2022.10
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そもそも日本酒のオフフレーバーとは何なのか? - あたらしいオフフレーバーの話(1) これまでのオフフレーバーの話
オフフレーバーとは、本来その食品・飲料が持つべき風味とは異なるにおい・味のこと。日本酒でも、その品質を評価する鑑評会や研究機関において、さまざまなオフフレーバーが定義されてきました。
ところが、最近は味わいや価値観の多様化により、従来オフフレーバーとされてきた香味を個性としてとらえる傾向が生まれてきています。SAKE Streetでは、全4回の連載を通じて、これまでのオフフレーバーを整理しながら、それが現在から未来へ向かってどのように変化していくかを考察します。
第1回は、従来のオフフレーバーの定義について、「SAKE HUNDRED」で知られる株式会社Clearの商品開発担当であり、清酒専門評価者にも認定されている河瀬陽亮さんに教えていただきました。
※メイン画像は画像生成AI・Stable Diffusionで作成
日本酒の主なオフフレーバーとその要因
河瀬さんによると、日本酒のオフフレーバーには
- 保存環境(貯蔵・流通の過程)によって発生するもの
- 製造工程が原因で発生するもの
があるといいます。
保存環境によって生まれるにおい
漬物のようなにおい「老ね香」
【主な原因物質:ジメチルトリスルフィド(DMTS)】
老ね香は、貯蔵・流通時の温度変化や時間の経過によって生まれる代表的なオフフレーバー。製造工程が要因となるケースもありますが、一般的に、温度が高く、経過時間が長くなるほど発生しやすくなります。
「DMTSの発生原因はまだ完全に解明されてはいませんが、いくつか関係する要因が分かってきています。たとえばもろみの発酵中に死んでしまった酵母が多いことや、搾り後の酸化、そして貯蔵中の化学変化といったものです。
それぞれの要因に対して、『追い水(※)』によってアルコール度数の上昇を抑えることで酵母の死滅を防いだり、空気との接触をなるべく防げるように搾ったり、保管時は低温で貯蔵するといった対策でDMTSの発生を抑えることができます。また、いわゆる『炭ろ過(活性炭ろ過)』でDMTSを取り除くことも可能です」
(※)仕込みのあと、発酵中に水を加える操作のこと。詳しくは以下の記事で解説しています。
https://sakestreet.com/ja/media/learn-dilution-in-brewing-sake
ナッツのようなにおい「生老ね香」
【主な原因物質:イソバレルアルデヒド】
火入れ(加熱殺菌処理)をしていない生酒を長期にわたり保管すると発生。その濃厚な風味を、「生熟(なまじゅく)」と呼んで愛好する人も少なくありません。
「原因物質のイソバレルアルデヒドは、イソアミルアルコールという物質が酵素的な酸化をすることで生まれます。上槽後に低温貯酒またはすぐに火入れしたりしたお酒や、超精密なフィルターで酵素を取り除いたお酒など、酵素が働かない環境では発生しにくくなります。酢酸イソアミルを多く生成する酵母(きょうかい1601号酵母など)を使ったお酒に発生しやすいという課題があり、これを受けてきょうかい1801号酵母が開発されました」
獣のようなにおい「日光臭」
【主な原因物質:メルカプタン】
日本酒を日光に晒すことで、紫外線などと反応して生まれるにおい。
「冷暗所や冷蔵庫での保存が認知されてきた近年は減少傾向にありますが、専門知識の少ないお店や海外市場ではいまだに酒造メーカーを悩ませるオフフレーバー。茶瓶や緑瓶、黒瓶など、色付きの瓶によって日光の影響を受けにくくする方法があります」
製造工程が原因で生まれるにおい
燻製のようなにおい
【主な原因物質:4VG】
麹の汚染が原因で生まれるにおい。
「清酒酵母には4VGを作る遺伝子はなく、麹作りなどの過程でほかの微生物が混入してしまうことで発生します。ワインやビールでは必ずしもオフフレーバーとは見なされず、4VGをアピールする商品も発売されているほどです」
青臭く刺激的なにおい
【主な原因物質:アセトアルデヒド】
酵母が糖をアルコールに変える働きの途中で生成される成分です。その香りは「お歯黒臭」「木香様臭」とも呼ばれてきました。
「もろみに醸造アルコールを添加するとき、まだ酵母の発酵が旺盛だとアセトアルデヒドが増加します。アルコールの添加により、酵母の働き方が変わることが原因と推定されています。そのため、アルコール添加を行わない純米酒では発生しにくいです」
ヨーグルトのようなにおい
【主な原因物質:ジアセチル】
もろみ中の酵母の増殖が遅れたり、乳酸菌などの細菌が繁殖したりすることで発生。「つわり香」と呼ばれてきたにおいで、火落菌という細菌によって生まれる香りは特に「火落臭」と言われます。
「ヨーグルトやバターのような乳製品系のにおいで、上槽のタイミングが早すぎる(=酵母が生成したα-アセト乳酸が大量に残っている)と出てしまう。製造工程で発生してしまったら、酵母を加えて酵母にジアセチルを食べさせるといった解消法もあります」
雑巾のようなにおい
【主な原因物質:カプロン酸】
吟醸香を構成するカプロン酸エチルの前駆体。カプロン酸エチルを多く生み出す酵母(1801号酵母など)で作ったお酒にしばしば見られます。
「カプロン酸エチルは、カプロン酸がエタノールと結びつくことで生まれる華やかな香り。しかし、できあがったお酒の製成工程が原因でカプロン酸エチルが揮発してしまうことがあります。こうした原因で、お酒の中のカプロン酸が相対的に多くなるとオフフレーバーとして感じられるようになります」
セメダインのようなにおい
【主な原因物質:酢酸エチル】
「セメダイン臭」と呼ばれる、おもちゃの「ポリバルーン」のにおい。熟れたバナナやメロンなどにも含まれている香りで、バランスによっては果実香のように感じられます。
「酢酸エチルは酢酸とエタノールが結びつくことで生まれる物質。もろみの温度が低すぎるなどで、そのほかの香気成分とのバランスが崩れると目立ちやすくなるにおいです。酒母やもろみに混入した産膜酵母が原因の場合もあります」
栄養ドリンクのようなにおい「ぬか臭」
【主な原因物質:チアミンの分解物や脂肪酸の分解物】
糠のようなにおいと言われますが、香りの強度が弱い場合は、栄養ドリンクを連想させる、若干の渋味と旨味が感じられる香りとして感知されます。
「経験値的に、荒走りや中取りに比べ『責め』(上槽時に加圧されて出てくるお酒)で感じやすい傾向があります、これは責め部分のお酒がもろみの成分をより多く含んでいるからだと推測します」
温泉のようなにおい「硫化臭」
【主な原因物質:硫化水素】
硫黄のようなにおいは、ビールやワインなどほかの酒類でもオフフレーバーと捉えられやすいお酒の大敵。
「酵母の代謝のひとつなので、酒母やもろみの初期・中期の段階でこのにおいがするのはむしろよいことだとされています。通常、上槽の段階では消えているので、市販商品に出ることはほとんどありません」
製造環境によって付着するにおい「環境臭」
酒造りに使われる資材などのにおいがお酒に移ってしまうケースも。樹脂(プラスチック)臭、カビ臭、ゴム臭などがあります。
「新しい搾り袋を使って上槽するときや、新しいホースを使って酒を移動させたときに、袋香やプラスチック臭がついたり、木製パレット(酒瓶を入れたP箱などのケースをまとめて載せる台)の近くで殺菌剤を撒いたせいでカビのようなにおいがついたりと、原因はさまざまです」
オフフレーバーと「個性」の境目
これらの香りはなぜ、オフフレーバーとみなされるのでしょうか。生理的に不快であるケースはもちろんありますが、その背景には「時代の変化もある」と河瀬さん。全国新酒鑑評会などで判断基準が生まれ、「オフフレーバーが少ない=よいお酒」という引き算の評価がなされるようになったことも影響しているのではないかといいます。
「原因となる成分が含まれていれば必ずオフフレーバーが感じられるというわけでもなく、人間が感じられる程度の量・強度があるかということがポイントです。これまでに挙げた成分も、かすかに存在するだけであれば、味の深み・厚みにつながることもあるんですよ」
例えば雑巾のようなにおいのもととなるカプロン酸は、カプロン酸エチルなどほかの香気成分とのバランスによっては感じにくくなります。
「オフフレーバーと見なされる成分を閾値(人が感じられるレベル)以下に抑えるのが、造り手の腕の見せどころ。最終的なバランスを決めるのは、成分量ではなく人間の官能評価であり、いかにバランスのよい味わいを作り出せるかということが大切です」
また、こうした成分の多いお酒でも、好みと味わいの多様化によって、飲み手によっては「個性」と評価されることもあります。
「上記に挙げた中でも、酢酸エチルは白ぶどうのような香りにつながることも多く、個性ととらえられやすい成分です。ジアセチルもヨーグルトのような香りと評価されることもありますし、生老ね香などはあえて好んで生酒を熟成させる人もいるくらいですよね。
一方で、4VGが生み出す燻製臭や、環境臭によるケミカルなにおいは、日本酒においては不快に感じる人が多数派。硫化臭は、ワインやビールなどどのお酒でもなかなか受け入れられにくい香りです」
まとめ:オフフレーバーは時代によって変化する?
現代では、品質保持の基準を目的に劣化臭としてとらえているこれらのにおいですが、河瀬さん曰く、いま「リンゴのような香り」として愛されているカプロン酸エチルも「いつかオフフレーバーと言われる時代は来るかもしれない」ということ。
鑑評会では減点されるお酒でも、個々の食卓によっては「料理に合う」「私はこのほうが好き」という転換が起こり得るものです。時代によって徐々に変わっていく可能性を持つオフフレーバーについて、これからの連載でじっくり探究していきましょう。
第2弾では、オフフレーバーを味わいに取り入れている二つの酒蔵にインタビューし、その考えについてうかがいます。
プロフィール
河瀬 陽亮(かわせ・ようすけ)
東京農業大学醸造科学科卒業。月桂冠株式会社に技術者として入社後、2015年からカリフォルニア州にある米国月桂冠株式会社で醸造責任者兼製造部長として出向。2021年6月より株式会社Clearへ入社し、「SAKE HUNDRED」商品開発リーダーとして品質向上や新商品開発に取り組む。25歳のときに清酒専門評価者に認定。
【連載:あたらしいオフフレーバーの話】
第1回 そもそも日本酒のオフフレーバーとは何なのか?これまでのオフフレーバーの話
第2回 日本酒のオフフレーバーはどう変化してきたのか 2つの酒蔵が語る過去と現在
第3回 ビール&ワインと日本酒のオフフレーバーの違いは?
第4回 前編 ペアリングにおける日本酒オフフレーバーの可能性
第4回 後編 海外で日本酒のオフフレーバーはどう捉えられているのか?
参考文献
独立行政法人酒類総合研究所
https://www.nrib.go.jp/data/pdf/seikoumisan.pdf
灘酒研究会
http://www.nada-ken.com/index.html
清酒の老香成分に及ぼすバナジウムの影響
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan/107/6/107_443/_article/-char/ja/
きょうかい酵母清酒用1801号―新規優良清酒酵母の育種・開発の経緯―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/101/12/101_12_910/_pdf/-char/en
お酒造りの小さな主役 -清酒酵母の話-Part 3 清酒酵母のアルコール発酵(その1)
https://www.jozo.or.jp/yeast/wp-content/uploads/sites/2/2020/01/Koubo-hanasi-Part-3.pdf
ビタミン臭って何? Analyze j Net
https://analyzejnet.com/column/column_17.htm
清酒のカビ臭の分析と防止法
https://www.nrib.go.jp/data/kouen/pdf/48kou04.pdf
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