2023.02
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カフェを併設したマイクロ日本酒ラボを新設。込められた想いとは - 秋田県・山本酒造店
秋田県の山本酒造店が、蔵の敷地内に第二の醸造蔵を建設します。現有蔵が能力一杯のフル生産になり、新たな醸造スペースが必要になったためですが、「もう生産量を増やすことは志向しない」と山本友文社長。極少単位の仕込みで多彩な味わいの日本酒を造り、蔵だけで販売するためのカフェを併設したマイクロ日本酒ラボを計画しています。そのユニークなプロジェクトの全体像に迫りました。
「山本」の誕生:経営不振から蔵元杜氏制へ
1901(明治34)年創業の山本酒造店の5代目蔵元・山本友厚さんの息子として生まれた友文さんは、大学では機械工学を専攻。卒業後は東京の音楽事務所に就職し、アーテイストのマネジメントやコンサート運営のために国内外を飛び回っていたそうです。
ところがある日、父・友厚さんから「一緒に酒蔵を経営していた親類が相次いで亡くなり、酒蔵の経営状況も悪化しているため、近い将来に酒蔵を畳むつもりだ」と連絡が。「それなら、自分がやるしかない」と、まったく畑違いの世界に入ったのが2002年のことでした。
蔵に戻ると経営はジリ貧状態で、招いていた杜氏も高齢のため、確かに蔵を畳むのは時間の問題だったといいます。窮地に立たされた友文さんは、「杜氏に高額な給料を払い続けて倒産するぐらいなら、最後に自分の手で造ってみよう」と決意。杜氏制を廃止して、2007BYより自ら製造責任者として酒造りを開始しました。
初めて仕込んだ純米吟醸酒タンク4本のうち、一番出来が良かったお酒を近隣の酒販店に持ち込んだところ、店主が「これは美味しい!」と太鼓判。「山本が自ら造った酒なのだから、それを銘柄に使えばいい」とアドバイスを受け、新しい銘柄「山本」が誕生しました。
設備投資、話題作りを惜しまず人気銘柄へ
その後の数年で、着実に評判を勝ち取っていった「山本」。この追い風を受けて友文さんは、「お酒が美味しくなるのであればなんでもやる」と決め、次々と設備投資を実施。15年をかけて、先進的な地酒蔵にある最新設備を導入していきました。
山本酒造店の設備は細かなところまで徹底的にこだわっており、例えば最近新しくした麹室にはブナ材を使っています。一般的によく使われる杉材を使うと、酒に木の香りが移る恐れがあることから、欅(けやき)、栗、ブナ、楢(なら)など何種類もの木を試した結果、もっとも香りが少ないとして選ばれたのがブナ材で、麹室メーカーもその効果に驚くほどだったのだとか。
上槽後のお酒の管理も早くから徹底しており、瓶燗・急冷をしたお酒を温度の異なる5種類の冷蔵庫に保管しています。そのほか、対流が起きやすく櫂入れが不要な独自の仕込みタンクを特注。蔵人の働く環境にも配慮しており、麹造りの後半の「盛り」に最新鋭の製麹機を入れて、2017BYからは蔵人の泊まり込みを一掃。性別に関係なくできる酒造りを目指して、一升瓶6本または四合瓶12本を収容するプラスチック製コンテナの移動には、ロボットアームを導入しています。
こうした設備投資による酒質向上とともに、友文さんは「山本」のブランド浸透のために数々のユニークなお酒を売り出してきました。例えば、大きな文字がインパクト抜群のにごり酒「ど」には、にごり酒に竹炭の粉を入れて真っ黒にした酒を「ど黒」、純米吟醸酒に青い色素を入れて夏酒とした「ブルーハワイ」など、ひと目見ただけでも個性がわかるラインナップをそろえました。
「経営が軌道に乗るまでは必死でしたから、話題になるようなことはなんでもやりました。それらの多くの飛び道具は、役割を終えて販売を止めました。いまは、定番商品の比率が大きくなり、毎月出荷する限定酒を造るので精一杯です」
友文さんの戦略と努力によって活路を見出した山本酒造場は、5年前の2018年に、年間生産量の上限にあたる1600石に到達しました。
売上を増やすためではなく“お客様に返すため”の新蔵
コロナ禍の一時的な落ち込みはあったものの、現在は回復傾向にあり、既存の設備で増産することは難しくなりました。企業としては、敷地内に第二の醸造所を建て、さらに増石するという選択肢もあったといいます。
しかし、友文さんは「企業として利益は十分出て、経営は安定している。売上を増やすよりは、違うことをやりたい」と考えました。
「大都市圏に出荷して売る酒ではなく、蔵だけで売る酒を造るのはどうだろうかと考えました。弊社は長年、酒蔵見学は一切お断りしてきました。口に入れる物を造っているのだから、蔵人以外の人が入ってくると、雑菌が侵入するリスクが高まります。蔵人だけに制限している今でも、雑菌対策のためにオゾン発生器やプラズマクラスターを各所に入れていますし、瓶詰め工程はクリーンルームで行うほどです。
また、弊社が今まで存続してこれたのは、お酒を販売してくれた酒販店のおかげだと思っているので、その恩を忘れないためにも、蔵での直売は一切行っていません。もちろん、ネット販売も絶対しないつもりです。でも、『山本』を吞んで好きになった日本酒ファンの方々が、わざわざ蔵まで足を運んでくださることがよくあるんです。毎回お断りするのはつらい。いつか、そんな熱心なファンの方々に報いられないかと頭の片隅で考えていました。
そこで考えたのが、第二の醸造所にカフェを併設して、超小さな仕込みで実験的に造ったお酒を飲んでもらい、気に入ったら買って帰ってもらうというもの。カフェと醸造所はガラス張りにして、造っているところが目の前で見られるようにすれば、見学の代わりにもなると考えたのです」
第二の醸造所の仕込みサイズは、1本あたり総米90キログラム。通常の造りは総米1000〜1500キログラムなので、10分の1以下、いわば酒母ほどのサイズです。友文さんは、これなら一回の仕込みでできるお酒が4合瓶で250本程度なので、カフェと直売だけで十分に売り切れるとみています。
ガラス越しに設備と造りを見てもらうために、木製の角型蒸籠(せいろ)を最大5段重ねて米を蒸します。麹造りは本蔵の麹室を使用。仕込みには300リットルサイズのミニ木桶を4本、秋田杉の特注で仕立てています。出来上がった醪はひしゃくで麻袋に入れたものを、竪型の槽(金属製)に積み上げて搾ります。
「見栄えも大事なので、秋田杉を多用していますし、醸造室の床をカフェのものより低くすることで、カフェ側から木桶の中の醪を見やすくする作りになっています」
「山本」のファンが集う聖地を目指す
造るのはもちろん、日本酒に限定していますが、ラボの主旨に合うように、タンクごとにいろいろなチャレンジをする予定だと友文さん。
「かつて販売していた『ど黒』や『ブルーハワイ』などの復刻もおもしろいかもしれませんね。定番の『山本』の味わいとはあえて一線を画して、ここだけで飲めるお酒を造りたいと思っています。ラボだけに研究所という立ち位置でもあるので、もし、評判が良い酒ができたら、本蔵で造る季節商品のラインナップに入れることもありえます」
新蔵の醸造責任者は、入社5年目の30歳の女性蔵人を抜擢するそうです。
お酒は生酒のまま金属製の筒型容器に収容し、ビールサーバーのような注ぎ口を設けて提供。サーバーを4基並べて、常時3〜4種類の日本酒をフレッシュな状態で飲めるようにする計画です。おつまみもカフェらしく、ピンチョスなどのおしゃれなメニューを用意。気に入ったお酒は量り売りで購入できるそうです。
そのほか、車を運転してきた人やお酒の苦手な人のためにソフトドリンクやエスプレッソなどの非アルコール飲料も揃えており、さらに友文さんの人脈を活かして、パリ発の人気パティスリー、ピエール・エルメのマカロンも取り扱うことが決まっています。外観や内装については、「『ここは代官山か』と思わせられるように細部にこだわっています」とのこと。来店した人たちが気持ちの良い時間を過ごせるよう、醸造設備のほかにも木を多用して、温かな居心地の空間に仕上げています。
「日本酒が好きな夫婦やカップル、女性のグループなどに来てほしい。観光バスなどでの団体の来訪は想定していないので、駐車スペースは普通乗用車向けだけです。カフェからは、仕込みに使っている自社水道の水源がある山が見え、奥には世界自然遺産の白神山地が広がっています。そんな自然豊かな場所で生まれるイレギュラーな山本酒造店の日本酒を堪能していただきたいですね」
カフェとあって、原則日中のみの営業(10~16時)ですが、週末は料理人を招いて、日本酒と料理のペアリングを楽しむメーカーズディナーも計画しています。「人口6500人弱の過疎地である八峰町に人を呼び込むのに少しでも貢献したい」と話す友文さんは、蔵から車で5分ほど離れた海の見える高台に、一棟貸しの宿を作る準備も進めています。
建築や設備導入、什器の搬入は大詰めを迎え、3月から予約制でプレオープンの上、4月から本格始動する新蔵「LABO and CAFE YAMAMOTO(ラボ・アンド・カフェ・ヤマモト)」。大館能代空港から車で小1時間ほどのこの蔵が、「山本」ファンの聖地になるかもしれません。
酒蔵情報
山本酒造店
住所:秋田県八峰町八森字八森269
電話番号:0185-77-2311
創業:1901年
代表者(社長):山本友文
製造責任者(杜氏):山本友文
Webサイト:https://www.yamamoto-brewery.com/
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