2023.01
31
あたらしいオフフレーバーのはなし(4)-2 海外で日本酒のオフフレーバーはどう捉えられているのか?
かつては不快な香りと見なされていた日本酒の「オフフレーバー」は、時代の変化にともない、「個性」ととらえられることが多くなってきました。
SAKE Streetの連載「あたらしいオフフレーバーのはなし」では、さまざまな角度からこのテーマを追究。第1弾では、清酒専門評価者である河瀬陽亮さんから、従来のオフフレーバーの定義を解説していただき、第2弾では、兵庫県・剣菱酒造と福岡県・山の壽酒造に、オフフレーバーに対する造り手の取り組みをインタビュー。第3弾では、ビールとワインの視点からオフフレーバーの本質に迫りました。
第4弾「これからのオフフレーバーの話をしよう」では、未来のオフフレーバーの可能性を前後編にわたって考察します。前編では、料理とのペアリングという観点からオフフレーバーのあり方を掘り下げました。
最終回となる後編のテーマは、「グローバル展開とオフフレーバー」。アメリカ・サンフランシスコの酒販店「True Sake」のMei Ho(メイ・ホ)さんと、WSETの講師を務めるKerry Jo Rizzo(ケリー・ジョー・リッツォ、以下KJ)さんに、海外進出とオフフレーバーの関係性について話してもらいました。
※メイン画像は画像生成AI・Stable Diffusionで作成し、一部手動で編集
海外では、オフフレーバーの判断が難しい
──Meiさんはサンフランシスコで約20年の歴史を持つ日本酒/SAKE専門店「True Sake」のマネージャーを長らく勤めています。KJさんは、ワインのソムリエであり、WSET Sake の講師。True Sakeでの勤務経験もあり、いまはサンフランシスコのバーの店長としてワインと日本酒の両方を提供しています。
お二人は、酒販店や飲食店に勤める中で、日本酒にオフフレーバーを感じたことはありますか?
Mei:正直なところ、すべてのお酒が本来の味を保てているかどうかは判断しきれません。明らかにおかしな香りだったり、同じお酒を数本飲み比べて味が違ったりしなければ、造り手が意図したのか、オフフレーバーなのか判別がつかないこともあります。
KJ:ワインにもよく起こることです。輸入業者はなんとしてでも商品を売りたいから、テイスティング用のボトルの味わいをベストな状態になるようコントロールすることがあるんです。買ってみたら味が違ったなんてことがないように、テイスティングの時点で「このボトルはいつ開栓したの?」と私は確認しています。
Mei:ある程度の知識があれば、「これは出羽燦々を使っているから、もっとフルーティにしたいはずだ」みたいな推測をすることはできるんですけど。酒販店の場合、全部のボトルを開けるわけにはいかないので、製造年月などで判断するしかないことは多いです。
KJ:以前、ある古酒を飲んだときに玉ねぎスープのような香りがして、「これって大丈夫?」と思ったんだけど、ほかの日本酒専門バーでも同じ味がしたんですよ。だから「あ、酒蔵が意図した味なんだな」って考えたんですけど、日本で同じお酒を飲んだら全然違ったなんてことがありました。
Mei:でも実際、ロット(仕込み)や醸造年度によって違うこともあると思うんですよね。造り手も常にレシピを改善したり、変えたりしようとしているし。ある酒蔵のお酒の味が変わったので聞いてみたら、お米の質によってレシピを変えていると話してくれたことがあります。でも、いつも酒蔵と直接コミュニケーションできるわけではないし、いつ変わったかがわかるとは限りません。
──確かに、輸出の工程によるのか、気候の違いのせいなのかわかりませんが、日本では微差にしか感じられない味わいの違いが海外で大きく感じられる可能性はあるのかもしれません。
KJ:ワインもそうなんですけど、本来は、酒造メーカーがきちんと輸出先まで行って、自分の商品がどんな味になっているのか調査しなければならないんですよ。
──「獺祭」(山口県・旭酒造)が、海外の飲食店などに商品の取り扱いを細かく指導しているのはよく知られていますね。
Mei:酒蔵がパートナーの流通業者に「こう扱ってほしい」と伝えるのはとてもいいことだと思います。でも、それだけでは完璧とはいえない。流通業者がお酒を卸すレストランや小売店は、わざわざそのための冷蔵庫を用意しないし、ましてや0℃や5℃での保管なんてできない。徹底するのはすごく難しいことだと思います。
意図を超えた美味しい変化
──オフフレーバーを発見した場合はどのように対処しているのでしょうか?
Mei:すでに購入してしまったボトルの場合は、身内だけで消費してしまうこともありますし、許容範囲だと感じた場合は「少し古くて味が変わっている」ということをきちんと伝えたうえで、ディスカウントして販売することもあります。でも、古い在庫の中でも、いい変化をしているケースもあるんですよね。
KJ:私も、ある生酒について、その年の仕込みよりも4年熟成させたもののほうが美味しいと感じたことがありますよ。生酒の熟成って、ワインみたいにおもしろく変化することがありますよね。
──日本でも、生酒の熟成は「生熟(なまじゅく)」と呼んで愛好する人がいます。
KJ:日本の人は、生酒をフレッシュな状態で飲むことに慣れているけど、海外の人、特にワイン愛好家はそうとも限らないんですよね。
Mei:アメリカへの日本酒流通は、数年サイクルだった以前と比べてフレッシュローテーションになってきているとはいえ、日本ほど頻繁ではないので、たとえ生酒でも一回の在庫を数カ月でさばくことになります。でも、お客さんが楽しんでくれているのは確かだし、マイナスどころかプラスになることはあります。
KJ:というか、両方を扱う立場からすると、日本酒ってワインよりも欠点が出にくいんですよ。お米が原料で、ほとんど火入れをしているからか、変化が少ないし、オフフレーバーと言われるものも美味しいと感じられることが多い。日本酒に関わってもう7年になりますけど、「これはさすがにヤバい」って思ったのは片手で数えるほどしかないですね。
──以前、アメリカの日本酒業界の人が、「日本に比べて老ね香を気にするお客さんが少ない」と話していたんですけど、それについてはどう思いますか?
Mei:うーん、それは単純に日本酒を知らないだけでは(笑)。でも、ウイスキーが好きだし、IPAみたいなホップたっぷりのビールも好きだし、複雑な味わいへの許容範囲が広い傾向はあると思います。
KJ:ワインって、レストランでボトルを頼むと、試飲して味わいに問題がないか確認させるプロセスが定着してるでしょう。あれ、ナチュール系ではやらないんですよね。基本的に奇抜なのを前提としているので、テイスティングして「美味しくない」と言わせてもしょうがないんですよね。
日本酒は、レストランでボトルを注文したとしても、伝統的なワインみたいに試飲させないじゃないですか。味とか、オフフレーバーの話をする提供者ってあんまりいないんですよね。こんな産地で、こんなお米で造られてということばかりが語られる。そういう提供の仕方にも問題があると思います。
オフフレーバーは言語で決まる?
KJ:ワインのオフフレーバーとしては、ブショネやブレットが有名ですけど、一般的な消費者はそこまで気にしないケースも多いんですよね。ブレットに関しては、特定の産地ではよく見られる香りです。だから、オフフレーバーを理解しているプロフェッショナルこそが、その香りをどう表現するかを決断する必要がある。
例えば、酪酸を含むワインを試飲したとき、私は「ゲロみたいな味」って言っちゃったんですけど(笑)、別のソムリエは「グレープフルーツの果皮」って表現したんですよ。どちらも実際に酪酸は含まれているし、じゃあどっちのほうがお客さんが飲みたくなるかと言われたら後者ですよね。
──同じ香りでも、伝える側の表現次第で魅力的になる可能性がある、と。
KJ:香りもですけど、味覚のほうがさらに個人的で、他者と共有しづらいものなんですよ。抽象的な味というものを相手に説明しようとすると、いろんな手法があるし、もうほとんど文章を書くスキルみたいになってくるんですよね。ワインや日本酒の文化に慣れている人やそうでない人、育った国によってもテイスティングの基準や語彙は違いますし、私が玉ねぎだと思ったものを、別の国の人が「ドリアンみたい」って表現するケースだってある。
結局、お客さんがどんな味が好きで、私たちの表現によって飲んでみたいと思うかが問題。クセの強い味が好きな人って、たくさんいますから。
Mei:ときどき、日本酒を知らないお客さんから「このボトル、気づいたら5年ぐらい放置しちゃってたんだけど、飲んでも大丈夫ですか?」といった相談を受けることがあるんですが、「おなかを壊すことはないし、美味しいと思うならぜひ飲んで!」と答えています。造り手として、コンディションを守り切ることができないのは歯がゆいかもしれないけど、結果的にそれがお客さんに楽しまれているなら、それはそれで否定することではないんじゃないでしょうか。
多様化する日本酒の味わい
──近年、かつてオフフレーバーとされていた香味が受け入れられてきたことと、日本酒の味わいの多様化には深い関係があります。
KJ:この一年くらいのあいだに、私が日本酒に関わってきたこれまでの7年間では考えられなかったようなクレイジーな香りに遭遇することが増えてきましたな。白ワインみたいな味わいの日本酒とか。
Mei:「せっかく日本酒なのに、なんでワインと同じにしちゃうんだろう?」と思っちゃう。ネガティブな意味ではないですけどね。
KJ:日本酒の世界の入口として、カテゴリーを超えるものが必要だと思ってのことだっていうのはわかるんですよ。私もフルーティなお酒を飲んだのが日本酒に興味を持つきっかけになりましたし。
Mei:フルーツをインフューズしたようなお酒も、もちろんあってもいいと思うんです。いくつかの酒蔵が、そういうユニークなお酒を作るのはいいことだと思います。でも、日本酒業界全体がそういう方向に行ってほしくないな、と。
KJ:私が日本酒を好きになる前、初めて買ったのは新潟の酒蔵の純米大吟醸で、1本100ドル近くしたんです。でもそのころはまだ日本酒に対する味覚が磨かれていなかったので、「味がしないのに、なんでこんな値段がするのか理解できない」って思っちゃったんですよね。でも、いろいろなものを試していくうちに、日本酒ならではの繊細な味を感じられるようになったんです。伝統的なスタイルの日本酒から入ってもらうのは、確かに難しいことなのかもしれません。
Mei:私は昔ながらの日本酒が好きなので、もし業界全体が一つの方向に向かって、そういうスタイルが完全に切り捨てられるようなことはあってほしくないですね。多様性があってこそ、新しい味わいが生まれていいのだと思います。
まとめ
量的にも金額的にも年々伸長している日本酒の海外輸出。介する人が多ければ多いほどオフフレーバーが発生するリスクも高まりますが、現場のプレイヤーの意見からは、オフフレーバーを防ぐだけに限らない対応の可能性も見えてきます。
ただ、筆者からひとつ付け加えておきたいのは、劣化したお酒を海外に売り付けたり、製造年月などの情報を隠して欺いたりするのは決してあってはならないということです。現場の人間が正しい知識を持ち、輸出側が誠実に向き合ったうえでの、両者のコミュニケーションありきでの判断だということは踏まえておきたいものです。
文化や思想などの前提が大きく異なる海外市場は、日本の常識やルールが通用せず、コントロールしきれない部分も多々あります。目を逸らされがちなこの課題について、どう向き合っていくのか。海外輸出がますます増えていくこれから、その責任を他者に押し付けてしまうのではなく、一人ひとりのプレイヤーが考えていくことが重要です。
これまで4つのテーマに基づいてお伝えしてきた「あたらしいオフフレーバーのはなし」。企画当初はもっと科学的な内容になることを想定していましたが、いろいろな方にお話を聞きながら、言語・歴史・哲学といった多様なトピックにも通じる課題であることがわかりました。
100年後には、どんな日本酒の味わいが愛されているのでしょうか。そこには、私たちがまだ想像もし得ないお酒があるのかもしれません。
【連載:あたらしいオフフレーバーの話】
第1回 そもそも日本酒のオフフレーバーとは何なのか?これまでのオフフレーバーの話
第2回 日本酒のオフフレーバーはどう変化してきたのか 2つの酒蔵が語る過去と現在
第3回 ビール&ワインと日本酒のオフフレーバーの違いは?
第4回 前編 ペアリングにおける日本酒オフフレーバーの可能性
第4回 後編 海外で日本酒のオフフレーバーはどう捉えられているのか?
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