日本酒の未来に向けた希望は誰が担えるのか? - 新規免許解禁について業界団体に聞いてきた

2020.06

21

日本酒の未来に向けた希望は誰が担えるのか? - 新規免許解禁について業界団体に聞いてきた

酒スト編集部  |  SAKE業界の新潮流

「日本酒ブーム」と呼ばれる現象が起きています。テレビや新聞、インターネット上でも日本酒をカッコよく、おしゃれに、あるいは可愛く楽しむ方法が紹介され、消費者を惹きつけています。

また「日本酒を世界に広めたい」「日本酒が日常の食卓に上るようにしたい」「日本酒産業を豊かにしたい」・・・こうした夢やビジョンを掲げて活動する人々や企業も近年、増えてきています。

しかしこのように日本酒に託される夢や希望とは裏腹に、日本酒の製造量・消費量、そして酒蔵の数は減り続けています。唯一、期待される海外輸出の分野についても市場規模はまだ約230億円と日本酒全体の5%前後であり、まだまだこれからというのが現状です。

そんななか、特に輸出市場の活性化のため、これまで70年以上認められていなかった新規製造免許を輸出用に限り解禁するというニュース、そしてそれに対して他ならぬ日本酒業界が抵抗しているというニュース(日本経済新聞2020年2月7日報道)が2019年末〜2020年初に注目を集めました。

今回SAKE Streetは日本酒造組合中央会に対し、この報道内容と中央会の果たす役割について取材を行いました。(取材は2020年3月、緊急事態宣言の発令前に実施し、当時の情報に基づいています。)

そもそも「日本酒造組合中央会」って?何をしているの?

日本酒造組合中央会とは

「日本酒造組合中央会」(以下、「中央会」と表記します)は1953年、いわゆる酒類業組合法(酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律)に基き設立された法人で、法人の分類上は「公益法人等」にあたります。

中央会以外にも各都道府県に酒造組合が存在していますが、中央会はそれらの組合と連携し、取りまとめを行う機関です。それぞれの酒造組合には清酒だけでなく、焼酎(単式蒸留焼酎)、みりん(みりん二種)の製造業者のほぼ全てが加入しています。

中央会の設立当初の重要な役割の一つは、当時はまだ戦後の復興半ばで米が不足していたことから、組合を通じて生産統制を行うことでした。しかし1974年に日本酒の生産量が完全自由化されてからは、この役割は失われています。

参考:日本酒 需給調整の未来 - 現状維持とも、単純な規制緩和とも異なる道への挑戦

中央会の現在の主な役割は、

  • 広報やイベント開催などのプロモーション/需要創出活動
  • 原料や資材等の共同調達、債務保証等による製造業者の経営支援・効率化
  • 行政との酒税に関わる制度や手続き等に関する調整
    といったものになっています。

今回は、このうち1点目の需要創出活動の内容についても取材を行いましたので、まずはその内容をご紹介します。

海外、国内若年層、地方・・・多様な需要創出活動を実施

酒造組合中央会の需要創出活動のうち、よく知られているのは「日本酒フェア」の開催でしょう。読者の皆さんの中にも、訪れたことのある方が多いのではないでしょうか。毎年6月に開催(2020年は新型コロナウイルス感染拡大に伴い中止)され、前月の全国新酒鑑評会の出品酒を集めた「公開きき酒会」と、全国の酒蔵が集まり、市販酒の試飲販売を行う「全国日本酒フェア」が主な展示内容です。

日本酒造組合中央会 古賀常務理事(以下、「古賀常務理事」)「日本酒フェアは今後も大きくしていき、海外からももっと人を呼べるようにしたいと考えています。将来的には、フランスや中国など海外でも開催したいですね」

成長する海外市場に対する施策もさまざまなものがあり、海外開催の展示会への出展も行っています。

古賀常務理事「日本酒を広くアピールするためには日本酒が集まるイベントだけでなく、総合的な酒類の展示会に出る必要があります。2020年度は、Prowein(※1)等への出展を計画しています」

(※1)Prowein:ドイツで開催される、ワインを中心とした各種アルコールの展示会。2018年は64か国から6,870社が出展、6万人以上のバイヤーが訪れている。(参考:Prowein日本語ウェブサイト

展示会にとどまらず、現地を訪れての市場調査やプロモーションも行っており、さまざまな国や地域に関して具体的なコメントが得られました。

古賀常務理事「重点地域として設定している国には、外務省やJETROとも協力してバイヤーへの訪問等の活動を行うことで、プロモーションや販売・提供のための教育・啓発を行っています。

海外といっても国ごとに実情は異なり、アメリカやカナダでは州単位でも大きな差があります。中央会では、まだ輸出の環境が十分に整っていない国や地域で重点的に活動しています。環境が整った国については、個別の企業活動に委ねることができますので。例えば、カナダではオンタリオ州よりブリティッシュコロンビア州、アジアでは香港よりベトナムなど、といった形ですね。

他にもシンガポールやマレーシア、インドなど様々な国での取り組みを検討しています。とにかく、活動の範囲を広げていくことが重要です。広げていく中で、日本酒に興味を持って『作ってみようか』という人が出てくれかもしれないですし、そうなってほしいと思っています」

さらに海外を直接訪れる体力のない、小さな酒蔵向けの施策も打っています。

古賀常務理事「空港事業として、国内主要空港の免税店でのPR活動も行っています。免税店での販売は、輸出と同様の効果がありますから。小さな酒蔵でも海外市場に向けた販売ができるようにと考えています

国内市場に関しても、日本酒の普及・浸透が課題となる若年層向けを中心としたPR活動を行っています。

古賀常務理事「先日、初めて若年層向けのイベント『&SAKE 二十歳からの日本酒』を渋谷スクランブルスクエアで開催しました。今回は東京での開催でしたが、これを地方にも広げていきたいですね。

きき酒選手権も、大学対抗の大会に旅費補填を行うなどして全国レベルに広げていきたいです。これも勝つことが重要というわけではなく、こうした活動を通じて、インフルエンサーとなるようなファンを増やしていけるように、来てくれた人を大切にしていきたいです。

若年層向け以外にも、たとえば農協や旅館業との協力等を通じて地方での需要を創出する活動を検討しています。東京はいちばんの消費地ですが、東京だけでなく地方で消費を増やすことが、国内消費を増やすために不可欠。たとえば、現地の食べ物に合う組み合わせなどを、難しすぎず垣根を低くして提案できるようにしたり。各地の鍋料理とお酒の組み合わせ提案などを検討したいと思っています。個人的には鍋を食べているときがいちばん、日本酒が進みますからね。

他にも季節感を出した飲み方の提案など、『面白く、美味しく』というイメージを消費者に持ってもらえるように取り組むことが必要だと思っています。何が面白いかというのは人によって異なりますし、特に供給側と消費者側で異なる場合があるので難しいところでもあるんですが」

新規免許への姿勢や、今回の規制への関与は?

反対活動の有無はノーコメント、消極的に見える規制への関与

報道された規制への関与についても聞いてみましたが、不透明感が残るというのが正直なところでした。前掲の日本経済新聞報道にある**「実質反対の意見書」については「各組合から取りまとめた酒蔵の意見を、賛成のものも反対のものもそのまま記載して提出したにすぎません」との回答。同じく報道にある「自民党税調の幹部らへ懸念を訴えて回った」についても「中央会として積極的にそうした活動をした認識はありませんが、何をとってこのように書かれたのか分からないので、ノーコメントです。この記事自体も重要視しているわけでもありません」という回答**でした。

本来、組合員である酒蔵を守るべき立場にある中央会。既存酒蔵から反対の意見があるのであれば、積極的に反対活動を行っても良さそうなものですが、このように一見消極的にも見える反応をしています。その理由については「今回の規制内容の詳細や今後の規制緩和に向けたビジョンなどについてまだ情報がおりてきていないので、その中では答えようがないのです。これから『関係団体との意見交換』を通じて詳細が決定されると認識していますので、それを待っているという状態です」といいます。

同様に、今回報道される「輸出用免許の解禁」に限らず、新規免許の解禁に関して意見を聞いてみても「新規参入に慎重な姿勢とも報道されていますが、そもそもこれまで、新規参入という話題が当局との間であがったことはありませんでした。免許制度に関しては国税庁が所管する話であり、中央会としては求められれば意見を出すという立場です。新規参入についてもニュートラルな立場で、たとえば特定企業に対して認めるのか、地域単位で緩和するのか、全国的に緩和するのかなど、どのような形をとるのかによって中央会としての意見は異なるものと考えています」と立場の明言を避けています。

自分たちの業界のあり方を、自分たちで決められないのか?

世界のどの国でも、税金や国民の健康などとの関係が深いアルコール産業は、規制のあり方に大きく影響を受ける業界です。業界にとって望ましい未来を実現しようとしたとき、規制に主体的に関わることもまた必要でしょう。

報道にあったように、中央会の(会長、副会長を含む)理事20名のうち4名は、もともと規制当局の出身者です。天下りそのものへの批判もあるかもしれませんが、こうした体制であることを活かして、当局から提示されている情報が不足しているのであれば積極的に提示を促すことや、制度の検討自体に主体的に関わることもできるはずです。業界の未来を左右する規制の在り方について、中央会の姿勢は消極的にすぎるように感じられました。組合員から反対意見もあった今回の輸出用免許に関する法案は今年3月に成立済みで、来年4月から施行されます。

いわゆるロビー活動は、それ自体が悪であるわけではなく「広い社会への影響を無視して、自業界の利益を優先する」活動こそが(それがロビー活動でなくても)非難されるべきものです。新規参入を望む声については、今回中央会からは「消費者や新規参入希望者などから、新規免許の発行を解禁すべきという意見が本当にあるのか、分かりません。そういう声が大きくなっているとはあまり感じていません」という回答がありましたが、実際には多くの関係者や識者から「新規参入により競争を促すべき」という声が挙がっています。社会のニーズを広く捉え、胸を張って自業界とそれを左右する規制の在り方を決めていくべきです。

先の見えない時代の、業界団体の在り方とは

「守る」業界団体の意義と限界

今回の取材で印象的だったのは「酒蔵は、大手も含めて中小企業。1社でも潰れてほしくないんです。そのために、環境をきちんと整えるのが中央会の役割です」という言葉です。

記事の前半で紹介した、中央会による需要創出活動はどれも意義深いものです。団体幹部である古賀常務理事が自分の言葉で語ってくれたこれらの内容には、勉強になることも多くありました。上記で述べられている中央会の役割は、十分に果たされていると言えるのかもしれません。

しかしあえて厳しい言い方をすれば、それらは全て、既存の取り組みの延長上にしかないものです。国内の需要が減り続け、輸出の成長もそれを補うに至っていない。この状況の延長線上にある限り、酒蔵の倒産・減少も続いてしまいます。今、日本酒への夢を語る多くの人々が思い描くのは、これとは違う未来のはずです。

一方で、「守る」役割を担う中央会には、これまでとは異なる働きを積極的に行うのも難しいのかもしれません。実際今回の取材でも、多様な酒蔵の意見を一つにまとめて積極的な政治介入をすることの難しさに関するコメントがありました。中央会の意思決定機関は理事会になっていますが、関係者へのヒアリングによれば「一人一票での議決」という形にはなっておらず、合議によって意思決定がなされているようです。このような形では、反対があっても多数派の意見に従い「攻め」の施策を実行することは難しいでしょう

(別の機会に詳しく触れますが、税制優遇・補助金交付を受ける公益法人でありながら、上記のような意思決定方法を定める「定款」や、記事前半で紹介した多様な活動を示す「事業計画書」「事業報告書」が公開されていないことも、中央会の役割が業界内外に理解されにくい一因になっているように感じます。)

望む未来を実現できるのは誰なのか?

日本酒の需給をめぐる厳しい状況をどうしたら変えられるのか、明確な答えを持つ人はいないのも事実です。しかし先の見えない状況であるからこそ、失敗も許容した挑戦が必要であることは、「コロナ後」の日本酒市場に関する記事でも述べたとおりです。「守る」役割を担う中央会が、こうした役割を担うことには限界があります。

アメリカのクラフトビール業界では、小規模醸造所の利益を代表する業界団体が、団体同士の競争も通じて力を得て、望む制度を実現し、業界の発展に繋げてきました。そこにあったのは「どんなにおいしいビールを作っても、政治的にうまく立ち回ることができなければ、成功はおぼつかない」(※2)という信念です。日本酒の未来を信じる人々が増えるいま、そうした人々や企業が団結し、望む未来のために積極的な行動ができる団体を作ることも必要なのではないでしょうか。

我々SAKE Streetも日本酒の未来を信じて起業した身として、微力ながら行動を続けていきたいと考えています。

(※2)スティーブ・ヒンディ著『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』(DU BOOKS2015年刊)より。

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