「口の中で絵を描く」果実感の日本酒・流輝、15年の地道な取組みで金賞へ - 群馬県・松屋酒造

2021.07

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「口の中で絵を描く」果実感の日本酒・流輝、15年の地道な取組みで金賞へ - 群馬県・松屋酒造

藤田 利尚  |  酒蔵情報

群馬県藤岡市に位置する松屋酒造。藤岡インターチェンジから市街へ車を走らせること10分で松屋酒造が見えてきます。

松屋酒造は米問屋として江戸時代に創業。明治後期に酒造りを開始しました。もともとは富山県で事業を営んでいましたが、東京の市場にアクセスしやすいことと、自然豊かな環境から昭和26年に現在の藤岡の地に移りました。

特約店限定の「流輝(るか)」、地元を中心に流通する「當選」「平井城」「都初雪」など、華やかでスッキリとした酒質が特徴的で多くのファンを獲得しています。

今年の全国新酒鑑評会では、実に17年ぶりとなる金賞を受賞。ここに至るまでの取り組みの軌跡や今後のビジョンについて、蔵元杜氏の松原広幸さんにお話を伺いました。

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一度は酒造りとは別の道へ

松原さんは蔵元の長男として育ちました。学生時代から麹造りを手伝うなど、日本酒に触れる機会は多かったものの、強い興味は持てなかったと言います。実際、大学卒業後は酒造りとは関係のない都内のアパレル系の企業に入社しました。

「当時、酒造りに携わる気は正直ありませんでした。弟が農大(※東京農業大学)に進学したこともあり、蔵を継ぐものと勝手に思っていましたが、彼はパン造りの道に進むことになりました。

長男である自分しか蔵を継ぐものがいないという状況だったこと、そしてアパレルという外の世界から、家業である酒造りを見る機会を得たことで逆に興味が出てきたことから、蔵に戻ることを決意しました。」

「子供のように大切に育てる」銘柄・流輝の立ち上げ

松原さんが蔵に戻ったのは2006年、28歳のときでした。松屋酒造は先代である父・松原三友(さんゆう)さんが、1995年から蔵元杜氏として地元の社員とともに自ら酒造りを担うようになっていました。生産量も落とし、手造りにこだわった質の良い酒を造ることに注力し始めたのです。

しかし、「うちのお酒は地元の酒販店にさえ、扱いがない状況でした。営業活動を行っても成果が得られず、商品力を向上しなければならないと痛感しました」と松原さんが回想するとおり、当時の状況は決して良いものではありませんでした。

転機となったのは、先輩蔵元からの助言で、東京の有力酒販店に「平井城」を持ち込んだことでした。そこで店主から「素質はある。でもこの酒質だと広まりづらいから、もう少し香りを意識して自分自身の銘柄を作ったほうがよい」とアドバイスをもらいます。

「実はその酒販店さんにはその前にも一度足を運んだのですが否定されるのが怖くなり、そのときは帰ってしまったんです(笑)。そこから数日後に覚悟を決めて再訪問し、味を見てもらう機会をいただきました」(松原さん)

松原さんはこのときのやりとりをきっかけに、「平井城」の良さを活かしながら、香りを引き立たせた新銘柄の開発にとりかかることを決意。こうして2008年に誕生したのが、現在では松屋酒造のフラグシップ銘柄となっている「流輝」でした。

名前の由来は、自らの子供につけようと考えていた名前の候補の一つ。「流れ輝く酒」そして「自分の子供のように大切に育てたい」という意味を込めた名前で、ラベルに大きく現れる文字も松原さん自らが書いたものです。

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評判獲得の秘訣は、謙虚で貪欲な向上心

こうして立ち上がった「流輝」は、小山商店での取り扱いも始まり、徐々に評判を獲得していきます。それでも、松原さんは他にも多くの人々からのアドバイスを積極的に訊き、貪欲に吸収するよう努めてきました。

群馬県立産業技術センターの先生には、麹や酵母について多くの技術指導を仰いで酒造りに活かしてきました。また、よく知る先輩蔵元から勧められた書籍は必ず読み、勧められた飲食店には必ず訪れることで、日本酒を愛する人々を目の当たりにしたといいます。こうした一つ一つの積み重ねを、酒質の改善につなげていきました。

これらの努力が実り、2010年には全国新酒鑑評会で入賞。以後も全国新酒鑑評会や関東信越の鑑評会で賞を獲得するようになります。東京都多摩市の地酒専門店・小山商店が主催する試飲会「多摩独酌会」の人気投票では2012年に2位を獲得して以降、立て続けに上位を獲得。

このような成績も、松原さんは「『流輝』の立ち上げとお取引開始から10年以上経った現在でも、小山商店さんには継続してお取り扱いいただいているので、合格点はいただけているのかなと思っています」と謙虚に受け止め、さらに良い酒造りを目指しています。

独自性を活かした酒造りがもたらす、酒質のバランス感

「香りを引き立たせた新銘柄」として立ち上がった流輝ですが、現在目指す酒質も「果実感が口の中で絵を描くように表現され、クリアで飲みやすい日本酒」と当時のコンセプトをブラッシュアップしたものになっています。「ここ最近は甘さを控えめにすることを意識している」と松原さんが語るとおり、過度な華やかさや甘味を排したバランスの良さが流輝の魅力です。

こうした酒を造るためのポイントが、麹造り。種麹には本醸造から純米大吟醸まで、他の酒蔵で近年よく使われるものとは異なる、香り高さと味わいのボリュームを出せるものを15年以上にわたって使用し続け「松屋酒造の麹造り」を確立しています。

「この種麹は品温のタイミングを取るのが難しい。ここのノウハウが蓄積しており、うまく扱うことができるのは流輝の強みだと思います」

酵母も近年開発された、突出した香りを出しやすいものはあえて使わず、10号系酵母を中心に使用するなど、流行に左右されず「蔵のスタイル」を貫いています。

「酒造りはリズムが重要だと思っていて、何時何分にこの作業、というように日々のルーティンを大事にしています。同じ麹をつくり続けていることも含めて、何度も同じことを繰り返すことで得られる経験値から、新しい味が生まれると信じています」

また、松屋酒造の造りで特徴的なのは「ヤエガキ式の搾り機」。1973(昭和48)年製の設備で、全国でもわずかな蔵でしか使われていないタイプのものです。この搾り機の特徴は、ゆっくりと酒が搾られることで表れる優しい酒質。新しい機械で搾る場合のようなフレッシュさは出しにくい反面、柔らかく透明感のある味わいが表現できると言い、前後の工程はすべてこの設備で搾ることを前提に設計されているのです。

こうした取り組みは「平井城」をはじめとした地元銘柄にも活かされており、酒質の向上につながっています。

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さらに品質を高めながら、魅力の発信にも努めたい

2020年度の全国新酒鑑評会では、実に17年ぶりとなる金賞を受賞。松原さんも「今になって、自分の酒のスタイルが出来上がりつつあると思っています」と商品への自信を深めています。

直近でも、冷蔵倉庫の増設や火入れまでのリードタイム削減など酒質向上に努めていますが、今後のビジョンとしてあげてくれたのは「商品をより広めていくことにも注力すること」でした。

「今年はコロナウイルスの影響があるので不透明なところがありますが、私が蔵に戻ってからは幸いにも増産を継続してきました。製造量は今後もますます強化していきたいと考えています。

またコロナ禍のなかで改めて、自社の発信力が弱かったことに気付かされました。こんな状況だからこそ発信力を高めて、ふたたび日本酒が以前のように流通するようになったとき、酒販店さんや飲食店さんが流輝や平井城を扱いやすい環境を作っていきたいですね」

こうした取り組みの一環として、2021年6月にはWebサイトもリニューアルしました。15年にわたる松原さんの地道な努力で酒質を向上させ、徐々に評判を高めてきた流輝。未来を見据えて始まった取り組みで、これからますます見かける機会が増えるかもしれません。

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酒蔵情報

松屋酒造 
住所:群馬県藤岡市藤岡乙180
電話番号:0274-22-0022
創業:明治時代後期(会社設立:1951年)
社長・杜氏:松原広幸
WEBサイト:https://matsuya-sakebrewery.jp/

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