2020.04
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「酒造りの根源」である奈良から、技術革新で新たな伝統を創る–奈良県・油長酒造(風の森)
奈良県御所市にある油長酒造の名前は、菜種油の製造が盛んであったこの地で製油業を営んでいた「油屋 長兵衛」に由来します。
酒道具売買の記録が残る享保4年(1719年)を創業の年とし、今なお現代の技術と日本酒を次の時代へ受け継がれるものにしていけるよう次々と新しい技術やアイディアを投入し続けています。2019年、創業300年という節目の年に十三代目を襲名した、山本 長兵衛社長にお話を聞かせていただきました。
油長酒造は技術力の高さとその生産能力から、かつては大手酒蔵に対して桶売り(※)をしており、その生産量は一万石にも及んだそうです。
時代の流れの中で自分たちの独自性、個性を模索。地元で収穫された飯米「秋津穂」を使った火入れを行わない搾りたてのお酒を飲んでほしいという想いから無濾過無加水のブランド「風の森」を1998年に立ち上げ、2001年までに全量純米化へ舵をきりました。当時搾りたてというお酒は、まだ一般的ではないものでした。
「風の森」を立ち上げた当時に取り扱っていた酒販店はわずか5軒。現在取引している70数社までに拡大する間にどのような取り組みを行ってきたのでしょうか。
(※)桶売り:製造した清酒を、他の酒蔵に販売すること
現代の技術、超硬水という個性を活かす
油長酒造ではその土地にある水を使うことが個性に繋がっていくと考えています。その仕込み水は金剛葛城山系深層地下水。以前使っていた井戸が酸性化してきたことを受けて新たに100m近い井戸を3本堀り、現在はそのうちの2本を使っています。水温は真冬も真夏も15℃と一定。クオリティの高い水を使うようになったことも酒質の安定に反映されているのではないかと言います。
井戸は硬い岩盤に当たりこれ以上掘るのが難しいという深さまで掘り、遮水という技術で鉄分、マンガンを含まない地層からのみ湧出させることによって カルシウム、マグネシウムの総量が豊富な硬度250前後という超硬水の仕込み水 を得ています。この超硬水が「風の森」の個性を生み出すことに一役買っていることはよく知られています。
硬度250という仕込み水は「正直に言えば、お酒を造りづらい」と山本さんはいいます。通常の仕込み方法ではミネラルが多すぎると酵母の増殖スピードが早く、温度が急激に上がったり糖化が追いつかずバランスがとれなくなるため、もろみ初期の汲水の量を少なくして糖化を遅らせるという手法をとります。さらに酵母を低温で制御するために特殊な高性能タンクを導入しています。対流する醪の温度も1分に一回検温しデータ化する事でその平均値をとり本質を見極めるようにしています。
「 機械が得意なことは機械に任せて、判断を下すための数字をたくさん周りに置くことで再現性を高めていく。人間が得意な視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚による判断は人間が行う。 目標の味わいに向かって落とし込む技術を磨く事が消費者の信頼を得る品質に繋がりますし、それが好きです」という言葉からも酒造りをとても楽しんでいることが伝わってきます。
酵母の使い分けはクレパスの色分けのようなもの。7号酵母選定の理由
墨だけで濃淡を描く水墨画のように、一つの酵母を使いこなす事ができてはじめて次の段階に移行できるといいます。
7号酵母はかつては吟醸造りに使われる代表的な酵母でしたが、パイナップル様の華やかな香りを出す酵母の出現により、7号酵母の穏やかな香り成分、アルコール耐性が高く酸も比較的多く出すという特性を活かして経済酒に使われることが増えていきました。
しかし油長酒造では、華やかすぎる吟醸香ではなく、穏やかな香り成分を出す酵母で長期低温発酵させることができれば、それらの白いぶどう、爽やかな青りんご、ライチなどを思わせるユニークな香りを活かしたお酒にすることができる、と考えました。
そこで 7号酵母を使い、純米酒も含めてすべてのお酒を大吟醸酒並みの時間をかけて低温で時間をかけて造ることで、その爽やかな香りをぎゅっとお酒の中に残した状態で瓶詰めすることができる 、と7号酵母を選択した理由とその魅力を語ってくれました。
酵母の保存技術も最新のものを導入しています。斜面培地による継代培養では性質が変異する可能性があり、例えるなら「腕の良いおじいちゃんが働いていたはずなのに気が付いたらよく似た孫が働いていた」ということになるといいます。 そのため、酵母はマイナス74℃で冷凍管理し完全休眠状態になっているものを培養して使っています。「このやり方だといつでも当時のおじいちゃんが働いてくれますからね(笑)」
生酒はリスクも多いが、花束のような楽しみ方ができる
以前山本さんから「お酒から価格や銘柄の情報を取り払ったら、本能で美味しいと感じるお酒ばかりが飲まれますよ」と聞かせていただいたことがあります。風の森が目指す酒質とはまさにそのようなお酒であり、それは「いっさい加水しない搾りたてのお酒」と山本さんは考えています。
そして生酒を花に例えてこういいます。
「 生酒は花束のように状態が刻一刻と変化していきます。 つぼみのような咲き始めたところで飲むのか、咲き乱れた状態で飲むのか。枯れ始めたところが良いという人もいるかもしれません。私たちの蔵や酒販店はお客様に手渡すまではつぼみの状態を維持するよう取り組んでいます。これによりどのような状態で楽しむかは提供する飲食店や消費者に委ねられるので、携わる人全てがクオリティコントロールに関わることになります」
その生酒には大きく二つのリスクがあります。一つは雑菌汚染のリスク。火落ち菌と呼ばれる乳酸菌の一種が入り込むとお酒を乳酸発酵させ酸っぱい味に変えてしまいます。火落ち菌を防ぐには火入れをするか、菌が入り込まない環境を徹底的に保つ必要があります。
搾りたてのフレッシュなお酒を届ける事を標榜する風の森では火入れは行わず、微生物による汚染を排除するために継ぎ手やバルブをサニタリー仕様(※)にしています。洗浄には微酸性電解水を用い、洗う箇所によって洗浄ブラシを使い分け、瓶詰めもシリコンチューブで液体汚染を抑える装置を特注で作るなど、清潔に保つための方法や工夫を次々と導入し続けています。
また、全量無濾過としている風の森は火落菌を濾過によって取り除くことはできないため、5日間かけて火落菌検査を行います。生産量のうち95%が生酒なので失敗することはできません。 「安全なお酒を届けたいという気持ちがありますので、徹底的にリスクを減らすようにしています」 という言葉からも、清潔な環境に最大限の気を遣って酒造りに臨んでいることが分かります。
もう一つのリスクは残存酵素による味の変化です。火入れをしていないお酒は糖化酵素が失活していないため、時間と共に甘味・旨味が増えていき、酸味や渋みとのバランスが崩れてしまいます。それを防ぐために、溶存酵素が働きにくい低温を徹底的にキープ、製造タイミングを1年に4回に分けることで需要を判断しながら製造し、搾ってから消費されるまでの時間を短くすることで品質の安定性を保っています。
「無濾過 無加水」と表示するのにも理由があります。同じような意味を持つ言葉に「原酒」がありますが、加水をしていてもその割合がアルコール度数1%未満の範囲であれば原酒と表記することができます。そのため、加水をしない風の森はあえて「無加水」と表示しているのです。
(※)サニタリー仕様:洗浄しやすい清潔な構造、仕様のこと
冷蔵状態で一貫したオリジナルの流通システムを確立
風の森の刻印のある瓶が防水仕様のダンボールに入った状態で納品されます。今までは出荷のたびに約200ケースずつダンボールを組み立てていたそうですが、オリジナルの瓶がはじめからオリジナルの段ボールに入った状態で届けられるという流通システムをつくることによって、さまざまな作業を省略できたそうです。通常のダンボールでは冷蔵保管すると湿気を吸ってふやけてしまいますが、これは防水仕様であるためマイナス6℃で保管することができます。このような工夫により、素早く冷蔵状態を保ったまま出荷することができるのです。配送もすべて冷蔵便で行われます。この流通システムはここ5年の間に整えることができました。
「飲み手に要冷蔵を求めるのに、冷蔵庫から出したら結露でラベルが剥がれたりするのはおかしいと思うんです(笑)」
ラベルも防水仕様なのでワインクーラーで冷やしても剥がれません。油長酒造ではそこまでお酒が冷蔵状態に置かれる環境にこだわっています。
「酒造りの根源」である奈良から、酒造りの進化は始まる
なぜ、そこまで搾りたてそのままの「すっぴんのお酒」にこだわるのでしょうか。そこにはこのような想いがあります。
「奈良の歴史と技術力をクローズアップしたい。そしてその酒造りを通じていかに奈良をクローズアップできるか」
貞享4年(1687年)頃に現在の伊丹において記されたとされる醸造技術書『童蒙酒造記』の第四巻に 「奈良流は酒造りの根源というべきものである。だから諸流派がここから起こり、それぞれ流派を立てた、最も大切な流派である」 とあるように古くから奈良酒は高い技術を持っていました。
山本さんは酒造りの歴史に関する造詣もとても深く、 「伝統格式を重んじ文化的側面を支える役割」と「伝統を革新し新たな伝統を創り上げる役割」が油長酒造にある と考えています。歴史を知りそれを活かさなければ進展はしません。壺などの小さな容器から大きな木桶に代わり生産性が増したこと、上槽火入れによる酒質の安定と流通の拡大。500年前の奈良においてその基礎ともいえる技術が確立しましたが、 現代のこの地にあって風の森はさらなる技術の進化を目指しています。
醪を空気に触れさせず香気成分を揮発させないように生み出した「笊籬(いかき)採り」、特殊な耐圧タンク内で氷温で搾らず分離する「氷結採り」やウルトラファインバブルという1mlの中に3億個以上の泡が含まれる水を取り入れ洗米のクオリティを格段に上げるなど、さまざまな技術革新に取り組み続けています。
地元農家をパートナーとして支える
油長酒造で使用するお米の75%が秋津穂と露葉風でどちらも奈良の県産米。秋津穂はJAの奨励品種から外れても30軒の農家との契約栽培を行うことで使いつづけている、風の森になくてはならないお米です。今のところ自社農業をする予定はなく、農家を買い支えて行くことが大切だといいます。
「面積が少ない厳しい山間部では無農薬に取り組んでいただいたり、付加価値をつけてなんとか高く買うようにしてそれをお酒にして存続させていく。逆に平野部で無農薬に取り組んだ場合には労力が大変だし、失敗する恐れを考えたらそのまま生産量を増やしたほうが良いのではないか?と継続的な農業を模索しています。
農家の損益分岐点や存続の形はそれぞれ異なるので、パートナーとしてお互いにとって良い形を考えなければいけません。そしてそれを支えてくれるのはお酒が好きな消費者の皆さんというわけです」
このように 農と酒蔵と消費者が結び付くことによって、全員に喜んでもらうことができる関係性が構築されています。
風の森のラインナップには80%精米のお酒が多くあります。これは低精米でも独自の発酵タンクを使って低温で丁寧に発酵させれば、雑味を「複雑味」に変え、他の酒蔵との差別化を図ることができると考えてのことです。
伝統と革新の「風の森」は美味しさにとどまらない個性を目指す
「ただ高品質なだけでは消費者に違いが理解されづらい。美味しいだけではなくユニークさがあり、その物づくりが持続的であるエッセンスが含まれていることなど、様々なファクターが必要になってきます」と言います。
「風の森」の名前は地元御所市にある旧高野街道「風の森峠」からとられています。その頂上部には風を司り暴風を鎮める豊穣の神とされる志那都比古を祀る風の森神社(志那都比古神社)があり、記紀にも登場する歴史の古いものです。
「風の森」という新しさを感じさせる名前でありながらも、実は古い歴史がある峠から名前をいただいていることは、まさに油長酒造の酒造りを表わしているのではないでしょうか。
新たな醸造所についての記事はこちら(2024年7月9日公開)
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