100年前に消えた製法が、日本酒の未来をつくる? ハイブリッド酒母「酸基醴酛」とは

2026.08

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100年前に消えた製法が、日本酒の未来をつくる? ハイブリッド酒母「酸基醴酛」とは

瀬良 万葉  |  日本酒を学ぶ

日本酒造りの土台となる「酒母(酛)」。現在は、「速醸酛」が主流となっており、次いで生酛山廃のような「生酛系」と呼ばれる酒母を採用する酒蔵も増えています。そんな中、「酸基醴酛(さんきあまざけもと)」という酒母製法が注目を集めているのをご存知でしょうか。

かつて歴史の中に埋もれたものの、現代の技術によって蘇ったこの製法。そのメカニズムから味わいの特徴、復活の背景までを解説します。

酸基醴酛とは?

酒母造りイメージ画

酸基醴酛の定義

「酸基醴酛」という名称を分解すると、以下の要素から成り立っていることがわかります。

  • 酸基:酸の供給源
  • :甘酒
  • :酒母

この漢字から読み取れるように、酸基醴酛は、甘酒造りに使われる高温糖化という技術と、酸=乳酸を組み合わせて酒母をつくる製法です。

日本酒造りにおいて酒母を造る目的は、アルコール生成に必要な酵母を大量に培養することです。このとき、雑菌による汚染を防ぐため、乳酸を用いて酒母を酸性に保つ必要があります。現代では酒母の酒税法的定義はないものの、この乳酸をどのように得るかで、酒母の分類が異なります。

  • 速醸酛(速醸系):醸造用の乳酸を添加する
  • 生酛・山廃酛(生酛系):添加をせず、酒母に取り込まれた乳酸菌が乳酸を生成する
  • 酸基醴酛:乳酸菌を添加して乳酸を生成する

酸基醴酛で重要なポイントのひとつが温度管理です。まず、糖化のために55〜60℃に上昇させて甘酒の状態にします。その後、乳酸菌培養のために30℃前後まで温度を下げ、さらに酵母添加後は20℃前後で保つことが必要となります。

【酸基醴酛の製造フロー】

  1. 高温糖化(55〜60℃):蒸米・麹・お湯を混ぜ、高温で一気に糖化を促進させると同時に雑菌を死滅させます。
  2. 冷却:乳酸菌が活動できる温度(約30〜40℃前後)まで品温を下げます。
  3. 乳酸菌の育成・発酵:乳酸菌を投入し、微生物の力によって自然な乳酸を生成させます。
  4. 酵母投入:十分な乳酸が得られた段階で酵母を加え、アルコール発酵へと移行します。

よく似た「高温糖化酛」との決定的な違い

酸基醴酛とよく似た製法として、「高温糖化酛」という手法が存在します。どちらも甘酒をベースとした酒母製法ですが、最大の違いは「乳酸をどこから得るか」にあります。

特徴高温糖化酛酸基醴酛
乳酸の由来醸造用乳酸(工業的に作られた液体)を添加乳酸菌(自然の微生物)を働かせて生成
優先事項効率と安全性生物学的な複雑性と味わい
プロセス糖化後、乳酸を加える糖化後、乳酸菌を加えて発酵させる

酸基醴酛では、糖化後の甘酒に微生物である「乳酸菌」を投入します。対して高温糖化酛では、糖化を終えた甘酒に、工業的に精製された「醸造用乳酸(液体)」を直接添加します。そのため、高温糖化酛は、現代的な酒造りの主流となっている速醸系に分類されています。

味わいの特徴:複雑さと透明感の同居

酸基醴酛で醸されたお酒は、単に酸を加えるだけでなく、添加された乳酸菌が甘酒の中で活動することで複雑性が増し、味わいに深みが生まれるといわれています。生酛系由来の「厚み・旨味」がありながら、高温糖化由来の「雑味の少なさ・キレ」を併せ持つとされ、相反する要素が共存する、まさにハイブリッドな酒質です。

質感の特徴は、独特のとろみリッチな口当たり。生酛系のお酒の特徴とされる酸と甘みのバランスも魅力です。

さらに、酸基醴酛を用いた低温発酵においては、オフフレーバー(4VGなど)のリスクが低く、香味バランスの良い清酒が製造できることが判明しています。

歴史のミッシングリンク──大正期の研究と再発見

国立醸造試験所の外観
国立醸造試験所(出典:国税庁「醸造試験所の創設」)

明治・大正期:「安全な生酛」を求めた試行錯誤

酸基醴酛は、実は新しい技術ではありません。明治後期から大正期にかけて、日本酒の近代化、とりわけ安全性の向上を目指した醸造試験所の技師たちが考案した「安全な生酛」へのアプローチの一つとして開発されました。

当時、『乳酸馴養 最新清酒連醸法』の著者である江田鎌治郎氏が示した「速醸法」は、100年以上経った今日でも一般的な方法としておこなわれていますが、それと同時期に試験研究されていたのが、この「酸基醴酛」でした。

江田氏は当時の著書では、自然育成系の生酛系に対し、培養物を添加したものを速醸系に分類しています。そのため、人工的に培養した乳酸や乳酸菌を添加する醴酛(あまざけもと)は速醸系に分類されていました。

最新清酒醸造論 (四七)
出典:江田鎌治郎「最新清酒醸造論 (四七)」(日本釀造協會雜誌, 24巻 11号, 1929年)
  • 加酸醴酛:加温糖化した甘酒に「乳酸」等の酸類と培養酵母を加えたもの。
  • 生酸醴酛:加温糖化した甘酒に「乳酸菌」と培養酵母を加えたもの。

本来は、加酸醴酛と生酸醴酛を総称して「酸基醴酛」と呼ばれていたようですが、現在は加酸醴酛を「高温糖化酛」、生酸醴酛を「酸基醴酛」と呼ぶケースが多くなっています。

これは、江田氏の分類方法と現代の分類方法の違いによるものです。現代の酒造りにおいては、安全醸造の観点から、生酛系酒母であっても純粋培養酵母を添加することが推奨されています。そのため、酒母を分類する際、培養物の添加の有無ではなく、乳酸をどのように得るかを基準としています。つまり、乳酸菌による乳酸発酵から得られる酒母を「生酛系」、乳酸を添加する酒母を「速醸系」に分類するということになります。

当時の江田氏の分類では速醸系に分類されていた酸基醴酛ですが、現代の分類では生酛系と考えることもできそうです。

なぜ歴史から消えたのか:技術と環境の壁

酸基醴酛は優れた理論でありながら、歴史の表舞台から姿を消しました。その背景には、当時の技術的な限界と環境要因がありました。

ひとつ目の壁が、微生物制御の困難さです。当時は、多量な微生物(乳酸菌)の純粋培養をおこなえる酒造場や研究機関が少なかったと考えられます。

また、設備的な限界もありました。100年前の設備で、加温による糖化から冷却、精密な温度管理を行うことは非常に困難でした。

さらに、他手法の台頭も大きな原因のひとつです。比較的導入が容易で、労力の低減可能性が明らかな「山廃酛」や「加酸速醸酛(普通速醸酛)」への移行が進んだため、あえて手のかかる酸基醴酛を採用する動きはなかなか出てこなかったと推測できます。

現代における酸基醴酛の「覚醒」とサステナビリティ

しかし長い時を経て、酸基醴酛は覚醒の時を迎えました。100年前に残された文献が、精密な温度管理が可能な現代の設備と出会ったことで、この製法が再評価されたのです。

今、酸基醴酛は、醸造用乳酸(添加物)を使うことなく、安全かつ安定して日本酒の個性を出す手法として、造り手たちから注目されています。

近年、岩手県工業技術センターでは、県内酒造メーカー10社で製造された米麹から乳酸菌を分離し、酒造に利用する研究が行われました。その結果、仕込み条件を整えれば、酸基醴酛は4VG(オフフレーバーの一種)が生成されるリスクも低く、安全に醸造可能であることがわかりました。さらにさまざまな仕込み配合を検討した結果、現代の酒質に近く、比較的操作が簡便で、速醸系とほぼ同等の酒造スケジュールで製造可能な方法も確立されています。

こうして現代に蘇った酸基醴酛は、生酛ほど日数を要さず、速醸よりも微生物の営みを尊重する点において、「蔵人の負担軽減」と「伝統的発酵技法の維持」を両立するサステナビリティの視点からも評価されています。

酸基醴酛で醸造している主な酒蔵

最後に、酸基醴酛を取り入れ、独自の味わいを生み出している主な酒蔵をご紹介します。

北島酒造(滋賀県):自社酵母ならぬ「自社乳酸菌」の個性を表現

酸基醴酛の商品画像
画像引用元:いそべ酒店ホームページ

北島酒造では、酸基醴酛を「明治の世に編み出された幻の製法」と位置づけ、現代の設備でその復活に挑戦しています。最大の特徴は、市販の乳酸菌を使用せず、自社の生酛から採取・分離した独自の「蔵付乳酸菌」を使用している点です。

代表銘柄の一つ「北島 酸基醴酛」シリーズでは、まろやかな酸味と米の自然な甘みが調和した味わいを表現。特に「乳酸発酵活性にごり」は、ヨーグルトや甘酒のような濃厚な甘酸っぱさと発泡感が特徴で、酸基醴酛ならではの複雑味を楽しめる一本として知られています。

浦里酒造店(茨城県):「小川酵母」×「酸基醴酛」の融合

茨城県つくば市の浦里酒造店は、6代目蔵元による試験醸造シリーズ「URAZATO PROTOTYPE」において酸基醴酛に挑戦しました。第4弾から始まったサイバーパンク風のラベルデザインは、蔵元が酸基醴酛の“未来感”にSF的な魅力を感じて採用されたものだそうです。

こちらも自社の生酛から分離した優良な乳酸菌(U2株)を使用しています。浦里酒造店の代名詞である「小川酵母」の特性に酸基醴酛が融合し、独自のおいしさを実現。100年以上前の理論を現代の精密な温度管理で再現し、クリアでありながら深みのある、モダンな酒質を実現しています。

紫波酒造店(岩手県):主要銘柄「廣喜」を全量「酸基醴酛」へ切り替え

廣喜商品画像
画像引用元:紫波酒造店公式ホームページ

岩手県の紫波酒造店は、南部杜氏初の女性杜氏・小野裕美氏を中心に、2017年の造りから主力銘柄「廣喜(ひろき)」を全量、酸基醴酛仕込みに切り替えるという大胆な決断を行いました。

テーマは「お米のうまみ」の追求。「冷でおにぎりの甘味、燗で炊きたてのご飯の旨味と冴え」を味わえる酒を実現するために、乳酸菌選びで味わいや香りに変化を付けられる酸基醴酛を採用したそうです。品種ごとの米の個性や磨きの違いをまっすぐに堪能でき、食事がついつい進む酒に仕上がっています。

引用元:GI岩手スタートアップイベント資料

まとめ

酸基醴酛は、過去の技術者が夢見た「理想の酒母」が、現代のテクノロジーによって100年越しに完成した姿と言えるかもしれません。

生酛と速醸、それぞれの魅力を併せ持ち、造り手にとっても持続可能なこの製法は、日本酒の新たな可能性を切り拓いてくれそうです。

参考資料

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