そのお酒は「日本酒」を名乗れるのか?──広がるSAKE、揺らぐ日本酒(前編)

2026.04

28

そのお酒は「日本酒」を名乗れるのか?──広がるSAKE、揺らぐ日本酒(前編)

木村 咲貴  |  日本酒を学ぶ

「日本酒の定義を教えてください」。そう聞かれたら、なんと説明するでしょうか?
「お米のお酒」──間違ってはいません。でも、マッコリや紹興酒、米焼酎や泡盛も該当します。
「お米を原料とする日本伝統の醸造酒」──惜しいですが、例えば商品のラベルに「日本酒」と書くためには少し条件が足りません。

日本酒とは、米、米麹を発酵させたものをこして(酒粕を取り除いて)造る醸造酒ですが、2015年からは、その中でも「日本産のお米を原料に、日本国内で造られたもの」だけが日本酒と名乗れるという新しいルールが加えられました。

一方、英語圏では、日本産もそうでない清酒もまとめてsakeと呼ばれています。さらに近年は、日本国内でも日本酒の定義に当てはまらないカテゴリが出てきています。

こうした状況を前に困惑するのは、実際にお酒を飲む消費者です(そして、それをなんとか説明しようとするお店やメディアもちょっと困っています)。SAKEの定義問題を考える特集「広がるSAKE、揺らぐ日本酒」では、前後編の2本の記事を通して、日本酒・SAKEにまつわる言葉の定義とその現状を整理していきます。

日本における「酒」という言葉の歴史

「酒=日本酒」だったころ

お屠蘇を注ぐイメージ画像

現代の日本では、「酒」とはアルコール飲料全般を指しますが、まだ多様な酒類がなかったころは、お米を発酵させて造る醸造酒、つまり日本酒のようなお酒を指していました。老舗の居酒屋などで「お酒」というと日本酒が出てきたり、メニューに「お酒」と書かれていたりするのも、日本人にとって 「酒といえば日本酒」であった時代の名残だと考えられます。

酒という言葉の語源には

  • 「サ」=無垢にして清純な状態を表す接頭語。「ケ」=食べもの。「サケ」=神様にお供えするとくに清浄な食べもののこと(神崎宣武)
  • 「サカエ(栄える)」という言葉と、酒を意味する「キ(=御酒のキ)」を組み合わたもの(加藤百一)

と、諸説あります。いずれも、お米という貴重な食料を神様に捧げるために造られた飲みものであるというルーツに基づいています。

法律用語・業界用語としての「清酒」

国税庁の建物入り口の画像

日本酒に近い言葉として、「清酒」があります。この言葉は、酒税法において

  • 米、米こうじ及び水を原料として発酵させて、こしたもの(アルコール分が22度未満のもの)
  • 米、米こうじ、水及び清酒かすその他政令で定める物品を原料として発酵させて、こしたもの(アルコール分が22度未満のもの)

と定義されています。

かつて、日本酒と清酒という言葉はほとんど同じように使われていました。しかし、2015年に「日本産のお米で、日本国内で造られているもののみ、日本酒と明記することができる」というルールが定められました。これによって、海外産のお酒や輸入米で造られたお酒を含むのが「清酒」であり、その中で特定の条件を満たすのが「日本酒」という区別がなされるようになりました。

しかし、清酒はもともと品質表示や業界向けの文書に書かれてきた名称であり、日本酒ほど一般的に知られた名前とは言い難いのも事実です(実際に、日常会話で「私、清酒好きなんだよね」というような使い方をする人はいないのではないでしょうか)。

なお、清酒という名称は、もともと「酒」と呼ばれていた米の醸造酒のうち、こしていないものを濁酒(だくしゅ・どぶろく)、こしたものを清酒と呼ぶ区別に由来します。近代以降の酒税制度の中で呼称が整理され、現在のような正式な酒類区分として定着したと考えられます。

日本酒と清酒を区別した、GI=地理的表示の制定

富士山のイメージ画像

こうした「清酒」と「日本酒」の区別がされるようになったのは、2015年12月にお酒のGI(地理的表示)に関する制度が見直されたことがきっかけでした。

このころは、日本政府が成長戦略の一環として、食品やお酒の輸出促進に力を入れはじめた時期でした。日本酒の輸出量が拡大し、知名度が上がるのにともない、海外現地で造られた清酒と国産酒を明確に区別する要望が出てきていました。

つまりGIは、日本酒という言葉に「日本産の米を100%使い、日本の高度な技術で造られたもの」という定義を設けて保護することで、海外の消費者に対して「日本酒は高品質な産地呼称品である」という信頼感を与えることを目的に定められたのです。

ところが、このGI日本酒は10年経った現在でもいまだに周知徹底されていないのが事実です。ニュース記事などでも「海外産の日本酒」「外国産米でつくられた日本酒」といった表現が散見されたことから、2024年には日本酒造組合中央会が報道機関に「清酒と日本酒 呼称の違いについて」という文書を送信し、注意喚起をする事態が起きました。しかし、メディアが清酒よりも日本酒という呼称を好むのには、日本酒のほうが読者に伝わりやすいからという事情も垣間見えます。

また、英語圏ではもともと「日本酒(nihonshu)」という呼称は定着していないため、現在も生産地にかかわらず「sake」という呼称で認識されています。コアな愛好家や専門家は「sake」の語源が日本におけるアルコール飲料の通称「酒」であることやGIを理解し、あえて「nihonshu/Japanese sake」ということもありますが、一般的な認知とはほど遠いのが現状です。

世界における「SAKE」とは何か?

『日葡辞書』の画像
『日葡辞書』(画像はパブリック・ドメイン)

それでは、世界ではなぜ日本酒が「sake」として認識されているのでしょうか。日本酒という言葉は、日本に海外のお酒が入ってくるようになった近代以降、それらと区別するかたちで生まれたと考えられています。つまり、日本で日本酒という呼称が広く使われるようになる以前から、外国人に「sake」と呼ばれていたことが一因と考えられます。

吉田元の論文「外国人による日本酒の紹介」では、16世紀に日本を訪れたイエズス会宣教師の記録をはじめ、江戸時代に出島に滞在したオランダ商館員や、開国前後に来日した欧米の外交官・旅行者などによる、日本酒に関する記述が整理されています。これを読むと、1603〜1604年にイエズス会宣教師により編纂されたポルトガル『日葡辞書』ほか、当時から海外の文献で日本酒がその音から「sake」あるいは「saki/saqe/sacki/zacky」などの呼称で記録されていたことがわかります。

また、オックスフォード英語辞典ではsakeという単語が「a Japanese alcoholic drink made from rice(米で造られた日本の酒類)」と説明されており、そのルーツが1687年に訳されたテヴノーの東方旅行記『The Travels of Monsieur de Thevenot into the Levant』を元にしていることが明記されています。

こうした背景もあり、清酒や日本酒という言葉が近代以降に日本で普及しても、海外で「seishu」や「nihonshu」という呼称は広まりませんでした。その要因のひとつには、sakeが最も発音がしやすいということも挙げられるでしょう。

そして皮肉にも、このローマ字表記の「sake」という言葉は、米と米麹を原料とする醸造酒として、現在最も広い意味合いをカバーしています。例えば、以下の酒類はすべて英語では「sake」と呼ばれるケースが確認できます。

  1. 日本酒
  2. どぶろく
  3. 海外産清酒
  4. 海外産清酒に果汁などをインフューズしたもの(日本の分類ではリキュール)
  5. クラフトサケ
  6. クラフトサケブリュワリー協会に所属していない米の醸造酒

このうち、新たな呼称問題として存在する5と6について、次の章で説明していきましょう。

新たな呼称「クラフトサケ」問題

原料や製法の幅が広い、自由なSAKE

2020年前後から、日本酒に近い新しい酒類として、「クラフトサケ」というカテゴリが登場しました。

日本酒を造るためには、清酒製造免許が必要です。しかし、現在の日本では、新しくこの免許が発行されないという現状があります。そこで、酒造りの経験を持つ若手醸造家たちが立ち上げたのがクラフトサケというジャンルです。具体的には、清酒製造免許で必要とされる

  • 米、米こうじ及び水を原料として発酵させて、こしたもの(アルコール分が22度未満のもの)

という要件をあえて外れる、つまり

  • 「米、米こうじ及び水」に別の原料を加えて発酵させる
  • 米、米こうじ及び水を原料として発酵させたうえで、こさない

などの製法を取ることで、「清酒」ではなく「その他の醸造酒」として分類されるお酒を造っています。

ムーブメントが始まった当初、このカテゴリを総称するような名前はありませんでしたが、クラフトビールを思わせる自由さに由来して自然発生的に「クラフトサケ」と呼ばれはじめ、2022年にはクラフトサケブリュワリー協会が設立されました。

商標「クラフトサケ」は別に存在していた

ただし、ここでひとつ忘れてはならないのが、「クラフトサケ」という言葉について、酒類卸売業者の株式会社モトックスが2013年に商標を取得していたことです。クラフトサケブリュワリー協会は同社に許可を得てこの名称を使用していますが、それは、協会に所属していなければ、本来はクラフトサケと名乗ることはできないということでもあります。

クラフトサケブリュワリー協会設立記念酒の画像
クラフトサケブリュワリー協会公式Xアカウントより引用

クラフトサケブリュワリー協会には現在、13社の醸造所が所属していますが、それ以外にも「クラフトサケ」を名乗るお酒を造るメーカーは年々増えており、2025年の時点で十数軒確認できます。しかし、協会へ所属していないこれらの醸造所は本来、クラフトサケを名乗ることができません。

そして、こちらの記事でも書いているとおり、クラフトサケとはあくまで和製英語であり、英語のcraft sakeは「小規模メーカーが造る手づくりの日本酒」としてもともと使われてきた言葉でもあります。そのため、海外では日本酒がcraft sakeと呼ばれることも多々あり、意味が混在してしまっているのが現状です。

なお、「米、米こうじ及び水を原料として発酵させたうえで、こさない」お酒は、一般的に「どぶろく」と呼ばれます。どぶろくは以前から日本各地で造られており、必ずしもクラフトサケと呼ばれるわけではないことから、副原料を入れる1つ目の定義のほうだけをクラフトサケとして解釈している人もいます。一方、クラフトサケ醸造所がつくるどぶろく(副原料を使った商品を含む)は「クラフトサケ」と呼ばれる場合もあります。

現状のSAKEの定義を整理すると?

これらを踏まえて、現在使われている言葉を整理すると、以下の図のようになります。

sakeの定義を整理した弁図

これを見ると、現状、英語で書かれた「SAKE」という言葉が最もカバー範囲が広いということがわかります。実際、クラフトサケに類似する酒類を造りながらも協会に所属していない醸造所などは、自社の商品のカテゴリを「SAKE(サケ)」と呼ぶ事例が少なくありません。

しかし、ここまでの事情を理解していない人にとって、文中にいきなりSAKEという英単語が出てくると違和感を覚えさせてしまいます。また、海外での清酒醸造が増えていく中で、SAKEという言葉に定義がないという実態は、人によってまったく異なるものをSAKEと呼ぶような事態を引き起こし、ジャンル自体に混乱や誤解を招く可能性もあります。

まとめ

この記事では、「日本酒」「SAKE」という言葉を取り巻く用語が歴史的にどのように変化し、どのような問題を引き起こしているのかを整理しました。

  1. 古来より、日本で「酒」といえば「米を原料とした醸造酒」だった
  2. 近世以降、外国人に「SAKE」として認知されるようになった
  3. 近代以降、海外から入ってきた酒と区別する意味で「日本酒」という言葉が生まれた
  4. 酒税法の整備にともない「清酒=日本酒」という定義になった
  5. 2015年、日本酒がGI(地理的表示)に指定され、清酒との区別が生まれた
  6. 2020年頃、クラフトサケが登場した

これにより、現在、以下のような呼称問題が起きています。

  • 日本をルーツとする米の醸造酒を総称する言葉が「SAKE」になっている
  • SAKEはカバー範囲が極めて広く、定義が曖昧である
  • 従来、日本で広く使われてきた「日本酒」という言葉が使いづらくなっている
  • クラフトサケの場合、協会への所属・被所属でも呼称が異なる
  • 日本と海外で、SAKEにまつわる用語の認識・使い方にギャップがある

この「呼称問題」が引き起こすのは、消費者の混乱であり、造り手や売り手、そしてメディアにおける説明の複雑化です。それは、これらの酒類を「わかる人にしか伝わらない」ハードルの高い飲みものに仕立て上げ、売りづらく買いづらいものにしてしまうおそれがあります。

後編では、実際にこの言葉の問題に直面する人たちへのインタビューを交えながら、SAKEという言葉をどのように定義していくべきなのか、考察していきます。

参考文献

  1. ホーム
  2. 日本酒を学ぶ
  3. そのお酒は「日本酒」を名乗れるのか?──広がるSAKE、揺らぐ日本酒(前編)

話題の記事

人気の記事

最新の記事