2021.01

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「地酒」の魅力と可能性 - 酒スト的地酒論(5)総括

酒スト編集部  |  酒スト的地酒論

「地酒の”地”ってなんだろう?」 このようなシンプルな問いかけを起点に、これまで「原料」「流通・消費」「地域経済」「文化・コミュニティ」という4つのテーマから、日本酒と地域との関わりについて分析してきました。

連載の最後は総括ということで、これまでの内容をベースに「地酒」という言葉の特徴をワインやビールとも比較しながら浮き上がらせ、その魅力と可能性について考察します。

「地酒」の成り立ちと現在地

最初に、連載の原点に立ち返り、「地酒」という言葉=概念を掘り下げていきます。

日本酒の近現代史と「地酒」の成り立ち

現在広く使われている「地酒」という言葉は、「様々な場所で造られている魅力的・個性的な酒(特に中小規模の酒蔵によるもの)」というポジティブな意味合いを持っており、その直接の起源は1975(昭和50)年前後であると考えられます。

一方、それ以前にも「地酒」及びそれに類似する言葉が存在しました。 例えば、連載第4回「文化・コミュニティ」でも紹介した柳田國男「明治大正史世相編」(1925(昭和6)年刊行)には、江戸時代の市場で高く評価されていた「下り酒=灘酒」及びそのブランド力を示す「銘酒」という言葉に対置するものとして「地酒」という言葉が出てきます。 また、江戸時代の文献には「地廻り酒」という言葉が見られます。これは関八州(関東地方)で造られていた酒のことであり、灘などからの「下り酒」に比べて品質で劣るものと評価されていました。 これらから、江戸時代から昭和初期にかけての酒における「地」という言葉は、「主要産地(灘五郷など)以外の地方」という地理的な違いに加えて、「品質が劣るもの」というネガティブな意味合いを持っていたと推測されます。

では、いつ、どのようにして、日本酒における「地」という言葉が、ネガティブからポジティブな意味合いに転換したのでしょうか。

連載第1回の「原料」で取り上げたように、明治時代以降、科学技術による酒造りの解明を背景として「軟水醸造法」などのイノベーションが起こり、酒造技術が全体的に底上げされ、昭和初期には各地で高品質の酒が製造できるようになりました。 一方、戦前~戦中には、米不足などを背景として醸造アルコールなどを添加した増醸酒の研究が進み、それが戦後から高度成長期に欠けて「安い酒を大量に」という市場ニーズと合致し、主に灘・伏見の大手蔵により似通った酒質の日本酒が広く流通するようになりました。 つまり、戦前から高度成長期にかけて、酒づくりは技術・製品の両面で「同質化」が進み、それゆえ、「地酒」や「地廻り酒」という産地間の差を示す言葉が途絶えてしまったと考えられます。

そして、1970年代後半から「地酒ブーム」が訪れます。 この頃には、戦後の食糧不足はとうに解消され、食生活の洋風化(酒類においては洋酒の普及)が進み、好きなものを好きな時に飲み食いできる「飽食の時代」を迎えていました。 そして、日本酒の世界においても、「いつでも、安く手に入り、似通った品質」のナショナルブランドの製品が価格競争の末に供給過剰となり、それに代わって、知られざる地方の酒への関心が呼び起こされました。

この当時はちょうど、「地方の時代」という言葉が流行したり、国鉄が地方の魅力を発信する「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンが好評を博すなど、国民の地方に対する興味・関心が高まっていた時期でした。 こうした背景のなかで新たに誕生した「地酒」の「地」は、地方の酒を劣ったものと見なす意味合いは存在せず、逆に「同質化されない魅力や個性を持った酒」というポジティブなニュアンスを持っていると考えれられます。

このように、今日私たちが親しんでいる「地酒」という言葉は、その字面から伝統的なものだと思われがちですが、実は比較的新しい言葉であり、かつ、日本酒の近現代史と深く関わりながら形成された言葉だと言えます。

近年の市場動向と「地酒」の現在地

続いて、「地酒」をめぐる近年の動向を見て行きましょう。

前述の通り、戦前から戦後の高度成長期までの日本酒の変遷は「同質化」の歴史であり、それが前提となって「地酒」という言葉が生まれたと言えます。 この「同質化」は、近現代の産業の発展に伴い、日本酒以外にも様々な分野で進行しました。そして近年あちこちで語られるようになった「差別化」という言葉は、この「同質化」から何とか脱しようとすることを意味します。

最近日本酒ファンの間で話題になっている『お酒の経済学』(都留、2020)は、近年における日本酒の「脱・均質化=差別化」には二つの方向性があることを指摘しています。

その一つは、「機能的価値」に基づく「垂直的差別化」です。 「機能的価値」とは、多くの消費者の間で優劣の判断結果が一致する価値のことであり、日本酒においては、精米歩合、酒米の名称、添加物の有無などの「スペック」が該当します。国税庁が定める「清酒の製法品質表示基準」は、このスペックの優劣を保証する役割を果たしていると言えます。 この機能的価値に着目し、他者との比較において優位に立とうとする戦略が「垂直的差別化」であり、その代表例は、他社に先駆けて「純米大吟醸、山田錦」に特化する戦略を取り、国内のみならず海外にも飛躍した旭酒造(獺祭)です。

もう一つは、「意味的価値」に基づく「水平的差別化」です。 「意味的価値」とは、優劣が明確でないなかで消費者が自らの基準によって意味を見出す価値のことであり、日本酒においては、伝統的製法の採用、地元産米や自社栽培米の使用などが該当します。 この意味的価値に着目し、価値観が合致する消費者に選んでもらおうとする戦略が「水平的差別化」であり、その代表例は、いち早く生酛造り・木桶仕込み・県産原料の使用などに取り組んだ新政酒造です。

連載の第1回~第4回で見てきたように、酒蔵と地域との関りは非常に多岐に渡り、これらに基づいて多様な価値を生み出すことが可能です。こうした関係に支えられた「地酒」という言葉は、特定の基準に基づく「優劣」というよりは、産地を基軸とした「違い」や「個性」を基調とするものであり、後者の「意味的価値」に基づく「水平的差別化」と親和性が高いと考えられます。

先ほど、今日の「地酒」という言葉は、1975年前後に広まった比較的新しい言葉だと書きました。 一方で、そこから現在までの約45年の間、淡麗辛口ブーム、吟醸酒ブーム、そして近年の伝統回帰や地元重視など、様々なムーブメントを通じて日本酒はますます多様化し、「水平的差別化」が進行しています。このような変化にも関わらず、「地酒」という言葉が現在も広く使われ、しかもポジティブな意味合いを失わないのは、優劣によらないフラットな価値観に根差しているがゆえに、市場の変化に対応する柔軟性や弾力性を備えているからだと考えられます。

「テロワール」、「クラフト」と「地酒」

次に、同じ醸造酒であるワインの「テロワール」、ビールの「クラフト」との比較により、「地酒」という言葉の特徴を考察します。

ワインの「テロワール」と「地酒」

連載のなかで何回か触れたように、近年、ワインの「テロワール」という思想の影響を受け、地域の自然環境に根差した酒造りを志向する酒蔵が増えてきています。

まず、この「テロワール」の概要を見て行きましょう。「テロワール」(Terroir)とは、ワインの原料となるブドウ生産地の土壌、地形、気候、標高などの自然条件による特徴を指すフランス語であり、近年はワイン以外の食品、飲料にも広く用いられるようになっています。

「テロワール」は、「地酒」と同じく統一の定義を持っていませんが、フランスワインの長い伝統のなかで形成されてきた思想であり、ワイン文化・産業に大きな影響を及ぼしています。 ローマ帝国時代から良質のワイン産地として知られていたフランスでは、長年の蓄積を通じて、テロワールの違いがワインの品質に決定的な特徴を与えるという思想が発達していきました。 しかし、19世紀後半にフィロキセラと呼ばれる害虫によって大打撃を受け、その後しばく様々な要因で品質低下、そして模造品の横行に悩まされるなど、苦難の時代が続きました。

このような状況を打開するために誕生・発展し、今日まで続いているのが、テロワール思想を基盤とした「原産地呼称」です。 これは、高品質のワインの産地を保護するため、産地の「範囲」を明確に区分するとともに、ブドウの品種や栽培方法、ワインの醸造や貯蔵の方法などの厳格な「品質」の基準を定め、「範囲」と「品質」の両方を満たすものだけが「産地の名称」を名乗ることができるという制度です。 (近年日本でも普及が進み、日本酒の産地も指定されている「地理的表示(GI)」は、この原産地呼称の一種です。) このように、現代の「テロワール」は、それ自体が文化として大きな影響力を持つことに加え、法制度としての「原産地呼称」によって具現化され、経済活動に直接的な影響を及ぼしています。

続いて、「テロワール」と「地酒」の共通点、相違点を考えていきましょう。

「テロワール」という思想そのものは「産地の自然環境」を対象とする思想ですが、これが基盤となって形成された「原産地呼称」は、地域固有の食文化の保護、地域経済の活性化など、より幅広い意義と役割を持つとされています。 このように、酒の生産(原料を含む)という行為が、地域の文化・経済など幅広い要素と関連付けられているところは、「テロワール」と「地酒」で共通していると考えられます。 但し、やはり「テロワール」の核心は自然環境であり、この思想を取り入れている日本酒蔵も、地域の自然環境を重視していると言えるでしょう。

もう一点、「テロワール」を基盤とする「原産地呼称」が、高品質のワインの産地を守るために制定されたということで、先ほど言及した「垂直的差別化」に当たることが注目されます。ここは「テロワール」と「地酒」の大きな違いであり、次のように整理できると考えられます。

 ・「テロワール」は、「産地の違い」=「品質の優劣」(ヒエラルキーの世界観)
 ・「地酒」は、「産地の違い」=「品質の個性」(フラットな世界観)

中東に発祥し、ヨーロッパで大きく発展したワインは、新大陸、そしてアジアなど世界中へと広がりました。 こうしたなかでフランスは、ワインの「本場」としての価値を守る必要に迫られ、「テロワール」の思想や、それを基盤とする「原産地呼称」というツールを磨き上げてきました。

一方近年は、アメリカ合衆国、チリ、オーストラリアなど「ニューワールド」において、本場の「テロワール」(産地)に対抗すべく、地域性に縛られにくい「セパージュ」(ブドウの品種)の価値を打ち出したワインが台頭し、フランスなど旧世界のワインを脅かしています。ワインの思想は、長い歴史を持つ国際流通のなかで変化してきましたし、これからも変化していくでしょう。

一方の日本酒は、輸出や海外生産が伸びているとは言うものの、まだまだ国際市場で揉まれた経験がほぼ無いと言える状況です。現状では、日本酒とワインは異なった世界観に立脚しているように感じられますが、日本酒がもっと海外に広がれば、ワインの後をたどる可能性も否定できません。自国の酒が持つ価値や魅力を定義づける思想、それを表現する言語や概念、さらに、それを経済活動のなかで具現化する法制度など、国際経験豊かなワインから学べることは非常に多いと思います。

ビールの「クラフト」と「地酒」

ビールをはじめとした嗜好品に用いられる「クラフト」という言葉も、日本酒の新しい価値を示す言葉として使われる機会が増えています。過去4年間で約60万人の来場者数を誇る、日本最大級のイベント「CRAFT SAKE WEEK」を筆頭に、近年、日本酒に関するさまざまなイベント、商品、店舗等の名称として「クラフト」という言葉が使われるようになりました。

「クラフト」ビールの発祥は米国であり、世界的大手のビールメーカーによる同質化したビールへのアンチテーゼとして登場・台頭した個性的な味わいのビールを指す言葉です。米国の「クラフトビール」の醸造者には次のような定義があります(※1)。

小規模:年間生産量が600万バレル(約70万キロリットル)までであること
独立 :クラフトビール製造者ではない酒類業者の資本参加が25 %未満であること
伝統的:伝統的あるいは革新的な原料とその発酵に由来する風味を持つビールが生産量の過半であること

(※1)出典:Brewers Association(筆者訳・要約)。2018年の定義変更により「伝統的」の要件は撤廃され、「製造免許を保有しビールを醸造していること」と大幅に緩和された。

そして、日本でも、1990年代の「地ビール」ブームを経て、2010年代から「クラフトビール」が盛り上がりを見せているのは周知の通りです。

「クラフト(craft)」の意味を辞書で調べると、「手づくりで物をつくる職業または活動で、それをするための技能が求められるもの」(『ロングマン現代英英辞典』、筆者訳。)とあります。これと似た言葉には「ハンドメイド」があり、どちらも「手づくり」という意味を含んでいますが、「クラフト」では作品に込められた技巧や創造性、そこから現れるオリジナリティに重きが置かれているように感じます。 実際、クラフトビール業界では常にオリジナリティを追求した新しいタイプのビール造りが続けられており、ビールを製法や見た目、味わい等で分類する「ビアスタイル」の数はそれにあわせて増え続けています。

クラフトビール造りにおいて、「地域性」はこのオリジナリティを表現する要素の一つになっています。例えば、「フルーツビール」などの副原料を使用したビールでは、地元産の副原料が使われることが多くあるほか、「ベルジャンスタイル・ランビック」のように地域の伝統的な製法が、ビアスタイルとして他の地域でも活用されることもあります。原料や伝統的な製法が地域性を表現する手段になるという点は「地酒」との共通性が感じられます。

また、地域と多様な関わりを持つ点も「地酒」と共通しています。特にアメリカのクラフトビール産業では「タップルーム」と呼ばれる、醸造所に併設された飲食スペースでの売上がビジネスの重要な要素になっています。タップルーム以外の商品流通においても、アメリカの酒類流通規制の影響もあり、流通の地域性を保ちつつもビジネスを成立させている醸造所が多く存在します。

さらに、クラフトビールの評価においては、「テロワール」に見られるような産地の階層性は希薄であり、フラットな世界観のもとで個性が重視される点も「地酒」と共通していると言えます。それを示すように、通常、コンテスト等での評価はビアスタイル別に行われており、たとえば日本酒ではある程度一律に決まっている「オフフレーバー(好ましくない香り)」も、ビアスタイル別に異なります。それぞれ個性を持ったビールを一律に評価するわけではなく、特徴がある程度共通したビアスタイル別に評価を行うことは、ビールの水平的な価値を業界全体として追認し、後押しする効果があるように感じられます。

日本酒の一般的な分類方法には、「吟醸」「純米」などの「特定名称」があります。鑑評会・コンテスト等でもこの分類に従って評価する、あるいは「大吟醸」的な香味を高く評価することが多いですが、この「特定名称」は味を示す指標としては分かりにくいという指摘も多くあり、またこれだけの評価軸では、現代の多様な個性を持つ日本酒を十分に評価しきることは困難です。これから日本酒が「地酒」として、地域の多様性を活かした発展を遂げていくには、ビアスタイルに見られるような評価軸の多様性もまた必要なのかもしれません。

日本酒とビールは同じ穀物酒であり、穀物の輸送性の高さゆえに原料選択に高い自由度があります。そのため、これまで見てきたように地酒とクラフトビールも多くの共通点を持っていました。一方であえて両者の違いを考えてみると、本連載第4回で見たように地酒は初めから地域社会の中で成り立ち、そのなかで品質を高めながら生き残ってきた(「大手」と呼ばれる企業も、定義上は地域の中小企業である)のに対して、クラフトビールは初めから大手企業のビールとは異なる、オリジナリティを追求した酒として成り立ち、そのなかで地域性も武器として活用し発展してきた、という点を指摘できます。2000年代以降に新しく流行したクラフトビールが、このように原料や流通の地域性を追求するなかで発展を遂げていることは、「地酒」の可能性を信じる材料の一つになるのではないでしょうか。

「地酒」を特徴付ける「人の意思」と「相互作用」

最後にここまでの内容を踏まえて、「地酒」の特徴をあらためて整理してみましょう。

本連載の第1回から第4回で見てきたように、日本酒において地域性を表現する要素はさまざまであり、どの要素に重点を置くのかは酒蔵によって異なっています。米から酵母のような副原料まで地元産 の原料にこだわる酒蔵もあれば、地元向けの流通や地元住民との交流に重きを置く酒蔵もあります。

これらさまざまな要素のうち、どれが「地酒」にとって重要ということではなく、古くから幅広く地域と関わりながら成り立ってきた日本酒には、地域性の表現の仕方にも多様性がある、と解釈できるのではないでしょうか。そして多様な選択肢の中で、地域とどのように関わり、それをどのように酒に表現するかは、蔵元や造り手が選択するものであり、「人の意思」の重要性が高いと言えます。これは、気候風土など所与の条件を重視する「テロワール」の考え方とは異なる点です。一方、ビールの「クラフト」ではオリジナリティを発揮するための要素は必ずしも「地域性」である必要がないという点で、さらに自由度、人の意思の重要性が高くなっています。

次に地酒の特徴として注目したいのは、酒(酒蔵)と地域との関わり方が固定的ではない、という点です。特に第4回の「文化・コミュニティ」で繰り返し強調したとおり、地酒と関わりのある地域性のうちいくつかは変化を前提としています。近年では、先ほど「所与の条件」と書いた気候風土でさえ変化が訪れようとしており、たとえば気候変動により銘柄米の主要産地で品質変化が起きていることが指摘されています。

参考:ブランド米に気候変動の影響、イメージから遠ざかる品質

本連載の第4回で見たとおり地域の食文化と、地元の酒蔵の酒質は時代によって変わってきました。このように、地域と酒とが相互に影響を与えながら、長い時間をかけて変化してきた「相互作用」の存在も、地酒に特徴的なものと言えそうです。 これに対してワインの「テロワール」は「名産地」としての評価を得た歴史的価値を固定する(変化を抑制する)効果を持ち、それを「原産地呼称」という形で制度化しています。 また、ビールの「クラフト」はその急速な発展により、地域に雇用を中心としたインパクトを与え始めているものの、発展期が2000年代以降であったこともあり、双方に変化を与えるような相互作用はこれから作られていく段階、と言えそうです。

「地酒」の魅力と可能性

「地酒」という言葉の持つ魅力

「地酒」を特徴付ける要素を、これまでの連載内容、そして「テロワール」と「クラフト」という用語との比較から見てきました。それでは改めて、連載の初めに立てた問いに立ち返り、「地酒」という言葉の魅力と可能性について考えてみましょう。

一つ目の魅力は非常に単純で、この言葉が「伝わりやすい」ことです。日本酒以外にも「地ビール」や「地魚」など、「地○○」という言葉はよく使われており、地域との結びつきがある酒であることを直感的に理解できます。この「定義を理解していなくてもイメージでき、口に出しやすい」という点も、近年急速に広まりを見せた「クラフト」との共通点と言えるでしょう。さらに、この記事の冒頭で見たようにこの言葉は約45年にわたり、肯定的な意味で使われてきました。新しい言葉を開発・定義し普及させるのは、特に日本酒市場が縮小した現代では大変困難な道のりになります。日本酒独自の地域性を表す言葉として、すでに広く使われており、分かりやすく今後の広がりもあるこの言葉を活用しない手はないのではないでしょうか。

二つ目は、この言葉の含む意味が現代の価値観にもフィットしており、日本酒への付加価値をもたらす手段となり得ることです。消費者行動としては、近年「エシカル消費(倫理的消費)」の市場規模が拡大していることが指摘されています。

エシカル消費とは、消費者庁のウェブサイトによれば「地域の活性化や雇用なども含む、人や社会・環境に配慮した消費行動」のこと。すでに拡大傾向にあるこうした消費行動に加えて、新型コロナウイルスの感染拡大により消費の地域志向が拡大していることも指摘されています。

また、企業活動を含む社会的趨勢としては「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」があります。SDGsでは、持続可能な開発のための17の目標が設定されていますが、その中の一つである「つくる責任 つかう責任」の達成のため「地産地消」の促進が求められています。それだけでなく、地酒蔵が農業や地域文化にも関わりながら地域社会の発展に貢献することは、SDGsの目標に幅広く関わる可能性があります。

実際、こうした潮流を踏まえて、地域や環境への取り組みを商品の付加価値へとつなげる事例も出てきています。 たとえば、株式会社Clearが展開する高級日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」では、CSA(Community Supported Agriculture:地域支援型農業)による持続可能な農業支援のため、パートナーである酒蔵の酒米購入費用を一部または全部負担することを表明しました。こうした取り組みは、エシカル消費やSDGsに表れるような社会課題への関心が高い層にとって、商品の付加価値を訴求するきっかけの一つとなる可能性があります。

もう一つの例は、ノーベル賞公式行事の提供酒としても選ばれる「福寿」を醸す株式会社神戸酒心館です。同社は「サステナブル(持続可能性)」を経営の軸の一つとして掲げ、酒米の持続的生産体制構築支援、仕込み水に使われる「宮水」の保全活動、水やエネルギーの使用量削減、酒粕の再利用促進などの幅広い活動を行い、2019年の「エコプロアワード」では最も優れた活動に贈られる賞の1つである財務大臣賞に選ばれています(応募数は50件)。こうした取り組みについて、同社の安福 武之助(やすふく たけのすけ)社長はSAKE Future Summit 2020の講演で「世界のワイナリーは、環境への配慮を重視したワイン造りを徹底して、サステナブルな取り組みを付加価値につなげるという戦略を推進している」ことや、業界としても「The Most Admired Brands」の表彰では「クオリティだけではなく環境への配慮や社会貢献を評価するフレームワークが既にできている」ことを紹介しています。

課題と今後の可能性

「地酒」という言葉には課題もあります。その一つは、地酒の「伝わりやすさ」の裏返しでもありますが、具体性に欠けることです。 地酒という言葉が日本酒の価値を高める言葉としてうまく広まったとしても、このままではさまざまな「地酒」の枠組みが乱立してしまい、「結局、何が地酒なのか?」が分からなくなってしまう可能性があります。ビールの「クラフト」は分かりやすく使える言葉ではありますが、業界内部では厳密な定義を持っています。また、ワインの「テロワール」に今なお高い価値が認められるのは、その哲学と、それを制度に落とした原産地呼称などが長い歴史の中で磨かれてきたからこそです。「定義」は言葉の意味を狭くすることではありますが、それができて初めて、共通言語として広がりを持てるようになるのかもしれません。

次の課題も、二つ目の魅力として述べた「現代的価値観」に関連するものです。「地酒」はたしかにエシカルやSDGsといった新しい価値観に合致する要素も持っている一方、これに反する要素も持っています。 たとえば、品質を高めるための高精米や低温発酵、低温貯蔵はエネルギー消費量の増加につながる傾向があります。また、そもそも稲作も酒造りも、「水」という資源を大量に使う性質を持っています。新しい価値観や潮流を付加価値につなげるためには、伝統的な地域との関係を維持しながらも、グローバルに評価される価値観を少しずつ取り入れることも必要でしょう。

筆者は、こうした課題を乗り越えて、「地酒」という言葉が日本酒独自の「地域との関わり」を重視する価値観を示すものとして消費者からの支持を得て、日本酒の価値を高めていく可能性を信じています。実際この連載を通じて、SNS上で「地酒」という言葉への関心や期待が想像以上に高いことに筆者も驚きました。地酒ブームが起こった1970年代後半と同様、近年もまた「地方創生」や「ローカル」をキーワードに、地域への関心が高まっている時期です。現代の「地酒」への高い関心は、こうした時代背景から生まれているのかもしれません。

70年代後半からの地酒ブームで「地酒」に期待されたのは、同質化したナショナルブランド製品とは異なる個性のある酒でしたが、一方でこの時期は「淡麗辛口」や「吟醸酒」という方向性の定まったブームにとどまってきた側面もありました。現代の「地酒」への期待がこれを乗り越え、価値を高めていくためには何が必要なのでしょうか?本連載は今回で終了しますが、SAKE Streetでは今後も地酒に関するさまざまな事例を取材し、この問いに答えを出せるよう取り組んでいきたいと思います。

上記の問いに対する答えを探す一環として、最後に読者の皆さんにお願いがあります。地酒のどういう部分に魅力や可能性を感じるか、Twitterアンケートにご協力いただけますでしょうか?

アンケートの回答とあわせて、具体的なコメントをハッシュタグ「#私の地酒論」とともに投稿していただけると嬉しく思います。皆さんからの回答はリツイートでご紹介させていただきます。(筆者からの回答例を以下に掲載しています。)

地酒好きの皆さんからの投稿、お待ちしています!

参考文献

・柳田國男『明治大正史 世相編 新装版』(講談社学術文庫, 1993)
・吉田元『江戸の酒――つくる・売る・味わう』(岩波現代文庫、2016)
・都留康『お酒の経済学-日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』(中公新書、2020)
・蛯原健介『ワイン法』(講談社、2019)
・高橋梯二『農振水産物・飲食品の地理的表示』(一般財団法人農山漁村文化協会、2015)
・スティーブ・ヒンディ『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』(DU BOOKS、2015)
・Ethical Consumer Research Association「Ethical Consumer Markets Report 2020」(2020)
・アクセンチュア株式会社ウェブサイト「新型コロナウイルス(COVID-19)が消費者行動を永続的に変える」(2020年12月24日閲覧)
・大西 茂, 田中 勝也「地場産農産物に対する消費者の選好」(「農林業問題研究」56 巻2号、2020)
・PRTIMESウェブサイト「日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」が持続可能な産業支援の取組みとしてパートナー酒蔵に対して、酒米購入費用の一部または全て負担することを発表」(2020年12月24日閲覧)
・エコPro2019ウェブサイト「株式会社神戸酒心館 Sustainable Journey」(2020年12月24日閲覧)

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