杜氏がAIツールを月160回使用。「メモ帳に勝つ」を目標に開発された、手仕事の日本酒を守るAIとは - 大阪府・山野酒造(片野桜)

2026.05

08

杜氏がAIツールを月160回使用。「メモ帳に勝つ」を目標に開発された、手仕事の日本酒を守るAIとは - 大阪府・山野酒造(片野桜)

卜部 奏音  |  SAKE Street Pioneers

Sponsored by 山野酒造株式会社

大阪府交野市にて、江戸時代末期に創業した山野酒造。酒造りの現場で、杜氏さんはいつもポケットに小さなメモ帳を忍ばせています。日々の造りで気づいたこと、トラブルが起きたときの対処──そこには、何十年もの経験で積み上げられた、蔵の宝物のような知恵が手書きで綴られています。

一方、蔵の隅にあるタンクはというと──発酵中の醪(もろみ)をスマートフォンのカメラで撮影し、その様子をAIが判断する取り組みが始まっています。アナログの極地のようなメモ帳と、最新のAI技術。一見相反する存在に思えますが、実はこの杜氏のメモ帳を「目標」に据えて開発されたのが、酒造り支援ツール「AI蔵Lab」なのです。

なぜ、最先端のAIが「メモ帳」を目標にしたのでしょうか? また、AIが浸透し始めたいま、それでも人間にしかできない酒造りとは何なのでしょうか?

山野酒造の6代目蔵元・山野真寛(やまのまさひろ)さんと、「AI蔵Lab」を開発したパーソルAVCテクノロジー株式会社の西河誠(にしかわまこと)さんに話を聞きました。

250社以上の酒造り現場から知恵を結集した「AI蔵Lab」

山野酒造の外観

できたお酒に水を加えずそのまま瓶詰めする「原酒」が全体の4割を占める山野酒造。その濃醇な味わいを実現するため、「小さく造ること」を大切にしてきたと山野さんは言います。

「大手メーカーのように大きなタンクで大量に造るのではなく、一つひとつの作業を手作業で行い、少量生産に徹する。もちろん手間はかかりますが、その分、お酒のクオリティは高くなります。常にお酒の品質管理を最優先に考える『お酒ファースト』がうちの方針です

約7年前に実家の酒蔵を継いだ山野さんは、当時、この蔵が代々守り抜いてきた酒質の高さに助けられたと振り返ります。そんな山野酒造で新たに使い始めたのが、日本酒造りに必要なデータを集約し活用するツール「AI蔵Lab」です。

「AI蔵Lab」は、日本酒好きの西河さんが、職人の技術を最新のテクノロジーで支えたいという思いから、自社の新規事業として企画したもの。その開発の起点となったのが、山野酒造の現場でした。

西川さんのポートレート写真
パーソルAVCテクノロジー株式会社 西河誠さん

「山野酒造の杜氏さんは、日頃の造りで気になったことやトラブルへの対処を、ポケットに入れた小さなメモ帳に随時書き留めていました。手に馴染み、ぱっと取り出してすぐ書ける──杜氏にとっては最も身近な相棒です。

そこには長年蓄積された貴重なノウハウが詰まっている。一方で、他の蔵人がそれを読み解いて共有するのは難しい。かといって、杜氏自身の使い勝手を犠牲にしては、共有のためのツールを作っても使ってもらえません。だからこそ、AIツールを開発するなら、杜氏さんにメモ帳だけではできなかった新しい価値を提供しないと使ってもらえない。メモ帳を上回ることをベンチマークに開発を進めました」と西河さんは振り返ります。

山野酒造の酒造りの様子

その後西河さんは、山野酒造を含む250社以上の酒蔵にヒアリングを行い、全国の酒造現場に入って間近で作業を見学しながら必要な機能の検討を重ねました。山野さんによると、西河さんは杜氏も驚くスピードで酒造りの知識を吸収し、「もうお酒が造れるんじゃないか」とまで言われたそう。

「『AI蔵Lab』の目的は、個人の中に“勘”として眠る経験知をデータで可視化し、酒蔵の作業や技術継承の負担を下げることです」と西河さんは力を込めます。その吸収力を活かして、次々と「AI蔵Lab」の機能を開発していきました。

その中のひとつが、AI技術を活用した画像解析により、発酵の状態を計測する機能。10秒程度の醪の動画を撮影してアプリに送ると、お米の溶け具合や泡の数を分析し、発酵の進み具合を割り出します。これまで杜氏の目や耳、鼻といった感覚で把握していた発酵状態を、客観的なデータとして見られるようになりました。

AI蔵Labの画面
「AI蔵Lab」のもろみ状貌監視機能(デモ用画面)

他にも、お酒の味や香りを確認する官能評価をデジタル化する機能もあります。アプリに表示される香り成分の中から当てはまるものを選ぶだけで記録できるため、従来の手書きメモに比べると時間が大幅に短縮できます。さらに、その評価を酒蔵内で共有することで、若い蔵人が自身と杜氏の評価を見比べ、スキルを磨くことも可能です。

こうして2024年11月にリリースされた「AI蔵Lab」は現在、大阪・京都・兵庫をはじめ、全国の酒蔵で導入が進んでいます。

AI導入の目的は、こだわりの手仕事を守ること

手仕事で麹をつくる様子

手仕事にこだわりを持つ山野酒造が、「AI蔵Lab」の導入を決めた背景には何があったのでしょうか?山野さんは、従来の酒造りには2つの課題があったと語ります。ひとつは、杜氏の知識・経験の継承。もうひとつは、労働負担の軽減です。

「今までは、杜氏が把握している情報や造り方を、何十年も一緒に働くなかで次の世代に伝えてきました。しかし杜氏の高齢化が進むなか、それを『見える化』したデータとして共有できないかと考えていました。さらに、ここ数年で表面化したのが働き方の問題です。特にネックだったのは麹造り。夜間でも3時間に1回、様子を見る必要があるのですが、社員の生活や労働環境が変化し、改善が必要でした」

タンクの前に立つ製造チームの集合写真
山野酒造の製造チーム。中央上側が山野真寛さん

西河さんから「AI蔵Lab」の提案を受けたのは、山野さんが蔵に戻り、こうした課題を実感しはじめたときでした。導入を決断した山野さんでしたが、不安もあったといいます。デジタル機器に不慣れな杜氏に、果たして使ってもらえるのか──。ところが、いざ蓋を開けてみれば、それは杞憂でした。

「若い蔵人さんはもちろんですが、月間で160回以上アプリを起動するなど、杜氏さんが一番使ってくれたようで驚きました」と西河さん。「開発で最もこだわった」というUX(操作時のユーザー体験の心地よさ)の効果が発揮されています。

「醪や麹の状態がリアルタイムでわかるのがおもしろく、みんな自然とデータを確認するようになりました」と山野さんは導入後の変化を話します。夜間の麹作業については、温度管理が必要な状態になると「AI蔵Lab」からスマホに通知が来て、寝床から確認できるようになりました。これまでは、温度管理が必要なタイミングを逃さないよう、夜中に起きている必要がありましたが、その負担も軽減されることになりました。さらに、醪の経過をデジタル帳簿としてアウトプットできるため、税務署に申告するための事務作業の負担も減りました。

山野さんは、AI導入で労働負担が減った分、人間が手をかけるべき工程に重点的に取り組もうと考えています。そのひとつが、香りの確認です。「最近、あるタンクからヨーグルトのような香りが出たことがありました。乳酸菌由来の汚染の可能性があったため国税局に送って確認したところ、醪の初期発酵の過程で出る香りなので問題ないことがわかりました。こうした香りの判断はデータではできないため、やはり現場の人間の役割だと感じました

酒母に櫂入れをする様子

そして山野さんがもうひとつ挙げたのが、長い棒で醪をかき混ぜる「攪拌(かくはん)」の作業。これによって醪の泡立ちが変わるため、データを確認しつつ、現場で酵母の状態を判断することが必要だと考えています。

AIを導入するのは単に作業時間を減らして楽をするためではなく、本当に必要な手仕事を維持するため。酒造りにかける真摯な想いが、山野さんの口調に滲みます。

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次世代酒蔵を体現する新商品「COSMOS -秋桜-」

AI蔵Labを使った酒造りの様子

AIの導入により業務を効率化することで生まれた時間を使って、人間にしかできない作業に集中する。そんな新しい酒蔵像を体現するなかで生まれた新商品が「COSMOS -秋桜-」です。

コスモスの花言葉は、調和。『AI蔵Lab』の機能と、人間の手仕事を調和させるという意味を込めました。さらに『秋桜』という和名は、うちの看板商品である『片野桜』からの連続性も意識しています」(山野さん)

従来の「片野桜」は、搾りたてのお酒を生原酒でリリースしており、アルコール度数17度のしっかりした味わい。一方、「COSMOS -秋桜-」は新たな試みとして、割り水と火入れの処理をおこなっても、片野桜らしさを残すことに挑戦しました。

COSMOS -秋桜-の商品イメージ画像
今回の挑戦で誕生する新商品「COSMOS -秋桜-」

目指したのは、山野酒造らしい骨太な旨味と、データを活かした繊細な管理で実現するクリアで整った酒質の両立。伝統と先進が1本のお酒のなかで響きあう、まさに“調和”の取れた味わいです。

「『AI蔵Lab』で集めた自社のデータと、酒類総合研究所で学んだ醪のデータを掛け合わせ、目指す酒質のガイドラインを作りました。それに従って、通常よりも長い醪日数をかけて仕込みを始めました。リターンの出荷まで時間があるため、今まさに、じっくり造っている最中です」(山野さん)

今回のクラウドファンディングでは「AI蔵Lab」を活用して仕込んだお酒と、伝統的な山廃造りのお酒を1本ずつ飲み比べられるセットなどをリターンとして提供。AIと手仕事、それぞれが生み出す味わいを、自分の舌で確かめることができます。

そして山野酒造が提供するのは、新たな味わいだけではありません。なんと、「AI蔵Lab」で集めた醸造データがリターンに付属しているのです。その意味を、西河さんはこう語ります。

「飲み手は、日本酒の持つストーリーも含めて味わっています。どの土地の米を使っているかや、どんな味わいの方向性なのかを知れば知るほど、お酒の味わい方が広がりますよね。『AI蔵Lab』で得た詳細な醸造データや、狙った酒質に合わせるための造り手の工夫。そうした情報を得ることで、さらに味わい方が変わるのではと思っています。ここまで解像度が高いデータを出した時に飲み手の皆さんにどう楽しんでいただけるのか、反応が待ちどおしいです

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AI時代に残る、人間にしかできない酒造りとは?

蔵での作業の様子

今期の「AI蔵Lab」の活用を通して、山野酒造では酒造りのデータが溜まりつつあります。「来期以降はデータのバリエーションを増やし、数年かけて杜氏の持つ経験値をデータとして蔵に蓄積したい」と山野さんは意気込みます。

西河さんも「3カ月に1回のペースで『AI蔵Lab』のアップデートを重ねていますが、まだまだやりたいことは山積みです」と開発に意欲的です。例えば、全国の酒蔵から集まったデータをAIで分析し、トラブルの対処法をレコメンドする機能や、帳票の自動作成機能の追加を考えています。山野さんも、新たな機能の開発に期待を寄せます。

「酒造業は酒税の申告や製造量の厳密な管理などが必要な業界ですが、それらを担うシステムが普及していないんです。今後『AI蔵Lab』のデータ集約が進めば、タンクの管理から出荷管理、酒税管理までできるようになるかもしれない。『AI蔵Lab』は酒造りだけでなく酒蔵の業務全体を改善できる可能性があると思います」

こうした最新技術の導入が人手不足に苦しむ酒蔵を救う一方で、「人間にしかできない酒造り」の価値はどこに向かうのでしょうか。西河さんはその答えを、「新しい時代に求められる味を造ること」だと考えています。

「日本酒の味は、世の中の人が思うよりずっと早く変化しています。10年前と現在では、好まれるお酒の方向性はまったく違いますよね。AIができるのは、今の世の中の情報を集めて、そのなかで最適なものを提案すること。AIから提供されたデータを参考にしながら、新たな時代に合わせたお酒を造るのは、やはり人間の役割だと思います」

山野さんも「主体はあくまで人間」と強調します。

「半年間の酒造りのなかでは、さまざまなトラブルが起こります。予定調和ではない状況での柔軟な対応こそ、人間でないとできない仕事です。あくまで機械は補助で、それを使いながら人間がものづくりをするという本質は変わりません」

昔ながらの手作業だけの酒造りでもなく、すべて機械に任せる工業的な酒造りでもない。温度の監視や記帳など、人間と機械で差がつかない分野は機械に任せることで、人間にしかできないより本質的な作業に集中する。そんな新しい時代の酒造りが今まさに、動き始めています。

伝統と最新技術が響き合って生まれる、山野酒造の新しい一杯。その挑戦の味わいを、ぜひあなたの舌で確かめてみてください。

クラウドファンディング挑戦中!:【AIと伝統が織りなす未来】大阪・山野酒造「手仕事×AI」次世代酒蔵への挑戦

酒蔵情報

住所:大阪府交野市私部7-11-2
創業:1853年(嘉永4年)
代表取締役社長:山野 久幸
Webサイト:https://www.katanosakura.com/

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