日本酒のオフフレーバーはどう変化してきたのか - あたらしいオフフレーバーのはなし(2) 2つの酒蔵が語る過去と現在

2022.11

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日本酒のオフフレーバーはどう変化してきたのか - あたらしいオフフレーバーのはなし(2) 2つの酒蔵が語る過去と現在

木村 咲貴  |  あたらしいオフフレーバーの話

価値観の多様化により、これまで日本酒でオフフレーバーとされてきた香味を個性としてとらえる傾向が生まれてきています。

連載「あたらしいオフフレーバーの話」第1弾では、株式会社Clearの商品開発担当であり、清酒専門評価者である河瀬陽亮さんに、従来のオフフレーバーの定義について教えていただきました。

第2弾では、造り手である酒蔵のオフフレーバーへの取り組みについてインタビュー。「老ね香」を取り込む味わいの設計をおこなう兵庫県・剣菱酒造と、これまでの日本酒になかった味わいにチャレンジする福岡県・山の壽酒造の2軒にお話を聞きました。

※メイン画像は画像生成AI・Stable Diffusionで作成

剣菱酒造:老ね香を前提とした酒造り

ポイントは「酸とアミノ酸を多く出す」こと

熟成酒を専門とする剣菱酒造では、熟成の工程で発生する「老ね香」を見越した酒造りをおこなっています。同酒造の白樫政孝社長が、まず、熟成によって起こる化学変化について説明してくれました。

「老ねというのは、メイラード反応、ストレッカー分解、エステル結合、バニリンの発生、DMTSの発生という5つの反応が原因で起こるものと考えています。

メイラード反応は、熱とアミノ酸と糖の反応で、色が変化し、カラメルやチョコレートのようなコクと旨味が生まれます。ストレッカー分解は、メイラード反応の副反応として起こるもので、ナッツやほうじ茶を思わせる香ばしい香りが発生します。エステル結合は、熱にかかわらず酸の状態が変化することで、 はちみつのような香りが生まれます。バニリンはバニラのような香り。そして、DMTSが硫黄や漬物のような香りで、嫌われ者なんですよね」

「剣菱」の味わいを作るには、熱によって起こるメイラード反応とストレッカー反応と、低温でも発生するエステル結合、バニリン、DMTSとをそれぞれ分けて考えることがポイントとのこと。

「他社の熟成酒で、マイナス5度で長期熟成させた日本酒を飲むと、強いハチミツのような香りがするものが多いことがわかります。あれは、温度が低く、時間が経ってもメイラード反応とストレッカー分解が起こらないためにできる味わいです。でも、DMTSは発生してしまう。

弊社では、熱によるメイラード反応を重視しています。DMTSは、微量に感じられる程度であれば、カレーのようなスパイシーなニュアンスになります。メイラード反応によるカラメル系の香りを加えることで、DMTSの香りのバランスを取ればいいんです」

理想的な熟成を進めるために剣菱がおこなっているのが、酸とアミノ酸を多く出す酒造り。山廃の酒母で発酵を旺盛に進めることで酸を多く出し、強い麹によってお米をとことん糖化、強い酵母でそれを食い切らせるというやり方です。これによって、エステル結合とメイラード反応が起こりやすくなります。

「ただ、酸とアミノ酸が多い酒は、新酒の時点ではとてもじゃないけれど飲みづらい。なので、灘の新酒鑑評会では最下位を取ることを毎年の目標にしています(笑)」

熟成によって変化することを前提に、時間とともにどうまとまっていくかを予測しながら味わいや香りを構成する。なお、こうした香りのバランス調整には、剣菱造りの重要な工程である調合(ブレンド)も大きな役割を果たしています。

江戸時代から現在まで、オフフレーバーの変遷

1505年に創業し、江戸時代から変わらない酒造りをおこなう剣菱酒造ですが、「老ね香」などのオフフレーバーという概念はそのころからあったのでしょうか。

当時は熟成酒のほうが高級品で、弊社にも『古酒に新酒を混ぜるな』というクレームがあった記録が残っているほどです。なので、老ねによる香りも今のように悪く言われることはなかったはず。過去の文献でも、細かく香りを分析している文献は見かけたことがありません。当時はまだ技術が発達していなかったので、酒造りも失敗するときは極端で、添加する焼酎のせいで臭みが強くなったとか、雑菌が入って酸っぱくなったとか、そういうレベルだったのではないでしょうか」

樽酒による木の香りが、老ね香をカバーするためのものだったのではないかという仮説についても、「樽が使われるようになったのは、安価で大きく作れるため、船での大量輸送に向いているから。醤油や味噌も樽で運んでいましたし、酒の味わいのためだけに樽を使ったとは思えません」。

そんな剣菱酒造から見ても、近年、日本酒業界におけるオフフレーバーへの考え方が変わってきているのを感じると白樫さん。1878(明治11)年に「造石税」が導入されたのをきっかけに、熟成酒よりも新酒が主流となって久しいですが、ここ10年ほどは酒質の多様化により、熟成への理解も深まってきていると顔を綻ばせます。

「利酒をおこなう技師は、酒に含まれる一つひとつの香りがなぜ生まれたかを明確に判断するのが仕事なので、欠点を見つけるような表現をする必要がありました。しかし、香りの要因を判断することはできるけれど、売れるか売れないか、お客さんが好むか好まないかを判断することはできない。最近はそういう考え方が増えて、あまり辛辣な表現をしなくなってきていると感じます」

白樫さん曰く、技術者のあいだでもそうした変化が起きているのは、「酒が腐らなくなったから」

「昔は腐造したら酒税が徴収できなくなるので、腐らせないようにと指導が入っていたわけですが、今は火入れ技術も上がり、衛生面もかつてとは雲泥の差です。全体のレベルが上がったから、そこまでの指導をする必要がなくなった。腐造でなければ、あとはお客さんの好みなんですよね」

山の壽酒造:既成概念にとらわれず、個性ある味わいに挑戦

日本酒の新しい香り「4mmp」

福岡県・山の壽酒造では、従来の日本酒にはなかった新しい味わいや製法に挑戦する「チャレンジタンク」という取り組みをおこない、完成したお酒を「ヤマノコトブキ フリークス」シリーズとして販売しています。

中でも、注目を集めたのが「4mmp」という香り成分を含む「フリークス2」。同酒造の片山郁代社長は、開発の経緯をこう語ります。

「論文を読んでいるときに、柑橘系の香りとして4mmpという成分があることを知って、『そういえば、柑橘系の香りのある日本酒って聞いたことないな』と思ったんです。

日本酒の酒蔵の多くは、カプロン酸エチルなど、定番の香りを出そうとするところが多く、あまり冒険をしたがらない。つまり、日本酒を飲む層を広げる香り成分なんじゃないかと思って、造ってみることにしました」

ところが、実際に出来上がったお酒を飲んでみたところ、一部の蔵人の顔がこわばります。

『社長、これはオフフレーバーですよ』って言われたんです。醸造協会の香りの検査キットに4mmpのサンプルはなかったので、それがなんの香りか断定することはできなかったんですが、鑑評会などでは絶対に外される香りだとわかりました。長く業界にいらっしゃる関係者の方にテイスティングしてもらったところ、やはり『オフフレーバーだね』と言われました」

4mmpは、含有量が多いと硫黄のような香りに感じられてしまうことから、日本酒に含むことを良しとされてきませんでした。しかし、そのお酒を飲食店に持ち込んで仲間内で飲んでみたところ、驚くほどに杯が進んだのだとか。

「今までの日本酒とは全然違うものだから、嫌がる人はいてあたりまえ。でも、10人いたら5、6人が好きと言ってくれるかもしれないと考え、リリースすることにしました。もちろん、私たちも自分たちが美味しくないと思うものは出しません。でも、好き嫌いが分かれるお酒はあってもいいと思ったんです」

同年に、奈良県の倉本酒造も4mmpを特徴とする商品を発売。インフルエンサーによる発信などで一躍話題となり、各地の酒蔵で4mmpを取り入れた日本酒が造られるようになりました。

「多くの酒蔵で造られるようになったのは、業界の方々が、この香りに何かしらの可能性を感じたからだと思うんですよね。みんなが変だと思うなら、絶対にここまで造られない。鑑評会では難しいかもしれませんが、ワイン、ビール業界や、飲食店による品評会などでは評価されうるのではないでしょうか」

片山さんの言うとおり、フランスのソムリエたちが審査するによる日本酒コンクール「Kura Master」に「フリークス2」を出品したところ、2021年、初出場にもかかわらず、最高賞のプラチナ賞を受賞しました。

唯一無二の個性が、市場を拡げる

「ヤマノコトブキ フリークス」シリーズを始めたのは、2017年に片山さんが8代目蔵元に就任し、新体制で取り組んだ3期目の造りである2020年の全国新酒鑑評会で金賞を受賞したことがきっかけでした。

茶道や書道には「真(しん)・行(ぎょう)・草(そう)」という考え方があります。真は、正統派とされる考え方。行や草は、そこから生まれる新しい価値観。日本酒の「真」である全国新酒鑑評会で認められたことで、業界外に評価をしてもらう行・草にチャレンジする資格を得たと判断したのです。

「国内のアルコール市場でも、日本酒のシェアは5%程度。それを、1000以上もの酒蔵が奪い合っている状況です。5%というパイを広げて行くためには、今まで日本酒を飲んでくれていた人たちとは違う層にアプローチしていかなければなりません。みんなが右を向いているときに左を向くきっかけがあるなら、私はそちらを向きたいと思うんですよ」

意図的にオフフレーバーを取り入れていくようなつもりはないが、新しい味わいを作り出す中で、従来の価値観から見れば「オフフレーバーだ」と言われる商品を作る可能性はこれからもあるかもしれないと話す片山さん。

「『フリークス』シリーズは好評で、周囲から『フリークスシリーズで、こんな味わいを造ってみたら?』と提案されることも多いんです。でも、他社がすでにやっているようなアイデアはやりたいと思わない。原料やアイデアなど、いろいろなものを外部から持ってこられる時代だからこそ、自分たちにしかないもの、外には持っていけないものを財産にしていく必要があるんです。

ただ『美味しい』と感じるところから、この国の文化を掘り下げたくなるような要素が日本酒にはある。ひと口で『山の壽だ』とわかるのはどんな味わいか。日本酒を通じて、私たちはどんな文化を築いて行けるのか。メーカーだからこそ楽しめるやり方があると思っています」

まとめ

オフフレーバーという概念が誕生する前から変わらない酒造りをおこなう剣菱酒造と、これまでオフフレーバーと見なされた味わいの新解釈に挑戦する山の壽酒造。2軒の造り手の姿勢から、オフフレーバーの定義が過去から未来へ変化する様子が見てとれます。

次回、第3弾では、ワインとビールのプロフェッショナルそれぞれに取材を敢行。日本酒以外の酒類でオフフレーバーがどのように見なされているのか、その共通点と違いを探ります。

【連載:あたらしいオフフレーパーの話】
第1回 そもそも日本酒のオフフレーバーとは何なのか?これまでのオフフレーバーの話

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