熱量を上げるアメリカSAKE (1) - そのとき、日本酒は役割を果たせるか?

2021.06

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熱量を上げるアメリカSAKE (1) - そのとき、日本酒は役割を果たせるか?

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

過去の記事(下記リンク)にて、日本国外、特にアメリカでSAKEの造り手が増えている現状をお話しました。その数はいまも増え続けており、新型コロナウイルス感染症の脅威にさらされた2020年から現在にかけて、新たに7軒の蔵の創業(建設中含む)が確認できています。

今回のシリーズでは、SAKEジャーナリスト・木村咲貴が、アメリカSAKEに関わるプレイヤーの方々にインタビューし、その未来の可能性を探っていきます。第一回目の今回は、アメリカSAKEの歴史を誰よりも知る第一人者・きた産業の喜多常夫社長にお話をうかがいました。

(※1)国税庁の定める「地理的表示」により、『日本酒』と名乗ることができるのは「国内産のお米だけを使い、日本国内で製造された清酒だけ」と規定されているため、この記事では海外で造られたお酒を「SAKE」と表記しています。

アメリカSAKEとの出会い

──アメリカで現地の酒蔵の存在を知ったとき、どれだけ調べても情報が出てこない中、きた産業さんの情報には大変助けられました。喜多社長は、なぜアメリカのSAKEについて調べるようになったのでしょうか?

喜多:弊社はお酒のキャップの製造メーカーですが、1990年代からクラフトビール、2000年ごろからワインの機材の輸入も行っています。当時、取引のために現地へ行ったときに、日本食レストランで現地生産の清酒に出会い、記録を始めました。弊社は、全国の酒造メーカーの半数以上にあたる約770社の資材を作っていますが、彼らにも需要がある情報だったので、記録をまとめてレポートするようになり、いまに至ります。

──海外醸造の情報は、日本の人にとっても興味深いものだったのですね。

喜多:日本人のアメリカ移民が始まって以来、アメリカでお酒が造られてきたということは、あまり知られていない事実なんですよね。特に歴史好きというわけではなかったのですが、そういったことを調べて醸造協会誌に発表するようになりました。そのうち、2000年代の後半からクラフトSAKEの醸造所ができ始めたので、そちらも興味を持って調べるようになったんです。

──現地の酒蔵に資材を卸している関係で、よく情報が入ってくるのかと思っていました。

喜多:米国月桂冠や大関USA、ブラジルの東麒麟、メキシコのSakecul、イギリスのDojima Sake Breweryなどに資材は卸していますが、基本的に現地の酒蔵からはあまり相談は来ませんね。日本から輸入するのは経済的ではありませんから。機械も多少は提供していますが、現地調達やDIYを行っているところが多いです。

──SAKE StreetにもサンフランシスコのSequoia Sake Company、ニューヨークのBrooklyn Kura、ホルブルックのArizona Sakeの記事を寄稿していますが、日本から輸入するのは高額になりすぎるからと、それぞれ工夫して機材をそろえていました。

喜多:ほかに弊社と海外SAKEとの関わりとしては、「エピキュリアン」というウェブサイトで輸入販売を行っています。スペインのSeda Liquida、シアトルのタホマ富士、バンクーバーのArtisan Sake Maker、サンフランシスコのSequoia Sakeを扱っていますが、自分がおいしいと感じたところで、お米にこだわっている蔵を選びました。Seda Liquidaはスペイン産五百万石で醸造しているんですよ。

──Artisan Sake Makerは北海道の「吟風」をルーツとしたお米を自分たちで作り、Sequoia SakeはUCデイビスと共同でお米を開発していますね。

アメリカ現地醸造3つのフェーズ

──アメリカには、昔から酒蔵が建設されてきた歴史があります。しかし、いま小規模醸造所(※2)が増えているのとは少し違う動きですよね。

喜多:現地醸造の第一フェーズは、アメリカへ移民した日本人のためのものでした。ハワイ州のホノルル酒造が初めだとよく言われるのですが、実際は1901年にサンフランシスコにできたJapan Brewing Co.(日本醸造会社)が最初です。

──ハワイへ移民した日本人が日本酒ばかり飲んでいたせいで、カリフォルニアのワイン業界から抗議運動が起こり、日本酒の輸入関税が上がったという論文をまとめていらっしゃいましたよね。米国本土でも関税にまつわる訴訟などが起こり、これが現地でSAKEを造ろうという動きにつながったと。

喜多:第二のフェーズは、1980年前後から始まった大関、宝酒造、八重垣、月桂冠による現地法人の設立です。一定量のマーケットがあり、現地で造っても採算が合うという計算があったのでしょう。当時は8割が日系人による消費でしたが、将来的には現地の人々にも飲まれるようになると予想していたのだと思われます。

──そして2000年以降、SAKEの小規模醸造所が次々と誕生します。

喜多:第三のフェーズですね。これはそれまでの日系人向けの現地醸造とはまったく異なり、アメリカのクラフト(※3)文化に由来しています。アメリカはビール醸造所数が世界一で、新型コロナによってどのように変化したかはわかりませんが、2019年には8000を超えていました。手づくりのよさという「クラフト」のフィロソフィーの延長で、クラフトビールやクラフトジンのようにSAKEが造られている。ワインとは異なり、清酒は造り手が手を入れる余地も大きいので、そこに惹かれて始めた人も多いのではないでしょうか。

(※2)(※3)小規模醸造所=クラフトブルワリー(craft brewery)、マイクロブルワリー(microbrewery)、ナノブルワリー(nanobrewery)と呼ばれる醸造所のこと。生産量や形態によって厳密には呼び名が異なりますが、このインタビューでは小規模醸造所が造るものという意味での「クラフト」という用語も使っています。

現地醸造を支える「米」と「クラフト精神」

──世界各地にローカルSAKEの造り手が増えてきていますが、日本国外にある小規模醸造所のうち、約6割がアメリカにあります。アメリカでここまで増えたのは、やはり歴史的にSAKEが造られてきた関係で、お米が手に入れやすい環境が整っているからでしょうか(※4)。

喜多:お米の要因は大きいでしょうね。日本以外の国で、酒造に適したお米を入手するのは難しいですし、精米にも特殊な機械が必要になります。アメリカのアドバンテージは、大手メーカーが環境を整備した関係で、精米業者がいること。お米も、昔はカリフォルニア州だけでしたが、いまは別の地域でも作られています。

──アメリカには2〜3社の精米企業があり、ミネソタ州のmoto-i、オレゴン州のSakeOne、カリフォルニア州の大関USAは自社精米も行っています。吟醸クラスに精米されたお米が手に入るのは、小規模醸造所にとってはありがたいことですよね。

喜多:かつ、世界でいちばんビール醸造所があり、クラフト蒸留所も多いアメリカには「クラフト」の精神があります。国民性もあるのかもしれませんね。農産物にしても、工芸品にしても、手づくりのものを大切にしようという気持ちがあるのではないでしょうか。行政も小規模醸造所を保護しようとしていますし。

──行政の優遇措置は、小規模醸造所の経済的貢献の大きさの賜物でもありますね。他の国々と比べて、アメリカのローカル酒蔵の特徴はなんだと思いますか?

喜多:商売の才覚がありますよね。クラフトSAKEを造っても、ある程度売れる素地があるというか。ニューヨークのBrooklyn Kuraなどは、ロケーションもよいし、造り手も勉強してよいお酒を造っているし、売り方もうまいと感じました。

──確かに、アメリカのローカル酒蔵は、商品のアイデアがユニークなだけではなく、会員制システムやイベントなどを戦略的に取り入れています。日本の酒蔵も見習えるところは多いですね。

(※4)アメリカでは、日系移民が持っていった渡舟を品種改良した「カルローズ」というお米が食用米として流通しており、酒造りにも使われている。

選択肢が多いことの大切さ

──近年は、日本の飲み手が減る一方で、アメリカ現地の飲み手が増えてきています。その中で、ローカル酒蔵の役割はどのように変化してきているのでしょうか。

喜多:もともと日系大手の宝や月桂冠は、日本でいう普通酒のように安価なお酒だけを提供していました。醸造アルコールは添加していませんが‪‬(筆者注・アメリカの法律では醸造アルコールを添加すると醸造酒とみなされなくなるため、現地醸造は純米酒が基本)。現在は大手もプレミアムに振れてきていますよね。90年代からアメリカ産のお酒を飲んでいますが、大手の商品もクオリティが向上してきていると感じます。

──大手がプレミアムの方向へ向かうと、現地の小規模醸造所はどのような役割を果たしていくことになるのでしょうか?

喜多:小規模醸造所は、プレミアムというよりは、造り手が自分なりの付加価値を与えた酒造りを行うものです。消費者にとって、「クラフト」という概念には、味や価格とは異なる価値がある。ワインやビールにしても、文化的な背景や場所といった要因が、消費の重要な動機になります。アルコール飲料には文化的な側面があるものですから。

──スティーブ・ヒンディ著『クラフトビール革命』で、クラフトビール市場で地元以外のビールがあまり影響を及ぼさないことに対し、ニューベルジャン社のJ. B. シュレーマンが「(ブランドの魅力は)ただ味が好きっていうより、もっと深くてエモーショナルなものだ」と言っていたのを思い出します。

喜多:種類がいろいろあることは大切ですね。いま、日本には1,000以上の酒蔵がありますが、それが数百に減ってしまうと魅力は薄れてしまうでしょう。ワインにしてもボルドーだけでたくさんありますし、ビジネスとしては厳しいかもしれませんが、消費者としてはたくさんあるものを集めるということが価値になりますから。少なかったら、お金持ちだけの趣味になってしまいます。

──選択肢が多いことが心の豊かさにつながるんですね。

喜多:SAKEのマーケットは日本食の普及に合わせて徐々に伸びていくでしょう。その中で、プレミアムなお酒も、大衆的なお酒も、クラフト的なお酒もそれぞれの役割が与えられ、必要とされていくはずです。

──日本からの輸出も年々伸長しています。日本産の日本酒との関係はどのようになっていくと考えられますか?

喜多:現在、日本国外で消費されている清酒のうち、日本から輸出された日本酒は3割程度で、7割はアメリカをはじめとする外国産です。この7割がないと世界の清酒のマーケットは維持できません。また、長期的に見れば、世界中でSAKEが飲まれるようになったとき、プレミアムを求めている人たちは日本製品に帰ってくるはずなんですよね。

シャンパンという名称はシャンパーニュ地方で造られたものにしかつけられませんが、オーストラリアにもナパにもモエ・エ・シャンドンの醸造所はあるんです。彼らは、自分たちの製法で世界中の人が造るのはよいことだと考えていますし、スパークリングワインが世界に広まっていけば、一部の人は「本物が欲しい」と本家シャンパンに帰ってくるのをわかっています。

──世界中でSAKEが造られることで、日本産の日本酒がさらに評価されるようになるということですね。

喜多:そのとき、日本の日本酒に帰って来てもらえるかどうかですよね。売れないからといってアルコール添加やパック酒のような安価なお酒ばかり造っていては、SAKEを愛する世界の人々が最後に飲みたいと思えるようなものを日本は守れないと思います。輸出酒に関しても、保管状況が悪かったり、日付が古かったりといったものが流通しているようでは、日本産の日本酒への評価に響いてしまうでしょう。

SAKEの世界スタンダードの確立を

──海外の小規模醸造所が発展していく中で、今後の展望や想定される課題などはありますでしょうか。

喜多:難しいのは、「これはSAKEとは言えないんじゃないか」という商品を造ってしまう人がいるところですよね。90年代、日本でクラフトビールが造られはじめたころ、ドイツ人の醸造家に「こんなものはビールじゃない」と批判され、「これが俺の味だ」と反論した日本の醸造家がいました。ワインやビールは世界のスタンダードが確立されていて、世界中に教育機関があり、品質や造り方の研究がなされているので、世界に共通した「おいしい」の基準があります。SAKEの場合は、まだみんなが勝手に造ってしまっているところがありますね。

──ワインのようなスタンダードを確立するのは、日本酒を海外へ輸出していくうえでも重要なことですね。学問として系統立てると、受け入れてくれる飲み手の幅が広がります。

喜多:日本にしっかりとしたバックボーンを持った機関が、「日本酒のスタンダードはこれだ」と発信できるようになるべきだと思います。ワイン学で有名なUCデイビスのような機関を立ち上げたり、酒類総合研究所で英語のコースを提供したり。

──現在、新潟大学がUCデイビスやボルドー大学と協定を結びながら、世界のワイン学のような「日本酒学」を確立しようとしています。酒類総合研究所とも連携していますね。

喜多:いずれにせよ、クラフトSAKEの造り手は、10年後には倍以上の数になっていると思います。もしかしたら、5年後にはそうなっているかもしれませんね。

アメリカでクラフトSAKEブームが起こる前から、現地の醸造文化に触れてきた喜多社長。喜多社長が語ってくれた「世界スタンダード」への課題や今後の展望を、実際の現地の造り手はどのようにとらえているのでしょうか?

次回は、アメリカの造り手の同業組合「北米酒造同業組合(Sake Brewers Association of North America)」代表のウェストン・小西氏にインタビュー。アメリカのローカル酒蔵のリアルな声をお届けします!

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