2021.06
23
コロナ禍を乗り越え、絆を強めるクラフト酒蔵 - 熱量を上げるアメリカSAKE (2-1)
近年、SAKEの造り手が増え続けている海外の国々でも、酒蔵数で世界のトップを走り続けているアメリカ。このシリーズでは、SAKEジャーナリスト・木村咲貴が、アメリカSAKEに関わるプレイヤーの方々にインタビューしながら、その未来の可能性を探っていきます。
第1回目では、アメリカ清酒史の第一人者であるきた産業の喜多常夫社長にお話をうかがいました。2回目・3回目は、2019年に創設したアメリカの造り手の同業組合「北米酒造同業組合(Sake Brewers Association of North America、以下SBANA)」代表のウェストン・小西氏にインタビュー。今回は、アメリカのローカル酒蔵の“いま”についてお話を聞きました。
(※1)国税庁の定める「地理的表示」により、『日本酒』と名乗ることができるのは「国内産のお米だけを使い、日本国内で製造された清酒だけ」と規定されているため、この記事では海外で造られたお酒を「SAKE」と表記しています。
北米酒造同業組合(SBANA)の3つの目的
──アメリカの酒造メーカーの同業組合・SBANAは、どのような経緯で設立されたのでしょうか?
ウェストン:設立に関わったのは2名。バージニア州シャーロッツビルの酒蔵・North American Sake Breweryの共同創設者であるアンドリュー・セントファンテと、初代代表であり、75軒の蔵を取材した英語の日本酒書籍(※2)を出版したバーニー・バスキンです。バーニーはシンガポールで企業弁護士を務めたあと、アメリカへ戻ったときにアンドリューと出会い、日本国外に日本酒の業界団体がないことについて議論し合いました。
(※2)Elliot Faber, Hayato Hishinuma, Jason Lang “Sake: The History, Stories and Craft of Japan's Artisanal Breweries” (Gatehouse Publishing, 2015)
──その出会いがSBANAの設立につながったのですね。
ウェストン:SBANAには三つのミッションがあります。一つ目は、SAKEの一般の消費者への知名度を上げ、知識を広めること。二つ目は、北米の酒造メーカーの事業を発展させ、日本から輸入された日本酒を含む業界全体の発展に寄与すること。三つ目は、我々の成長に有利になる法律・規制を提唱することです。
──アメリカではさまざまな法律・規制がアルコールの製造や流通の弊害になっているため、三つ目のミッションには特に興味を惹かれます。ウェストンさんがこの組織に関わるようになったのは最近のことですよね?
ウェストン:私は去年の夏からSBANAに参加し、今年の2月から代表に就任しました。私は飲食業の経験はなく、これまで日米関係を主にした国際関係と外交政策の仕事をしてきました。非営利団体のリーダーを務めた経験があることも、このポジションに選ばれた理由だと思っています。SAKEは2つの国の架け橋になるものですし、日本の真髄をアメリカの革新的な方法で表現できるのはエキサイティングなことです。
──酒造組合が造り手や業界関係者ではなく、日米関係のプロフェッショナルであるあなたを代表として招くということには、大きな意図があるように見えます。
ウェストン:お酒づくりは科学と芸術の組み合わせだと思っていますが、私は科学者も芸術家も向いていません(笑)。しかし、日米関係や政策に関わってきた身として、このポジションは適任だと感じています。
──SBANAには、アメリカ人の日本酒伝道師で「酒サムライ」にも叙任されたジョン・ゴントナーさんたちが顧問として関わっていますよね。
ウェストン:はい、顧問にはジョン・ゴントナーさん、日本酒輸出協会会長の松崎晴雄さん、 ポッドキャスト「SAKE ON AIR」のプロデューサーであるジャスティン・ポッツさん、大阪にある大門酒造のCEOであるマーカス・コンソリーニさん、香港のYardbirdのビバレッジ・ディレクターであるエリオット・フェイバーさんと、非常に豪華なメンバーがそろっています。彼らの豊富な知識を提供していただけることを光栄に思っています。
メンバー限定公開のリソースで技術向上を目指す
──SBANAのウェブサイトには現在の会員一覧が公表されていますが、具体的にはどのような人たちが所属しているのでしょう?
ウェストン:大きく分けると、酒造メーカー会員とその他会員の2種類です。現在18の酒造メーカーが所属しており、アメリカを中心にカナダやメキシコに拠点を持つ人たちもいます。
──ウェブサイトには会員だけが閲覧できるリソースがそろっているようですね。
ウェストン:はい。会員向けに、醸造方法や原料、機材に関するあらゆる情報を提供しています。また、会員限定のオンライン・フォーラムに質問・相談を投稿すると、ほかのメンバーから回答・アドバイスを受けることができます。新たに酒蔵を建設した人が、「どんな酵母を使えばよいのか?」「上槽用の機材はどこで手に入るのか」といった専門的な質問を問い合わせると、先輩メンバーから答えが返ってくるんです。そのほか、全員参加のミーティングで、最近のトレンドなどについて話し合ったり、北米の酒造りにまつわる問題について議論したりしています。
──アメリカの造り手の中には日本語の情報を読めない人も多いですし、現地で手に入れられる原料や機材も限られていますから、こうしたリソースはとても役に立ちそうです。対外的には、ウェビナーやイベントを開催していますよね。
ウェストン:私が当組合に所属してから、ウェビナーのシリーズ立ち上げのために日本大使館と契約を結んだのですが、これは組合の知名度を高める絶好の機会になりました。「北米と日本の醸造家の対話」というテーマで、日本とアメリカの6名の造り手がパネルディスカッションを行ったのですが、今後も継続していく予定です。
また、今年の秋までにパンデミックが収まれば、ノースカロライナ州アッシュビルで「クラフト・サケ・フェスティバル」というイベントを開催したいと考えています。一人ひとりのメンバーにスポットを当てながら、一般の人がSAKEへの関心を高めるきっかけにしたいですね。
ほかには、女性の醸造家や専門家にスポットを当てたサミットを行う予定です。SAKEの世界に女性が関わるのはとても重要なことですし、こうしたサミットの開催が私たちのダイバーシティへの取り組みを示し、より多くの女性が日本酒に関わるようになることを願っています。現在、SBANAには、ハワイ州ホノルルのIslander Sake Brewery、ルイジアナ州ニューオーリンズのWetlands Sakeや、ユタ州ソルトレイクシティのTsuki Sakeなど、女性が経営するすばらしい酒蔵が所属しています。
──Wetlands SakeとTsuki Sakeは2020年から2021年にかけてできた酒蔵ですね。Wetlands Sakeはかわいいデザインの缶入り酒をプロデュースしています。
ウェストン:ノースカロライナ州アッシュビルのBen's American Sakeも二人の女性が経営しています。SBANAのその他会員であるMiCURAの伊澤優花さんもこのイベントにぜひお招きしたいですね。この業界で多くの女性が活躍しているダイナミックな現象を盛り上げ、彼女たちの声を多くの人に届けられればと思っています。
新型コロナで見えたアメリカSAKEの可能性
──デリケートな話題になってしまいますが、アメリカにはコロナ禍の影響で閉鎖した酒蔵はあるのでしょうか?
ウェストン:少なくとも私がこの組合に勤めてからは、そのような話は聞いていません。酒蔵をオープンする予定だったのを頓挫した人はいるようです。アメリカの造り手はもちろんとても苦労していますが、予想していたよりはうまくやっているように見えます。むしろ、日本国内の酒蔵の方々が苦労している様子が伝わってきて、見ていてとても心苦しいです。
──日本では、飲食店の営業制限により、売上を大幅に落とした酒造メーカーがたくさんあります。行政から納入業者への補償が不十分であることも大きな課題です。
ウェストン:アメリカの酒蔵は直販を行っているところが多いので、日本の酒蔵ほど飲食店や酒販店の影響を受けていないんですよね。あとは、規模が小さいのも重要な要因でしょう。もし彼らが何世代も続く一族企業であれば、経営を続けようとするプレッシャーは計り知れませんが、アメリカの酒蔵の多くは新しい企業ですから、比較的柔軟に対応することができているのだと思います。
──驚いたのは、コロナ禍で新しい酒蔵が次々と誕生したことです。先ほど言及したWetlands SakeやTsuki Sakeのほか、ケンタッキー州にはThe Void Sakeが新たにオープンしましたし、建設中の蔵もいくつかあります。
ウェストン:ほとんどの人が、コロナ禍が起こるずっと前から計画していましたからね。また、政府が融資や補助金などの支援策を講じた結果、アメリカの経済は予想をはるかに上回る勢いで回復しています。最近で言えば、連邦政府が設立したコロナ禍の救済措置である「Restaurant Revitalization Fund(レストラン再活性化基金)」は、酒蔵も使うことができるんです。実際に利用した酒蔵があるかは不明ですが。
──コロナ禍によりオンラインでディスカッションする機会が増え、メンバーの絆が強くなったというお話も聞きました。
ウェストン:「頼れる仲間がいる」と感じて安心したメンバーはいたでしょうし、この危機が人々を結びつけたのは確かですね。
コロナ禍を乗り越えて酒蔵も増え、絆を強めるアメリカSAKE。2019年に創立されたSBANAは、会員への情報提供やコミュニケーション機会の創出を通じて、早くもその重要な基盤になってきています。
次回もSBANA代表 ウェストン・小西氏へのインタビューを通じて、アメリカの人々がSAKEに惹かれる理由、そしてアメリカSAKEは将来どのような姿になるのか、考察します!
連載:熱量を上げるアメリカSAKE
第一回: きた産業 喜多常夫社長インタビュー 「そのとき、日本酒は役割を果たせるか?」
第三回: 北米酒蔵同業組合(SBANA)代表 ウェストン小西氏インタビュー 後編「アメリカの主要都市すべてに酒蔵がある未来へ」
第四回: 旭酒造(獺祭) 桜井社長インタビュー 海外で日本酒はまだ「よそもの」。獺祭が目指す「現地化」とは
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