うまく行っていた事業を、なぜゼロから立て直したのか。日本酒蔵復活6年目のリブランディングに込めた決意 - 愛知県・伊東合資(敷嶋)

2026.05

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うまく行っていた事業を、なぜゼロから立て直したのか。日本酒蔵復活6年目のリブランディングに込めた決意 - 愛知県・伊東合資(敷嶋)

木村 咲貴  |  酒蔵情報

愛知県半田市亀崎で、「敷嶋」を醸す伊東合資会社。江戸時代の1788(天明8)年から200年以上にわたって酒造りを続け、一時期は中部地方最大級の酒蔵としてその名を馳せしてきましたが、2000年、経営不振により製造免許を返上しました。

そこから20年以上の空白期間を経て、酒蔵を復活させようと立ち上がったのが、9代目蔵元の伊東優(いとう・まさる)さんです。大学卒業後、大手通信企業に勤めていた伊東さんは、清酒製造免許をM&Aというかたちで買い戻し、地元・亀崎のまちづくりを含めた目標を胸に、2020年より酒蔵の事業を再開しました。

2026年、この新生・伊東合資会社がまちづくりをさらに推進する新しいプロジェクトをスタートしました。酒蔵の後継者としての宿命を感じ、酒蔵を復活させた伊東さんは、この6年間でどのようなことを考え、再スタートに至ったのでしょうか。その想いに迫ります。

20年の空白期間を経て「敷嶋」を復活

伊東合資会社代表・伊東優さん
伊東合資会社代表・伊東優さん

酒蔵の長男として生まれ、幼いころは「将来は酒蔵を継ぐんだぞ」と言われながら育った伊東さん。ところが、高校生のときに8代目である父が廃業を決め、2000年に免許を返上しました。未成年でお酒への親しみもなく、ほとんど実感もないまま一橋大学へ進学した伊東さんは、卒業後、NTTドコモに就職します。

転機が訪れたのは2014年。7代目である祖父の葬儀にて、深夜に棺の前で冷蔵庫で14年間保管されていた「敷嶋」の生酒を飲んだときのことでした。

「社会人になってから日本酒好きになり、年間300〜400種類は飲むような、いわばマニアの域には達していました。だからこそ、14年熟成の生酒が美味しいと感じられたのが衝撃で、同時に『もったいない、悔しい』という感情が湧いてきました

その味は、安定した職に就いていた伊東さんを、酒蔵復活という茨の道へと導くほどのものでした。日本では清酒製造免許の新規発行がなされておらず、返上した免許を取り戻すことはできないため、伊東さんはM&Aによって別の酒蔵から免許を承継する必要がありました。

承継元となる酒蔵を見つけるのにかかった期間は5年以上。ほとんど偶然の出会いがもたらした紹介により、千葉の酒蔵を事業承継し、亀崎に移転させることで、2020年に伊東合資会社を再稼働しました。

伊東さんのM&Aに関する取り組みの詳細はこちら↓

「酒蔵だと気づいてもらえない」という失敗

伊東合資の酒蔵の鳥瞰図
伊東合資の酒蔵の鳥瞰図

酒蔵の復活にあたり、伊東さんにとって酒造りと同じくらい大きな課題となったのが、1,800坪以上もの敷地面積を誇る蔵の建造物をどう活用するかということでした。

「当酒蔵は、かつて中部地方で最大級の規模を誇り、大正12(1923)年の酒蔵番付では中部地方で唯一の『横綱蔵』に認められたほどです。敷地内にはいまも築100~200年の貴重な建物が残っています

かつて港町として栄え、劇場などの文化的な施設も軒を連ねていた亀崎。地元の人たちが「昔はすごかった」と語るのを聞きながら、伊東さんは「これから何十年も生きていく若者たちにとって、その言葉がどんな意味を持つのか」と考えます。そして2024年、街の人々に酒蔵を活用してもらおうと、カフェ、ショップ、レストランが集まる複合施設としての営業をスタートしました。

しかし、伊東さんはこの取り組みを振り返り、「成功よりも失敗のほうが多かった」と打ち明けます。

「お店としてはうまく行っていて、知多半島のことを多くの方に知ってもらうことができました。一方で、各店の役割が曖昧になってしまったとも感じています。酒蔵の直営店なのに、3人に1人くらいの割合で『このお酒はどこで造っているんですか?」と聞かれるんです。カフェではモクテル(※)も出していたんですが、そちらが日本酒の4倍くらい売れるという状態でした」

※モクテル(Mocktail):「模擬(Mock)」と「カクテル(Cocktail)」を組み合わせた造語で、ノンアルコールカクテルを意味する。

「建物を残したい」という想いが先行して、あれもこれも詰め込んでしまったために、「酒蔵である」という最大の強みを逆に捨ててしまったのではないか──そう考えた伊東さんは、「酒蔵という空間そのものを体験してほしい」という想いを新たに、リブランディングを決意しました。

知多半島の酒蔵としての存在意義を考える

発酵王国・知多半島の営みを伝える場として

伊東合資会社全景の絵を指差す伊東さん
酒蔵として地域の未来に向けて果たす役割を考えるうえで、伊東さんは、酒蔵がある亀崎の街と、その位置する知多半島のこれまでの歴史を振り返ることにしました。

清酒製造量全国6位の愛知県の中で、かつて最も清酒の製造が栄えていた知多半島。銘醸地だった灘よりも江戸から近く、国の真ん中に位置することから、ここでつくられるお酒は「中国酒」と呼ばれ、一定の地位を確保していました。明治初期には、知多半島だけで200もの酒蔵があったといいます。

参考:門之園知子、長田勇久「三河・知多地域の発酵文化―伝統的製法と独自性―」日本調理科学会誌 Vol. 57, No.1, 41-46(2024)

この地域では、酒蔵が多かったことから酒粕を原料とするが生まれ、粕取焼酎(酒粕を蒸留してつくる焼酎) を原料にした本みりんの生産が発展していきました。さらに、明治期の増税により業態を変えた酒蔵によって、味噌醤油の製造も興隆していきます。

お酒に端を発する発酵文化が育まれてきた知多半島。こうした歴史を踏まえて、伊東さんは、その「営み」を伝えることが地域の再評価につながっていくはずだという考えにたどりつきます。

酒蔵でしかできない日本酒体験を提供

「かめくち」店内
飲みくらべや買い物が楽しめるショップ「かめくち」

この地にしかない食の魅力にあふれる知多半島の文化を伝える今回のリブランディングのテーマは、「味わい尽くす」

蔵の入り口に位置する「かめくち」は、“お酒を味わい尽くす”お店。リニューアル前は地元の名産品なども扱っていましたが、敷嶋のお酒と酒器だけを扱う場所として生まれ変わりました。

もともと伊東さんの曽祖父の代で建てられた銀行だった場所で、当時使われていた重厚感のある金庫が存在感を放つほか、かつて万博をはじめとする海外の展示会に出品したときの表彰状など、歴史を感じさせるアンティークなアイテムがところどころに飾られています。敷嶋の日本酒が並ぶのは、酒を搾る槽(ふね)を改装した棚。天井からは酒袋がぶら下がり、酒蔵ならではの神秘的な雰囲気を演出しています。

「この場所は、敷嶋を通して、日本酒そのものにハマってもらえるような場所にしたいと思っています。温度の違いによる飲み比べや、開栓直後としばらく時間が経った後のお酒を飲み比べてもらって、日本酒に対する見識を深めてもらう。ただ『おいしいね』で終わるのではなく、どこかで語りたくなるような体験を提供する予定です。

作家さんの酒器による飲みくらべはすぐに始めようと思っています。お酒の味わいって、器に塗る釉薬によって変わるんですよ。酒蔵だからこそできる、少しマニアックな体験をしてほしいと思っています」

お酒が飲めない人も楽しめる観光スポットに

「合資横丁」風景
お酒だけでなく、おつまみや地域の食品も揃う「合資横丁」

2024年から始めた店舗事業によって、近隣の人にさえ酒蔵が認知されていないことを痛感し、「一般の人々が酒蔵に来る頻度を増やしたい」という想いを強くした伊東さん。そのため、今回のリブランディングには、この “建物を味わい尽くす”アイデアが詰め込まれています。

ひとつは「合資横丁」敷地内の建物と建物のあいだを路地に見立て、立ち飲み店や食品店を設置することで、昔ながらの街並みを再現しています。電線も車道も視界に入らないその風景は、さながら時代劇の中に迷い込んだかのよう。伊東さんは「現在決まっているのは3店舗。これがさらに増えると、観光スポットとしての魅力も増すはずです」と構想を語ります。

さらに、お酒を飲まない人々も酒蔵に親しみを持てるよう、焼き菓子ショップ「LIEromi(リエロミ)」をオープン。パリやニューヨークでの経験を持つパティシエであり料理人の水野和也シェフがレシピを手がけ、敷嶋の麹や酒粕をふんだんに使ったお菓子を提供します。

焼き菓子ショップ「LIEromi」
焼き菓子ショップ「LIEromi」

「この地域で生まれ育った子どもたちは、18歳になって進学や就職が決まると、お酒を飲む経験をせずに地域を出ていってしまいます。この地域が持っている醸造文化や酒蔵の背景を知らないまま、『地元は特に何もなかった』と思ってしまった瞬間に、この地域の文化はその子たちの中から消えてしまう。

そこで、お酒を飲めない人たちに酒造りという文化を伝えるために、お酒のインプットとしての麹・アウトプットとしての酒粕を使った焼き菓子をつくるアイデアに辿り着きました。麹は蔵人にお願いして、わざわざお菓子用につくってもらっているんですよ」

伝統的な建造物ならではの圧迫感をやわらげるため、入口はポップアップスペースに。現在は伊東さんの奥さんが作ったアクセサリーやオリジナルグッズを展示していますが、街の人々にとっての敷居を下げるために、今後さまざまな事業へ貸し出しをする予定です。

原動力は、まちと蔵を未来に残すという使命感

敷地内に残る酒造りの道具
敷地内に残る酒造りの道具

水野シェフが率いる、食のR&D(研究・開発)「gnaw(ノー)」は継続。海外の星付きレストランからも勧誘されるほど料理人としての評価が高い水野シェフですが、それでも伊東合資での活動を選ぶのは、 「持続可能な食の実現というテーマで共鳴できているから」だと伊東さんは語ります。

「現代はAmazonで何でも買えますし、コンビニでおいしいごはんが買える時代です。だからこそ、ただおいしいだけ、きれいなだけでは、生き残る理由にはならない。そんな時代には、『なぜその場所を訪れるのか』という理由を突き詰める必要があるのだと思います。

いま、世界のトップレストランはほとんどR&Dの機能を備えています。たとえおいしくても、続かないなら意味がない。食べることで循環が生まれ、その循環が未来につながる。そんな仕組みを作り、それを表現する場所としてレストランがあるべきだと考えています

5月からは、こうした研究・開発の成果を表現する場所としてレストラン「The origin plate」がオープン。“美味しい”をゴールとせず、そこから“自然が豊かになる”料理を提供します。

レストランで使用しているカトラリー

急ピッチでのリブランディングとなりましたが、今後は国の登録有形文化財である住宅を活用した民泊やツアーも計画。現時点では、外部資本は入れず、すべて自己資本と融資の範囲で運営しています。

「これだけの場所なので、大企業から大きな資本を提案してもらえる可能性はありますが、こちらが言いなりになるような状況は避けたい。対等な関係を築けるように、まずはこちら側の考えを見せ、『伊東合資だからこそ一緒にやりたい』と思ってもらうために、このリブランディングがあるんです

ひとつの複合商業施設として成功していたにもかかわらず、知多半島という地域と、地域にとっての酒蔵の役割という本質を追求して決行された今回のリブランディング。今後、こうした活動を地域全体に広げていきたいと考えていますが、「まずは自分たちの足もとをしっかり固めること」と伊東さんは背筋を伸ばします。

都内での安定したビジネスマン生活から一転、先祖が築いた酒蔵を復活させ、さらに地域の再興へと挑む伊東さん。20年間途絶えていた時間が、知多半島の地でふたたび動き出しています。

施設情報

伊東合資
住所:愛知県半田市亀崎町9-111
電話番号:0569-29-1125
代表:伊東 優
Webサイト:https://ito-goshi.com/

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