日本酒を世界酒にするために、日本がすべきこと - SAKEの世界化時代に向けた提言(2)

2022.02

07

日本酒を世界酒にするために、日本がすべきこと - SAKEの世界化時代に向けた提言(2)

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

世界中でSAKEへの関心が高まり、現地醸造を行うSAKE醸造所(以下、酒蔵)が次々と増えていく現代。前回の記事では、海外酒蔵増加の状況と彼らが抱える課題について解説しました。

今回はこうした状況のなかで、日本のプレイヤーがどのように海外酒蔵と関わっていくべきなのか、世界にSAKEを広める海外酒蔵の活動にも触れながら提言を行います。

(※参考)国税庁の定める「地理的表示」により、『日本酒』と名乗ることができるのは「国内産のお米だけを使い、日本国内で製造された清酒だけ」と規定されているため、ここでは海外で造られたお酒を「SAKE」と表記しています。

日本が海外酒蔵と関わるメリット

原料、機材、技術と情報。前回の記事で紹介したような問題を抱える海外酒蔵に協力すると、日本国内の日本酒業界にはどのようなメリットが生まれるのでしょうか。

ビジネスチャンス

なかなか手に入らないものは「ニーズ」となり、これらを潤沢に備えた日本のプレイヤーにとっては当然ビジネスチャンスとなります。日本では年々日本酒の消費量が低減し、酒蔵の数も漸減していますが、かたやますます増えていく海外の酒蔵に対し、技術や情報を提供することが新たな事業となりえるのです。

すでに、技術指導として自社の蔵に招いたり、情報を提供したりと、海外の酒蔵と盛んに交流している国内の蔵もあります。導入で述べた八海醸造とBrooklyn Kuraの長期パートナーシップに留まらず、後に続く酒蔵がこれから出てくることでしょう。

マーケティング、インフラへの影響

海外酒蔵との協力によって得られるのは直接的な金銭だけではありません。これは、八海醸造とBrooklyn Kuraが「パートナーシップ」という協業のかたちを取ったことからも見て取れますが、海外酒蔵と連携することで、日本の酒蔵もメリットを享受できるのです。

そのひとつが、輸出先でのマーケティングです。 アメリカで日本文化が流行し始めたのは1980年代ですが、SUSHIがもはや現地の日常食として受け入れられているのに対し、そのそばにあったSAKEは同じようには浸透していません。かつて、日本からの移民のために現地醸造・輸入された日本酒/SAKEはマイノリティ向けの存在。日本国内で1990〜2010年代に起こった急激な変化を支えるほどの下地はなく、現地の認識は数十年前とさほど変わっていないとも言えます。

これまで、海外におけるSAKEとは日系・アジア系レストランや小売店のみで消費されてきましたが、いずれはそれらが頭打ちとなることも含め、多様な市場へのアプローチが必要となっている現代。そのなかで求められるのが、現地の市場を理解し、消費者の視点を理解したマーケティングなのです。

さらに、「熱量を上げるアメリカSAKE」のシリーズにて、北米酒造同業組合(Sake Brewers Association of North America=SBANA)のウェストン小西代表は、韓国の蒸留酒「ソジュ」に対する現地団体の活動を例に、北米のSAKE業界のためにロビー活動を行いたいと話していました。

SBANAの大きな使命のひとつは、北米のSAKE業界のためにロビー活動を行うことです。酒販店を構えたり、お酒を造って流通させたりするためには、規制上の多くの障害があります。私たちの願いは、規制環境を改善して業界の成長を促し、アメリカと日本の酒造メーカーの両方に利益をもたらすことなんです。

過去の記事「アメリカの酒文化に学ぶSAKEの未来」で挙げたように、アメリカのSAKEに関しては、コロラド州デンバーのColorado Sakeが醸造所建設のために州の法律を変えたという事例もあります。法や流通の仕組みといったインフラ面の変化を起こすことは、現地醸造だけではなく、日本から日本酒を輸出している酒蔵、果てはそれを支える政府機関が目指す国益にも大きな影響を及ぼします

SAKEのスタンダードの確立

海外の酒蔵に取材をしていると、日本で造られた日本酒に憧れと敬意を持ち、「なるべくオーセンティックな製品を造りたい」というメッセージをよく聞きます。

一方で、現地の人々に受け入れられるアレンジを加えたり、オフフレーバーをそうとは理解せずに販売したりという酒蔵も存在します。ワインやウイスキーが国や地域ごとの特徴を持つように、American sakeやFrench sakeといった各国ならではのSAKE文化が生まれるのはとても楽しみなことです。

その反面、情報・知識不足はトラブルの原因ともなり、例えば、過去にはアメリカの酒蔵が火入れをしていない生酒を缶に入れて販売し、売り先で缶が破裂してしまうといったアクシデントが発生しています。

きた産業の喜多社長は、インタビューのなかでSAKEがワインやビールのようなスタンダードを確立していないことを不安視し、「日本にしっかりとしたバックボーンを持った機関が、『日本酒のスタンダードはこれだ』と発信できるようになるべき」とコメントしていました。

現地醸造が広まった未来に、他国のSAKEに親しんだ人が、日本産の日本酒を飲んで「こんなものSAKEじゃない」ということがあったら──第三者からすれば滑稽な笑い話のようですが、当事者である造り手・売り手には困るプレイヤーも出てくるかもしれません。

日本酒を世界酒にするための提言

日本は現在、国ぐるみで日本酒の輸出に力を入れています。海外貿易は国富を築く重要な手段であると同時に、国際的な競争力にもつながりますが、年々輸出額が右肩上がりの日本産酒類は、そのなかでも極めて有望な存在なのです。

しかし、グラフにしてみれば一本の線ですが、輸出額の数字とは、造り手や売り手、そして流通に関わる人びとの汗と涙の結晶です。世界が未開拓の市場ばかりで、限られた酒蔵のみしか輸出していなかった黎明期を終え、日本酒/SAKEの知名度が上がってきたときにこそ、その本領が問われます。

日本酒を世界酒に」とは、フランス・パリに酒蔵を建設したWAKAZEが掲げるビジョンです。ワインやビール、ウイスキーなど、あらゆる酒類の歴史が見せるように、日本酒が世界のSAKEとして認知されるためには、現地醸造が不可欠となります。WAKAZEの創業者たちの同級生である私も、日本酒の輸出を伸ばすためには、世界各国のローカル酒蔵の重要性を理解し、ともに協力し合うべきであると、日本という国に対して提言します。

この提言をするのには理由があります。日本の日本酒業界は、まだ現地の酒蔵に対して協力的であるとは言い切れないからです。

例えば、海外の酒蔵が現地醸造にまつわる相談を、お金も払うことを前提に、極めて友好的に行った際に、日本の関係機関が対応を断ったという事例が複数あります。私自身、こうした交渉の仲介をしたこともあるのですが、日本側が断る理由は「前例がない」「権利関係がよくわからない」「いまあるもので十分だろう」などと、はっきり言って的を射たものとはいえず、「海外に日本酒の文化を広げたい」という国家目標とは矛盾しています。

公的機関が行動しなかった場合、何が起こるかは想像に難くありません。非公式による流出です。個々の酒蔵が個別にコミュニケーションして原料や技術、情報を提供するのはぜひ応援したいところですが、素性の知れない販売元からの転売は、特に微生物関係についてはリスクが大きいと言えるでしょう。

國分功一郎という哲学者は、千葉雅也との共著『言語が消滅する前に』(幻冬舎新書)のなかで、日本は「責任」という言葉について、インピュタビリティ(imputability)とレスポンシビリティ(responsibility)の区別ができていないと話しています。インピュタビリティとは「誰かのせいにする」こと、レスポンシビリティとは「目の前のことに応答する」ことを示す英単語です。

「とにかく誰かが俺にインピュートして(注・責任を押し付けて)くるのではないか、俺のせいにしてくるかもしれないということばかり考えているから、責任回避が過剰になる」
(『言語が消滅する前に』幻冬舎新書、p194)

目の前のリスクや責任を恐れ、長期的な見通しを持たない日本側の対応は、まさにインピュタビリティと呼ぶべきものです。

これまで日本が輸出事業のために行政機関をもって力を入れてきたことの多くは、場当たり的な試飲イベントやツアー、ラベルやペアリングといったソフト面に関わります。しかし、民間の手の及ばない法や流通の仕組み、国家間の交渉といったハード面に関わることこそが、行政の本来の役目と言えるのではないでしょうか。

日本酒に関して具体的な提案をするなら、きょうかい酵母の販売、現地と提携した専門書の翻訳など、いますぐできることは多々あります。また、海外の酒蔵や組合と連携して酒類製造・流通における必要な法的規制を整理し、そのために必要な行動を関係機関に働きかけることも、行政機関にしかできないことです。

個々の民間企業の目指すところは本来その企業の利潤追求であり、横断的な行動には権威的・資金的にも限界があります。広く業界の将来を考え、国富を支えるプレイヤーのために、国家こそがそのリーダーであり、サポーターであってほしいと強く要望します。

まとめ

昨年度、国税庁から「海外主要国における日本産酒類の市場調査」が発表されました。こうした規模の横断的なデータは、まさに行政ほどの予算があってこそ手に入れられるデータでしょう。一方で、ここに書かれている戦略には、データを生かしきれているとはいえないもどかしさもあります。世界中で日本酒/SAKEが愛される未来を実現するには、公的機関と現場が密に連携し、実際に結果を出せる視点と思考、ネットワークが求められています。

それを提供してくれる大きなキーパーソンとなるのが、海外酒蔵です。

知る人ぞ知る市場の中で、選ばれた人々だけが小さなパイを取り合い、互いの縄張りを黙認し合うような時代はもう終わりました。海外SAKEの動きは止まりません。日本が動かなければ、世界のSAKE市場は瞬く間に変わってしまうのです。

前編はこちら:
世界で増え続けるSAKE醸造所と、そこにある課題

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