食用米の大吟醸をムーブメントに。自動車会社を売却し日本酒蔵を承継した蔵元の挑戦 - 愛知県・弥栄酒造

2026.07

28

食用米の大吟醸をムーブメントに。自動車会社を売却し日本酒蔵を承継した蔵元の挑戦 - 愛知県・弥栄酒造

山本 浩司(空太郎)  |  酒蔵情報

大阪・堺で生まれ育った山田栄治さんが、愛知県の小さな酒蔵を買収し、「弥栄酒造(旧・渡辺酒造)」の蔵元社長になりました。若いころに自動車販売・整備の会社を興して成功した山田さんは、食に関連した仕事にチャレンジしたくなって会社を売却し、得た資金で酒蔵をM&Aしたのです。

勝負を賭けるのは、「食用米を高精白して、酒造好適米に負けない美味しい大吟醸を造り、新しい高級ブランドに育てる」こと。生産量を限定し、売り上げではなく利益を追求するビジネスモデルを志向する山田さんは、趣旨に賛同する酒蔵を募って「食米大吟醸」を新しいジャンルとして確立しようとしています。そのさらなる夢について、酒蔵を訪れてお話を聞きました。

18年間経営した会社を売却し新天地へ

山田栄治さん
弥栄酒造(旧・渡辺酒造)代表取締役・山田栄治さん

3人兄弟の長男として生まれた山田さんは、社会に出てからは「会社勤めが性に合わず」、トラック運転手で元手を稼いだ後、20代前半で自動車販売&整備の会社を起業しました。車が好きだったので、つらい時期も乗り越えて、事業は軌道に乗りました。しかし、40歳が見えてきたところで、業界の将来性に疑問を持つようになります。

「会社が一番利益を出しているタイミングが売り時だ」と考えた山田さんは、18年続けた会社を売り、その資金で新しい事業を始めることを決意します。ちょうどそのころ、山田さんの奥さんが大病をし、その治療や世話の経験から、「人が健康でいるのには日々の食事が大切。人生の後半で取り組むのは食に関する事業だ」と考え至り、食関連の会社の買収を考えるようになりました。

日本人にとって、食の根幹は主食の米です。ちょうど山田さんが買収先を探しているころ、日本では米の不作で米価が急騰を始めていたところでした。

「米の価格が高くなれば農家は短期的には潤うが、逆に豊作になれば需給は逆転して価格は落ち込む。農家はそんな周期に振り回されている。米の需要を底上げして、米の価格の安定に尽くすことはできないか。それには酒蔵が食用米で美味しい日本酒を造ればいいのではないか

全国各地に食用米を使って酒を造っている蔵はありますが、米をあまり磨かずに造るお酒が大半です。この実態を受け、山田さんは「食用米をしっかり磨いて大吟醸酒を造っている蔵はとても少ない。でも、高い大吟醸酒に使えば、米の価値も高くなって、農家にも喜んでもらえる」と考え、酒蔵をM&Aする気持ちを固めていきました。

食用米の純米大吟醸で勝負する

酒蔵のオーナーになるとの目標は定まったものの、出会う案件は条件に納得がいかなかったり、他の買い手との競争に負けたりと、なかなかうまくいきませんでした。そんななか、紹介で出会ったのが、愛知県愛西市の渡辺酒造でした。

渡辺酒造の外観

渡辺酒造は幕末の1865年創業で、長年、「平勇正宗(ひらいさみまさむね)」や「香穂の酒」などの銘柄で地元向けに酒を造ってきました。山田さんが蔵を訪れて、7代目蔵元杜氏の渡辺秀幸さんに会った時の蔵の生産量はわずか40石弱。実質、渡辺さんが一人で酒造りをしていましたが、手造りで美味しい酒を造ることへのこだわりは強く、その姿勢に山田さんは魅かれます。

堺から車で3時間弱をかけて繰り返し蔵を訪れ、食用米で大吟醸を造る目的と意義を渡辺さんに熱く語ったそうです。山田さんの想いを聞いて、渡辺さんは「食用米で美味しい大吟醸を造るのは大変だと思うが、チャレンジしてみるのも悪くない。やってみましょう」と蔵を事業譲渡した後も自身が杜氏に留まることを約束してくれました。

杜氏・渡辺秀幸さん
杜氏・渡辺秀幸さん

かくして、2025年6月に渡辺酒造の全株式を山田さんが取得して47歳で酒蔵のオーナーになりました。社名も2026年6月に弥栄酒造に変わっています。

新しい蔵の酒造りの方針は「純米大吟醸のみ、四合瓶で1万本(約40石)しか造らずにプレミアム価格で販売する」。高品質の酒だけを造るために原料処理用の新しい洗米機と、サーマルタンク2基、瓶詰めした酒を貯蔵するための冷蔵庫などを購入。仕込みは真冬の寒い時期だけで対応できる量なので、空調などの設備は不要でした。

造る純米大吟醸は精米歩合を40%とし、使う米は山田錦と食用米のにこまるに。酒造好適米の雄である山田錦と食用米を同じ精米歩合、同じ酵母で醸して、買い手にも飲み比べてもらい、食用米でも高品質の美酒ができることを体感してもらおうという狙いもありました。

多くの食用米のなかから、にこまるを選んだのは、親しくなった三重県松坂市の稲作農家から「にこまるは粒が大きく、大吟醸に向くよ」と勧められれたからだそうです。

未知の分野に挑戦、手ごたえを得る

しかし、渡辺さんは食用米で純米大吟醸を造ったことはありませんでした。未知の世界なので、造る前に入念に情報を集め、吸水管理、麹造り、醪管理の三つについて細心の準備をしたうえで、酒造りに挑みました。

にこまるがどれだけ水を吸うかは手探りで、渡辺さんは蒸す前の米を何度も触り、山田錦よりも硬く感じたことから、吸水時間を長めに設定。その結果、まずまずの蒸し米が出来上がったそうですが、「山田錦に比べて粘りが強かった。これはにこまるの特性でやむを得なかったと思っています」と渡辺さん。

さらに、麹造りでは麹菌の立ち上がりが遅く、品温の上昇が遅れたそうです。

「焦りました。このため、仲仕込み用と留仕込み用の麹は2℃から4℃ほど高めにスタートさせました。それでも出麹までの時間は長くなってしまいました」(渡辺さん)

醪の品温管理は細かく対応し、低温で仕込むことにしたため、上槽までの醪日数は40日と長くなり、搾ったのは3月10日でした。搾ったお酒を飲んだ山田さんの口には、思わず笑みがこぼれたそうです。

「山田錦の大吟醸がシャープで味のバランスが素晴らしいのに対して、にこまるはそれよりは良質で魅力的な甘味が多めですが、クリアで切れの良さは引けを取らない仕上がりでした。食用米でも美味しい大吟醸ができるとの確信を得ました」と山田さん。

かたや渡辺さんは「安堵の気持ちが強かった。でも、来季はもっといい酒に仕上げますよ」と決意を新たにしていました。

「食米大吟醸」を新しい潮流に

山田栄治さんと息子・龍治さん(右)
三重県の酒蔵で修行中の息子・龍治さん(右)

こうして、「弥栄の酒 寿(いやさかのさけ ことぶき)」が誕生しました。2025年8月から、まずは先行して前季に造った山田錦の大吟醸を四合瓶11,000円で発売。そして、いよいよ、今年9月から、にこまるの大吟醸も同額で発売する計画です。

1万本の限定生産&販売で、瓶のキャップにシリアル番号をいれ、年に一回、購入者を無料招待する酒の会を開いていく計画も。この4月に一回目の会を大阪で開いたところ、大盛況だったそうです。

高額のお酒なので、それにふさわしい店に扱ってほしいと考える山田さんは、格付け評価の高い飲食店に客として足を運び、気に入ると「是非、うちのお酒を常備してほしい」と直談判するという草の根の売り込みを続けています。

「食用米の純米大吟醸でもこんなに美味しい酒ができるんだと体感していただければと思っています。これを『食米大吟醸』と呼んで、新しいジャンルとして認められることを目指したい。そのためには、食用米で大吟醸を造る趣旨に賛同する仲間の蔵を増やしていきたいと考えています」(山田さん)

杜氏の渡辺さんは60歳を回っており、長期的には次の杜氏のことも考える必要がありますが、山田さんの息子の龍治さんが意欲を見せ、今は、三重県の人気の酒蔵で修業を重ねています。始まったばかりの山田さんの挑戦ですが、先行きが楽しみです。

酒蔵情報

弥栄酒造(旧渡辺酒造)
住所:愛知県愛西市草平町道下83
電話番号:0567-28-4361
創業:1865年
社長:山田栄治
杜氏:渡辺秀幸
Webサイト:https://sake-kotobuki.com/

  1. ホーム
  2. 酒蔵情報
  3. 食用米の大吟醸をムーブメントに。自動車会社を売却し日本酒蔵を承継した蔵元の挑戦 - 愛知県・弥栄酒造

話題の記事

人気の記事

最新の記事