常陸杜氏 一期生の酒造り(1) 森嶋杜氏の酒は苦味/渋味が鍵 - 茨城県・森島酒造

2020.12

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常陸杜氏 一期生の酒造り(1) 森嶋杜氏の酒は苦味/渋味が鍵 - 茨城県・森島酒造

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

茨城県で日本酒造りに携わる杜氏&蔵人を対象にした新しい資格制度「常陸杜氏(ひたちとうじ)」。茨城の風土と水と米で美酒を醸す人だけが名乗れる常陸杜氏は2019年からスタートし、一期生として3名が認定されました(2020年、二期生が3名追加認定)。

このシリーズでは、茨城の酒造業界の将来を牽引することが期待される3人の杜氏の酒造りに迫ります。1人目として、茨城県日立市・森島酒造の蔵元杜氏である森嶋正一郎(しょういちろう)専務にお話を伺いました。

常陸杜氏とは
茨城県酒造組合が茨城県産日本酒の知名度&ブランド力向上のために2019年度に創設した資格制度。年に一回の試験を受験するためには①造り手として7年以上、あるいは製造責任者として3年以上が経過②酒造技能検定1級(国家資格)合格③茨城県産業技術イノベーションセンター主催の杜氏育成コースなどの研修受講④各種鑑評会などの受賞実績――などを基にポイントを加算。一定ポイントを超えた人が受験資格を得られる。受験内容は「小論文」「筆記試験」「実技」「面接」の4つ。「小論文」では茨城の地酒を盛り上げるためのアイデアなどを提出。「筆記試験」は酒造りと茨城の日本酒の現状などを解答する40問。「実技」はマッチング形式の利き酒で、最も重要視される。
ここまでで合格したのは6人(敬称略、あいうえお順)。
《一期生》
浦里美智子(結城酒造)=主要銘柄は、結ゆい、富久福
鈴木忠幸(𠮷久保酒造)=一品、百歳
森嶋正一郎(森島酒造)=森嶋、富士大観
《二期生》
久保田通生(廣瀬商店)=白菊
深谷篤志(武勇)=武勇
松浦将雄(稲葉酒造)=男女川、すてら

子供のころから蔵を継ぐものと

正一郎さんは1975年1月に森嶋鎮一郎(しんいちろう)社長の長男として生まれました。森嶋家には他に三人の姉妹がいますが、両親は長男である正一郎さんが後を継ぐものとして育てました。「両親に上手に刷り込まれましたので、将来父の後を継ぐことは当然と考えていました」と正一郎さんは振り返ります。

1869(明治2)年創業の森島酒造は、長年、南部杜氏が冬場に蔵人を連れてやってきて、酒造りをしていました。蔵元は搾った後の工程(瓶詰め、出荷、営業など)を担当し、造りには直接関与してきませんでした。比較的近年まで、清酒蔵のほとんどはこうした“分業制”を採用しており、正一郎さんが大学生だった1990年代半ば頃でも、蔵元が杜氏をするというケースはごく稀でした。

しかし鎮一郎さんは「うちのような小さな蔵は将来、経営が苦しくなって杜氏を招く力がなくなった時のことを考えて、蔵元が酒造りを知っている方がよいのではないか」との考えから正一郎さんに酒造りを学ぶことを勧めます。

鎮一郎さんが明治大学で経営学を学んでいたこともあり、正一郎さんも大学では酒造り以外のことを学び、金融機関などで経営を学ぶという進路を考えていました。しかし父の勧めに従い東京農業大学に進学後、大学教授の紹介で、滋賀県で「琵琶の長寿」を醸す池本酒造(高島市)で酒造りを修行することになりました。

「琵琶の長寿」と自蔵の違いを実感し、進むべき方向を模索

池本酒造には能登杜氏が来ており、正一郎さんも冬場から春にかけての造りの期間は蔵に寝泊まりし、杜氏や蔵人とともに4人で寝食を共にする日々でした。「小さい蔵でしたから、すべての作業をやりました。おかげで酒造りの基礎を学べました」と正一郎さん。そんな池本酒造の2年間(1997BY、98BY)でしたが、特に印象的だったことを次のように話しています。

「当時は小さな地酒蔵というのは、多くが地元向けのお酒が柱でした。ところが、池本酒造は首都圏や関西圏などの大都市で人気があり、そちらの割合が多かったのです。このため、普通酒(地元向け)と大吟醸酒(鑑評会向け)以外に純米酒や純米吟醸酒をたくさん造っていました。地酒蔵にはこういう生き方もあるんだなと勉強になりましたね」。

1999年4月に蔵に戻ってきた正一郎さんは、その冬から南部杜氏と蔵人たちに加わって酒造りに取り組みます。ところが、当時の森島酒造はほとんどが普通酒で、杜氏は出品用の大吟醸だけは少しでも酒質を向上させようと必死であるのに対して、普通酒については酒質を高めることよりも、どれだけ効率的に造り、粕を減らして一滴でも多くの酒を造るかに集中していました。「でも、それで蔵の経営は回っていたので、今後、どちらの方向へ進むべきなのかがわかりませんでした。美味しい酒を造るためにはどんな投資をして、作業をどう変えていくべきかを教えてくれる人がいなかったのです」と正一郎さんは最初の数年間を思い出して話します。

2000年から2010年は今をときめく人気銘柄が次々と誕生し、話題になった時期です(花陽浴2003BY、而今2004BY、寫楽2007BYなど)。グルメ系月刊誌が毎年日本酒特集をするようになり、正一郎さんもそれを熟読しながらお酒を買い集めて、自分の蔵のお酒と吞み比べたことも頻繁にありましたが、「どのお酒と比較しても、うちの酒は7回コールド負けでした」と自嘲気味に話します。悔しい思いをした正一郎さんは、蔵の進むべき方向を学ぼうと他社の蔵見学に力を入れ、「とにかく冷蔵が一番大事で最優先」であることを感じます。早速、蔵に新しい冷蔵庫を作り、造った純米吟醸酒を冷蔵保管してみると、「出荷の段階でも搾ってまもない時期の味わいが維持されていて、ぐっと良くなったことを実感しました」。

震災をきっかけに酒造りに人生を賭ける決意、10年かけ設備更新に取り組む

引き続き毎年冷蔵設備の増強をしながら酒質の改善に取り組んでいた折、2011年3月に東日本大震災が発生。 日立市は史上最大となる震度6強を記録し、沿岸部に押し寄せた津波は高さ約4メートルにも及びました。蔵の建物は津波の浸水もありましたが、むしろ壁の崩壊などの被害が大きく、復興には巨額の投資が必要と建設業者に告げられます。このため、森嶋親子は廃業も選択肢に入れて、蔵の今後について話し合いました。その時の様子を正一郎さんは次のように振り返ります。

「ふと、蔵の140年の歴史について考えたんです。ここまでやって来られたのはひとえに、この川尻(日立市川尻町)の人たちがうちのお酒を飲んでくれたから。その多くの人たちが震災で多かれ少なかれ被害を受けて、気を落としている。ここでうちが廃業したらもっとがっかりするだろう。逆に造りを途絶えさせずに復興すれば、皆さんの励みになるに違いないと思い至ったんです。自分が先頭になって引っ張り、酒造りに人生を賭けてみようという気持ちになりました。いろいろな迷いがふっきれて、心の中のスイッチが入った瞬間でしたね」。

正一郎さんの決意は吉を呼び込みます。まもなくして都内の有力酒販店が取引を申し出てきました。酒質が酒販店の社長からも認められるレベルにまで来た証しでしたが、その酒販店が取り扱う多くの地酒と比べるとまだまだ大きな差があることを正一郎さんは実感します。しかし、「冷蔵設備の増強は続けていましたが、その次に何をするべきなのか。サーマルタンクなのか、搾り機を冷蔵庫に入れるのか、原料処理や麹造りを変えるのか。優先順位がわからない状態でした」(正一郎さん)。

正一郎さんはその答えを求めて師匠となる人を探しはじめ、ふとしたきっかけで九州の有力地酒蔵の杜氏と知り合うことができたのです。粘り強く頼み込んで師事することを認められ、その指導の下、2013BYから一気に攻勢をかけました。2013年には新しい搾り機を購入し、冷蔵庫の中に収容。翌2014年には手洗いよりも糠がしっかり取り除ける最新の洗米機を入れ、甑を替え、麹室を一新しました。設備導入に合わせて、作業も見直しました。

その冬(2014BY)に出来た酒を唎いて正一郎さんは驚きます。「一気にお酒がクリアになりました。それまではなんとなくぼーっとした印象が拭えなかったのが、コントラストがはっきりし、メリハリがつき、すっかり垢抜けた味わいに進化したことを実感しました」と正一郎さん。その後もサーマルタンクを毎年増やし、他の設備も順番に入れ替え、10年間で変身を果たしました。2015BYからは正一郎さんが名実ともに製造責任者(杜氏)となり、以後も酒質のブラッシュアップに努めています。

新銘柄「森嶋」が誕生、後味に残る適度な苦味と渋味にこだわり

自らが杜氏となり、酒質を年々向上させた正一郎さんは、新しい銘柄をデビューさせたいという思いを強くします。茨城県出身の画家、横山大観と知己を得た蔵元が昭和28年に「大観」を銘柄に加えて以降、森嶋酒造は「大観」を主力銘柄としてきていました。「大観は大吟醸から普通酒までフルラインナップの品揃えのままに続けるが、それとは別に、より手をかけた純米&純米吟醸の銘柄が欲しくなったんです。取引先の酒販店からも新しい銘柄にした方がよいとアドバイスを受けていたこともあります。そこで名前だけでなくラベルのデザインも納得がいくまで吟味しました」と正一郎さん。こうして新銘柄「森嶋」が2019年秋にデビューしました。お酒の評判は非常に良く、順調な滑り出しとなりました。「コロナ渦で大観の売り上げは大きく減りましたが、森嶋シリーズがその穴埋めをしてくれて、今期も前年並みにお酒を造ることができそうです」と正一郎さんは明るい表情でした。

納得したレベルの酒が造れるようになったのはつい最近、と謙遜する正一郎さんですが、目指す酒質について、次のように話していました。

「フレッシュで、透明感があって、ほどよい酸のあるお酒。香りや甘さはできるだけ抑えたい。加えて重視しているのが後味に残る苦味と渋味です。食中酒を狙っているので、食べた物をリセットしてくれる酸味と苦味と渋味が必要なんです。ビールもあの苦味が心地よくて食べ物が進みます。苦味と渋味というのは日本酒にはあっていけないと思っている人もいますが、ある一線を超えなければ、旨味の一部だと信じて造っています」。

常陸杜氏として茨城の酒の魅力を発信

最後に常陸杜氏について伺うと、「計画を聞いた瞬間に、なにが何でも一期生になると決めました。何事も一番目が話題になりますからね」(正一郎さん)。ただし、試験準備は思いのほか大変で、2006年に南部杜氏の資格を取得したとき以来の猛勉強を重ねたのだそうです。晴れて常陸杜氏になって、茨城県の日本酒の今後について抱負を伺うと、「もっと茨城県民の人に茨城のお酒を吞んでもらいたい。茨城県の日本酒消費のうちの県産酒の割合は2割を切ります。東北などは6~7割と聞きますが、せめて5割にはしたい。日本酒というのはその地域の風土や気候に育まれてできるもので、同じように発展してきた郷土食と合います。常陸杜氏として、そうしたメッセージを地道に発信していきます」と意欲を見せていました。

酒蔵情報

森島酒造
住所:茨城県日立市川尻町1-17-1
電話番号:0294-43-5334
創業:1869年(明治2年)
社長:森嶋鎮一郎
杜氏:森嶋正一郎
Web&ネットショップ:https://morishima-sake.jp/

連載:「常陸杜氏一期生の酒造り」
第二回:結城酒造編 浦里杜氏のこだわりは「麹造りは自分だけで」

第三回:吉久保酒造編 南部杜氏3人の下で腕を磨いた鈴木杜氏

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