「大吟醸の次」を目指して - 精米機のパイオニア・サタケが拓く新時代の精米「真吟」に迫る(2)

2022.08

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「大吟醸の次」を目指して - 精米機のパイオニア・サタケが拓く新時代の精米「真吟」に迫る(2)

瀬良 万葉  |  日本酒産業を支える裏方企業

吟醸酒誕生のきっかけといっても過言ではない動力式精米機を日本で初めて開発し、創業の地・西条はもちろん、日本の酒造りの発展に大きく貢献した株式会社サタケ。前回はその歴史と精米の考え方をお聞きしましたが、今回はサタケが新しく開発した「真吟精米」を深堀りします。

前回に引き続き、営業担当の新山さん、研究開発担当の川上さん、広報担当の大橋さんのお三方にご協力いただき、開発ストーリーや真吟精米で醸した清酒の特徴、さらに最新の研究内容まで、「真吟」に関するトピックを幅広くご紹介します。

サタケが提案する新しい精米「真吟精米」とは

1896年から精米機の開発に取り組んできたサタケが、新時代の精米として打ち出すのが「真吟精米」です。真吟精米とは、扁平精米・原形精米に由来する精米のことで、サタケでは、以下の図のように「真吟」を定義しています。

2018年には長年の研究が実り、真吟精米を実用可能にする新型精米機の開発に成功しました。その開発史を振り返りながら、真吟精米の特徴を見ていきましょう。

「真吟」実用化までの歴史

真吟精米のもとになっている扁平精米の理論そのものは、1990年代から存在しました。扁平精米は、平らな形に米を削ることで、米の表面付近にあるタンパク質を効率よく除去する方法です。酒蔵のなかで、パイオニアとして扁平精米に向き合ってきたのは福島県・大七酒造でした。

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しかし扁平精米の実用化は、長年のあいだ非常に困難であり続けました。高度な技術が必要であることに加えて、精米時間の長さも問題でした。夜中まですべて手動で調整を続けなければならないことから、労働負荷も高くなってしまいます。

その問題を解決したのが、サタケが開発した新しい精米機です。この精米機を使うことで、扁平精米や原形精米にかかる時間を大幅に短縮できるのです。

その秘密は、砥石の素材。「cBN(立方晶窒化ホウ素)」という硬質な素材を利用することで、精米の精度と速度が上がったのだそうです。精米機の研究開発に取り組んでいる川上さんは、この砥石の特徴を次のように語ります。

「cBNで作った砥石はとても鋭利なエッジを持っていて、たとえ細かい粒度でも、お米を切るように削る力があります。さらに運転中に熱も発生しづらく、精米スピードを上げてもきれいな形に削れます」(川上さん)

この新型精米機が開発されたのは2018年。扁平精米という考え方が生まれてから実に30年弱もの時間をかけて、理論から実用へと段階が進んだのです。

サタケでは、この精米機の開発をきっかけに扁平・原形精米の総称を「真吟」と名付け、これまで曖昧だった基準も定めて、酒蔵への提案を始めました。真吟精米を最初に採用したのは、地元・広島の今田酒造本店(銘柄は「富久長」)。

大橋さんが「開発当初、失敗を顧みずに『真吟』にチャレンジしてくれた今田酒造本店さま、そしていちはやく精米機をご導入いただいた新政酒造さまや新澤醸造店さまに、心から感謝しています」と語るとおり、その効果も十分に知られていないなかでのスタートでした。

しかし真吟精米のお酒が実際にできあがってみると、その味わいから真吟精米の効果が広まり、徐々に採用する精米工場や酒蔵が増えていきます。ついには扁平精米のパイオニアである大七酒造でも新型精米機が採用されました。

「ずっと扁平精米に取り組んでこられた大七酒造さまに採用いただいたことは、非常に光栄です。おかげさまで採用していただく酒蔵さまも増え、精米業務の負荷軽減にもつながっているとのことで、嬉しく思っています」(新山さん)

「真吟」の特徴は?

真吟精米は、酒造りをどのように変えていくのでしょうか。具体的な特徴を尋ねてみました。

「まずは、お米が無駄にならないというメリットがあります。真吟精米を採用すると、精米歩合を高めに設定してもタンパク質をしっかり除去できるので、アミノ酸度が低い、すっきりしたお酒が造りやすくなります。精米の選択肢が増えることで、より自由な酒質設計が可能になるので、新しいおいしさの発見にもつながるのではないでしょうか」(新山さん)

真吟精米は、繊細な味わいが好まれやすい近年の傾向にもマッチしています。また、酒質設計の自由度が上がることで、多様化する消費者のニーズにも応えやすくなります。

一方で、これまでの精米とは異なる難しさもあるようです。例えば、真吟精米でたくさん磨こうとすると、浸漬時に割れが発生しやすくなるのだそうです。また、米の形状が異なると適した仕込み方法も異なるので、精米方法に応じた仕込みを確立させていく必要もあります。

「ここでもやはり、お米の性質や状態を見極めることが重要になります。真吟精米が向いているお米もあれば、向いていないお米もあるからです。真吟向きのお米だと、味わいがしっかりありながらもキレのよい、すっきりとした酒質にできるのですが、お米によってはあまりにもすっきりしすぎてしまうことがあるんです」(川上さん)

どんな場合でも真吟が良いというわけではなく、あくまでも米の状態に合わせた精米方法の選択が大切。酒蔵が新しく真吟を導入する場合にも、造りたい酒質、使用したい品種をヒアリングした上で、ベストな導入方法を提案しているそうです。

「真吟」の最先端情報!最近の研究状況

真吟精米にはまだベールに包まれている部分が残っており、サタケでは今も、さまざまな角度から研究が進められています。最近新しく明らかになった真吟の特徴や、興味深い仮説を教えていただきました。

胚芽付近のはたらきに関する仮説

真吟精米の米を使うと発酵が早く、酒化率が上がりやすく、老香のもととなるDMTSが少なくなることがわかっています。これらの特徴が何に由来するのか、まだはっきりとした結論は出ていないものの、胚芽付近の成分が関与している可能性があると川上さんは語ります。

「胚芽そのものに含まれる成分が酒質を変えることはわかっていますが、真吟精米の場合、胚芽そのものが残っていても削られていても、独自の特徴が出ます。飯米の研究では、胚芽付近にビタミンEが多く残っていることがわかっているので、そういった成分が酒質にはたらきかけている可能性を検討しているところです。見た目に胚芽が残っていなくても、胚芽の要素を残すことが重要なのではないかと。引き続き、研究していきたいテーマです」(川上さん)

麹米・掛米への使い方

「真吟精米は麹米にも使えますが、吸水・ハゼ込みが早いため、麹米への使用が難しい場合もあります。特に、酒質を大きく変えたくない場合は、麹はいままでどおりの球形精米で作ってもらい、掛米だけ変えてもしっかり効果が出ることがわかっています」(川上さん)

さらに、三段仕込みの最後である「留仕込み」に使う米だけを真吟に変えて、これまでに近い酒質のままでキレを出すなど、球形と真吟を組み合わせることで味わいの可能性が広がるとのこと。まさに組み合わせの妙。工夫次第で、原料費を抑えたいというニーズもうまく満たせそうです。

新しい酒質の実現

「真吟を使うと、これまでできなかった酒質の酒、『新しいジャンル』ともいえそうなお酒ができるんです。実際に味わってみると、こんなに違うのか、とびっくりします」(新山さん)

精米の違いだけで、ジャンルが変わるほどの変化があるのは驚きです。ときには、今までにはなかったマスカット様の香りが出ることもあったとか。また、球形精米の40%と真吟精米の60%で、タンパク値を調べると違いが見られない場合でも、両者の酒質には違いが出てくることがあるそうです。今後さらに、真吟の秘密が解き明かされていくことでしょう。

グローバルにもローカルにも。「真吟」が切り拓く未来

開発から数年、真吟精米はこれからどのような道を進んでいくのでしょうか。今後の展望をお聞きしました。

ようやく広まってきた真吟の魅力

「新しい精米方法がすぐれているかどうかは、その方法で仕込んだ酒が出来上がるまでわかりません。一方、精米機の導入には少なからずコストがかかります。精米方法の変更は一大プロジェクトなんです。しかし私たちは醸造設備を持っていないので、真吟のよさを本当に証明するには、どこかの酒蔵さまに使っていただき、お酒を醸していただくしかない。最初は『卵が先か鶏が先か』のような状況でしたね」

しかし採用事例が増えるにつれて、最近は真吟に関する問い合わせも増えてきたそうです。

「海外からの関心も高まっていると感じています。先日は、フランスのインポーターさまからも『真吟のことが知りたい』と問い合わせがありました。海外の方には、『米を磨く』という文化そのものが目新しく映るのかもしれません。お米にまつわる日本の伝統文化と併せて真吟をPRしていくのも、面白い取り組みだと思います」(大橋さん)

海外に向けた取り組み

サタケでは、国内向けはもちろんのこと、海外輸出を考えている酒蔵にも真吟精米を勧めていきたいと考えています。日本酒の輸出量が年々増えるなか、海外でもすっきりした酒質を好まれやすいエリアや消費者層がいることも見えてきました。真吟を採用すると、製造コストを抑えながらユーザーのニーズを満たすことが可能になります。また、老ねにくいという特徴も、輸送期間の長い輸出には特に有利に働きます。

150か国以上に商品を提供しているサタケならではの海外チャネルを活かし、酒蔵さまと一緒に、真吟の魅力をPRしていきたいです」(大橋さん)

飯米にも適合! 地元産米の活用にも

真吟精米は、酒米だけでなく飯米にも向いた精米方法なのだそうです。飯米での仕込みが可能になれば、たとえば酒蔵のある地域で採れた米を使うという選択肢も出てきます。

東日本大震災で一度は蔵を失った福島県の鈴木酒造店が、地元・浪江町の米だけを使って醸す「磐城寿」は、まさにそういった形で真吟を活用した日本酒です。浪江町は長年にわたり帰宅困難区域のままで、飯米しか栽培できない状況が続いています。そういった状況のなか、「もう一度、浪江の酒を造ってほしい」という地元の人々の想いに応えようと、鈴木酒造店では飯米を使った酒造りに取り組んでいます。

「鈴木酒造店さまからは『精米歩合65%の飯米でもすっきりとした酒質を実現できることがわかったので、真吟を採用した』とお聞きしました。ラベルにも『真吟』と書いていただいています。実際にいただくと、まさにマスカットのような香りで、本当に美味しいお酒でした」(新山さん)

まとめ

日本酒の世界に、新たな可能性をもたらしてくれそうな真吟。サタケ社内でも、真吟は「ワクワクするプロジェクト」なのだそうです。

「真吟は、『安くておいしいお酒』を実現できる精米です。『吟醸や大吟醸という名前がつかないけれど、おいしいお酒』の存在がもっと広まってほしい。日本酒と馴染みのない方にも、その魅力を知ってほしいですね。『真吟』マークがついているお酒を選ぶと、お手頃でおいしいお酒に出会ってもらえるような環境を目指したいです」(新山さん)

「ヨーロッパでは、大人になったらワインを飲みたいな、と憧れを持つ若者が多いと思います。日本でもそれと同じように、日本酒に親しんでいただけたらと思っています。今は日本酒に馴染みがない方々にも興味を持ってもらえるように、工夫を凝らしながら『真吟』をPRしていきます。動力精米機を開発したメーカーとして、精米を通して、良い形で日本酒の伝統をつないでいきたいです」(大橋さん)

動力式精米機の開発によって高精白が可能になり、その結果として吟醸・大吟醸が誕生し、「おいしい日本酒」の代名詞として広く知られるようになりました。「真吟」は、「吟醸」「大吟醸」の次に評価される製法なのかもしれません。たくさんの酒蔵で真吟が使われ、日本酒の新しいおいしさが表現される未来が、とても楽しみです。

■前回の記事はこちら
精米から新幹線まで、広島・西条から世界へ - サタケに聞く「日本酒にとって良い精米」とは?(1)

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