ブランド強化のための「攻めの承継」 - 茅乃舎、マルコメの事例に見る日本酒蔵M&Aの最前線

2026.05

26

ブランド強化のための「攻めの承継」 - 茅乃舎、マルコメの事例に見る日本酒蔵M&Aの最前線

中垣智晴  |  SAKE業界の新潮流

SAKE Streetでは2023年、日本酒蔵の事業承継に関心を持つ方々に向けて、酒蔵ならではのM&Aの特徴を解説する「日本酒蔵M&Aスターターガイド」を公開しました。

それから数年。日本酒業界における事業承継の性質は、かつての「経営難からの救済」という側面だけでなく、受け継ぐ側の企業が持つ強みを注入し、ブランドを再定義することで新たな価値を共に創り出す「戦略的な承継」が目立つようになってきました。

今回は、スターターガイド公開以降におこなわれた象徴的な承継事例として、2024年の久原本家グループ(伊豆本店)とマルコメ(千代の亀酒造)の2社を取り上げます。日本の食文化の原点である「だし」と「味噌」のプロフェッショナルが、300年の歴史を持つ酒蔵をパートナーに選んだ背景を紐解きます。

福岡・宗像(むなかた)の歴史とともに、和食文化を深化させる挑戦(伊豆本店)

「茅乃舎だし」で知られる、福岡県の久原本家グループ。同社が2024年に承継したのは、同じく福岡県の宗像市で300年以上の歴史を刻んできた酒蔵「伊豆本店」です。この承継は単なる事業の多角化に留まらず、和食文化を支える総合食品メーカーとしての宿命に近いものでした。

「地域に根付いた歴史を途絶えさせない」という決意

伊豆本店正面画像

伊豆本店は、久原本家グループ社主・河邉哲司(かわべ・てつじ)氏の母方の実家という深い縁がありました。以前から伊豆本店の経営について相談を受けていた経緯もあり、今回の承継に至ったといいます。当時久原本家グループ本社の経営企画部長としてM&Aに関わり、現在は伊豆本店の専務を務める中川鉄兵さんは、「地域に根付いた300年以上も続く歴史を、ここで途絶えさせるわけにはいかないというのが一番の決断理由でした」と語ります。

承継にあたっては、酒造経験者の確保が急務となりました。そこで白羽の矢が立ったのが、北海道・上川大雪酒造で杜氏を務めていた若山健一郎さんです。中川さんはその抜てき理由について「久原本家グループには北海道にも工場がある関係で、上川大雪酒造様に酒蔵再興について助言をいただいており、その延長で若山さんをご紹介いただきました。当社には『モノ言わぬものに物言わすモノづくり』という理念があります。上川大雪酒造様も、小仕込みで丁寧なモノづくりを掲げており、その共通項は非常に大きかったと感じています」と説明します。

新ブランド「宗像」が拓く地域活性化

宗像

2026年1月、再始動の象徴として発表された新ブランド「宗像」。日本酒は原料がシンプルだからこそ、土地の個性こそが差別化の鍵であると中川さんは話します。

「宗像という地で300年以上続けてきた酒蔵の原点をひも解いたとき、やはりこの土地の名前を堂々と掲げるべきだと考えました。お酒を通じて宗像の認知度を高め、酒蔵を起点とした地域活性化につなげたい、そんな思いを込めました」

酒造りを任された若山さんも、「なぜこの土地で造るのか」という問いに向き合い続けたと言います。

「マニュアル通りに造るのではなく、この蔵が歩んできた歴史から見えてくるものを、素直に表現したいと考えました。日本酒が本来もっているローカルな魅力と、世界中どこに出しても通じる普遍性。この両方をいかに引き出すかが、造りの再開において一番意識した点です」

日本酒で和食文化を深化させる

「花酒(はなさか)まんじゅう」とジェラート
2026年1月の改築で蔵内にオープンした「甘味」では、酒粕を使った「花酒(はなさか)まんじゅう」やジェラートを提供

久原本家グループはこれまでも、だしなどの製造販売や飲食業に加えて、常に和食文化の周辺領域へと事業を拡大してきました。

  • 2005年:野菜づくりを行う農業法人「美田」設立
  • 2016年:海外へ展開する「久原本家USA」設立
  • 2019年:北海道の食材を活かした食品などの製造販売を行う「北海道アイ(現:久原本家 北海道)」設立

ここに日本酒造りという事業が加わることで、ブランドの相乗効果に期待が持てると、中川さんは語ります。

「これまで私たちは『だし』を中心に和食文化を支えてきましたが、そこに『日本酒』という柱が加わることは、大きな強みになると確信しています。茅乃舎などの既存のブランドに、新しくお酒が掛け合わさることで生まれるシナジーを、積極的に発信していきたいと考えています」

伊豆本店
住所:福岡県宗像市武丸1060
電話番号:0940-32-3001
創業:1717年
社長:河邉哲司
Webサイト:https://www.kubara.jp/izuhonten/

麹のプロが向き合う、300年の手仕事(千代の亀酒造)

国内味噌シェアNo.1を誇るマルコメ株式会社が2024年に承継したのは、愛媛県内子町で300年以上続く千代の亀酒造です。味噌メーカーの最大手企業が、なぜ手仕事中心の小さな酒蔵を承継したのでしょうか。

麹の可能性を深掘りする

千代の亀酒造の麹室
千代の亀酒造の麹室

マルコメが千代の亀酒造の承継を決めた理由は、味噌と日本酒の発酵に共通する「麹」の可能性の探究にあったと、広報宣伝課の其田譲治さんは語ります。そのことを示しているのが、杜氏に就任した髙山知大さんの存在です。髙山さんは長野県の酒蔵に務めた後、マルコメに転職し麹づくりを担当。「糀甘酒」などの糀事業を展開するグループ会社・魚沼醸造の立ち上げにも参画しています。 「味噌づくりにおいて、麹は絶対に欠かせない存在です。グループとして麹の可能性を広げるなかで、酒造りへの挑戦は大きなチャンスでした」と髙山さんは語ります。

同じ麹でも、味噌と日本酒では求められる役割が全く異なります。味噌の麹は大豆のタンパク質を分解する酵素を必要としますが、日本酒の麹はお米のデンプンを分解する酵素が主役です。

「温度管理などの手法も全く異なりますし、マルコメでは1日に100トンもの麹を作っていましたが、千代の亀での最小単位はわずか30キロです。規模や環境、手法はまるで違いますが、『麹に対して謙虚に向き合う』という姿勢は、どこであっても変わらないと強く感じています」

マルコメグループが培った品質管理ノウハウと販路を活用

杜氏を務める髙山知大さん
杜氏を務める髙山知大さん

マルコメはこれまでも、青森のかねさ株式会社や愛媛の株式会社タツノコなど、地域の老舗を承継して事業を伸ばしてきました。その最大の武器は、マルコメがもつ品質管理のノウハウと、確立された販路です。

千代の亀酒造でも、承継前のデータも参照して伝統を守りつつ、マルコメ流の衛生管理や品質管理のノウハウを導入しています。髙山さんは「『感覚とデータの融合』が極めて重要だと考えています。伝統を大切にしながら、現代に愛される商品をラインナップに加える『温故知新』の精神で挑戦していきたい」と熱を込めます。

また、マルコメと千代の亀酒造の広報を兼任する松田真依さんは、首都圏を中心とした認知拡大に手応えを感じています。

「これまでは愛媛県内での流通・消費が中心でしたが、マルコメの販路や発信力を活かすことで、東京の飲食店様でも手に取っていただける機会が増えていると感じています。味噌や日本酒のように、日本が誇る発酵・醸造技術を国内外へ広めていきたいと考えています」

日本酒の魅力を、内子町から世界へ発信する

地元の契約農家さんの水田

千代の亀酒造は、製造数量100石程度と全国的に見ても小さな酒蔵。髙山さんは、生産量を増やして多くの人に飲んでもらうことよりも、「知る人ぞ知るブランド」として価値を高め、地域の人やリピーター、ファンに愛され続ける蔵を目指したいと話します。

「千代の亀酒造では事業承継前から、地元の契約農家さんとともに米づくりに取り組んできました。地元では酒粕も美味しいと評判で、わざわざ隣の町から毎年買いに来てくれる人もいます。まずは地域に密着することを第一に考えつつ、企業としての生業を維持していくために、内子町から全国、さらには世界の方々へ日本酒の魅力を発信していきたいと考えています」

千代の亀酒造
住所:愛媛県喜多郡内子町平岡甲1294−1
電話番号:0893−44−2201
創業:1716年
社長:小川浩司
杜氏:髙山知大
Webサイト:https://www.chiyonokame.com/

日本の食文化と地域の伝統を生かした、ブランドの拡大へ

今回紹介した二つの事例は、日本の食文化を支える企業が、自社のブランドを拡大する重要なポートフォリオとして酒蔵を捉えている点が特徴的でした。久原本家は茅乃舎だしなど既存ブランドとのシナジーを考え、マルコメは「麹」のプロとして醸造技術の深化を図っています。アプローチは異なりますが、いずれも自社のコアとなる強みと酒造りを掛け合わせることで、独自の相乗効果を生み出そうとしています。

また、地域の伝統を受け継ぐという点も共通しています。伊豆本店は新ブランド「宗像」を立ち上げ、千代の亀酒造は内子町の地元産業との繋がりを大切にしています。これらは、酒蔵M&Aが「地域の歴史や風景を守るための手段」として機能していることを示しています。大手企業の販路や発信力が加わることで、ローカルな魅力が全国、そして世界へと届く可能性が広がっています。

日本酒蔵のM&Aは、「経営難からの救済」というイメージから、「ブランドの強化・拡大」へと変化しています。300年の歴史を持つ二つの蔵が、新しい会社と共に歩み始めた道は、これからの日本酒業界における事業承継の好事例となるはずです。

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