2020.05

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コロナ後の世界に日本酒を広めるために - いま起きている変化と、今後の展望

酒スト編集部  |  SAKE業界の新潮流

昨日5月25日に、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を日本全国で解除することが発表されました。

いわゆる「コロナ禍」は日本酒産業を直撃し、「にいがた酒の陣」をはじめとする多くの大規模なイベントの中止、海外での感染拡大に伴う輸出とインバウンド消費の低迷、国内の主要な市場であった飲食店への休業/自粛営業要請による消費の低下・・・と、ネガティブな話題には事欠きません。

今でもこうした状況への対応に苦慮する関係者も多いなかで、「コロナ後」の話をするのは少し早いのかもしれません。しかし緊急事態宣言解除直後という機会に、今後の状況にポジティブに備えていくため、本記事ではいま起きていることを整理して「コロナ後」への備えを考察してみたいと思います。

社会にもたらされる変化

まずは「コロナ禍」が広い観点で社会に及ぼした/及ぼす影響のうち、日本酒/アルコール産業に関係しそうな動きを見てみましょう。

長く続く「コロナ禍」の影響

日本では緊急事態宣言が解除できる状況を一応は迎えましたが、世界的にはまだまだ感染者は増え続けています。ロイター社のウェブサイトでは、2019年12月31日から現在に至るまでの感染者の増加状況をインフォグラフィックで配信していますが、これを見ると5月25日現在でも、4月頃と遜色ないペースで世界の感染者が増え続けていることが実感できます。

(出典:ロイター「地図とグラフで見る新型コロナウイルスの感染者数」)
(出典:ロイター「地図とグラフで見る新型コロナウイルスの感染者数」)

これは直接的には、日本酒の輸出やインバウンド消費の規模はすぐには戻らないことを意味しますし、輸出産業や観光/旅客産業への影響により、経済や消費の回復にも時間がかかることが想定されます。

また、後で見るように国内でもここ2~3か月の間に変わった生活習慣は、人々が感染への心配を忘れられるような状況、すなわちワクチンや治療薬等により、感染リスクが極めて低い状況にならない限り、戻らないでしょう。

規制が変わる

この危機に対応するため、そして再度訪れるかもしれない危機に備えて、各方面で法規制の改正が進んでいます。

たとえば従来から強い廃止要望があったにも実現していなかった、法的手続きにおける「ハンコ」の利用については、自民党ハンコ議連の会長でもある竹本直一IT相にも「できるだけ省いた方がいい」と言わしめる状況になっています。

日本酒/アルコール産業においても、期間限定のものとはいえ、飲食店向けの酒販免許の交付や、消毒用アルコールの製造/課税要件の緩和といった変化が、平時では考えられないようなスピードで起こりました

生活習慣が変わる

いわゆる「密」を避ける習慣や心理は、この数か月で人々の心に根付いたと言えるのではないでしょうか。以下に掲載している写真は、筆者が2014年に日本酒では最大級の試飲会イベントである「にいがた酒の陣」に訪れたときに撮影したものですが、今見ると写真の状況に心理的な抵抗を感じる方も少なくないでしょう。

「にいがた酒の陣」の開催風景(2014年)
「にいがた酒の陣」の開催風景(2014年)

日本酒の消費量に大きく貢献してきた、こうしたイベントが再び開催できるようになるには長い時間がかかりそうです

また、特にオフィスワークに従事する人々のリモートワーク化についても6割以上の人が「コロナ禍収束後も続けたい」と回答しており、急なリモートワーク化でも「何とかなることが分かった」ことの効果は大きかったことが見てとれます。「オフィス街に人々が集まる」ことを前提とした形の消費は、もしかすると完全にこれまで通りには戻らないのかもしれません

技術革新

『サピエンス全史』を著した歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、危機時の技術革新について以下のように述べています

非常事態は、歴史のプロセスを早送りする。(中略)未熟なテクノロジーや危険なテクノロジーまでもが実用化される。手をこまねいているほうが危いからだ。

実際に、遠隔医療や遠隔授業はテクノロジーが進歩したわけではないにもかかわらず実用化されています。(遠隔医療に関しては、初診および服薬指導を認めるための、時限付きの規制変更も伴っています。)

オンライン会議ツール「ZOOM」も、数々のセキュリティ上の懸念にも関わらず、会議やセミナーの用途で企業にも使われるようになり、4月22日には1日の会議参加者がのべ3億人を超えるまでになっています

日本酒/アルコール業界での危機対応

これまで見た状況に対応するために、日本酒/アルコール業界でもすでにさまざまな対応が取られており、トレンドと呼べるものも出てきているように思います。あらためて、どんなことが起きているのか振り返ってみましょう。

小容量化

「家飲み」の機会が増えたことに伴って、日本酒の小容量規格での販売が増えています。飲食店では前述した「期限付き酒販免許」を活用した、料理とあわせてのテイクアウト販売が行われていますし、いくつかの酒販店も量り売りを、オペレーションの煩雑さや品質への影響を克服する方法を考えつつスタートしています。こうした状況に合わせて、酒蔵でも180mlや300mlといった小容量規格の商品ラインナップを増やしています

量り売りに関しては日本酒に限った動きではありません。たとえば「よなよなエール」で有名なヤッホーブルーイング社は、運営する飲食店で「グラウラー」と呼ばれるリユース可能な専用ボトルを販売およびレンタルしたうえでの、ビールの持ち帰り販売を始めています。

「グラウラー」と呼ばれる、ビール持ち帰り用のリユース容器
「グラウラー」と呼ばれる、ビール持ち帰り用のリユース容器

参考:「よなよなビアワークス」がクラフトビールのテイクアウト開始、赤坂店で期限付酒類小売業免許を取得(食品産業新聞社)

オンライン化

オンライン化も、特に日本酒業界でいま進んでいることの1つです。酒蔵や酒販店のオンラインショップ開店が増えているほか、送料の無料化/割引や限定商品・限定セットの販売といった商品の充実化も行われているようです。

またオンラインでの酒蔵見学や蔵元会といったイベントの開催も随分増えました。私たちSAKE Streetでも今月、小容量飲み比べセットをオンライン販売したうえでの、オンライン蔵元会を開催しました

オンライン蔵元会参加の流れ
オンライン蔵元会参加の流れ

オンラインショップに関しては、これまで日本酒が他の酒類に遅れてきた部分ということもあり、特に日本酒においてここ数か月の発展が顕著でしたが、イベントのオンライン化については他の酒類でも進んでいます。

ワインでも複数のオンラインテイスティングイベントが開催されていますし、ビールでもサッポロビールがオンラインでの新製品発表会を開催しています。また、アメリカのクラフトビール業界は世界最大級のテイスティングイベントである「Great American Beer Festival (GABF)」を10月にオンライン開催することを、5月21日に発表しました。

GABFの開催風景(出典:Brewers Association)
GABFの開催風景(出典:Brewers Association)

GABFは54,000㎡以上の会場に約2,300の醸造所が約9,300種のビールを出品、審査員による評価が行われるほか、ファンも訪れてビールのテイスティングやフードとのペアリング、各醸造所代表クラスの醸造家とのコミュニケーションや体験型のショーを楽しむことができるイベント(※)です。この規模のイベントのオンライン化は今ではイメージができませんが、少なくともアメリカのクラフトビール業界では前例ができようとしており、他の酒類や他国のアルコール産業への示唆になりそうです。

(※)2019年時点の情報。2020年は、規模を若干縮小してのオンライン開催となる。(参考:What’s New in 2019? (GABF公式ウェブサイト))

商流の再構築

これまで酒蔵→(卸売業者→)小売店→飲食店/消費者という構造だった商流にも、少し変化が見られます。

先ほども見たように、酒蔵にもオンライン販売に力を入れるところが出てきており、卸売業者や小売店を介さずに消費者の手元に届く機会が増えています。さらに、小売店には利幅の関係から実現が難しい送料の無料化や割引といった施策を伴うことで、消費者の「酒屋離れ」が進む可能性はあります。

また期間限定とはいえ、小売販売が可能になった飲食店から、消費者が小容量で多数の商品を購入することも可能になっています。小容量という点だけでなく、料理とのペアリングといった付加価値や、専門酒販店に比べて飲食店の方が数が多いことから地理的にも利用しやすいことなどを踏まえて、一部の店舗では人気のあるサービスになっているようです。

期限付き酒販免許は、発行日から6か月、つまり今年の10月から11月頃までは有効です。好評を博している店舗では期限まで販売を続けるでしょうし、消費者の支持があれば規制の在り方や、店舗の営業スタイルにも変化が訪れるかもしれません

予測不可能な未来に備えて、試行錯誤を肯定する

ここまで見た、危機や社会の変化に対応する試みは、すべてがうまく行くわけではないでしょう。なにがうまく行って、なにがうまく行かないかの予測も困難です。しかし、それぞれのプレーヤーがこの状況に対応するため試行錯誤するなか、うまく行く取り組みもいくつか出てくるはずですし、うまく行ったものは危機の収束後にも残る可能性があります。

世界レベルでの経済的な危機として、コロナ禍の直前に起きたのは2008年の金融危機でした。これを予測していたナシーム・ニコラス・タレブ氏は、著書『ブラック・スワン』において、予測不可能な状況で「よい偶然」を利用して成果を得るには、試行錯誤を増やすこと、小さな失敗を許容することが重要であると説いています。

また、ビールやワイン、コーヒーといった飲み物が世界に広まった過程を解き明かす書籍『歴史を変えた6つの飲み物』からは、これらの世界的に広まった飲み物は時代の変化にうまく適合したことで爆発的に普及したことが読み取れます。

たとえばビールは狩猟/採集生活から農耕/定住生活への転換におけるコミュニティの形成に貢献したことで。ワインは農耕生活から一歩進んだ、洗練された文明の象徴になったことで。コーヒーは、宗教から科学への転換期で理性的な議論に役立つ飲み物として(それまで安全な水分はアルコールを含んだものでした)、当時の先進国から世界に広まっていきました。

社会の予測できない変化が訪れようとしているいま、多くの新しいことを試みること、新しい試みをする人々を否定せず応援していくことが、コロナ後の世界に日本酒が広まっていくきっかけになるのかもしれません