猛暑が変える、米づくりと酒づくり。農家・酒蔵が模索する対応策とは:気候変動と酒米【前編】

2025.03

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猛暑が変える、米づくりと酒づくり。農家・酒蔵が模索する対応策とは:気候変動と酒米【前編】

木村 咲貴  |  日本酒を学ぶ

観測史上最も暑い夏」──。気象庁が発表した2024年の日本の平均気温は過去最高を更新し、列島各地で記録的な猛暑が観測されました。近年のこうした暑さは自然環境、そして農業にさまざまな影響を与えています。

日本酒の原料となるお米もその例外ではなく、「高温障害」と呼ばれる、気温上昇に伴う生育不良が話題に挙がることが増えています。農家や酒蔵からも懸念する声が聞かれるようになっており、実際、かつて岐阜県にあった三千櫻酒造が北海道への移転を決めたのも、温暖化の影響も考慮してのことでした。

気候の変化は、日本酒造りにどのような影響を与えるのでしょうか?そして、こうした大きな変化に対して、どのような対策がとれるのでしょうか?この連載「気候変動と酒米」では、データと農家・酒蔵への取材から、気候変動が酒米に与える影響と、それによって業界にもたらされる変化について解説します。

気候変動の現状とお米への影響

気候変動が酒米や酒造りへもたらす影響を考える前に、まずは日本の気候の現状と、お米の被害状況を整理しましょう。

日本の温暖化の現状

日本の平均気温は、年ごとに上がったり下がったりを繰り返しながらも、長期間で見ると100年あたり1.40℃という速さで上昇しています。これは世界の平均上昇温度の約1.8倍の速さ(※1)であり、日本が北半球の中緯度という温暖化の影響を受けやすい位置にあることが関係しています。

(※1)世界の平均上昇温度は100年あたり0.77℃

観測が始まった1898年からこれまでの中で、気温の高さのトップ7はすべてここ10年以内に集中しており、近年ますます温暖化が深刻化していることが見て取れます。最近、ゲリラ豪雨や大雨被害などのニュースをよく耳にしますが、これは地球温暖化により大気中の水蒸気が長期間をかけて増え、降水量が増えたことが原因であるといわれています。

日本の年平均気温偏差(気象庁のデータを元に作成)

順位1991-2020年の平均値との差(℃)
12024年+1.48
22023年+1.29
32020年+0.65
42019年+0.62
52021年+0.61
62022年+0.60
72016年+0.58
81990年+0.48
92004年+0.46
101998年+0.45

「一等米」が大きく減少。お米の高温障害とは

こうした気温の上昇によって、食用米を含むお米への高温障害が発生しています。2024年に発表された農林水産省の「令和5年 地球温暖化影響調査レポート」には、2023年(令和5年)は夏の平均気温の高さから、「白未熟粒」と呼ばれる高温障害の発生が全国で5割程度あったと報告されています。なお、日本は国土が南北に長いため、気候変動の現れ方やその影響の受け方には地域差があり、北日本、東日本では5割程度であったのに対し、西日本は4割程度となっています。

通常、飯米は販売される前に玄米の状態で検査を受け、整粒(形が整っている粒)の割合や水分量、被害粒や着色粒の混入割合などによって等級がつけられます。最も優れているお米は「一等米」として認められますが、2023年は高温障害によって被害粒が増え、一等米の比率が大きく減少しました。

高温障害によるお米の被害には、以下のようなものが挙げられます。ほかにも、等級に影響しない被害として、ごはんの炊きあがりが早く水っぽい仕上がりになりやすいといった影響が出ています(水浸裂傷粒)。

名称どんな被害原因
乳白粒デンプンが充実せず、できた隙間が光を乱反射することで白濁した色に見える。登熟期の高温と日照不足など。
背白粒背側(胚のない側の縁)のデンプン集積が悪くなり、白濁した色に見える。乳白粒に比べ気温との関係性が強く、高温により玄米の同化産物受け入れ能力が早期に低下することで発生すると考えられている。登熟期の窒素不足でも発生する。
胴割粒米粒が不均一に吸湿・乾燥した圧力で、胚乳部に亀裂が生じる。収穫前の雨による乾湿の繰り返し、刈り遅れ、収穫後の過乾燥など。出穂後に高温が10日ほど続くと起こりやすくなる。
黒点米玄米の側面が裂けてスジ状に黒変する。着色粒として扱われる。高温、水分ストレス。

高温障害米は酒造りにどう影響するのか?

お米の高温障害によって、日本酒造りにはどのような影響があるのでしょうか。社長・社員がお米の等級検査員の資格を持ち、自社で精米を手掛けるなど、米作りと酒造り両方の視点を備える二つの酒蔵・新澤醸造店(宮城県)と剣菱酒造(兵庫県)にお話を聞きました。

1. 精米・洗米時にお米が割れてしまう

新澤醸造店の関連企業である精米会社・ライスコーポレーションの代表を務める浅野りつさんは、「農家さんから届いた袋を開けただけで、高温障害が増えているのを実感しています。以前は艶と光沢がありましたが、ここ5年ほどは少し白っぽいと感じることが増えました」と話します。

見た目だけではなく、粒が脆くなり砕けやすくなってしまう傾向もあり、より丁寧な取り扱いが必要となるため、精米にも時間がかかるのだそうです。

「精米機をゆっくり丁寧に回して、なるべく割れないように微調整しています。しかし、どうしても形にばらつきが出たり、割れたものが混じってしまったりすることはあるので、酒蔵さんへお米に合わせた洗米をしてもらうようお願いしています」(浅野さん)

剣菱酒造代表の白樫政孝さんによると、精米ではなく、洗米の工程で割れてしまうお米も増えているとのこと。

「胴割れとは違って、真ん中から縦に割れてしまうのが特徴です。おそらく、高温によって心白が大きく育ちすぎているのではないかと考えています」(白樫さん)

2. 溶けにくい

近年、酒蔵のSNSなどでも「お米が溶けにくい」という声がよく聞こえてきます。高温障害を受けたお米で酒造りをすると、もろみ中のお米が十分に溶けないという事態が起こります。

そもそも「お米が溶ける」というのは、「米のデンプンを酵素が分解して糖にする」ことを意味します。デンプンはアミロースとアミロペクチンという二つの成分でできており、アミロースのほうが溶けやすく、アミロペクチンのほうが溶けづらいという特性があります。

稲の登熟期に高温にさらされたお米は、アミロペクチンの分子における側鎖(枝分かれした枝の部分)が長くなります。このため、アミロースに対してアミロペクチンの割合が多くなることで、お米の溶けにくさにつながると考えられています。

3. コストが高くなる

発酵中にお米がうまく溶けないと、味わいの乗ったお酒になりません。新澤醸造店代表の新澤巌夫さんは、「溶けにくいというのは、スッキリ綺麗なお酒ができるということですが、一方でコストが高くなるということでもあります」と説明します。

「例えば、お米の溶け具合によって粕歩合(※2)が30%から60%になると、大袈裟かもしれませんが30%近く生産量がずれる場合があります。

酒蔵によって目指す味は違うので、味が薄くなるか濃くなるかは一概に良し悪しで判断できませんが、『その銘柄の例年の品質を出せるか』というのは重要です。麹菌を選んだり、醸造方法により、お米を溶かすことはできますが、大味なお酒になってしまう。原価が上がり、価格と味わいのバランスが厳しく判断されている中で致命的になることはあります」

(※2)粕歩合:原料米の重量に対して、残った酒粕の重量の割合

高温障害の対策はできるのか?

酒造りにも影響を及ぼすお米の高温障害。規模の大きな現象であり、近年の気温の変化を見ているとこのまま状況が変わらない、あるいはさらに悪化するのではないかという不安も出てきます。酒蔵や農家が取れる対策にはどのようなものがあるのでしょうか。

1. 酒造りでできる工夫:酒米の酒造適性予測から製法を考える

酒類総合研究所では、近年の高温障害米の影響を受けて、毎年のお米の溶けやすさを予測する「清酒原料米の酒造適性予測」を発表しています。

参考:令和6年産清酒原料米の酒造適性予測

先述したとおり、昨今の研究によって、お米の溶けやすさは稲の登熟期の気温と関係していることがわかっています。このデータでは、その年の気温から、地域ごとのお米の溶けやすさを予測しています。仕込みをおこないながらお米の性質を判断するのではなく、予測をもとに酒造工程を見直すことで、より精度の高い製造管理が可能になります。

製造においてできる工夫としては、米を溶かす糖化酵素の力を強めるために、

  • 掛米の吸水歩合を増やす
  • 酵素力価の強い麹を造る
  • 酵素力価が出やすい種麹を選ぶ
  • もろみの汲水歩合を減らす
  • もろみに酵素剤を加えて発酵を促進する

といった手法が挙げられます。

また、一般的な球形精米に比べて、扁平精米のほうが溶けやすいというデータも出てきています。広島県の精米機メーカー・サタケと広島県立総合技術研究所 食品工業技術センターの共同研究では、同じお米の球形精米と扁平精米を比較した場合、扁平精米のほうが蒸米消化性(溶けやすさ)を示すBrix値が高いことがわかっています。

2. 米作りでできる工夫:夜間灌漑や田植え時期の調整

ライスコーポレーションは新澤醸造店以外にもさまざまな酒蔵の委託精米を請け負っているため、地域・生産者の異なるお米が届きますが、お米によって高温障害の程度には差があるといいます。浅野さんが、高温障害を抑えるためにおこなわれる「夜間灌漑」について解説してくれました。

「田んぼに水を張っている期間に、日中の気温が高くなると、その水が温まってしまいます。これを防ぐために、夜の間に一旦水を抜いて、気温が下がった段階で冷たい水をもう一度張るという方法があります。稲の根が温度の高い水に浸かりっぱなしにならないようにすること、一定の品質を保っています」(浅野さん)

ただ、こうした工夫ができるのは豊富に水がある地域に限られるそうで、「複数の酒蔵さんで水路を共有している場合は、他の農家さんと『今、自分が水を引きたい』と争いになってしまうこともあるようです。きちんと水路まで整備されたところでないと、それぞれの田んぼに均等に水が流れないという問題も出てきます」と付け加えます。

また、剣菱酒造の白樫さんは、近現代化によって早まった田植えの時期を遅らせることが解決策になるのではないかと分析します。

「古くから日本では麦を収穫してから米を作る二毛作が一般的でしたが、昨今は農業を専業にする人が減っていることもあり、田植えの時期がどんどん早くなっています。例えば、山田錦の刈り取りは10月10日前後が理想とされていますが、台風がその時期に来ることが多いので、9月末や10月初めに刈り取りたいという農家さんが増えているんですよね。

その結果として田植えの時期が早まった結果、登熟期が高温の時期と重なってしまうんです。ここ数年は台風の時期も早くなっていますし、田植えを遅らせるほうが結果的に高温障害も含めた被害を避けられるのではないかと考えています」(白樫さん)

そのほか、稲の登熟期後半における水分のコントロールや、ケイ酸などの栄養素を補充するなど、さまざまな手法が研究されています。

参考:JA みのり農協 土づくり研修会「温暖化に対応する山田錦栽培のとりくみ」

稲作の気候変動対策における課題

近年の気候変動を受けて、かつては西日本での生産が盛んだった山田錦が東北や北海道などの寒冷な地域で育成されるようになってきています。一方、こうした生産地の移動には課題があるのも事実です。「お米の品種は、その土地の気候風土に合わせて育てられてきたものなので、別の場所に持っていけばきちんと育つかというと、そう簡単にはいきません」と浅野さんは説明します。

白樫さんも、「温暖化で気温は上がっていますが、日照時間は変わっていません。北日本では日照時間が短いため、短い日照時間でも育つ米が求められます。また、兵庫県の山田錦は選別基準が2.05mmと決まっていますが、都道府県によってはこれより小さな基準を使っているため、品質に差が出ることがあります」と指摘します。

「山田錦は非常に扱いやすくデータも多いため、どうしても使われやすい品種です。しかし、多くの酒蔵が山田錦ばかりを使うと、味わいにも偏りが生じてしまいます。ワインに比べると日本酒は地域性が少ないとも言われますし、地域ごとに適した米を開発する方が、結果として効率的に良い日本酒が造れるのかもしれません」(白樫さん)

また、近年は高温下でも品質が低下しにくい高温耐性品種の開発も進んでいます。日本酒に使われるお米の中では、山形県の「つや姫」、長崎県の「にこまる」などが高温耐性米として開発されたものです。 しかし、酒米の高温耐性品種の開発について、新澤さんは「食用米では高温耐性米の需要が高いと思いますが、酒米の場合はそのほかの技術で調整ができるので、そのために開発された品種を使おうという蔵は少ないのではないでしょうか」と意見します。

「日本酒は原料だけで決まるのではなく、技術の組み合わせによって品質が変わるので、造り方を改善して対応するほうが早い。使う酒米が決まっている商品も多いですからね」(新澤さん)

新しい品種を開発しても、農家に定着するまでにはどうしても時間がかかるほか、基本的には都道府県単位で開発されるため、需要量と開発コストがマッチしづらい、酒蔵側にもなかなか浸透しない、といった課題もあります。

白樫さんは、現代の変化だけではなく、過去の稲作の歴史や今後の変動の可能性を踏まえた長期的な対策を提案します。

「もともと稲というのは暖かい地域の作物なので、これまでの新品種開発は寒冷地に適応できることが目指されていました。また、極端に晩稲な品種にしてしまうと、冷害が起きたときに全滅する可能性もあります。実際に、90年代や2000年代にも冷害が起こり、収穫量が大幅に少なくなったことがありました。高温障害ももちろん問題ですが、気候変動に合わせてどのように方向転換をしていくかがこれから重要になってきますね」(白樫さん)

まとめ

近年、農家や酒蔵を悩ませている高温障害。まだ工夫する余地があると考えられる一方で、気候や立地などの条件により原因や対策は異なるため、現場ごとに適切な対応策を取る必要があります。

そして、農家だけではなく、組合、精米会社、酒蔵のあいだで連携しながら最善策を取っていくことも重要です。特集の後編では、農家や酒蔵、地域間における連携をどのように取るべきか考えていきます。

取材協力:島根の米農家さん

参考文献

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