カリフォルニアの米と水でテロワールを実現する。次世代へつなぐアメリカのSAKE造り - サンフランシスコ(アメリカ)・Sequoia Sake Company (2)

2023.02

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カリフォルニアの米と水でテロワールを実現する。次世代へつなぐアメリカのSAKE造り - サンフランシスコ(アメリカ)・Sequoia Sake Company (2)

木村 咲貴  |  酒蔵情報

米カリフォルニア州サンフランシスコで、2015年に創業したSequoia Sake Company(セコイヤ・サケ・カンパニー/以下Sequoia Sake)。アメリカ生まれのジェイク・マイリックさん、日本生まれの亀井紀子さんご夫婦と、二人の娘であるオリビアさんの3人チームによるSAKE(※)醸造所です。

Sequoia Sakeは、日本の酒米に近いお米を求め、7年もの歳月をかけて「渡船」とほとんど同じ遺伝子を持つ「Sequoia Rice(セコイヤ・ライス)」を開発しました。さらに2022年には、現地の大手飲料企業と協力し、カリフォルニアの湧水を仕込み水に用いた酒造りをスタートしています。

アメリカSAKEのパイオニアとして酒造りの本質に向き合い、カリフォルニアでのテロワールを実現しようとするSequoia Sakeの今をお伝えします。

Sequoia Sakeとセコイヤ・ライスについて詳しくはこちら

(※参考)国税庁の定める「地理的表示」により、『日本酒』と名乗ることができるのは「国内産のお米だけを使い、日本国内で製造された清酒だけ」と規定されているため、ここでは海外で造られたお酒を「SAKE」と表記しています。

カリフォルニアの湧水を仕込み水に

2022年11月、サンフランシスコの名レストラン「PABU」にて、Sequoia Sakeの新商品のお披露目会がおこなわれました。今回リリースされたのは、仕込み水にカリフォルニアの湧水Arrowhead Water(アローヘッド・ウォーター)を用いた吟醸酒。この水は、アメリカの飲料会社Blue Triton(ブルー・トリトン/2021年にネスレ・ウォーターズ・ノース・アメリカから改称)のブランドで、日本にもネスレ日本を経由して輸入されています。

ロッキー山脈の西部に複数の水源を持つアローヘッド・ウォーター。そのルーツは、英国からの移民が大西洋側から太平洋側へと領土を広げていく「西部開拓」の歴史に深く紐づいています。

「1864年、デイビッド・ノーブル・スミスという創業家が、カリフォルニア南部のサンバーナーディーノ山脈にアローヘッド・スプリング保養地立ち上げ、訪れるゲストに水を提供しはじめたように、この水は、地域のさまざまな開拓の歴史とともに成長してきました。山脈に積もった雪が帯水層を通って湧き出し、人々に自然の恵みをもたらすというのが、アローヘッドの根幹なんです」

商品のプロモーションビデオの中でそう語るのは、Blue Tritonのマーケティング担当を務めるケーシー・ブリンさん。彼が、サンフランシスコの居酒屋で飲んだSequoia Sakeに惚れ込み、「一緒にSAKEを造らないか」と持ちかけたとき、Sequoia Sake側は半信半疑だったといいます。

「マーケターとして、いかに自社の事業の範囲外にパートナーシップを築くかにプライドをかけています。私たちとまだ関係を持っていない、でも同じような考えを持っている人々とどうすればつながっていけるのか、常に考えているんです」とブリンさん。今回のコラボレーションは、開拓者の精神を誇りに持つアローヘッド・ブランドが、アメリカでSAKEの文化を築こうとするSequoia Sakeに同じ魂を見出したことで実現したのです。

アメリカでSAKEを造るマイクロブルワリーは、一般的に、水道水を仕込み水として使っています。ジェイクさんによると、湧水を用いた酒造りをおこなうのは、アメリカのSAKE醸造所の中では初めてです。

「Blue Tritonが複数の水源のデータを提供してくれて、オリビアが分析を担当しました。キーになったのは、麹菌の糖化作用と酵母の生存率。最終的には味が決め手になり、一種類の水源に決めました。造りに関しては、水道水と比べると、もろみの工程でより注意深く温度を調整する必要があります。味わいに関しては、テイスティングした人はみんな、これまでの私たちの商品と比べるとかなりやわらかく、繊細だと言いますね」

商品は限定生産で、北カリフォルニアのみに流通。来春に生産量を倍増し、他州まで販路を広げるため、水質のさらなる分析を重ねています。

同じ水源で育ったオリジナル酒米

今回のコラボ商品の原料米は、契約栽培米「セコイヤ・ライス」を100%使用しています。

アメリカのSAKE醸造所の多くは、原料米に「Calrose(カルローズ)」を使用しています。カリフォルニア州で生産されるこの食用米の原点は、山田錦のルーツである酒造好適米「渡船」。アメリカに渡船が持ち込まれた後、品種改良を重ねて現在のかたちになりましたが、日本の一般的な飯米よりも酒米に近い特徴があり、現地の日系酒造メーカーを中心に酒造りに重宝されてきました。

品種改良される前、アメリカに渡った渡船は「Caloro(カロロ)」と呼ばれていました。Sequoia Sakeは、より安定した原料米の確保を目指し、酒米により近い遺伝子を持つカロロの復活に挑戦。ワイン学の権威であるカリフォルニア大学デイビス校と共同研究のもと、計画から7年の歳月をかけて商用栽培まで漕ぎつけました。渡船からカロロへと名前を変えたこの酒米は、Sequoia Sakeの誇りとともに、セコイヤ・ライスという新しい名前を授けられたのです。

時期ごとの収穫状況やコンディションにより、レギュラー商品にはカルローズなどのお米を併用。性質の主な違いについて尋ねると、「セコイヤ・ライスは発酵に関しては優れていますが、糖度はカルローズより低くなりやすい。でも、カルローズにはない風味を与えてくれるというメリットがある。浸漬時間や粕歩合など、工程にかかる手間も当然違いますし、総合的にどの原料米を使うかを判断しています」とジェイクさんは説明します。

今回アローヘッド・ウォーターとのコラボレーションに選ばれた仕込み水の水源は、実は、セコイヤ・ライスを育てる水とつながっています。

「セコイヤ・ライスの水田は北カリフォルニアのサクラメントとチコのあいだにありますが、その帯水層は、私たちが選んだアローヘッド・ウォーターの水源のものと同じ。今回のコラボ商品は、米を育てた水を酒造りに使うテロワールを実現しているということです」

アメリカ初の二代目蔵元

Sequoia Sakeには、もうひとつ、ほかのSAKE醸造所が到達していないポイントがあります。それは、ジェイクさんと紀子さんの娘であるオリビアさんの存在です。Sequoia Sakeは、まだSAKE文化の黎明期にあるアメリカで唯一、すでに“二代目”が酒造りを行う酒蔵なのです。

2015年の創業時はまだ高校生だったオリビアさんですが、現在は26歳。福島県の複数の酒蔵で修行経験があり、現在は家業を手伝いながら、大学で食品科学を専攻しています。

「オリビアは、発酵や醸造について理解が深く、SAKEのあるべき姿やそのターゲットについて、独自の考え方を持っています。例えば、彼女が開発したうすにごり酒『Hazy Delight(ヘイジー・デライト)』は、SAKEを初めて飲む人にアピールしつつ、サンフランシスコの食材との相性がよくなるようにデザインされています」(ジェイクさん)

10代のころから、周囲とは一風変わった事業に取り組むご両親を見て育ったオリビアさんは、現在、日本とアメリカ双方の感性を持って、醸造所の大きな戦力となっています。とはいえ、日本では歴史的に蔵元の家系が事業を継ぐ習慣がありますが、アメリカでは前代未聞のこと。彼女がSequoia Sakeを生涯のビジネスとしていくかは、まだ明らかになっていません。

「私たち親からのプレッシャーはありません。私たちが望むからではなく、彼女が自分の意思で決断する必要があるんです」と話すジェイクさん。SAKE醸造所の歴史が始まったばかりのアメリカで、SAKEのファミリー・ビジネスはどのように展開していくのでしょうか。

酒造りの本質をアメリカの文脈で再現する

小規模醸造所ながら、自ら酒米を育て、その酒米を育てた湧水を使ってSAKEを醸す。エコシステムを築き、カリフォルニアのテロワールを表現し、次世代へ繋がる酒造りをおこなうのは、単に自社のビジネスを成功させるだけではなく、アメリカにおける酒造りの文化の基盤を構築するという大きなゴールを目指してのことなのです。

筆者も、カリフォルニアでしか流通していないアローヘッド・ウォーターのコラボ酒を日本でテイスティングする機会を得ましたが、これまでのレギュラー商品から味わいが大きく変化しているのを感じました。Sequoia Sakeは、サンフランシスコで味わうと「日本から輸入した日本酒とほとんど変わらない」と思わされるほどのクオリティですが、日本に持ち帰って味わうと、気候の違いなのか少しからりと乾いて感じられる傾向にありました。ところが、今回のコラボ酒にはその変化がなく、液体に美しい味わいがしっかりと溶け込んでいるのを感じられたのです。

Sequoia Sakeは、ただSAKEを生産するだけではなく、日本酒がこれまで日本で築いてきた酒造りの本質を追究し、アメリカの文脈で再現しようとしています。アメリカでSAKEを開拓しようとするSequoia Sakeと、西部開拓にルーツを持つアローヘッド・ウォーター。二つの開拓者の精神がひとつになった今回のお酒は、アメリカSAKEの歴史のターニングポイントとなることでしょう。

Sequoia Sakeの前回取材記事はこちら

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