【予告】「日本酒特区」は実現するか - 厳しい参入規制はどこから来て、どこへ向かうのか

2025.03

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【予告】「日本酒特区」は実現するか - 厳しい参入規制はどこから来て、どこへ向かうのか

二戸 浩平  |  SAKE業界の新潮流

日本酒造りの免許の発行は、戦前から受け継がれてきた制度によって半世紀以上のあいだ規制されています。手続きさえすれば自分の醸造所を持つことができるワインやビールと異なり、日本酒の「参入の壁」を突破するハードルは高くあり続けています。

そうした現状に対し、近年新しい動きが起きています。複数の地域で、「日本酒特区(※)」の申請が出されているのです。この連載「『日本酒特区』は実現するか」では、こうした動きで目指されていることや、既存の事業者の反応、そして今後の展望を解説します。

今回の記事では予告編として、そもそもいったいなぜ規制があるのか、政府はどのような方針を出してきたのか、いま起きている動きの背景を解説します。

※特区:地域や分野を限定して特定の規制を緩和するといった特例措置を設けること。

そもそもなぜ規制が存在するのか?政府の方針は?

製造免許発行を規制する「需給調整要件」の目的と内容

そもそも、なぜ日本酒を造るための免許の発行が規制されているのでしょうか。免許の要件を定める酒税法(第十条:製造免許等の要件)では次のように、需給バランスに関する要件が定められており、いわゆる「需給調整要件」として知られています。

(製造免許等の要件)
第十条 第七条第一項、第八条又は前条第一項の規定による酒類の製造免許、酒母若しくはもろみの製造免許又は酒類の販売業免許の申請があつた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、税務署長は、酒類の製造免許、酒母若しくはもろみの製造免許又は酒類の販売業免許を与えないことができる。
(中略)
十一 酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合

これについて、より具体的に定めたのが「酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達」(酒税法 第10条 第11号関係)です。

2 酒類の製造免許の取扱い
次に掲げる酒類の製造免許は、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため、次に該当する場合に限り製造免許を付与等する。
(1) 清酒
次のいずれかに該当する場合に限り付与する。
イ 清酒製造者が、企業合理化を図るため新たに製造場を設置して清酒を製造しようとする場合
ロ 2以上の清酒製造者が、企業合理化を図るため新たに法人を組織し、新たに製造場を設置して清酒を共同製造しようとする場合
ハ 清酒製造者が、企業合理化を図るため分離又は分割し、新たに製造場を設置して清酒を製造しようとする場合
ニ 共同してびん詰めすることを目的として設立された清酒製造者が主となって組織する法人の蔵置場又は自己のびん詰等のための蔵置場に未納税移入した清酒に、炭酸ガス又は炭酸水を加え、発泡性を持たせた清酒を製造しようとする場合
ホ 輸出するために清酒を製造しようとする場合

つまり、酒税を安定的に徴収できる環境を維持するために、需給のバランスが崩れるケースでは免許発行を制限できることになっており、日本酒(清酒)についてはほとんどの場合、これに該当する(例外として認められるのは、既存事業者が新蔵を設立する場合(通達イ〜ニが該当)、または輸出専門の蔵を設立する場合(通達ホが該当)のみ)、ということです。

規制を生んだ背景と、その後の検討・緩和経緯

こうした制度が生まれた背景には、戦中から戦後にいたる日本社会の事情がありました。特に戦前長らく、酒税は国税収入の1位を占める重要な財源でした。徐々に所得税等の割合が高くなっていったものの、戦後の1950年時点でも酒税は国税収入の20%弱を占めていました(現在は2%前後)。

こうした環境では、需給の均衡を保ち事業者の乱立を防ぎ、既存事業者を保護することで酒税を保全する必要性が高かったのです。

また日本酒の原料であり、日本の主食でもある米の供給は、軍需の高まりや旱魃(かんばつ)の発生によって不足していきます。米の相場も不安定であったことから、お酒についても価格統制や配給制への移行、生産量の統制がおこなわれるようになっていきました。

一方、日本が戦後の復興を遂げるなかで米不足は徐々に解消していき、1969年には「自主流通米制度」が成立して米の流通は自由化。1974年に日本酒を造る各酒蔵の製造量も自由化されました。それまでは組合を通じ、政府が日本酒の生産量統制を加えていましたが、これが廃止されたのです。それに先立ち1963年には、日本酒の公定価格も廃止されていました。

こうして徐々に需給調整が必要とされた背景が変わっていくとともに、日本の経済成長と国際化が進み、時代が変遷するなかで、制度も変化を辿っていきます。1989年には級別制度が廃止されたことで、法律で定められた等級による価格差(税額の差)も解消されました。

イギリス・サッチャー政権下の自由貿易交渉の時代に、日本酒に限らずさまざまな規制が緩和されるなかで、お酒をめぐる「需給調整」を廃止する検討も進められました。実際、1998年から2003年にかけて、お酒の小売に関する免許は段階的に規制緩和され、現在ではほぼ自由化しています。

制度をめぐる近年の議論:政府の立場は「原則、廃止」?

こうした経緯について詳しく論じているのが、国税庁の研修機関である税務大学校が発行する「税大論叢」で2022年に発表された毛利泰浩「酒類の製造免許及び販売業免許における需給調整要件の在り方について」(税務大学校論叢第107号, 2022年6月)です。

この論文では、前述した1992〜1998年における検討時に歴代政権がこの規制を廃止する方針を示してきたことを、次のような政府意向を引用しながら示しています。

競争的産業における需給調整の視点からの参入・設備規制については、原則として 10 年以内のできるだけ早い時期に廃止の方向で検討(略)酒類の製造免許についても、同様の視点から運用基準を見直す
(「第3次行革審答申」1992.6.19 宮沢喜一内閣)

一般に需給調整規制は行政の裁量を広く認めるため弊害が多く、既存企業保護を介する手法の効率にも疑問がある。また、酒税の保全のためには、逆に新規参入を促し、産業全体としての活性化を図るほうが適切
(「行政改革委員会での最終意見」1997.12.12 橋本龍太郎内閣)

『経済的規制は原則自由、社会的規制は必要最小限』との原則の下、撤廃の方向で見直す(「規制緩和推進3カ年計画」1998.3.31 橋本龍太郎内閣)

残された問題として、酒類製造免許を含む 17 の分野について、閣議決定及び規制緩和推進3か年計画に沿って所要の措置が講じられることを強く求める(略)産業としての酒類製造業を考えるとき、このままではいたずらに衰退の道を歩むという危惧がある(略)需給状況の好転が認められる場合には、速やかに当該品目についての需給調整規制を廃止の方向で見直すべき(略)また、上記以外の酒類について、今後、新たに需給調整を行うことは、厳に慎むべき
(「規制緩和についての第1次見解」1998.12.15 小渕恵三内閣)

こうした事実を踏まえ、論文では政府は「原則廃止」との立場であるとし、現状の日本酒市場や制度設計の在り方を考察した結果、「段階的廃止」検討が必要であると結論づけています。

その根拠として、

  • この規制が本来、参入規制に必要となる具体的事実や客観的根拠の要件を欠いており、抽象的な文言にとどまっていること
  • 需給の予測は困難であり、行政が予測して規制することに否定的な意見も少なくないこと
  • 需要構造の変化(全体の需要低下、高付加価値の需要高まりと単価向上、輸出取引の増加)がある環境では、参入・退出を通じた新陳代謝が必要であること
  • 現在の市場環境下では「濫立」を招くほどの申請もないと考えられること
  • 事前審査や事後措置、あるいはHACCP適用等により不適格な事業者の排除や品質・安全性の確保は可能であること

が挙げられています(上記箇条書きの要約は、本記事筆者による)。

ただし、論文の末尾では「特に近年の新型コロナウィルス感染症の流行により、多くの酒類事業者がダメージを受けているであろうことから、今は廃止の検討を行うタイミングであるとは考えていない」とされ、適切な検討時期の判断が必要であることが示唆されています。

コロナ後に起こる、新しい動き

複数地区で起こる、「特区」による解禁申請

新型コロナウイルス感染症が経済に与える影響も緩和が進んだ現在、民間からも再度、この規制に見直しを求める議論が起こっています。第64回国家戦略特別区域諮問会議の資料によれば、以下のように複数地域で日本酒の製造免許に関する特区申請事例が出ているのです。

  • 合同会社大根島研究所 ※島根県
  • 福光酒造株式会社 ※広島県
  • 合同会社ねっか・只見町 ※福島県
  • (事業者) ※資料上、左記表記のみで詳細不明
  • 稲とアガベ ※秋田県。資料上、1年以上前の提案として別枠掲載

こうした動きをうけ、諮問会議に所属する民間議員からも以下のように「検討を進めるべき」との提言がなされており、政府としてもこれらの声を受けた検討を進めています。

例えば(略)複数地域から提案のあった酒税法上の清酒製造免許(略)等、従来必ずしも議論が進んでいなかった課題(略)につきましては、規制・制度改革を行う必要性と改革後に生じる懸念への対応について丁寧に議論すべきものと考えております。これにつきましてもワーキンググループにおけるヒアリングを遅滞なく順次開催し、提案者や関係者の声にも耳を傾けて具体的な検討に取り組むべきと考えております
(中川雅之議員:日本大学経済学部 教授)

清酒製造免許や技術革新が進む分野における制度検討等については、広く公平に意見を聞いた上で特区のミッションである地域活性化に最も資する形を模索していただきたいと思います
(大槻奈那議員:名古屋商科大学大学院マネジメント研究科 教授、ピクテ・ジャパン株式会社 シニア・フェロー)

こうした状況のなか、本シリーズ「『日本酒特区』は実現するか」では、新規参入を希望する特区申請者はなにを目指しているのか、既存酒蔵はどのように考えているのかを、インタビューやアンケート調査により明らかにします。

さらに、これまで全国展開化された特区の事例や、そうでなくとも広く社会に浸透した事例において、どのようにそれが実現してきたのかについて確認しながら、日本酒の将来的な制度の考え方や、そこにそれぞれの想いをどのように反映していくべきなのかについて考えていきます。

前編:「日本酒特区」は実現するか(1) - アンケート・取材で見る既存事業者と参入希望者の声(3月28日公開予定)
後編:「日本酒特区」は実現するか(2) - 流れは止まらない。立場を隔てず明るい未来を描くために(仮題:4月公開予定)

参考文献

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