ビール&ワインと日本酒のオフフレーバーの違いは? - あたらしいオフフレーバーのはなし(3)

2022.12

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ビール&ワインと日本酒のオフフレーバーの違いは? - あたらしいオフフレーバーのはなし(3)

木村 咲貴  |  あたらしいオフフレーバーの話

価値観の多様化により、これまで日本酒で「オフフレーバー」とみなされてきた香味を個性としてとらえる傾向が生まれてきています。SAKE Streetの連載「あたらしいオフフレーバーの話」は、全4回にわたり、オフフレーバーの時代にともなう変化を追うシリーズです。

第1弾では、清酒専門評価者である河瀬陽亮さんに、従来のオフフレーバーの定義について教えていただきました。第2弾では、兵庫県・剣菱酒造と福岡県・山の壽酒造へのインタビューを通して、造り手視点でのオフフレーバーの変遷に迫りました。

第3弾では、同じ醸造酒であり、世界的な消費量の多いビールとワインについて、それぞれのプロフェッショナルにインタビュー。日本酒との違いや共通点を考察します。

ビール:地域ごとのスタイルや副原料が多彩

ビールを美味しくするオフフレーバーは存在する

「オフフレーバーとは、『あってはならない味や香り』と言われることが多いですが、私は『好ましくない香りや味』、または『本来あるべき特徴を阻害してしまう香りや味』くらいの表現がちょうどよいと思っています。オフフレーバーと呼ばれるものの中にも、ビールを美味しくするものは存在するからです」

そうお話ししてくれたのは、ビールに関する書籍の執筆・翻訳・監修や、国際的なコンテストの審査員を務める長谷川小二郎さん。共著・訳に『今飲むべき最高のクラフトビール100』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、訳書に『クラフトビールフォアザギークス ブリュードッグ流ビアギーク宣言!』(ガイアブックス)などがあります。

「ビールの代表的なオフフレーバーの一つにDMS(硫化ジメチル)がありますが、香りがクリームコーンや煮込んだキャベツに喩えられます。そもそも、クリームコーンや煮込んだキャベツって、美味しそうですよね。

DMSは、元となる物質が麦芽に含まれているため、ビールにとっては宿命のような成分です。茶や黒のビールでは、濃色の麦芽をつくるために熱する過程で元の物質がなくなるうえ、こうばしい香りで隠すことができます。しかし、ピルスナーなどの淡色ビール、特にラガーでは目立つので、微量であれば許容されています。むしろ、DMSが少しもないと物足りなさを感じることもあるほどです。

そのほか、バターのような香りと言われるダイアセチル(ジアセチル)も美味しいですね。勉強会で、ダイアセチルの試薬を『アサヒ生ビール』(いわゆる『マルエフ』)に溶かしてテイスティングしたところ、参加者の多くが飲み干してしまったほどです」

ビールの代表的なオフフレーバー香りの印象
DMS(硫化ジメチル)クリームコーン、煮込んだキャベツの香り
ダイアセチルバターの香り
酸化臭(T-2-N)段ボールのようなにおい
日光臭(3-M-3-B-1-T)カメムシのようなにおい
イソヴァレリアン酸チーズのようなにおい

日本酒でオフフレーバーと見なされる燻製のような香りやナッツのような香りは、麦芽の香りと馴染みやすく、劣化臭としては捉えられにくいとのこと。

かたや、酸化臭(T-2-N、酸化による劣化臭)のように、なかなか許容されづらいオフフレーバーももちろん存在します。

「段ボールやコピー用紙のにおいと言われ、審査会などでは頻繁に遭遇します。これは、製造工程上、ビールが酸素にさらされるリスクが低くないことを示しています。小規模ブルワリーで、容器が瓶から缶に移行していっていることの影響もあるかもしれません。一般的に、瓶よりも缶のほうが口径が広く、酸素を追い出すのが難しいんです。反対に、缶は遮光性に優れているので、紫外線によって日光臭が発生するリスクは基本的にないと言えます」

味覚を広げ、好みを広げるのがビールの楽しみ方

ビールは世界中で造られており、国や地域によって多彩なスタイルがあります。

「そもそも外来文化で、日本で飲まれ始めて150年くらいなので、『このビールはこういうスタイルだから、好きな人は飲めばいいし、嫌だったら飲まなければいい』というスタンスでいいと思っています。極端な話、ビールの苦味って、『ビールは苦いから嫌い』という人にとってはオフフレーバーでしょう。嗅覚・味覚の研究では『食べ慣れたものこそ美味しく感じる』といわれますが、多くの人があの苦味を『美味しい』と思えるのは、ただ飲み慣れたからなんですよね。

例えば、ベルギービールのランビックは“馬小屋の香り”と喩えられて愛されている。そこに善悪はありません。嗅覚・味覚を広げて、嗜好も広げていくのがビールの楽しみ方だといえます」

長谷川さんも審査員を務めた日本地ビール協会(クラフトビアアソシエーション)主催「インターナショナル・ビアカップ」では、2022年から副原料に茶を取り入れた「緑茶ビール」と「その他のティービール」のカテゴリが設けられました。評価のポイントの一部に、前者では「カテキン由来のまろやかな渋味が、 ミディアムローからミディアムレベルで感じられること」、後者では「カテキン由来のまろやかな渋味があっても許される」とあります。

「国際的に、ほとんどのビールでは渋味はオフフレーバーと見なされます。ところが、緑茶ビールに関しては、渋味が認められるどころか、低くてはいけないとされている。原材料が自由で、地域の食材が使われることが多いビールにとって、原料本来の味わいはあって然るべきだということです」

オフフレーバーの定義よりも、意図して作り出したか、意図せず発生してしまったかが評価の分かれ目になると長谷川さん。「こんな原料・製法を採用しているから、こういう味・香りがする」と説明できること、再現性があることが重要なのです。

そんな長谷川さんがポリシーとしているのが、「なるべく悪い評価をしない」ということ。これは、世界的に有名な英国のウイスキーとビールのライターであるマイケル・ジャクソン(2007年没)のスタイルを踏襲しています。

「ヘイジーIPAというスタイルのビールは、大量のホップを漬け込む製法の影響で、『ホップバーン』というオフフレーバーがしばしば発生します。これは、私の感覚では、渋味が強すぎるために生まれる辛味で、辛い大根おろしに似ています。先日の審査会で、この辛味が強いビールがあって、迷った挙句、『冬に鍋と一緒に飲みたくなる』と表現しました。

マイケル・ジャクソンのスタンスは、言うなれば『北風と太陽』の太陽。褒めて伸ばすこともできるし、意図せず出ている味わいを過剰なまでに褒めることで、改善させることもできる。彼が、「バナナビール」と酷評されたとあるクラフトビールを『ベルギー風だ』と肯定的に評価したというエピソードが残っています。ブルワーは酷評されても改善しなかったのに、マイケルが過剰に褒めたことにより、聞く耳を持てたということでしょう。著名な醸造学者に教えを請いに行き、ビールの品質を改善させ、人気を得たんです。

さまざまなリソースが豊かな時代なら『美味しくないビールはすぐ捨てて、他を飲めばいい』でよかったかもしれませんが、これからは『限られたリソースと人員の中でどう改善していくか』という在り方が必要になります。そこで、味わいの評価に対するマイケルのようなスタンスはもっと必要になる。『取り戻せ、マイケル・ジャクソン魂』と思ってビールに向き合っています」

ワイン:ブドウの香りと調和を重んじる

成分の有無ではなく「どう感じられるか」が重要

ドイツで800年以上の歴史を持つワイン醸造所の醸造責任者を務め、醸造家の視点からの情報発信を行うウェブメディア「Nagi's Wineworld -醸造家の視ている世界-」を運営するNagiさんこと永澤真人さん。

Nagiさん曰く、ワインのオフフレーバーには、①調和を乱すもの②明らかに品質を下げるものの2パターンがあります。

「例えば、渋味は赤ワインに当然含まれる味わいですが、全体の味わいがライトなのに渋味だけが突出してしまうと、それは欠陥という扱いになります。一方で、ブショネ(コルクの汚染によるにおい)のように、明らかに品質を下げると見なされるオフフレーバーもあります。

また、成分自体が欠陥なのではなく、どれくらいの量が含まれているかが問題になります。アセトアルデヒドを例に挙げると、熟成の若いワインで強く感じられるのはNGだけれど、5年以上のワインなら熟成香として捉えられるなど、判断基準はフレキシブルです」

ワインの代表的なオフフレーバー香りの印象
硫化臭腐った卵のようなにおい
チオール系化合物(3MH、3MHA、4MMPなど)青臭いにおい
DMDSニンニクや玉ねぎのようなにおい
ブショネ(TCA)湿った段ボールのようなにおい
ペトロール香(TDN)ガソリンのようなにおい
アセトアルデヒド青い草、熟したリンゴ、ナッツの香り
ブレット(揮発性フェノール類)馬小屋のにおい
酢酸系セメダインのようなにおい

ワインの香りを考えるうえで重要なのが、原料のブドウそのものに香りがあるということ。出来上がった商品からブドウ本来の香りを感じられるか否かが、オフフレーバーの判断の分かれ目となります。

「ブドウには、さまざまな香りの要因になる物質が含まれており、微生物の働きが加わることで、一本のワインの中に1000種類もの香り成分が生まれます。単一の香りがどうかよりも、それぞれの香りがどんなふうに感じられるかということが重要なんです」

ヨーロッパの厳格なワイン法と、多様化する世界市場

そんなワインの世界でも、今、かつてオフフレーバーと見なされた香りが受け入れられる動きが生まれているといいます。

「ワインは複雑味を求めるとよく言われますが、これまで否定されてきた香味を複雑味の要素にするケースが多くなってきています。インターネットを見れば誰でも醸造学の知識に触れられますし、毎年いい設備が開発される現代は、極端に言えば誰でも高品質のワインを造れるという状況。みんなと同じものを造るのが気に食わず、個性を出すためにオフフレーバーに手を出す人は増えていますね」

とはいえ、ドイツやフランスでは、品質テストをクリアしないと上級のワインとして販売することはできないため、オフフレーバーを含むワインはテーブルワインとして扱われることになります。ところが、そうした安価なワインを、日本など外国のインポーターが見出すという流れがあるのだとか。

「新しい客層は、ワインに対する固定観念がないので、 個性がある方が高く売れるんです。『こんなにリーズナブルで、こんなにわかりやすいワインはいいね』と評価されるわけですね。

実はドイツは、ナチュラルワインの生産大国なんですが、消費大国ではないんですよ。ドイツで造られたナチュラルワインのほとんどは、日本をはじめとするアジア圏やアメリカに流れています。その中には品質テストをクリアしているものもありますが、オフフレーバーの塊のようなものもある。それらのすべてが“ナチュール”というカテゴリで括られていることは問題かもしれません」

そのほか、ワインでよく批判されるオフフレーバーとして、アメリカ系のブドウ品種ヴィティス・ラブルスカを使うことで発生する「フォクシー・フレーバー(狐のような香り)」があります。

「フォクシー・フレーバーは、ヨーロッパの品種であるヴィティス・ヴィニフェラ系のブドウでは発生しない香りであり、多くの国ではいちごのキャンディのような味として受け入れられています。ところが、ヨーロッパではこの香りを持つものはワインとは認められず、販売することもできません。

ドイツやフランスなどのヨーロッパ諸国にとって、ワインは保護すべき文化であり、品質に決して妥協はしません。ワイン法に適さないものは、彼らにとっては“ブドウを原料にしたアルコール飲料”であり、ワインではないんです」

しかし、個人主義のヨーロッパ諸国では、「美味しくないものは飲まなければいい」と考え、特に足並みをそろえようという意識はないとのこと。

「たしかに従来のワインが窮屈すぎて自由にやりたいという人もいますが、それは小さな市場。それでも、ワインにはこの"小さな市場"に対してお金を払ってくれるコレクターの方々がいます。

他方で、多くのワイナリーは、昔から買い続けてくれている固定顧客層が中心顧客として存在するため、最低限の売上が確保できているので、"小さな市場"を気にする必要はありません。

足並みをそろえて仲良くやっていこうというよりは、お互いに好き勝手やるという方向。自分が生き残れればよいのであって、業界全体の流れは個々の造り手には関係ないんです」

まとめ

ビールやワインの影響を受けながら多様な味わいを模索する日本酒。しかし、それぞれのオフフレーバーに対する考え方を見ていくと、同じ醸造酒ながらも日本酒とは異なる哲学が浮き彫りになりました。それは、世界の需要に合わせて「ビールのような」「ワインのような」と変化していく日本酒が、決して表面的なイメージだけで他酒類を真似することはできないということを意味しているように感じられます。

次回からは、ペアリングや海外市場という観点から、これからのオフフレーバーの在り方を考察します。

【連載:あたらしいオフフレーバーの話】
第1回 そもそも日本酒のオフフレーバーとは何なのか?これまでのオフフレーバーの話

第2回 日本酒のオフフレーバーはどう変化してきたのか 2つの酒蔵が語る過去と現在

第3回 ビール&ワインと日本酒のオフフレーバーの違いは?

第4回 前編 ペアリングにおける日本酒オフフレーバーの可能性

第4回 後編 海外で日本酒のオフフレーバーはどう捉えられているのか?

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