
2025.07
08
そのお酒を買ってくれるのは誰?「ペルソナ」から始める日本酒輸出の新戦略
いまや、稼働している酒蔵の半数以上がおこなっている日本酒輸出(参考:国税庁 酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和6年アンケート))。しかし、海外市場は「出せば売れる」というものではなく、日本国内よりもハードルが高いマーケティング戦略が求められます。
その理由のひとつは、実際にお酒を買ってくれる「顧客」の顔が見えづらいということ。文化が異なるうえ、あいだに輸出業者などの仲介が入るため、「どんな人が自分のお酒を買ってくれるのか」を具体的にイメージしづらいという問題があります。
海外輸出でも有効な手段となるマーケティング手法のひとつが、「ペルソナ」を設定して戦略を立てていく方法です。自分はどんな顧客に販売したいと考え、その顧客にはどんなアプローチが適しているのか。この記事では、日本酒輸出におけるペルソナの作り方を考えます。
そもそも「ペルソナ」って?
「ターゲット」と「ペルソナ」の違いとは?
ペルソナを考えるにあたり、まずマーケティングにおいて使われる「ターゲット」と「ペルソナ」という言葉の違いから学んでいきましょう。
ターゲットとは、商品を販売するときに想定する顧客層のことです。たとえば「日本人・30代・既婚男性」というように、特定の年齢・性別・属性などを設定したグループを想定します。
しかし、「日本人・30代・既婚男性」というグループを考えてみると、そこには多様な人がいることがわかります。そこで、そのグループの中心にいるような「一人の架空の人物」を具体的に設定するのが「ペルソナ」です。
ペルソナを設定すると、顧客の嗜好や行動について具体的にイメージをすることが可能になり、ユーザーの視点に寄り添ったマーケティングが可能になります。
参考:「『ペルソナ設定』って何?顧客ターゲットを絞りこむ3つのメリット。」
海外市場ではまず「飲食店」を想定
海外における日本酒の販売先は、大きく飲食店と小売店の二つに分けられます。
世界において日本酒はワインやビールなどに比べるとまだ知名度が低く、個人で日本酒を買って家で飲むという消費者は多くありません。そのため、銘柄数多く扱う小売店はまだ少なく、マーケティングよりも個々の顧客に対する営業が重要な黎明期にあたるといえます。
一方、日本酒が多く飲まれているのが、日本食レストランをはじめとする飲食店です。2013年のユネスコ無形文化遺産登録などをきっかけに、健康志向なども手伝って世界中で増加している日本食レストラン。日本国内では近年、さまざまなジャンルの料理と合わせて飲まれる日本酒ですが、海外では寿司や焼き鳥、ラーメンなどの日本食とともに飲むものという根強いイメージがあります。
今後、小売の売上を伸ばしていくためにも、いまは有名飲食店をはじめとしたレストランに扱われている銘柄になることが重要です。こうした背景を踏まえて今回の記事では、まず飲食店にターゲットを絞って、ペルソナを考えていきましょう。
ペルソナを設定してみよう
ペルソナ設定の考え方
先ほども見たように、ペルソナを設定する目的は「顧客の嗜好や行動について具体的にイメージできるようにすること」です。そのためには、ペルソナがどう考えてどう行動するのか、想像しやすいレベルで具体化することが重要になります。
今回は海外市場、かつBtoB(事業者間)の情報収集や購買の行動をイメージしやすくするために、以下のような項目を検討してみましょう。
- 国・地域
- 年齢
- 性別
- エスニシティ
- 経済状況
- 家族構成
- 職業・役職
- バックグラウンド(生い立ち)
- キャリアサマリー(経歴)
- 現在の状況
- 悩み
- 情報収集の仕方
日本酒輸出に限ったことではありませんが、マーケティング施策を考えるうえでは、国や地域によって法律や文化などの条件がまったく異なります。そのため、まずはどのエリアをターゲットとするのか決めましょう。本記事では、SAKE Streetが現地拠点を持つシンガポールを例としてペルソナを設定していきます。シンガポールは、国土全体が東京都よりも小さいため比較的市場特性を把握しやすく(地域差など考慮すべき要素が少ない)、2024年の日本酒輸出額が世界6位と近年大きな伸びを見せている国です。
ありがちなミスと、その対策とは?「定量データ」が重要!
ペルソナを設定するうえで陥りがちなのは、「自社にとって都合のよいペルソナ(実際には存在しなかったり、非常に少ない)を作成してしまうこと」です。ターゲットの中心となる顧客をイメージするため、定量的な情報に基づいて検討することが重要になります。
そこで次に、そのエリアで日本酒を取り扱っている飲食店にどんなお店が多いかを調べていきます。例えば、海外では、日本酒は日本食レストランで飲まれることがほとんどです(日本における中華料理店の紹興酒と同じようなポジションです)。しかし、日本食レストランといっても、日本人オーナーによるオーセンティックな和食店、大規模チェーン店、フュージョン系、中国や韓国などのアジア料理と混同したお店など、形態はさまざま。どんな形態のお店がどれくらいの市場規模で展開されているかを調査したうえで、ターゲットを絞る必要があります。
実際にリサーチを進めていくと、シンガポールにおけるオーセンティックな和食店は高級店がほとんどで、日本人のオーナーやシェフがオペレーションに関わっているケースが多いことがわかります。一方で、近年増加傾向にあるフュージョン系のレストランは、人口の最多数を占める中国系シンガポール人をはじめ、非日系の人々が多数活躍しているようです。
今回は仮に、製造量の少ない高単価な商品よりも、まずは純米などのレギュラーなラインを中心に展開しながら、新市場での認知を広げていきたいと考えているとします。そこで、比較的リーズナブルな価格で日本食を楽しめるフュージョンレストランの中で、飲料のオペレーションをしている中国系シンガポール人のオーナーまたはマネージャーをターゲットに設定しましょう。
そのほか、シンガポールおよび同国飲食業界の経済状況や、飲食店オーナーの一般的な財政状況、同国にどのようなフュージョン系のレストランがあり、どんなオペレーションがなされているかといった定性的な情報までリサーチし、ペルソナを固めていきます。
リサーチに使える情報源は?
リサーチツールとしては、JETROなどが発表している各国の日本酒市場のデータや、インターネットや国会図書館などからアクセスできる現地のメディア・資料を活用するとよいでしょう。
たとえば今回の場合、シンガポールに関する情報では(JETROの掲載情報とそのリンクや、国立国会図書館で参照できそうな情報を例示)
また近年では、ChatGPTやGeminiなどの生成AIによる「Deep Research」などの機能で、多言語の文献をもとにしたリサーチも実施しやすくなっています。海外の市場や文化を調べるのに有用である一方、生成AIは誤情報を出力することも多いため、出力結果をもとに概要を把握しながら、有用と思われる情報は原典も確認するようにしてください。
できあがったペルソナはこちら
こうしたリサーチの結果、今回は以下のようにペルソナを作成してみました。
シンガポールと日本料理のエッセンスを取り入れたフュージョン系レストランの飲料マネージャーで、日本酒を目当てに来てくれるお客さんが少ないことに悩んでおり、他店と銘柄を差別化したいと考えている30代後半の男性を想定しました。
ペルソナができたら、現地で既に取引のあるビジネスパートナーや、それが難しい場合は居住経験のある知り合いなどに、違和感がないかを確認してもらうと、さらに実用性を高めることができます。
ペルソナが固まったら、この人がどんな悩みを抱え、どのように情報収集をしているか。それに対して、どのようにアプローチをすれば効果的に自社の商品やその優位性を認識してもらえるのか、などを想像しながら、マーケティング戦略を練っていきます。
まとめ
日本で暮らしていると、諸外国やそこに住む人をつい「海外」「外国人」とひと括りにしてしまう傾向にあります。しかし、海外輸出における日本酒のマーケティングも、国内と同様に「誰に届けるか」を明確にすることが成功の鍵となります。
今回の例のように、「ペルソナ」として具体的な顧客像を描き、お店の形態や担当者の背景に合わせた戦略を設計すると、極めてリアルなニーズに寄り添うことが可能になります。リサーチをしたり、輸出パートナーと相談したりしながら、想像力を高めてペルソナを設定していきましょう。
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