2022.02
04
世界で増え続けるSAKE醸造所と、そこにある課題 - SAKEの世界化時代に向けた提言(1)
2021年末、新潟県の八海醸造(銘柄は「八海山」)と、ニューヨーク州ブルックリンの酒蔵Brooklyn Kuraが、長期パートナーシップを締結する旨を発表しました。世界中でSAKEへの関心が高まり、現地醸造を行うSAKE醸造所(以下、酒蔵)が次々と増えていく現代。日本で日本酒を楽しんでいる人々にとっても、こうした現象はいつのまにか対岸の出来事ではなくなってきています。
世界でローカル酒蔵が増えていくと、日本にはどのようなビジネスチャンスがあるのでしょうか。反対に、「よそごと」としてしまうとどのようなことが起きてしまうのでしょうか。この連載では、日本酒/SAKEが世界的な存在となるために、いま日本に求められていることを提言します。
(※参考)国税庁の定める「地理的表示」により、『日本酒』と名乗ることができるのは「国内産のお米だけを使い、日本国内で製造された清酒だけ」と規定されているため、ここでは海外で造られたお酒を「SAKE」と表記しています。
2022年現在、世界の酒蔵マップ
はじめに、2022年1月現在、世界の現地醸造がどのように拡大してきているのかをおさらいしましょう。
きた産業の資料(※)によれば日本国外でSAKEを造る酒蔵は2019年時点で61あり、過去30年で6倍に増加しています。最も酒蔵が多いのはアメリカであり、その数は常に変動していますが、現時点で30を超える酒蔵があります。
(※)参考:きた産業Webサイト「Sakeと日本酒の30年」
アメリカでは1900年初頭から、現地に移民した日本人のための酒蔵が建設されてきた歴史があります(「熱量を上げるアメリカSAKE」のシリーズ第一回、きた産業の喜多常夫社長へのインタビューで詳しく解説しています)。
また、1980年前後から大関、宝酒造、八重垣、月桂冠といった酒造メーカーが現地法人を設立しました(アメリカでは「BIG4」と呼ばれています)。こうしたメーカーは、日本食レストランなどを通じてSAKEを広めてきたのはもちろんですが、さらに重要な事項として、アメリカ国内に精米施設を整備したことが挙げられます。
そのほか、アメリカの周辺では、カナダ、ブラジル、メキシコにも酒蔵があります。1934年に日系移民の手によって生まれたブラジル「東麒麟」や、白木正孝さんが2007年カナダに立ち上げた「Artisan Sake Maker」、日本の三千櫻酒造(現・北海道)が技術指導を行ったメキシコの「NAMI」など、バックグラウンドはさまざまです。
ヨーロッパでは、ノルウェーのビール醸造所「Nøgne-Ø」が2010年よりSAKE造りを始めましたが、2018年には生産を中止。ほかに2019年にフランス・パリでの醸造をスタートさせた日本のベンチャー企業「WAKAZE」をはじめ、イギリスやスペイン、イタリア、スイスなどに酒蔵が誕生しています。
アジアでは、宝酒造や月桂冠が中国国内で委託製造・流通を行っているほか、奈良県・中谷酒造の営む「天津中谷酒造有限公司」などがあります。台湾、韓国では、歴史的に占領・統治由来の現地醸造が行われてきました。ベトナムには、福岡県の建設企業サイタホールディングス傘下のフエフーズがあります。
オーストラリアでは、去る2021年、1996年設立のSun Masamuneが25年の歴史に幕を閉じましたが、Melbourne Sakeなどの新たなクラフトSAKEも産声を上げています。ニュージーランドでは、日本人オーナーとの共同創業というかたちでオープンした「Zenkuro(全黒)」の製造が続いています。
原料、機材、技術・情報──現在の酒蔵が抱える問題
世界の現地醸造を見てみると、
- 日本人移民のために生まれた酒蔵
- 日本企業の手がけた酒蔵
- クラフトブームによって生まれた新しい酒蔵
があることがわかります。 1.と2.は日本にゆかりを持っているケースがほとんどですが、3.には完全な独学で酒造りをしているところもあります。
何百年という歴史を持つ酒蔵が割拠する日本で生活しているとなかなか気づきにくいものですが、日本にルーツを持たずに海外で日本酒を造るというのはとても大変なことです。主な問題として、①原料②機材③技術・情報の問題が立ちはだかります。
①原料
日本酒の主な原料は、米、水、米麹、酵母です。
アメリカで酒蔵が増え続けている理由のひとつに、前章でお話したように、1980年代に日本から進出した酒造メーカーが整備した、酒造り用の精米施設があることが挙げられます。アメリカのように精米施設が整っていないヨーロッパでは、ほとんどの酒蔵が食用米と同じ精米歩合90%程度のお米を使ってSAKEを造らなければなりません。
以前、スイスの酒蔵YamaSakeにインタビューしたところ、「現地の精米会社に頼んでみたことはあるけれど、そもそも『お米を磨く』という概念を理解してもらえなかった」というエピソードを話してくれました。確かに、お米ほどの小さな粒をさらに削ろうと思いつくのは、日本ならではの感性なのかもしれません。このため、初めは隣国イタリア産のお米を使っていたYamaSakeは、「テロワール」を諦め、アメリカから購入したお米での酒造りを開始しました。
また、現在アメリカに流通しているカルローズ米が、日系移民の持ち込んだ「渡船」をルーツとしているなど、手に入りやすいお米が酒造りに適していることもアメリカSAKE文化の発展に大きく貢献しているといえます。
酵母や麹づくりのための種麹についても、海外で手に入るものは限られています。例えば、醸造協会が日本国外へ公式に提供しているのは、きょうかい9号酵母ときょうかい7号酵母の乾燥酵母のみです。
②機材
蔵の中で使う醸造機器のほとんどは、海外では販売されていません。サイズも大きなものが多いため、日本から手に入れようとすると莫大なお金がかかってしまいます。
SAKEの持つ将来性にかけて投資をし、日本から機材を取り寄せるところもないわけではありませんが、ほとんどの蔵では、現地で手に入るものを使ったり、自分たちでDIY(手作り)したりしています。
発酵タンクやボトリング、ラベル貼りにはワインやビール用の機械を応用することができますが、甑(蒸し器)や麹室、圧搾機などSAKE特有の機器には各蔵の創意工夫が見て取れます。日本ではわずか7蔵しか使っていない最古の上槽方法「はねぎ搾り」をカナダのArtisan Sake Maker、米カリフォルニア州のDen Sakeの2蔵が取り入れているのも、手に入る機材が限られているからこそといえるでしょう。
③技術・情報
筆者はこれまで15ほどの海外酒蔵に取材をしてきましたが、最もハードルが高いと聞くのが麹づくりです。「どういう状態になったら正解なのかわからない」「レシピどおりに作ってもうまく行くときと行かないときがある」といった悩みを聞いたことは一度や二度ではありません。
麹づくりに限らず、日本酒にまつわる専門的な情報のほとんどは、日本語でしか書かれていません。日本語は英語をはじめとするヨーロッパ圏の言語とはルーツが異なるユニークな言語のため、自動翻訳にかけてもうまく訳してもらえないことがほとんど(試しにGoogle翻訳で「山廃」と入力してみたところ、「Abandoned mountain(放棄された山)」という英語が出てきました)。
インターネットが発達した現代においても、日本語ネイティブでない人にとって酒造りに関する専門的な知識を手に入れるのは困難なのです。
まとめ
世界中で増えているSAKE醸造所が多くの課題を抱えており、手探りで酒造りに取り組んでいる現状をお伝えしました。そのような中でも海外酒蔵は、現地のインフラ構築やマーケティングを進めながら、地元にSAKEを根付かせ、広げようと日々奮闘しています。
次回の記事ではこうした海外酒蔵の活動にも触れながら、日本側がそれに関わることで生まれるメリットについて解説し、どのように関わっていくべきなのか提言を行います。
後編はこちら:
日本酒を世界酒にするために、日本がすべきこと
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