2020.05
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白麹と黒麹を徹底解説! - 黄麹との違い、日本酒造りにもたらされた「クエン酸」による変革とは?
日本酒のラベルの原材料名に「米」と「米麹」と記載されているように、酒造りに欠かせない麹ですが、主に3種に分類されているのはご存知でしょうか。従来の日本酒造りに使用する麹は「黄麹」とされてきましたが、近年では主に焼酎で使われる「白麹」を使った日本酒が人気を博し、さらに泡盛に使われる黒麹を使った日本酒も見かける機会が増えています。今、「白麹」や「黒麹」を使った日本酒が注目されている背景には、それぞれの麹が日本酒の味わいに大きな違いをもたらすことがあります。そして今までの日本酒造りには無かったこの新たな発見は酒造りに変革をもたらしました。
「黄麹」「白麹」「黒麹」の概要
麹の種類は、その見た目の色から黄麹、白麹、黒麹と名称がつけられています。さらに色だけでなく、酒造りにおいて麹は味わいに大きく変化をもたらすため、酒類によって麹の使い方が異なります。一般的に黄麹は日本酒、白麹は焼酎、黒麹は泡盛及び焼酎造りに使用されるものとして知られていました。これらの概要を、主にデンプンを分解する酵素の強さと、クエン酸の生成量からまとめてみましょう。
黄麹は、黄麹菌(Aspergillus oryzae)を使って作られた麹のことで、古くから酒造りだけでなく味噌や醤油などの発酵食品にも使われています。デンプンの分解力は強いですが、クエン酸をほとんど出さないのが特徴です。見た目は、黄色~緑色がかった色をしています。
黒麹はその名の通り黒い色をした黒麹菌(Aspergillus luchuensis)によって作られたもので、沖縄が発祥とされています。黄麹と比べてデンプンの分解力が弱く、さらに大きく異なるのが、雑菌の繁殖を防ぐクエン酸を多く生成することです。そのため沖縄・九州をはじめとした高温多湿な地域での酒造りに重宝され、主に泡盛や焼酎を造るのに使用されてきました。
白麹は黒麹菌の突然変異によって生まれた白麹菌(Aspergillus kawachii)を使って作られたもので、性質は黒麹同様、クエン酸を多く生成します。名前に反して褐色をしており、「変異元である黒麹に比べて白い」ことからこの名前が付けられました。黒麹に比べ扱いやすいとされ、焼酎造りでは主流となりました。
これらの麹はその特性を活かすよう、特定の用途で使用されてきました。しかし近年では研究が進んだことで、さまざまな麹を使った日本酒を楽しむことが可能になりました。
白麹のクエン酸がもたらす日本酒の可能性
白麹の特徴
上記のように、白麹と黄麹との最大の違いに、白麹はクエン酸を多量につくりだすことが挙げられます。クエン酸は、柑橘類や梅に含まれる酸味成分としても知られています。近年では白麹を使用した日本酒が注目されていますが、その特徴の一つがクエン酸がもたらす香味の変化で、柑橘のようなさわやかな酸味を持つ独特のフレーバーに仕上がります。
また、白麹と黄麹のもう一つの違いに酵素力の違いがあります。表1に見られるように、白麹は黄麹に比べデンプンを分解する酵素量が少なく、タンパク質を分解する酵素のうち「酸性プロテアーゼ」の量が多く、「酸性カルボキシペプチターゼ」の量が少なくなっています。デンプンを分解して糖にする酵素が少ないということは、アルコール発酵が進まないのではないかと思われるかもしれません。しかし
・白麹のα-アミラーゼは、黄麹に比べて米への「無効吸着」割合が少ないこと
・白麹のα-アミラーゼは、耐酸性・耐アルコール性に優れており、もろみの末期でも失活しにくいこと
という二点の理由から、初期の発酵はやや遅いものの、最終的には十分なアルコールを生成することができるとされています。一方で、実際に白麹を使った日本酒では、クエン酸の酸味とバランスをとるように甘味を残して作ることが最近では多いようです。
また、酸性プロテアーゼの量が多いことから、タンパク質が分解されアミノ酸が多く生成し、旨味の強い酒になるのではないかとも思われますが、こちらも米自体の分解が緩やかに進むことから、実験結果によればアミノ酸の生成量は黄麹の場合に比べてむしろ少なく、タンパク質が分解されアミノ酸になる前の「ペプチド」の量が多いとされています。(酸性プロテアーゼはタンパク質をペプチドに分解し、酸性カルボキシペプチターゼがペプチドをアミノ酸に分解するとされています。)
参考・※1:日本醸造協会誌 85 巻 2 号「焼酎白麹を用いた清酒もろみの発酵特性」中村 明弘, 飯盛 直樹, 須藤 茂俊, 三上 重明, 伊藤 清, 石川 雄章 (1990)
なお、クエン酸の生成量を一定の範囲に抑え、デンプンの分解力を確保するため、通常は使用する麹の一部に白麹を使い、残りは黄麹を使うようにします(例外はあります)。これは後述する黒麹の場合も同様です。
白麹のクエン酸を酒母(酛)づくりに活用!
そしてもう一つ注目されているのが、酛造りにおける白麹のクエン酸の働きです。一麹、二酛、三醪と呼ばれる日本酒において大切な3つの作業工程がありますが、酛(酒母)造りにおいて酵母の増殖を妨げる雑菌の繁殖を防ぐため、酸性の環境を作る必要があります。
この酸性の環境を実現するための方法として、現在主流とされているのが「速醸」という醸造用の乳酸を添加して酒母を作り出す製造方法です。これに対して、伝統的な製法である生酛・山廃づくりでは自然の乳酸菌が生成する乳酸で酸性の環境を造りますが、速醸に比べると衛生管理が難しく、時間が倍近くかかってしまいます。
そこで近年使われるようになった手法として、白麹が生むクエン酸によって酒母に酸性の環境を作るものがあります。これにより速醸と同程度の時間で酒母を作ることができます。さらにこの方法では、消費者の嗜好の変化や海外への輸出に伴い求められるようになった「無添加」での酒造りも実現することが可能です。
白麹を使って造られた日本酒の例
白麹で仕込んだ日本酒にはどのようなものがあるのでしょうか。代表的なものを3つご紹介します。まず初めにご紹介するのは、白麹造りのお酒を広く普及させるっかけになった新政酒造の「亜麻猫」です。2009年のリリース以来、たびたびのリニューアルを経ていますが、印象的な酸味とバランスの取れた甘味、さらに14-15度と低めのアルコール度数で軽快な味わいが人気を呼んでいます。
また、八戸酒造の「陸奥八仙」は2016年から全量白麹で酒母を作っています。高温糖化と白麹を組み合わせた酒母作りを行うことによって、黄麹を使っていた頃から酒質を変えることなく、酒母造りのプロセスを合理化できたといいます。このお酒を飲むと、造り方によっては、白麹特有のクエン酸による酸味の影響を抑えることもできることが分かるでしょう。
とにかく手早く白麹のお酒を味わってみたい、という方にご紹介したいのが、スーパーなどでも比較的手に入りやすい白瀧酒造の上善如水「純米 白こうじ」です。アルコール度数も13度台で、すっきりとジューシーな、白麹仕込みらしい味わいが体験できます。
白麹の特徴がさらに強調?イチゴや赤ワインに例えられる黒麹づくりの日本酒
黒麹の特徴
黒麹の最大の特徴は白麹同様、クエン酸を多く生成することです。黒麹を使用した日本酒も見かけることが増えましたが、白麹仕込みの日本酒に比べてまだ数が少ないようです。
これまで白麹と黒麹の間で性質上大きな差はないとしてきましたが、一般に黒麹の方が白麹よりもクエン酸の生成量が多いとされています。クエン酸の酸味を活かした香味であること、それにバランスさせるよう甘味を残したお酒が多いことは白麹の場合と同様です。
また、白麹よりもデンプン・タンパク質の分解力も弱いとされています。表2は、白麹菌を使った焼酎用の米麹、泡盛用の黒麹、清酒用の黄麹について酵素量を比較したものです。原料や製法の特徴が異なるため、一概に比較することはできませんが、焼酎用の白麹に比べて、泡盛用の黒麹の酵素量は全体に少なくなっています。
白麹づくりと黒麹づくりの日本酒について成分を比べた研究や実験は見つけられませんでしたが、白麹の場合は米の溶解がゆっくり進むため、アミノ酸の生成が少なくペプチドの量が多いことは、先ほど見たとおりです。白麹よりも酵素量が少ない黒麹の場合には、この傾向がさらに強まり、ペプチドが多くなりやすい可能性はあります。「旨味・苦味・甘味」と多様な味わいを持つアミノ酸に比べて、ペプチドは特に「苦味」を感じやすい成分です。これを反映するように、黒麹のお酒については「苦味」に注目したテイスティングコメントが多いようです。高い酸と独特な苦味から、その味わいはイチゴや赤ワインなどに例えられることがあります。
※2:日本醸造協会誌83 巻 12 号「焼酎白麹の諸酵素の特徴について」岩野 君夫, 三上 重明(1988)
黒麹を使って造られた日本酒の例
黒麹で仕込んだ日本酒も、いくつかご紹介しましょう。福光屋の「福正宗 黒麹仕込み」は2005年にリリースされ、日本酒業界初とされる黒麹仕込みのお酒です。黒麹の酸も活かした、キレの良い味わいが特徴です。
また池亀酒造の6代目蔵元が大学院時代に研究していた黒麹を活用し2006年にリリースした「黒兜」も、早くから黒麹を活用し、イチゴのようなジューシーな味わいを表現したお酒として有名です。
最後にご紹介する白杉酒造の「Black Swan」は、全ての麹に黒麹を使用したお酒です。添え仕込みと仲仕込みの間の期間である「踊り」の品温をあえて高く保つことで、飯米であるミルキークイーンの旨味をしっかり引き出し、全量黒麹による高い酸とのバランスを見事にとっています。
なお、先ほど黒麹菌の名称として「Aspergillus lucuencis」をご紹介しましたが、泡盛からとった「Aspergillus awamori」という名前を聞いたことがある方がいるかもしれません。しかし近年の研究で、
・これまでAspergillus awamoriと呼ばれてきた菌は、実際には黒麹菌であるAspergillus luchuensisと、これとは全く異なる黒カビであるAspergillus nigerが混在していること
・その他さまざまな名称で呼ばれてきた菌が、Aspergillus luchuensisと同様の特徴を持つこと
が分かり、2013年にAspergillus luchuensis(「琉球」に由来)に名称が統一されています。
参考:日本醸造協会誌 110巻 2号「黒麹菌の学名がAspergillus luchuensisになりました」 山田修 (2015年)
まとめ
麹は日本酒造りにおいて重要な役割を果たしています。黄、白、黒、3色の麹菌にはそれぞれの特徴があり、黄麹は日本酒、白麹は焼酎、黒麹は泡盛と言われてきましたが、今ではそうした垣根を越えて、日本酒の新たな価値観を楽しむことができます。この記事をきっかけに白麹・黒麹仕込みの日本酒を、その違いを意識しながら味わってみてください。
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