔵づくりに携わってくれました。その方々が長州酒造を自分の蔵だと思って、一生懸命協力してくださったおかげ」と語る藤岡さん。山口にまた1つ、地酒の星が生まれました。
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酒蔵情報
長州酒造
住所:山口県下関市菊川町古賀72
電話番号:083-287-0165
Webサイト:https://choshusake.com/
創業:2018年(平成30年)
社長:岡本晋
杜氏:藤岡美樹
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