2020.04
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アメリカの酒文化に学ぶSAKEの未来(1/2) - なぜ、今アメリカでSAKEの造り手が増えているのか
いま、海外でSAKE(※1)を造る小規模醸造所(※2)が増えています。中でも、トップの醸造所数を誇るのはアメリカ。きた産業株式会社の統計によれば、 日本国外にある33の小規模SAKE醸造所のうち、約6割にあたる19蔵がアメリカに存在 しています。このほか建設中の蔵もあれば、数年で廃業に至ってしまうケースもあるため、数値は絶え間なく増減。とはいえ、アメリカは海外のクラフトSAKEブームをリードする存在だと言うことができるでしょう。
なぜ、いま、アメリカでSAKEが造られているのでしょうか。歴史や法制度、実際のプレイヤーたちの言葉をもとに、その理由をひも解いていきましょう。
(※1)国税庁の定める「地理的表示」により、『日本酒』と名乗ることができるのは「国内産のお米だけを使い、日本国内で製造された清酒だけ」と規定されているため、この記事では海外で造られたお酒を「SAKE」と表記しています。
(※2)クラフトブルワリー(craft brewery)、マイクロブルワリー(microbrewery)、ナノブルワリー(nanobrewery)と呼ばれる醸造所のこと。生産量や形態によって厳密には呼び名が異なるため、すべてを含む場合には「小規模醸造所」と記述します。
いま、アメリカでSAKEが造られている理由
アメリカのクラフトビール文化
アメリカでSAKEが造られる理由を説明する前に、まずはビールの話をする必要があります。
アメリカは、世界一のビール醸造所数を誇ります。この数値は年々増加傾向にあり、Brewers Associationの報告によると、2019年には8000を超過。これは、ビールで有名なドイツやベルギーほか各国をはるかに凌ぐ数字です。
このうち、大手ビール企業は100社程度であり、飛躍的に増加しているのは小規模醸造所。生産量・販売額ともに伸びており、2018年、米国内のビール全体の販売量が0.8%減となる一方で、小規模醸造所の販売量は3.9%成長。全米のビール売上1142億ドルの約4分の1にあたる276億ドルの売上を記録しました。
ホーム・ブルーイングから醸造所へ
次々と小規模醸造所が誕生しているアメリカですが、このようになった背景には、「禁酒法」の歴史がありました。
1920年に施行された禁酒法(Prohibition)。1933年の廃止に至るまでの約13年間、アメリカではアルコール類の製造、販売、輸送が全面的に禁止されていたのです。禁酒法前にあった1000を超えるビール醸造所の中で、禁酒法時代を生き延びたものや、1933年以降に復活できたものはほんのひと握り。これにより、愛好家たちは、自分が飲むためのビールを自宅で造るようになりました。
当初は違法だったホーム・ブルーイング(自家醸造)を、1978年、ジミー・カーター大統領が合法化。 これをきっかけにホーム・ブルワーが続々と誕生し、その中には、趣味をビジネスに変えるクラフトブルワーたちが出現しはじめます。
Brewers AssociationのHistorical U.S. Brewery Countによれば、1978年の時点で90軒に満たなかったビール醸造所数は、1991年に300軒、1996年に1000軒、2011年には2000軒を超え、2016年には5000軒を突破。2019年の8000超に至るまで、年々目覚ましいスピードで増加を続けています。
小規模醸造所の優遇制度
禁酒法の廃止以降、アメリカでは小規模醸造所を税制面で優遇する制度が度々施行されてきました。より詳しくはこの記事の後編で解説しますが、最も新しいのは、2018年に施行されたCraft Beverage Modernization and Tax Reform Act(クラフト飲料現代化税制改革法)。 年間生産量200万バレル未満の醸造所に対し、6万バレルまでの酒税を1バレルあたり7ドルから3.5ドルに半減 するというもので、当初は2019年末までの2年間を予定していましたが、昨12月、2020年末までの延長が決定しました(※3)。
このように、アメリカでは小規模醸造所を立ち上げやすい環境が整っています。そうした中で、 もともと日本酒/SAKEを愛飲していた人々がSAKE造りにチャレンジしはじめているほか、「ビールとの差別化」としてSAKEを造る醸造家たちも増えてきている のです。
(※3)1バレル=約117リットル。200万バレル=約130万石、6万バレル=約3万9000石
なぜ、アメリカは小規模醸造所を優遇するのか
なぜ、アメリカでは小規模醸造所を税制面で優遇し、その設立を促しているのでしょうか。それはずばり、小規模醸造所がアメリカの経済にもたらすメリットが大きいから。主なメリットとしては、下記の3つが挙げられます。
1.労働機会の創出
ビール業界生産調査(BIPS)によれば、アメリカの全都市に小規模ビール醸造所が誕生した2013年時点で、10万人以上の雇用を創出(※4)。当時、4万人の雇用数を掲げていた大手ビールメーカーと比較して、その貢献の大きさは大きく評価されました。最新のデータによると、 2018年には約55万人以上がフルタイムで雇用されています。
2.税収の確保
一定の生産量に対しての課税が減額されているとはいえ、醸造所数は急増。結果として連邦・州に納められる税収は安定 しており、Brewers Associationによると税収を含め、「小規模醸造所は2018年、米国経済に791億ドルの貢献をした」と報告されています。
3.地域の活性化
小規模醸造所は小仕込みでの生産となるため、できたての新鮮な商品を消費者のもとへ届けるフレッシュ・ローテーションが基本となります。これは消費・生産の回転を早めると同時に、「クラフトブルワリーのタップルームに行って新鮮なビールを飲む」という観光地化の動きも促進。 小規模醸造所の発展は、ローカル(地方)の経済を活性化させるのです。
(※4)スティーブ・ヒンディ著『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』(DU BOOKS2015年刊)より。
アメリカでSAKE醸造所を設立するには──カリフォルニア州の例
SAKE Streetのこちらの記事にもあるとおり、現在の日本では清酒製造免許の新規発行が控えられています。日本では、日本酒の醸造所を新規に設けることが難しいということです。一方のアメリカでは、どのようなステップで「SAKE醸造所」を設立するのでしょうか。
まずアメリカで醸造所を設立するにあたって気をつけなければならないのは「場所」選び。アメリカは50の州から成りますが、「50の異なる国が集まっている」とさえ言ってしまえるほどに、それぞれの法規制は異なります。ここでは、筆者が住むカリフォルニア州を例に説明をしていきましょう。
カリフォルニア州でSAKE醸造所を建設するメリット&デメリット
カリフォルニアはワインの聖地ナパ・バレーを擁するのに加え、ビールについても全米No.1の醸造所数を誇るなど、アメリカのアルコール市場をリードしています。SAKEに関しては、30年以上も前からTAKARA、Gekkeikan USAなどの大手メーカーが展開して来たことから、SAKE造りに向いたお米が生産され、精米企業も存在するといった好条件がそろっています。日本食レストランの数も全米No.1で、和食への親しみも深く、SAKE造りをスタートするには望ましい環境が整っているといえるでしょう。 一方で、カリフォルニア州の地価は全米でも最高級。例えば、全米の賃貸家賃の中央値1700ドル(約18万5000円)に対して、サンフランシスコは4500ドル(約49万円) というデータも。醸造所を建造するためのコストは他州よりも嵩むと考えられます。
ライセンスや酒税について
カリフォルニア州でアルコールにまつわる制度を統括しているのは、カリフォルニア州アルコール飲料規制局、通称ABC(Alcoholic Beverage Control)。醸造所を立ち上げる場合もここへの申請が必要となりますが、SAKE醸造所をオープンする場合は、①製造に必要な醸造用免許(「Type2:Winegrower」)を取得することになります。さらに、醸造所の中にタップルームを設けたい場合は、②ブルーパブ用免許(「Type23:Small Beer Manufacturer」)も併せて取得しなければなりません。
現在カリフォルニア州にあるSAKE醸造所でいうと、サンフランシスコのSequoia Sake Companyは、①醸造用免許と②ブルーパブ用免許の両方を持っています。一方、オークランドのDen Sake Breweryはより規模が小さく、①醸造用免許だけを所有しています。
免許の取得にかかる期間は、約9カ月ほど。それよりも、必要な機材をそろえ、醸造所を建設し……といったステップに時間がかかるようです。
なお、SAKEに関して支払う酒税は2種類。Federal Tax(連邦税)についてはビールの扱いとなり、前述のとおり、6万バレルまでは1バレルあたり3.5ドルの酒税を支払います。一方、State Tax(州税)はワインの扱いとなり、1ガロン(約3.78リットル)あたり0.20ドルが課税されます。
アメリカSAKEは、大きな可能性を秘めている
“日本酒”から “American Sake” へ
アメリカのクラフトビールが発展した理由のひとつに、1972年にオレゴン州で開発されたアロマホップ「カスケード」の存在があると言われています。アメリカのクラフトビールのパイオニアであるシエラネバダ・ブルーイング社(1980年設立)曰く、「カスケードを使用したペールエールは、アメリカのクラフトビール革命の火付け役となった」。その柑橘を思わせる強烈なアロマは“アメリカン・ビール”の味の基礎となり、ホーム・ブルーイングブームを後押しすることとなったのです。
今後、“アメリカン・サケ”が独自の文化を発展させてゆくには、技術面はもちろんのこと、このカスケード・ホップのような独自の原料の開発も求められるかもしれません。
ここで見ていただきたいのが、以前SAKE Streetでもご紹介したことのある、サンフランシスコのSAKEブルワリーSequoia Sake Companyの事例。彼らはワイン学で有名なカリフォルニア大学デイビス校と7年間の共同研究の結果、2019年6月、山田錦のルーツである酒米「渡舟」をアメリカで育種した原料米「Caloro(カロロ)」の商用栽培の認可を獲得しました。現在アメリカのSAKE造りに最も使われている原料米「Calrose(カルローズ)」よりもより酒米に近い遺伝子を持っているCaloro。このお米が、今後、アメリカン・サケの歴史を切り拓いてゆく可能性は大いにあるでしょう。
Colorado Sake Co.による法律改正の例
コロラド州デンバーのColorado Sake Co.には、SAKE醸造所建設にあたり、行政と交渉して、州の法律を変えたというエピソードがあります。
コロラド州ではまだまだSAKEの知名度は低く、「吟醸」や「純米」といった基礎的な用語はもちろん、SAKEがお米でつくられていることさえ知らない人がほとんどです。このため、Colorado Sake Co.は、エデュケーションの場としてのタップルーム建設を切望。ところが、当時のコロラドの酒税法によれば、SAKE醸造所がタップルームを併設することはできませんでした。 Colorado Sake Co.のメンバーは「納得が行かない!」と法案を起草し、1年以上かけてタップルーム併設の認可を得ることに成功 しました。
Colorado Sake Co.の共同経営者・William Stuart(ウィリアム・スチュアート)曰く、この説得のために、彼らはコロラド州のワイン協会と協力。300のワイナリーが所属する協会に相談し、行政との交渉に必要なキーワードを教えてもらったり、アプローチのコツを伝授してもらったのだそうです。このように、アメリカの醸造所には、単にトップダウンの法律を遵守するだけでなく、矛盾した法律・制度をボトムアップで是正してゆくポテンシャルがあるのです。
まとめ
小規模醸造所を優遇する制度による支えと、各醸造所の画期的な取り組みにより、ますますの発展が期待できるアメリカのSAKE文化。そんなアメリカの歴史を振り返ると、多くの小規模醸造所が誕生した背景には、実際に醸造所で働く現場のプレイヤーの政治活動が不可欠であったことが伺えます。
後編の記事では、アメリカの小規模醸造所文化に大きな影響を与えたクラフトビールの歴史をひも解きながら、日本の制度をめぐる議論の参考にできる点がないかを探ってゆきましょう。
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