酒蔵の事故を防ぐことはできるのか?日本酒の現場で起き続ける転落事故の実態【前編】

2026.09

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酒蔵の事故を防ぐことはできるのか?日本酒の現場で起き続ける転落事故の実態【前編】

木村 咲貴  |  酒蔵労働環境問題

日本酒造りの現場では、仕込みタンクへの転落が命に直結する事故となりえます。

酒蔵において、タンクへの墜落・転落とおぼれによる死亡事故は21年で19件、ほぼ1年に1件のペースで起きています。そのたびに、対策の必要性が呼びかけられてきましたが、同じ事故が起き続けているのはなぜでしょうか。この実態の背景には、知識やルールに留まらない環境的・心理的事情があります。

「酒蔵の事故をなくすことは不可能なのか?」という問いに迫る本特集。前編では、過去の事例や資料、現場の声をもとに、対策がありながらも事故を防ぎきれない構造を探ります。

編集部より
本特集の企画・取材を始めるきっかけのひとつに、2026年4月、日本酒キャピタル代表の田中文悟さんがタンクへの転落により逝去されたという事故がありました。
「街から酒蔵の灯を消さない」という信条を掲げ、これまで約20社の酒蔵をM&Aしてきたキープレイヤーである田中さんの訃報は、業界関係者へ大きな衝撃をもたらしました。田中さんに、あらためて哀悼の意を表します。なお、本記事は個別の事故の原因や責任を論じるものではなく、同様の事故を防ぐため、酒造現場が抱える構造的な課題を考えるものです。

タンク事故の死亡率が高い理由

日本酒造組合中央会(以下「中央会」と表記)が2025年3月に発行した「清酒製造にかかる労働安全衛生ガイドブック」には、厚生労働省の統計にもとづく酒類製造業の労働災害データが掲載されています。

2003年から2023年までの21年間に発生した死傷災害(死亡または休業4日以上)は2753件。事故の型別に見ると、上位3件の「はさまれ・巻き込まれ」(598件)、「墜落・転落」(567件)、「転倒」(533件)は、ほぼ同じ規模です。

「墜落・転落」の死亡は12件。ほかにも 「おぼれ」による死亡が7件あり、「具体的には醪タンクへの転落による死亡事故が多い」と記されています。この両項目をタンクへの落下事故と考えると、酒類製造業における死亡災害全体の約6割にあたります。

タンク事故の死亡率が高いのは、その構造にあります。発酵が進んでいる仕込みタンクの中では、二酸化炭素が発生し続けています。もろみの表面から発生した二酸化炭素は、空気より重い気体であるため排出されにくく、タンク内に滞留します。お酒の香りを確認するつもりでタンクに顔を近づけると、酸素濃度の低下した空気を吸い込んで意識を失うことがあります。そのまま落下し液面に沈むと、外傷がなくとも溺死に至ります。

溺死原因模式図

中央会のガイドブックは、少人数で製造をおこなう製造場では事故の発見が遅れ、死亡につながる要因になっていると指摘しています。実際、同資料の死亡事例では、転落そのものを目撃した人はおらず、スタッフの不在を不審に思って現場を見に行き、落下している人を発見しているケースが複数例あります。

タンク内が酸欠状態にあることを考えると、救助をしようとした人が二次災害に遭う危険もあります。この救助の難しさも、「転落イコール死亡」という構図につながっていると考えられます。

対策は「ある」──それでも事故は起きている

年に一度ほどの頻度で起き、重篤な被害を招くタンクの転落に関して、対策はこれまでもたびたび呼びかけられてきました。

日本醸造協会誌では、「酒造工場の災害と事故」という特集において、毎年その年に起きた事故を報告し、再発防止策を伝えています。たとえば、2016年の大阪国税局管内の死亡事故の報告の際は、転落防止柵足場の設置命綱の使用に加え、軽微な作業でも単独作業をおこなわないよう注意喚起をしています。2022年の福岡国税局管内の報告では、事故を起こした製造場が、作業の複数人化の徹底作業時の安全ベルトの使用落下防止柵の固定化を再発防止策として実行したことが記されています。

酒蔵の落下防止策の例
・転落防止柵- 安全な足場の設置
・命綱・安全ベルトの使用
・単独作業をおこなわない/複数人での作業の徹底
・危険場所への作業従事者以外の立入禁止

同誌10年分を読み通しても、呼びかけられる対策はほとんど変わっていません。毎年の報告の冒頭には、事故はあってはならないが今年の酒造期にも思いがけない事態が発生したとして、「他山の石としていただきたい」という編集部の言葉が付されています。

中央会のガイドブックは、タンクへの転落・酸欠の防止策として、酒母室・仕込み室を作業従事者以外立入禁止とすること、多忙な時期であっても一人で入室させず必ず2人以上で作業すること、安全ベルトや転落防止柵などの措置を講じることを挙げています。

すなわち、事故の対策のために何をすべきかを、酒蔵および業界関係者は理解していると考えられます。それでも事故が起きるのはなぜなのでしょうか。

安全対策は「作業の邪魔」?

過去の事故報告を詳しく見ると、安全対策が事故発生時に取り外された事例が複数見られます。

前述の2016年の事例(大阪国税局管内)では、事故当時、タンク横に柵が落ちており、杜氏がタンクにはしごをかけてのぼって作業していたと推測されることが報告されています。2023年の関東信越国税局管内の事例では、もろみタンクの落下防止のために木蓋や木枠が設置されていましたが、事故発生時には、「酒造作業の都合で」それらが外され、ビニールカバーで覆われているだけの状態になっていました。

ここからわかるのは、安全のためにおこなわれた落下防止策が、作業の妨げになるという理由で外されるケースがあるということです。安全対策が存在することと、それが実際の作業の中で使われ続けることは、別の問題だということです。

SAKE Streetでは、酒造現場で働く人々の心理をより深く理解するため、酒蔵で働いた経験を持つ人を対象にSNSでアンケート調査をおこないました。調査は2026年6月22日から7月1日にかけて、匿名回答で実施し、67件の有効回答を得ました。

回答者67人のうち、「安全対策を使わなかった・外したことがある」と答えた人は42人(約63%)でした。また、 「自分以外の人が外しているのを見たことがある」と答えた人は47人(約70%)にのぼります。

酒蔵の安全対策と現場の実態の円グラフ

外した理由を複数回答で尋ねると、最も多かったのは「作業の邪魔になる」で42人中30人(約71%)が選択しました。「つけ外しが面倒」「時間に追われていた」がそれぞれ17人(約40%)、「自分は大丈夫だと思った」が13人(約31%)、「誰もやっていなかった」が12人(約29%)と続きます。

また、回答者のうち53人(約79%)は、「安全対策は作業を遅く・やりにくくすると感じるか」という設問で、4段階のうち3以上を選択しました。

安全対策は作業を遅く・やりにくくすると感じるかの円グラフ

「櫂入れ・仕込みの時にどうしても干渉するので、その時は転落防止柵を外していました」
「誰もやっていないのが当たり前なので自分もやらない」
「杓子定規なルールで適用に無理がある場面も多い」

こうしたコメントからは、安全対策を使わない行動を、単純に「安全意識の不足」と捉えることの難しさが見えてきます。作業の邪魔になる、つけ外しが面倒、周囲も使っていない──そうした環境の中では、安全対策を使わないことが、日々の作業のなかで合理的な選択として受け入れられてしまうでしょう。

また、「そもそも物理的な安全対策はおこなわれていない」という現場も15人(約22%)から報告されました。

今回のアンケートでは、67人中58人(約87%)が「これまで仕事をする中で、命の危険や怪我の可能性を感じてヒヤリとしたことはありますか」という設問に「ある」と回答しています。物理的な安全対策がなかったと答えた15人に限ると、15人全員が「ある」と回答しました。

タンク作業に対する安全対策に関する質問の回答棒グラフ
これまで仕事をする中で、命の危険や怪我の可能性を感じてヒヤリとしたことはありますかの回答円グラフ

では、なぜ酒蔵では、安全対策を実行できる環境そのものをつくることが難しいのでしょうか。

安全とコスト──酒蔵ができる対策の限界

安全対策として繰り返し呼びかけられてきた項目の中には、「複数人で作業する」「単独作業を避ける」というものもあります。しかし、この対策には、作業をおこなうための人員そのものが必要です。

本アンケートでは、「複数人でやったほうがいいとわかっている作業を一人でやったことがあるか」という設問に、67人中56人(83.6%)が「ある」と回答しました。

複数人でやった�ほうがいいとわかっている作業を一人でやったことがあるかという質問に対する円グラフ

「大手の酒蔵であれば問題にはならないが、中小規模の酒蔵では作業人員が不足しているため、いつも複数人で作業することはできない」
「少人数で造る蔵は単独での作業も多い」

複数人で作業するというルールは、単に「二人でやろう」と決めれば実行できるものではありません。その時間にもう一人を配置できるだけの人員が必要になります。人員を確保するには、もちろん人件費がかかります。

これに限らず、安全対策の費用を負担するのは酒蔵です。しかし、設備の導入や、それを見越した人員の確保にどれだけの予算を配分するかは、経営者の判断によって異なります。

アンケートでも、安全をめぐる問題を酒蔵経営との関係から捉える回答が複数見られました。

「安全対策にかける費用に余裕が無い。省力化などの機械化を優先させ、人を減らしすぎたことによりイレギュラー時に対応できない」
「万が一の人命より、目先の利益と毎日の作業性を優先するため」
「利益率が低いと、コスト削減・少数精鋭の現場になり、事故につながる」

設備投資の難しさの理由として日本酒の売上を指摘する声は少なくなく、同様に、「こうなったら酒蔵がより安全になると思う」という考えを募った設問に対しては、

「今の2〜3倍の価格で酒が売れるようになること」
「経営が安定している蔵は安全対策を行なっていることが多いですし、作業人数も多いです。売れることが安全に繋がっているとは思っています」

というコメントがありました。

人員が限られている現場では、一人あたりの仕事が増え、疲労も蓄積します。アンケートでは、「繁忙期や早朝に注意力や判断力が落ちると感じるか」という設問で、67人中50人(74.6%)が4段階のうち3以上と回答しました。

繁忙期や早朝に注意力や判断力が落ちると感じるかという質問に対する回答円グラフ

「長い期間の作業のため、集中が切れる瞬間がある。『自分は大丈夫』という考えになりやすい」
「異常な長時間労働で、仕事に余裕があることがむしろダメなことだという雰囲気がある」
「(酒蔵が安全になるためには)醸造精度を上げるため、時間に追われる作業が集中する早朝から午前に、ひと呼吸、ふた呼吸入れられるような仕事の組み方が必要」

なお、中央会のガイドブックは、酒造従業員の高齢化にともなう健康・判断・運動能力の衰えや、経験の浅い従業員の不慣れ、不注意などを事故原因として挙げています。一方で、10年以上の経験者でも事故は発生しており、慣れた作業であっても油断は禁物であることを注記しています。

現代の安全基準に見合わない古い設備

建設現場では、高所からの墜落を防ぐための安全基準が整備されてきました。2019年には「安全帯」という名称が「墜落制止用器具」に変更され、2022年には旧規格の器具が使用できなくなるなど、墜落時の安全確保に関する仕組みも更新され続けています。

一定の条件では墜落制止用器具の使用が義務づけられ、高さ6.75mを超える作業では、原則としてフルハーネス型を使用することとされています。こうした安全対策は、墜落そのものを防ぐだけでなく、墜落した場合にも身体が地面まで到達しないようにすることを前提としています。

一方で、酒蔵のタンク周辺には、このような「高さ」を基準とした安全対策だけでは対応しきれない危険があります。

酒蔵のタンクイメージ画像

「タンクでの作業は高所作業となり、法律では墜落制止器具を使用することが義務付けられているが、実際に使用すると動きが制限され作業がしづらい。また、墜落制止器具を使用しても、実際にタンク内に落下すれば酸欠で死亡するため意味が無く、タンク外であったとしても距離が足りずに地面に激突してしまうし、隣のタンクの側面に激突してしまうため、意味がない」

つまり、一般的な建設現場を想定して整備されてきた安全基準と、酒蔵のタンク周辺に存在する危険との間には、無視できないずれがあります。

仕込みの作業やもろみ管理をおこなう際には、タンクのそばの足場に立って作業をすることになりますが、この足場の構造や安全性は、蔵によって大きく異なります。

  1. タンクが1階に設置され、2階の床をくり抜いた穴にタンクがはまる構造になっている
  2. タンクの周囲に鉄筋や木材の足場を設置している
  3. タンクにはしごを立てかけている

1や2のような構造では、タンクと足場との距離や、その隙間を埋める落下対策、足場の広さや安定性などに問題があれば、作業者がどれだけ注意していても事故の可能性をなくすことはできません。また、3の場合は、立てかけていたはしごが滑って倒れ、作業者が落下する事例が複数発生しています。

タンク作業の様子

「蔵の構造が基本的にツギハギになっているので足元も悪く、広さや高さも十分に確保出来ていないので、具体的な作業というよりも、その蔵で働くこと自体が危険だと感じていた」

アンケートや中央会のガイドブックでは、事故を防ぐため、足場よりタンク上部を十分高くする(胸の位置より下、あるいは膝より上)よう工夫すべきだという意見が述べられています。しかし、こうした構造上の対策を講じるには、既存の建物や設備そのものに手を加えなければならない場合があります。

伝統的な酒蔵は、現代のような安全基準が整備される以前に建てられており、大幅に改修することが難しいまま設備を使い続けるケースも多く存在します。

「より安全な対策をするには、そもそもの建物であったりという部分から大きく手を加える必要性が高い。柵をつけるといっても、柵を備え付けられる場所がそもそもない」
「後付けで足場や安全器具を取り付けるのは、スペースや費用、作業中に逆に危険になることから対応しづらい部分がある」

「立て直して現代向けに作れるならそうして欲しい」「設備を新しくすることができれば安全性は高くなると考える」という声も上がっています。しかし、酒蔵にとって、蔵のリノベーションは高額な設備投資であるだけでなく、「伝統的な建物をどこまで残すのか」という問いをもたらすものでもあります。

長く日本酒を造ってきた場所とその環境が、蔵の歴史やブランド、地域とのつながりと結びついている場合、優先順位として「現在の環境を生かした状態で製造を続ける」という選択になることは十分にありえるでしょう。

酒蔵の灯を消さないために

酒蔵の事故は、安全意識の不足によって起きているわけではありません。現場に安全対策を実行できる環境がない。これは、対策を考えるうえで、「一人ひとりが気をつければいい」という結論で終えることの危うさを物語っています。

酒蔵の灯を消さずに、事故をなくしていくためには、どのような方法が有効なのか。後編では、他業界や行政における安全対策の整備とあわせて、酒蔵や酒造業界ができることを考えていきます。

参考文献

  • 日本酒造組合中央会『清酒製造にかかる労働安全衛生ガイドブック』令和7年3月(一次資料:厚生労働省「死傷災害統計」「死亡災害統計」(酒類製造業、平成15年〜令和5年))
  • 日本醸造協会誌「酒造工場の災害と事故」(2016年 第111巻第8号〜2025年 第120巻第8号)
  • 労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令(政令第184号、平成30年6月8日)
  • 労働安全衛生規則の一部を改正する省令(厚生労働省令第75号、平成30年6月19日)※第518条・第519条
  • 厚生労働省告示第11号「墜落制止用器具の規格」(平成31年1月25日)
  • 厚生労働省「墜落制止用器具の安全な使用に関するガイドライン」(平成30年6月)
  • 厚生労働省リーフレット「安全帯が『墜落制止用器具』に変わります!」(平成31年1月)
  • 厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課「墜落制止用器具に係る質疑応答集」(令和5年12月)
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