「終わったな、と思った」。能登半島地震の裏で氷見の酒蔵を救った絆とは - 富山県・髙澤酒造場(有磯曙)

2026.09

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「終わったな、と思った」。能登半島地震の裏で氷見の酒蔵を救った絆とは - 富山県・髙澤酒造場(有磯曙)

酒スト編集部  |  酒蔵情報

人口約4万人の港町、富山県氷見市。富山湾越しに臨む立山連峰の絶景や、「ひみ寒ぶり」、「氷見牛」をはじめとする海と里の豊かな食材が人気を集め、2025年には国内外から230万人を超える観光客が訪れるなど年々注目度が上がっているエリアです。

そんな海辺の町で、「有磯曙(ありいそあけぼの)」で知られる髙澤酒造場は明治時代から酒造りを続けています。2024年のはじめに起きた能登半島地震で甚大な被害を受けながらも、諦めることなく酒造りの再開へと舵を切りました。蔵元杜氏である髙澤龍一氏に、絶望の淵から立ち上がった原動力と、これからの酒造りで目指す理想の酒質についてお話を伺いました。

苦難の2024年に差し伸べられた手

震災で割れた花瓶
震災で割れた花瓶。蔵の中には当時の爪痕がまだ残っています。

2024年1月1日16時10分に起こった能登半島地震によって、最大震度5強の揺れに襲われた氷見市内では、相次ぐ建物の倒壊や損壊だけでなく、液状化現象による道路の隆起や水道管破裂による断水など、容易には復旧が見通せない被害を受けました。

氷見市で唯一の酒蔵、髙澤酒造場も例外ではなく、原料を保管していた米蔵や、酒の貯蔵庫などに甚大な被害が出てニュースにも取り上げられました。

──当時、メディアでも被害の大きさが報じられましたが、発災当時の様子について教えていただけますか。

髙澤さん:地震があった日は元旦だったこともあり、一人で大吟醸の麹と酒母の管理をしていました。そろそろ晩酌を始めようかなというタイミングで、今までに経験したことのない強烈な揺れがきて、驚くと同時にものすごく恐ろしく、「終わったな」と思いました。

実は、東日本大震災などで被災した蔵元仲間からは、以前からいろいろと教訓を得てはいたんです。ですが、「この地域は“立山さん(立山連峰)”に守られているから大丈夫だ」と妙に過信していた部分があって……。結果的に地震への十分な備えができておらず、大きな被害を受けることになってしまいました。

──具体的な被害状況はどのようなものだったのでしょうか。

髙澤さん米蔵が倒壊し、仕込み蔵も傾くなど大きな被害は出ましたが、幸いなことに酒造りの根幹に関わる蔵の“心臓部”は修繕すれば復旧できる状態でした。もし蔵が全壊していたら、こうして立ち直ることができたかどうか、わかりません。だからこそ、私たちよりもずっと甚大な被害を受けながらも、復興に向けて前向きに頑張っていらっしゃる奥能登の蔵元さん方には、本当に頭が下がる思いです。

──全壊を免れたとはいえ、惨状を前にどのように自らを奮い立たせたのでしょうか。

髙澤さん震災後まもなく、桝田会長(桝田酒造店)をはじめとする富山県酒造組合の仲間たちや、全国の蔵元の方々など、業界の諸先輩方がすぐに駆けつけてくださったんです。それがすごく大きな力になりましたし、今後の動き方についてもたくさんの助言をいただきました。

氷見は断水も⾧引いて、ちょっとした掃除すらままならなかったのですが、県内の蔵元さん方が清掃用のお水を分けてくださったり、うちに必要なものがないか問い合わせてくださったりと、周囲の人たちには本当に助けられました。そうした多くの方々の温かい支えがあったおかげで、気持ちを切り替えて、比較的早く酒造りを再開することができたのだと思っています。

──多くの支えを得て、ご自身の心境にも変化はありましたか。

髙澤さん一時的とはいえ酒が造れなくなったことで、自分がこの地で酒造りを続ける理由を突き詰めて考える機会にもなりました。2年以上経った今でも震災による困難を乗り越えたとは思っていませんし、まだまだ大変なことは山積みです。ただ、慣れ親しんだ地元を離れることなく、こうして酒造りを続けられていることには感謝しかないですね。

氷見の風と海の恵みに寄り添う酒造り

氷見の港の風景

髙澤酒造場の仕込み蔵は富山湾に面しており、県内でも有数の氷見漁港へは車でわずか3分の距離にあります。四季折々には150を超える魚種の水揚げがあり、地元の魚介類中心の食文化に寄り添う酒質が、創業以来のアイデンティティにもなっているそうです。

──富山湾の風土を生かした酒造りについて教えてください。

髙澤さん:1872年の創業当時から、蔵の目の前の富山湾から吹き付ける冷たい「あいの風」を利用して蒸米を冷ますなど、この土地の自然環境を生かした酒造りをおこなってきました。仕込みは10月下旬から4月上旬くらいまでの二季醸造を採っていますが、(働き方改革もあって)蔵人の就労時間などを調整すると1週間でこなせる作業量を減らすことになるので、実際に酒造りをしている期間は延びる傾向にあります。

しかも、最近は体感的にも夏が⾧くなり、10月から11月に入っても「あいの風」が暖かいままということも珍しくありません。被災からの再建を進めると同時に、こうした気候の変化にも柔軟に対応していく必要があると感じています。なので、将来的に設備投資ができれば、冷蔵完備導入など蔵の環境を整えて、質の高い酒造りを維持しながら三季醸造へ移行することも視野に入れています。

──最近の御社のお酒にはボトルの首に「槽(ふね)しぼり」※をアピールするタグがかかっていますが、どのような意図があるのでしょうか?

※現在の主流であるヤブタ式圧搾機を用いず、酒袋に詰めたもろみの自然な重さを利用して搾る伝統的な方法。

槽しぼりのタグ

髙澤さん:タグは去年の10月1日に値上げを実施したときからつけ始めました。「槽しぼり」は少しずつ圧力を加えながら時間をかけて酒粕とお酒を分けるので、空気にほどよく触れて口当たりがまろやかになるんです。また、丁寧に搾って圧力がかからない分、雑味が残りにくく柔らかい。

一方で、現在主流の薮田式に比べるとコストもかかってしまいます。タグをつけることで、値上げしてもあえて手間をかける方法を選択していることを消費者に伝えたいと考えました。

──目指す味わいのために、手間をかける道を選んでいるんですね。

髙澤さん:そうですね。以前は木槽でしぼっていて、そこからヤブタに切り替えるという話もあったのですが、県内を見回しても槽しぼりを使っているところが減っていたので、うちはあえてこの方法にしています。

とはいえ、自分ひとりだけでできることには限りがあります。ですから、同じような考えを持って槽しぼりで良いお酒を造っていらっしゃる他の蔵元さんや能登杜氏組合の方々とはよく情報交換をさせてもらっています。他の蔵元さんとの対話や講習会などで学んだ知見を吸収して、自分たちの目指す酒造りに落とし込めたらと考えています」

震災から3年弱、髙澤酒造場の現在地

搾りに使う佐瀬式の槽
搾りに使う佐瀬式の槽

──震災を経て、現在の生産状況はいかがですか?

髙澤さんおかげさまで、生産量は震災前の水準にまで戻ってきました。ただ、原料米の価格変動には頭を悩ませています。価格が一気に高騰したかと思えば、実際には米が余っているという状況が見えてきたりして、米作りの将来も不安ですね。

──そうなると、酒造りの環境全体にも課題はあるのでしょうか?

髙澤さん米の価格の不安定さに加え、資材コストの高騰や人材の確保も大きな課題です。かといって、上がったコストをそのまま価格へ転嫁するのも簡単ではありません。境的な難題とも向き合いつつ、数ある日本酒の中からどうやってうちのお酒を選んでもらうか、悩みは尽きないですね。

──髙澤さんが目指す理想の酒質はどんなものですか?それに対して、現在の完成度はどれくらいなのでしょうか。

髙澤さん:土地柄もありますが、やはり海の幸に寄り添う酒ですね。食中酒として口当たりは柔らかく、舌に残る魚介類の脂身はスッと流してくれるような切れの良い酒造りを目指しています。だから、酸とアミノ酸のバランスには気を遣います。

完成度という点では、今よりさらに良くしたいという想いと、約27年の酒造り経験を通して自分がイメージする酒質に近づいてきている手ごたえもあります。先代から受け継いだ根幹の部分は守りつつ、時代の変化や需要に合わせて枝葉の部分を意識的に変えていくような感じですね。

例えば、種麹を違うものにしたり、麹の造り方を工夫したり。一方で、酵母はオーソドックスな金沢酵母を中心にして使いわける、という具合に、自分の軸はぶれないようにしています。

──これから髙澤酒造場のお酒を手に取る方に、おすすめの銘柄はありますか?

有磯曙の酒瓶

髙澤さん:日本酒に馴染みのない方や気楽に楽しんでみたい方なら、おつまみを選ばない 「曙ライト」「曙フラット」がおすすめです。魚介類に合わせるなら純米酒 「曙 大漁旗」「曙 初嵐」をぜひ試していただきたいですね。今年から精米歩合を調整し、より米本来の旨味や味わいを引き出せるようになった自信作です。また、 「曙 利右エ門」は、先代の造りを踏襲した伝統の味で根強いファンが楽しみにしてくださっています。

──最後に、全国の皆様へメッセージをお願いします。

髙澤さんまだまだ復興に向けた歩みの最中ですが、ぜひ、氷見へ遊びにいらしてください。 美しい景色を眺めて、美味しいものを食べて、温泉に浸かる。四季折々、豊かな食材に恵まれていますが、冬場は特に寒ぶりや蟹などの魚介類が一番美味しい季節です。私は酒造りの真っ最中なので一緒に楽しめませんが(笑)。「氷見に行ってみたい」「絶景を眺めながら美味しい酒と魚を味わいたい」と思ってくださる方が一人でも増えたら、これ以上嬉しいことはありません。

「富山の魅力を知ってほしい」と語る髙澤さんの言葉の端々から、故郷と地元の食文化に対する深い想いがにじみ出ていました。甚大な災害に見舞われても、人々の営みが途絶えることはありません。周囲の支えを励みに前を向き続ける髙澤酒造の挑戦を、これからも応援していきたいですね。

酒蔵情報

髙澤酒造場
住所:富山県氷見市北大町18-7
電話番号:0766-72-0006
創業:1872年
代表&杜氏:髙澤 龍一
Webサイト:https://ariiso-akebono.jp

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