あたらしいオフフレーバーのはなし(4)-1 ペアリングにおける日本酒オフフレーバーの可能性

2023.01

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あたらしいオフフレーバーのはなし(4)-1 ペアリングにおける日本酒オフフレーバーの可能性

木村 咲貴  |  あたらしいオフフレーバーの話

日本酒の望ましくない香味とされてきた「オフフレーバー」。SAKE Streetの連載「あたらしいオフフレーバーの話」では、時代に応じて「個性」へと変化してきたオフフレーバーについて、さまざまな視点の解釈をお伝えしてきました。

第1弾では、清酒専門評価者である河瀬陽亮さんが、従来のオフフレーバーの定義を解説。第2弾では、兵庫県・剣菱酒造と福岡県・山の壽酒造に、オフフレーバーに対する造り手の取り組みをお話しいただき、第3弾では、ビールとワインのプロフェッショナルに、日本酒におけるオフフレーバーとの相違点を教えてもらいました。

第4弾の今回は、「これからのオフフレーバーの話をしよう」というテーマで、未来に向けたオフフレーバーの可能性を探っていきます。前編では、東京・恵比寿「MAEN Sake Pairing Restaurant(ミーン・サケ・ペアリング・レストラン)」の御子柴悟(みこしば・さとる)さんと、大塚「地酒屋こだま」の児玉武也(こだま・たけや)さんに、ペアリングにおけるオフフレーバーの役割についてお話してもらいました。

※メイン画像は画像生成AI・Stable Diffusionで作成し、一部手動で編集

すべてのオフフレーバーはペアリングに使える

──2021年、御子柴さんはシェフの井戸雄太さんとともにフレンチと日本酒のペアリングを専門とする「MAEN Sake Pairing Restaurant」をオープンしました。 井戸さんが作った料理に合わせるお酒を提案するのが御子柴さんの役割ですが、日本酒のオフフレーバーと呼ばれるものの中で、料理と合わせやすいものはあるのでしょうか。

御子柴:極論を言ってしまうと、どんなオフフレーバーもペアリングに使えます。ただ、使える幅が狭いか、広いかはありますね。例えば日光臭(獣のようなにおい)やカプロン酸(雑巾のようなにおい)などは使いづらい。でも、クセのある料理だと合うことも多いんですよ。

オフフレーバーの中でもペアリングに使いやすいのは、ナッツ香やバニラっぽい香り。僕は料理に「何を足したらいいか」を考えてお酒を提案するんですが、これらの香りはキーになりやすいです。

──そうお聞きすると、いろいろな味わいのお酒があればあるほど、ペアリングの可能性は広がりそうですね。反対に、「淡麗辛口」と呼ばれる日本酒や、全国新酒鑑評会で金賞を受賞するような大吟醸酒というのは料理に合わせられるものなのでしょうか?

御子柴:大雑把に言うと、和食に合わせやすいです。僕は以前のお店では和食のペアリングを専門としていたんですが、和と洋のペアリングってまったく逆方向なんですよね。和食は、基本的に素材を生かす調理法が多いので、新たな味わいを加えると崩れてしまうことが多い。さらりとした辛口のほうが、料理の素材が引き立ちやすいんですよね。

児玉:僕も、評価軸が同じです。よく「水を合わせる感覚に近いペアリング」というんですけど、淡麗辛口や大吟醸は料理を流す、または寄り添うお酒。どちらかというと料理の味を邪魔しない、消極的なペアリングという意味で「水」と言っています。

──児玉さんは、東京・大塚で「地酒屋こだま」という酒販店を営んでいますが、手軽なペアリングをテーマにしたイベントや、「ちょこだま酒の会」、各酒蔵をゲストに呼んだ飲食店での会も多数開催しています。

児玉:和食のペアリングは、ツルンとしたガラスの球体に合わせるようなイメージ。洋食は、ギザギザなんですよ。そのギザギザに、突出した甘味や酸味がうまく引っかかってペアリングとして機能していくんです。例えば、お刺身なら淡麗辛口のお酒でもいいけど、カルパッチョだと酸を立たる必要があるんですよね。

御子柴:児玉さんのおっしゃるとおり、味のバランスを洋食に合わせようとすると、甘味や酸味があるものや、香りの強いもののほうが相性がいいです。逆に、洋食に辛口酒を合わせると、味のトーンが違いすぎて、びっくりするぐらいアルコール感が浮いちゃうときがあるんですよね。

酸味の強い日本酒が増えてきた理由

──最近は酸味の強いお酒も増えてきていますが、かつて日本酒にとって酸味はオフフレーバーのひとつでした。実際、全国新酒鑑評会などでは、いまだに減点対象となります。この変化はなぜ起きたのでしょうか?

児玉:よく言われるのは、食文化の多様化ですよね。いま、夕食におひたしや焼き魚などの和食しか並ばない家庭もそうないでしょう。もうひとつ、日本酒業界の歴史的な観点から言うと、酸はおそらく腐造のマーカーだったんですよ。

要は、造りの中で酸の値が上がってくると「これはやばいぞ」という判断基準になっていた。でも、酸にも健全な酸とそうではない酸というのがあって、だんだん「健全な酸であればおもしろいよね」という価値観に変わっていったんだと思います。

御子柴:洋食と合わせる場合は、酸味のあるお酒の方が相性がいいことが多いですよね。最近、「ワインっぽい日本酒」って増えてきているじゃないですか。日本酒に詳しくないお客さまがそういうお酒を美味しそうに飲んでくれるのを見ると、心地よい酸を飲みたがっている人が増えてきているのかなと思います。若い人たちは、「日本酒に酸があるのはいけない」なんてことを知らないですし。

児玉:若い造り手も、ワインやクラフトビールを飲んで、新しい発想をするようになっているから、酸を出すことに抵抗がないんですよね。年配の杜氏や頭がいるところでは、「酸なんか絶対に出しちゃダメだ」と言われることもまだまだあるみたいですけど。

御子柴:最近は低アルコールのような日本酒が増えてきていますけど、こういう飲みやすい日本酒には酸って不可欠なんじゃないかなと

児玉:低アルコールの場合、酸がないと味わいのバランスが取れないんですよね。甘味も必要だし、辛口の低アルで美味しいものってまだほとんどないんじゃないんでしょうか。

オフフレーバーとは蔵の個性である

児玉:とはいえ、不健全な酸が出てしまっても平気で販売している酒蔵もあるのは考えものですね。あとは逆に、オフフレーバーを消すことに終始してしまっている蔵もあります。5年ほど前がピークだったんですけど、一時期あちこちでプラズマクラスターとか紫外線なんとかとか、オフフレーバーを防ぐ設備を入れる蔵が増えていて、全国の日本酒が同じ味になっていってしまうのでは、と怖くも感じました。

大袈裟かもしれないけど、僕はオフフレーバーこそが実は蔵の個性だと思っています。技術は日々進歩するから、造り手はどんどんお酒をキレイにしたくなって、昔ながらの田舎っぽいお酒はなくなっていく。でも、地酒の生き残る道って、個性じゃないですか

御子柴:とは言っても、一般的なお客さんに、昔ながらのお酒からいま流行りのお酒まで10種類くらいのお酒をブラインドで飲んでもらったら、やっぱり大半はいま流行りのお酒を手に取ると思うんですよね。酒蔵さんが「どうやったら売れるだろう」と検討した結果、昔ながらのお酒が選ばれなくなりつつあるから、結果的にどんどん同じような味わいのお酒を造る方向に行ってしまう

──日本酒に詳しい人が「個性を追究してほしい」と思っても、マスがキレイなお酒を求めるのであれば、酒蔵さんが流行の味わいを造るのはやむをえないと。

御子柴:僕も、個性は消してほしくないんですよ。だけど、売れないのであれば、売れる方法を模索しなきゃいけない。そのために、造り手である酒蔵と、売り手である酒販店と、僕たちのようなサービス業の三者がどう日本酒の価値を高めていくのかがすごく大事だと思うんです。

造り手自身がお酒のブランディングをするのももちろん必要なんですが、例えば児玉さんのように、酒屋さんが「こういう料理と合わせたら美味しいですよ」というアテンドをしてあげることは、蔵の個性を残すことにつながってくるはずなんですよね。要するに、売り手やサービス側がそういうことをしないから、飲みやすいものばかりに偏っていってしまうんじゃないかと。

──酒販店や飲食店の役割は、酒蔵から仕入れたお酒をそのまま提供するだけではないんですね。そういえば、児玉さんはご自身のお店でお酒を熟成させていますし、御子柴さんもお茶や果実、出汁などを合わせてお酒を提供しています。

児玉:うちでは「こだまチューニング」と名付けて、生酒を通常より寝かせたり、場合によっては常温で寝かせたりして個性を引き出しています。いま話してて思ったんですけど、あれ、オフフレーバーを作ってるんですよね。常温で管理することによって出るお酒の厚みやおもしろさというのがあって、「このお酒、こういう味が出たらもっといいのにな」と思ったものをチューニングする。もちろん、蔵は選んでいますよ。「そんなことされたくない」という酒蔵さんの気持ちは尊重します。

御子柴:変化を加えるにしても、そのお酒じゃなきゃいけない理由っていうのは絶対にある。だから、リスペクトがあってこそなんですよ。変化を加えるからには、マズくできませんし。カクテルなんかもそうですけど、日本酒単体ではなくて、手を加えることで初めて「美味しい」と思ってくれる人もいる。出会いの可能性を広げるものだと思っています。

児玉:アルコールだったらなんでもいいからと、ジュースで雑に割るような飲み方とは違いますよね。どれだけ気持ちを込めてやっているかというのが大切だと思います。

ペアリングは個性のある日本酒を輝かせる

──よく、オフフレーバーのあるお酒は、「お酒だけで飲むと美味しくないけど料理に合わせると美味しくなる」とか、「料理に足りないものを補完する」という使われ方をしますよね。

一方、「MAEN Sake Pairing Restaurant」は、お料理単体でも、お酒単体でも十分美味しくて、合わせるとさらに美味しくなるとのが独特だと感じています。オフフレーバーがあるお酒でも単体で十分美味しいのは、御子柴さんの燗や調味のスキルがあるからだと思いますが……。

御子柴:料理にある味わいからひとつの要素を抜いて、その味わいにお酒をあてる“空白を作る”というペアリングについて、僕もシェフの井戸も「なんで抜くの?」って思っちゃうんですよね。料理で完結できるのに、あえて不完全なものにして出すってナンセンスだなと。ただ抜いた要素をお酒として加えるのは、僕たちにとっては何も考えてないのと同じなんです。

まず、井戸がちゃんと美味しい料理を作ってくれる。それから、料理としてのこだわりや、引き立てたい味わいを聞いて、合わせるお酒を考えるのが僕の仕事。めちゃくちゃ難しくて、お客さまに出すギリギリまで考えることもあります。でも、僕たちが努力して作り上げたものをお客さまが美味しいと思ってくれるのがいちばんです。

──お二人とも、お客さまと接していて、オフフレーバーに対するとらえ方が変わってきたと感じることはありますか?

御子柴:たぶん、うちのお客さんで、「オフフレーバーってどんな香りかわかりますか?」って聞いても、9割方は知らないんじゃないでしょうか。

児玉:うちもそうです。オフフレーバーって言ってるのは、たぶん業界の中だけなんですよね。意識するとおもしろくなるものですから、こうして考える意義はあると思いますけど。

御子柴:食を楽しむ人のほぼ大半は、ペアリングや日本酒に精通しているわけじゃなくて、「おもしろいお酒」とか「料理にすごく合う」という体験を喜んでくれているんですよね。ペアリングって本当に際限がなくて、「このお酒は絶対に使えない」なんてものはないんです。僕は、どんなものでも必ず何かに合うのが日本酒というお酒だととらえています。

まとめ

消費者と接する現場である飲食店と酒販店にとって、最も優先されるのはお客さまに「美味しい」と言ってもらえること。そこにはオフフレーバーという境界はないのかもしれません。日本酒の多様性を尊重し、それぞれのお酒の個性を輝かせるためには、ペアリングなどによってその魅力を引き出す接客・販売の役割が不可欠なのです。

後編はいよいよ、「あたらしいオフフレーバーのはなし」最終回。今後ますます加速するグローバル展開を前提として、日本酒のオフフレーバーと海外輸出の関係をひも解きます。

【連載:あたらしいオフフレーバーの話】
第1回 そもそも日本酒のオフフレーバーとは何なのか?これまでのオフフレーバーの話

第2回 日本酒のオフフレーバーはどう変化してきたのか 2つの酒蔵が語る過去と現在

第3回 ビール&ワインと日本酒のオフフレーバーの違いは?

第4回後編 海外で日本酒のオフフレーバーはどう捉えられているのか?

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