日本酒の度数はどこまで下がる? - 増える低アル日本酒のいま(前編)

2025.11

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日本酒の度数はどこまで下がる? - 増える低アル日本酒のいま(前編)

木村 咲貴  |  SAKE業界の新潮流

近年、世界的なニーズの高まりにより、酒類業界では低アルコールまたはノンアルコール飲料の開発が進んでいます。従来アルコール度数15〜16%を平均としてきた日本酒も例に漏れず、アルコール度数5%の月桂冠「アルゴ」、宝酒造「松竹梅・金色の9%」 など大手メーカーによる新商品がリリースされているほか、中小規模の酒蔵からも度数が低めの新商品が増えてきています。

SAKE Streetでは、このトレンドを理解し、今後の動向を予測するため、「日本酒の度数はどこまで下がる?」として前後編で記事をお届けします。前編となる今回は、低アルコール需要の高まりの背景や、日本酒市場における現況をお伝えしつつ、その課題を探ります。

低アルコールが世界的に求められる理由

まず、酒類全体で低アルコール・ノンアルコールの需要が高まったのはなぜなのでしょうか。世界的な背景を見ていきましょう。

若い世代を中心とした健康意識の拡大

2019年より新型コロナウイルス感染症が拡大したのに前後して、近年、世界規模で健康志向が高まってきています。それにともない、健康を優先してお酒を飲まない、または控える「ソバーキュリアス」というスタイルがトレンド化。年初の1カ月間アルコール断ちをする「ドライ・ジャニュアリー」というイベントが欧米で流行するなど、飲まないことを肯定的にとらえる動きが増えてきています。

このスタンスは、欧米ではZ世代(90年代後半〜2012年生まれ)を中心とした若い世代が牽引しているといわれています。この世代は健康やウェルビーイング(心身の調和)を重視する傾向にあることが多くの研究で指摘されており、これまでの世代がお酒を楽しんできた余暇の時間をほかの趣味・嗜好に費やし、健康を害する飲酒を控える、または度数の低いお酒だけを楽しむ傾向にあります。

また、特に日本国内に関しては、Z世代が20代になったばかりの時期、コロナ禍により飲酒機会を制限されたことも“酒離れ”の一因と考えられます。従来であれば飲み会が増える学生や新社会人の時期に、緊急事態宣言などにより飲酒の機会が制限されることで、お酒を飲む習慣がつきづらったために、そのまま飲まないスタイルが定着したという人は少なくないでしょう。

アルコールにまつわる法律の厳格化

こうした潮流を下支えしているのが、アルコール規制の変化です。

アイルランドでは2023年から、アルコール商品のラベルに、タバコのように健康被害を警告する義務を世界で初めて制定しました(施行は延期中)。また、従来アルコール広告が制限されていたフランスに加え、タイ、ノルウェーなどの国でも広告規制が誕生。イギリスやドイツでは、法的な制限はないものの、広告業界による自主的な規制が起きています。

WHO(世界保健機構)は、2024年に発表したGlobal alcohol action plan 2022-2030の中で、2030年までに有害飲酒を20%削減する⽬標を掲げています。これにともない、日本では飲酒ガイドラインを初めて制定。アルコールに関する規制や指導を強化する動きが生まれています。

各国の酒類メーカーが低アルコール商品を開発

このような背景を受け、酒類メーカーが低アルコール・ノンアルコール飲料を次々と開発するようになったのは、みなさんも普段の買いものなどで肌感覚として感じるところではないでしょうか。

具体的に、バドワイザーやコロナビールで知られる世界的ビールメーカー・ABインベブは、ノンアルコールまたは低アルコールビール製品(アルコール度数3.5%以下)について、2025年末までにグローバルのビール販売量の少なくとも20%を占めるという目標を掲げました。現時点での達成率は不明ですが、中国やパナマなどの一部地域で既に20%を超えたことも公表されています。

日本でも、アサヒグループホールディングスが、2030年までに、主要なアルコール飲料製品に対するノンアルコールおよび低アルコール(アルコール度数3.5%以下)成人向け飲料の売上構成比率を20%に引き上げる目標を掲げています。2023年時点で同比率は約11%に達しており、欧州やオセアニア地域では特にノンアルコール・低アルコール製品の販売が拡大していることが報告されています。

低アルコール日本酒の現状から見えるもの

こうした世界的なトレンドを踏まえて、日本酒の低アルコール市場はどのように変化してきているのでしょうか。国内・国外をそれぞれ見ていきましょう。

大手酒蔵が10%未満の日本酒を続々リリース

昨年(2024年)9月、月桂冠がアルコール度数5%の日本酒「アルゴ」を発売し、大きな話題となりました。これに続くようにして、今年に入ってからは、菊正宗酒造が「菊正宗 ほろよい」(8%)、宝酒造が「松竹梅 金色の9%」、大関が「ワンカップミニLight 100ml瓶詰」(8%)をリリースしています。

1988年に一の蔵が開発した「ひめぜん」(8%)をはじめ、これまでもアルコール度数10%未満の日本酒というものはたびたびリリースされてきています。ここ数年の動きとして特徴的なのは、大手酒造メーカーの同カテゴリへの参入が続いているという点です。

アルコール度数10%未満の日本酒の例

酒蔵商品名リリース年アルコール度数
一の蔵ひめぜん1988年8%
伴野酒造Beau Michelle2010年9%
麻原酒造アクアドルチェ2015年8%
白鶴酒造Hakutsuru Blanc2019年8%
舞姫舞姫 プリンセスタイム SWEET&SOUR2019年7%
富久錦富久錦 純米原酒Fu.2020年8〜9%
沢の鶴SHUSHU Light2021年※8.5%
八戸酒類りんごぽむぽむ2021年7%
増田徳兵衛商店月の桂 神多呑 KAMIZU 抱腹絶倒2022年8%
伊藤酒造PINK HAWK2023年3%
月桂冠アルゴ2024年5%
菊正宗菊正宗 ほろよい2025年8%
本家松浦酒造場NARUTOTAI KISS2025年9%
宝酒造松竹梅 金色の9%2025年9%
大関ワンカップミニLight 100ml瓶詰2025年8%
賀茂泉酒造COKUN-8%

(スパークリング・にごり酒、販売終了商品・休売商品を除く)

※2017年のリリース時は10.5%。2021年に8%へリニューアルされた。

月桂冠によれば、アルゴ発売時から一年で売上は5億円弱の規模に。「日本酒を飲んでみたいけど、度数が高くて購入が難しい」「日本酒は好きだが、度数を考慮して平日は別のお酒を飲んでいた」という層にアプローチできている可能性を分析します。5%というアルコール度数にもなると、同様の度数であるビールや酎ハイ、サワーなどのRTDが競合になり、普段はそれらのお酒を飲んでいる層をターゲティングできる可能性が高まるのでしょう。

一方、多くの日本酒蔵が「低アルコール日本酒」と謳う商品は、あくまで平均度数の15〜16%より低いものを指し、3.5%以下を基準とする低アルコールビールなどとは比較しがたい12%や13%といったラインナップが並んでいます。大手メーカーとは規模や設備等が異なる中小規模の日本酒蔵が10%未満のアルコール度数を生産するのには、大きなハードルがあるのです。これについては、後編の記事で詳しく解説します。

世界では「ワインと同等」がひとつの基準に

世界的トレンドの中で求められている「低アルコール」と乖離がある中、国際市場ではどのように低アルコール日本酒が受け入れられているのでしょうか。

アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアで日本酒の輸入・販売事業に従事する関係者にヒアリングをおこなったところ、共通する見解として以下の2つが挙げられました。

  1. 市場の多様化:低アルコールはトレンドではあるが、アルコール度数の高さを求める層も変わらず存在する。
  2. ワインを基準にする:ワインのアルコール度数と同じ範囲の商品が受け入れられやすい。

「13%くらいの日本酒は、ワイン感覚でランチなどで注文されることが多いです。たった数%でもお酒の進むスピードが違う気がしますね」(イギリス飲食業者)

「オーストラリアの酒類市場では、確かにアルコール度数の低い商品が増えています。しかし、日本酒に関しては、従来のワインと同じくらいの度数(赤ワインで12〜15%)のものが好まれていますね」(オーストラリア関係者)

「ワインは、低アルコールの傾向がナチュール系とトラディショナル系でしっかり分かれていて、10%未満まで下げる商品はナチュール系に多い印象です。トラディショナルなワインに関しては従来の度数をキープしていて、顧客もそれを好んでいますし、日本酒も同様です」(アメリカ輸入業者)

ただし、これらの意見は日本酒の取り扱いが既にある、つまり従来の日本酒への関心・理解度が高い顧客を有している業者のものであり、未開拓のターゲットにリーチしようと考えると、ビールやRTDのようにより低い度数が好まれることが想定されます。

つまり、日本酒の低アルコールを考えるときには、

  • ワインレベル(12〜13%程度)
  • ビール・RTDレベル(5%未満)

の2段階を切り分けて議論するべきであるといえます。

アルコール度数と「日本酒らしさ」

20世紀前半、戦争に起因した米不足のために日本酒の生産量が下がり、流通過程で加水され薄まった酒が「金魚酒(金魚が泳げるほど薄い酒)」と揶揄された時代がありました。もともと、日本酒にとってアルコール度数が低いことは欠点であり、高い度数を目指して製造用の酵母が改良されてきたという歴史があるのです(※)。

※清酒酵母は、通常の酵母では活動が止まってしまうような高いアルコール濃度(約20%)でも発酵を続けられる特異な性質をもつ。

アルコール度数を下げたときに問題となるのは、日本酒らしい味わいのバランス、つまり「日本酒らしさ」というアイデンティティです。これはひいては、度数を10%未満まで下げたときに競合となるビールのRTDやシェアを奪えるのかという問いにもつながります。アルコール度数を極力下げたときに、低アルコール日本酒は“美味しい飲みもの”として消費者に選ばれることができるのか? 後編で詳しく解説しますが、低アルコール日本酒は製造上の都合から安価に設定しづらいという課題も抱えています。

この問いの答えについて考え始めると、ひとつの疑問が湧いてきます──そもそも、なぜ日本酒のアルコール度数は平均15〜16%にたどり着いたのでしょうか。日本酒の製造工程に「加水」という工程が定着していることを踏まえると、「なぜわざわざ15〜16%に薄めるのか?」と言い換えることもできます。

前編となる今回の記事では、現在の社会事情をひも解きながら、低アルコールというテーマが日本酒のアイデンティティに与える影響について考える結果となりました。後編では、低アルコール日本酒の製造の難しさやリスクなど、より科学的な視点から低アルコール日本酒を掘り下げながら、このジャンルの行く末についてさらに考察していきます。

参考文献

※いずれも最終閲覧2025年11月23日

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