2021.06
25
アメリカの主要都市すべてに酒蔵がある未来へ - 熱量を上げるアメリカSAKE (2-2)
近年、SAKEの造り手が増え続けている海外の国々でも、酒蔵数で世界のトップを走り続けているアメリカ。このシリーズでは、SAKEジャーナリスト・木村咲貴が、アメリカSAKEに関わるプレイヤーの方々にインタビューしながら、その未来の可能性を探っていきます。
第1回では、アメリカ清酒史の第一人者であるきた産業の喜多常夫社長にお話をうかがいました。今回は第2回に引き続き、2019年に創設したアメリカの造り手の同業組合「北米酒造同業組合(Sake Brewers Association of North America、以下SBANA)」代表のウェストン・小西氏にインタビュー。アメリカの造り手がSAKEに惹かれる理由、そして将来のアメリカSAKEはどのような姿になっていくのか、そのビジョンを聞きました。
アメリカの造り手がSAKEに惹かれた理由
──アメリカの造り手には、ビールやワイン業界出身の人のほか、金融やITなど、まったく関連性のない業界から新規参入した人々もいますね。
ウェストン:現在のアメリカでは、「コンブチャ」やピクルスなど、発酵ブームが到来しています。SBANAにも、あらゆる「発酵」に興味を持つマニアが参加しています。
──ワインやビールの世界にいた人たちは、SAKEのどんなところに惹かれるのでしょう?
ウェストン:SAKE造りはワインやビール造りよりも複雑だと聞きます。ビールやワイン造りのマニアであれば、すぐにハマってしまうんでしょう。もちろん、みんなSAKEが大好きだということが前提です。好きでなければ、SAKE造りはできませんからね。複雑ですし、手間がかかるし、よほどの情熱がなければよいものは造れません。
──確かに、趣味でビールの自家醸造をしていた人が、SAKEを造り始めて「これは片手間でできることではない」と酒蔵を立ち上げたという話を聞いたことがあります。SAKEの発酵が、世界の発酵マニアにとってユニークだと感じられるなら喜ばしいことですね。日本の酒蔵とアメリカの酒蔵の違いはなんだと感じますか?
ウェストン:「革新性」でしょうか。それは、優れた設備や良質な酵母などの原料が手に入りづらいゆえに生まれるものでもあります。例えば、日本の酒蔵が持っている高機能な機材は、ほとんどのアメリカの造り手には高価すぎて入手不可能。発酵タンクや上槽用の機械、麹室など、すべて自分たちで作らなくてはいけません。あとは、実験的な取り組みも多いですよね。例えば、ノースカロライナ州アッシュビルのBen's American Sakeは、それはそれはありとあらゆるフレーバーのSAKEを造っています。
──レモンジンジャー、パイナップルハラペーニョ、ブルーベリーライムなどがありますよね。
ウェストン:日本の酒造メーカーには考えられないようなラインアップですが、お客さんからの人気は高く、SAKEの入門編としてよく機能しています。一方で、テネシー州ナッシュビルのProper Sakeのように、より伝統的なスタイルにこだわる造り手もいます。
アメリカSAKEが目指すべき伝統と革新のバランス
──アメリカのSAKE文化において、日本由来の伝統的なスタイルと、アメリカらしいユニークなスタイルはどのような関係になっていくべきだと考えますか?
ウェストン:そこは私たちにとって大きな課題です。現在SBANAは、「SAKEとは何か」を定義するプロジェクトを進めています。北米の文脈において「SAKEとは何か」「SAKEでないものとは何か」を説明できるようになるために、基準を定め、共通認識を持ち、酒類の規制に関するより有利な提言を行う。私たちには、日本の長い伝統が生み出した日本酒文化を尊重したいという思いがあります。一方で、アメリカでSAKEを広めていくためには、ある程度の革新性も求められる。非常にデリケートなバランス感覚が求められるので、ジョン・ゴントナーさんら顧問の方々にアドバイスをいただきながら進行しています。
──飲み手に理解してもらうためにも、明確な「基準(スタンダード)」を定めることは必要ですよね。また、日本とアメリカでは法律が異なります。例えばアメリカには、酒造りの過程で上槽しなければいけないというルールはない。そうした要因が、クリエイティブ性やイノベーションにつながる側面はあります。
ウェストン:確かにそうなんですが、アメリカの造り手のほとんどは、日本から正しいやり方を学びたいと思っているんですよね。最高のお米や酵母を手に入れたいし、配合の比率や発酵時間など、日本が何世代にもわたって生み出した技術を知りたいと思っているんです。もし、日本で海外SAKEの品質に不安を感じている人がいるのであれば、ぜひ知識面や技術面でのサポートを提供していただきたいですね。
──アメリカでユニークなSAKEが生まれたときに、意図的なクリエイティブなのか、原料、機材や情報が手に入らない制限下で避けがたく生まれたものなのかという背景は理解しなければなりませんね。もちろん、後者によって革命的な商品が生まれることもありますが。
ウェストン:技術面以外では、競争の激しい飲料業界の中で、それぞれの酒蔵がきちんと健全なビジネスを展開できるかということも気にかけています。これは日本酒/SAKE業界全体の課題でもあるでしょう。すばらしい伝統と飲みやすさを兼ね備えているのに、いまだアメリカで知名度が高いとは言えず、だからこそ、誰もが「SAKEはいつか大きなブームになるかもしれない」という期待を抱いている。よいお酒を造るのと同じくらい、よいマーケティングが求められています。
──前回、きた産業の喜多社長がお話していましたが、アメリカの造り手は、比較的ビジネスの才覚に優れているように思います。SBANAのような同業組合が設立されたことはそうした強みの現われではないでしょうか。
ウェストン:SBANAに所属している造り手は若く、ほとんどがミレニアル世代です。アメリカのアルコール飲料や食品業界は、彼らをターゲット層として定めていますから、彼らの欲しいものはトレンドに直結しています。また、ローカルで作られるプロダクトへのニーズも大きい。日本の伝統的な酒造メーカーや輸出業者と比べると、これらは大きなアドバンテージかもしれませんね。
ストーリーやパッケージを通して、いかに消費者に身近なものにできるかがマーケティングの肝となります。SAKEは必ずしも寿司と一緒に飲む必要はなく、ピザやハンバーガーなどに合わせてもよいのだともっと伝えていかなければなりません。SAKEをdemystifyするということです。
──「demystify(=神秘性を取り除く)」、よい言葉ですね。アメリカ初のSAKE専門店「True Sake」オーナーのボー・ティムケンにインタビューしたとき、彼は「disarm(=武装解除する)」という言葉を使っていました。市場を広げるにあたり、demystifyやdisarmはキーワードになりそうです。
ウェストン:ある程度の神秘性は魅力でもあるんですけどね。SAKEに強く惹かれるような人たちはやはり、新しいものや、ほかとは違うものを求めていますから。初心者にアピールしたいけど、ある程度は神秘化したい。幸いなことに、SAKEはとても奥深く、多様な飲み方を提案できるので、飲み手に驚きを提供し続けることが可能です。
──アメリカでSAKEが広まった後の理想的な状態とはどのようなものだと考えていますか?
ウェストン:ラーメン店を経営している知人がいるんですが、彼のビジョンは、アメリカのすべての都市にラーメン店ができて、「南部流のラーメン」「西海岸北部流のラーメン」みたいに、それぞれの地域のスタイルのラーメンが食べられるようになることなんですよね。私もSAKEに対して同じようなビジョンを抱えています。5~10年後には、アメリカの主要都市すべてに酒蔵ができていてもおかしくないでしょう。
──寿司が日常食に溶け込んだアメリカにとって、いまやラーメンは「日本料理」の代表格。ご当地ラーメンや地酒のような動きがアメリカで生まれるのはおもしろそうですね。
ウェストン:SAKEの地域的なスタイルや、北米ならではのテロワールは見てみたいですよね。SAKEがもっと主流になり、地元のどこのお店の棚にでも並んでいるような未来を思い描いています。
日米間の協力は「日本酒」の発展にもつながる
──2021年、日本で海外向けの醸造キット「MiCURA」を販売する伊澤優花さんがSBANAに加盟しました。優花さんは宮城県仙台の酒蔵・勝山酒造の娘さんであり、酒造りへの強い信念を持っていらっしゃいます。アメリカでは自家醸造からビジネスとしてのSAKE造りへ参入する人が多いので、酒蔵のコミュニティであるSBANAとMiCURAのコラボレーションは、今後のアメリカSAKEのクオリティを底上げすることにもつながっていくのではないでしょうか。
ウェストン:MiCURAはすばらしい商品ですし、開発者の優花さんは業界への先見の明を持っています。彼女がアメリカと日本をつなぐため、積極的に活動してくれていることはとてもうれしいですね。
──SBANAがあなたを代表に採用し、優花さんの加盟を促したことから、この組織が日米間をつなぐコミュニケーターを必要としているということがよくわかります。
ウェストン:日本酒/SAKE業界は国ごとに分けるべきではないんです。アメリカと日本は、お互いのためにもできる限り協力し合うべきではないでしょうか。
──日本国外に酒蔵が増え、現地の人々にとってSAKEが親しみのあるものになることは、日本で造られた日本酒のマーケットが広がるということであり、日本酒を飲む人が増えていくということですからね。日本側の行政やメーカー、輸出関係者にはどのような関わり方を期待していますか?
ウェストン:酒造メーカーをはじめとした日本企業の努力だけで、海外での日本酒市場が成長できるとは限りません。例えば韓国のソジュ(※3)を見ると、彼らはアメリカ現地の市場に精通し、コマーシャル活動を積極的に行っています。行政機関には、日本だけでなく世界の日本酒業界全体を見通した戦略が求められているんです。そのことは、日本の酒造メーカーにも役に立つと思います。
(※3)米等を原料にした韓国産の蒸留酒。日本では「韓国焼酎」とも呼ばれる。
──韓国といえば、ソジュの業界団体がカリフォルニア州でロビー活動を行い、ワインのライセンスがあれば蒸留酒のライセンスを持たないお店でもソジュを取り扱うことができるよう法律を変えたという過去があります。これにより、ソジュの認知度と売上は大幅に拡大しました。
ウェストン:SBANAの大きな使命のひとつは、北米のSAKE業界のためにロビー活動を行うことです。酒販店を構えたり、お酒を造って流通させたりするためには、規制上の多くの障害があります。私たちの願いは、規制環境を改善して業界の成長を促し、アメリカと日本の酒造メーカーの両方に利益をもたらすことなんです。
──SAKE Streetでは、コロラド州のColorado Sake Co.がSAKEにまつわる法律を変えたというエピソードを紹介したことがあります。アメリカの複雑な法律を理解し、ビジネスのスピード感を持った現地のプレイヤーだからこそ実現できたことでしょう。アメリカの酒蔵への支援は、日本の日本酒業界の未来にもつながっていく。国内の人々にその事実を理解してもらうために、これからもアメリカSAKEについて伝えていきたいと思います。
ウェストン:どうもありがとう。私たちも協力できることがあればなんでもしたいと思っています。これをきっかけに、いろいろな対話が生まれていくとよいですね。
アメリカSAKEの発展には日本国内の日本酒業界との交流が不可欠。両者の関係は日本産の日本酒の未来にも大きなメリットをもたらすと信じ、精力的に活動するSBANA。止まらないアメリカSAKEの躍進からますます目が離せません!
本シリーズの最終回となる次回は、アメリカ・ニューヨークで酒蔵を建設中の旭酒造・桜井一宏社長にインタビュー。アメリカでお酒を造ることは、「獺祭」や日本酒にどのような未来をもたらすのか? 桜井社長のお話とともに、新ブランド「Dassai Blue」の最新情報をお届けします!
連載:熱量を上げるアメリカSAKE
第一回: きた産業 喜多常夫社長インタビュー 「そのとき、日本酒は役割を果たせるか?」
第二回: 北米酒蔵同業組合(SBANA)代表 ウェストン小西氏インタビュー 前編 「コロナ禍を乗り越え、絆を強めるクラフト酒蔵」
第四回: 旭酒造(獺祭) 桜井社長インタビュー 海外で日本酒はまだ「よそもの」。獺祭が目指す「現地化」とは
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