
2025.11
04
オリジナル日本酒を作るために知っておきたいこと(1) - OEMの現状と課題
「自分の考えた日本酒を世に出したい」──酒蔵に所属していない人がそう思ったときによく利用されるのが、酒蔵に製造を依頼する「OEM」です。
日本酒やお酒に限らず、製造拠点の設置や機械などの導入には多額の資金がかかりますし、設備の稼働率を保つためには多くの商品を作り続けなければならない場合もあり、それができるだけの販路の構築も必要になります。他社に製造を委託するOEMでは、これらのハードルを下げてオリジナル商品を実現することができます。
特に、食品やお酒の場合には保健所や税務署の許認可も必要となるため、そのための知識・技能の習得や、それらにかかる時間などもハードルになります。さらに言えば日本酒の場合、新規の製造免許が法令上、発行されないため、OEMは自社ブランドの商品をつくるための数少ない手段の1つです。
クラフトビールの世界では、自社の製造設備を持たない「ファントムブルワリー」と呼ばれる醸造家やブランドも多く登場していますが、日本酒のOEMは、ビールやほかの食品ほどには一般的ではありません、ファントムブルワリーも、最近いわゆる「クラフトサケ(※1)」の分野で少数のブランドが現れているのみです。
この連載では、日本酒OEMの現状と、成功するブランドが増えるために必要なことを読み解きます。前編となる今回は、日本酒OEMには現在、どのような形態があり、どのような課題があるのかまとめました。
(※1)クラフトサケ:日本酒の製造方法をベースに、発酵段階で副原料を加える新しいジャンル。酒税法では清酒(日本酒)ではなく「その他の醸造酒」に該当する。
そもそも「OEM」とは?日本酒OEMの基本
OEMの基本と制度
OEMとは「Original Equipment Manufacturing」の略で、「自社の製造設備で、他社ブランドの製品を製造すること」を指します。日本語では時おり、「あのお店の●●という商品はOEMだ」というように、製品自体を指すようにも使われますが、この場合は「OEM製品」「OEM商品」または「PB(プライベートブランド)」などと表現する方が適切です。
日本酒の世界でも、古くから店舗ごとの「オリジナルラベル」の商品が販売されることがありましたが、これらは多くの場合、酒蔵の既存商品からラベルのみを変更したり、一部のスペックのみを変更したものでした(のちほど解説します)。
この商慣行の背景には、制度上の課題がありました。日本酒に限らず、お酒は製造だけでなく販売にも免許が必要ですが、「自社の商品を他の小売店に販売する」ためには「卸売免許」が必要になります。しかし、国内の小売店にお酒を販売するための 「全酒類卸売業免許」の取得には都道府県ごとに定められた免許数に対し、毎年9月に行われる抽選で当選することが必要であり、ハードルが高くなっています。
卸売免許を持たない場合、OEMで製造してもらったお酒は自社が直接、消費者に販売し切らなくてはいけません(※2)。日本酒ではそれほど大きくないロットの場合でも、一度の醸造で四合瓶500〜1,000本分程度の製品ができてしまうため、販売力が高くなければ、「完全オリジナル」の日本酒を造ることは難しい状況でした。
こうした状況を受け、2012年に「自己商標酒類卸売業免許(自己商標卸免許)」が新設されました。この免許は名前の通り、自ら開発した商標や銘柄のお酒のみ卸売(小売店への販売)ができる、というものです。取得には抽選等の必要がなく、所定の申請により要件を満たしていることが所管税務署に認められれば発行されます。この制度により、酒造メーカー以外でも、自社ブランドのお酒の開発に参入がしやすくなったのです。
(※2)消費者に直接販売する場合も、酒類小売業免許の取得は必要となるが、抽選等はなく要件を満たし申請すれば取得可能。
日本酒OEMにはどんなタイプがある? - 4つのタイプに分類
日本酒では、以前から存在した「オリジナルラベル」に加えて、特に自己商標卸免許の新設後は酒蔵以外からオリジナルブランドの商品が販売されることも増えてきています。しかし一口に「オリジナル」といっても、企画者の意思がどこまで反映されているかには、かなりの幅があります。
ここでは、市場に流通している商品を独自に分類してみました。
①既製品のオリジナルラベル
酒蔵の定番商品など供給が安定した既存商品に、出荷にあわせて企画者オリジナルのラベルを貼る形のものです。もっとも手軽に実現できる方法で、依頼先や、依頼先との関係性次第では、小ロットなど柔軟な条件で対応してもらうことも可能です。道の駅や観光客に人気のある飲食店など、地元の商店等が来客や売上を増やすために、地元酒蔵に依頼するケースも多く見られます。
②既製品+αスペック
完全な既製品ではないものの、通常は火入れ・加水して販売している商品の生原酒を取り分けてもらう、通常は新酒のまま出荷する商品に熟成期間を追加で設定してもらう、など「+α(プラスアルファ)」のスペックを設定したものです。
通常商品の味わいを理解していれば、「+α」した味わいもイメージがしやすいため、日本酒専門店が取引先酒蔵にプライベートブランドを依頼する場合に多く見られます。このタイプの場合、ラベルなどのパッケージは、既製品と大きく変える場合もあれば、あまり変えない場合もあります。
1本のタンクから取り分ける形で製造できるため、企画者が数量を柔軟に設定しやすいほか、酒蔵としても仕込み本数を増やさずに済むため、比較的ハードル低く対応することができます。
③オリジナルタンク(完全委託)
酒蔵の既製品とは異なる原料や製法で、タンク1本分のオリジナル商品を仕込んでもらう方法です。この分類のなかでも「オリジナル」の度合いには幅があり、最も多いのは味わいや飲用シーン、一部のスペックなどのコンセプトのみを伝え、原料やレシピの詳細等は酒蔵に任せるものです。このほか、農家等が委託する場合に原料を供給したり、原料でなくともオリジナルの瓶や、瓶以外のパッケージなど独自の資材を供給する場合もあります。
④オリジナルタンク(共同醸造)
③と似ていますが、製造を酒蔵任せにせず、企画者が自ら醸造に関与するパターンです。こちらも関与の深さに幅があり、第一段階としては酒蔵の技術をベースに、人手として企画者(や、その社員等)を派遣するものがあります。さらに進んだ形としては、企画者自身が醸造技術やレシピ等を持ち込み、酒蔵だけでは実現できない(しづらい)技術による醸造を図るものもあります。
以上、独自に4種に分類した内容を紹介してきましたが、実際にはそれぞれの分類の中でも濃淡があります。たとえば、②の場合でも、既製品の熟成期間を伸ばすために熟成用の樽などを企画者が供給するなど、③に近い要素を持つケースもあります。また、高級日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」は製造自体は酒蔵に任せながらも、自社にも杜氏経験者を雇用し、オリジナルの麹菌等の開発も進めています。このように、③と④のハイブリッドのような形態をとっているものもあります。
日本酒のOEMは、なぜ難しい? - 原料編
このようにさまざまな形態が存在する日本酒OEMですが、「OEMで製造されている有名なブランド」はほとんど思い浮かばない、という方が多いのではないでしょうか。スーパーやコンビニのチェーンでも、ワインやビールのプライベートブランドはあっても、日本酒にはない、という場合も少なくありません。
ビールでは、醸造所を持たずOEMなどを活用しながら独自のブランドで製造する「ファントムブルワリー」から活動を開始し、「ミッケラー」のように人気を得て醸造所の立ち上げに至る例も複数あります。また、たとえば「銀河高原ビール」が現在は独自の醸造所を持たなくなっている(※3)ように、特定ブランドの商品をさまざまな地の醸造所で造る例も複数あります。
日本酒のOEMは、ほかの商品に比べて難しいのでしょうか?だとすれば、それはなぜなのでしょうか?まずは、原料の面で考えられる要因を挙げていきます。
(※3)岩手県沢内村での創業後、各地に醸造所を増やしたが、地ビールブーム沈静化後に順次閉鎖。M&Aを通じた経営体制の変更も続き、2017年のヤッホーブルーイングへの譲渡後、2020年に沢内工場を閉鎖。現在は、ヤッホーブルーイングの醸造所で生産されている。
米:調達時期が早く、企画者側が合わせづらい
日本酒の主な原料である米は、前の年の冬頃に酒蔵が概算量を発注(申告)し、この概算発注をもとに、農協や農家で種籾の確保や栽培がおこなわれます。最終的に当年の夏頃に発注量を確定し、納品されたお米で秋〜冬にかけて酒蔵が醸造をおこないます。
概算発注をしていない米は絶対に調達できないわけではありませんが、各蔵の概算発注に基づく量が優先的に出荷されます。つまり企画者が「米はこの品種を使いたい」と思っていても、委託先の酒蔵がたまたま前年にその米を余分に発注していない限り、実現できない可能性が高いのです。
またお米の品種によっては、供給量が不足していたり、特定の県にしか出荷されていない、などの事情でそもそも調達が困難な場合もあるため、企画者が米の品種を指定するためには、通常かなり時間をかけて調整する必要があります。
多くの企画者にとって、このタイムラグを受け入れることは難しいでしょう。したがって、主要な原料である米は、その蔵で用意できる(その蔵が自社の商品で通常、使用している)品種から選ぶことになる場合が多く、企画者がオリジナル要素を設けづらい、ということになります。
水:地下水が酒質に大きく影響し、蔵のアイデンティティにも紐づく
もう1つの主要な原料が「水」です。日本酒では伝統的に蔵の付近や敷地内の地下水が醸造に使われることが多く、水質がお酒の味わいに大きく影響します。二大銘醸地である灘(兵庫県)と伏見(京都府)も、それぞれ古くから「男酒」「女酒」と酒質の違いが表現されていますが、この違いを分けているのも、両地の水質の差(軟水の伏見に対し、灘は比較的水が硬い)であると言われています。
水質の違いによる味わいの差について、詳しくはこちら:
水質の違いは、発酵の進み方をはじめとして醸造過程やお酒の仕上がりにさまざまな影響を及ぼします。つまり、ある酒蔵で造ったお酒と完全に同じ原料・レシピや管理方法を、別エリアの酒蔵で再現したとしても、異なる味わいになることも多い、ということです。
仮に企画者が具体的な味わいのイメージやレシピ・技術を持っていたとしても、蔵の水質によって味の再現が難しい場合、委託先の選定も難しくなってしまいます。
※日本酒でも、ビールでよく見られるような水質の調整は可能であり、実際に行われている例も少なくありません。しかし、ここでは詳しく論じませんが、ビールと比べても日本酒は、水源や水質が醸造所のアイデンティティと紐づいている場合が多く、水質調整を中立的に評価しづらい(ネガティブなイメージが持たれやすい)側面があります。
日本酒のOEMは、なぜ難しい? - 製造体制編
人と設備:労力の大きさと、設備等の多様性
日本酒は糖化とアルコール発酵を同時に進める「並行複発酵」が醸造上の特徴とされています。また、このうちの糖化を担う麹は、各酒蔵でつくる必要があります。並行複発酵も麹づくりも、温度や湿度等の環境条件に左右されやすい特徴があり、味わいの再現性を高く保つためには人手をかけること、あるいは特別な技術や設備等が必要になります。
さらに「酒屋万流」といわれるように、製造設備や体制において、醸造所による差が大きいという特徴もあります。これらの特徴は、企画者にとっては再現性の低さや委託コストの増加につながりやすく、酒蔵にとっては委託を受けづらい要因になります。
経営環境:市場が小さく、製造期間が限られるため生産余力に乏しい
日本酒はビールにくらべて市場規模が小さいこともあり、製造設備に生産余力を持たせづらい側面があります。さらに、日本酒は一般的には秋後半〜春先頃の寒冷期のみに製造を行います。醸造に適した気候の時期は、従業員や搾り機等一部の設備の稼働が逼迫しやすいことも、生産余力を確保しづらく、OEM受託が難しい要因になっています。
一方、近年では第三者への事業承継(M&A)により、積極的に事業規模の成長を目指す酒蔵も少しずつ増えてきています。
こうした酒蔵では、小ロットを含むOEMの受託を積極的に手掛けているケースも散見されます。事業承継にあたっては、品質改善と事業成長後の増産を目的に設備投資をおこなうことが珍しくありません。一方、国内の日本酒需要が減退するなか、生産・販売数量を急に増やすことは難しいため、一時的に設備に生産余力があることが関係しているのかもしれません。
日本酒のOEMは、なぜ難しい? - 市場・商慣行編
商品:少量多品種化が進んでおり、管理負担が大きい
日本酒は多くの酒蔵や酒販店が独自性・新規性を追求するなかで、季節商品や限定商品の数が非常に多い市場環境になっており、企業によっては売上の中心をこうした商品が占めていることも少なくありません。
これに加えて商流に応じたOEM、特にロットの小さいオリジナルラベルや「+α」スペックの商品を製造すれば、さらなる少量多品種化が進んでしまい、在庫管理が煩雑化するなど経営効率を損なうことになってしまいます。
ブランド価値の源泉
酒蔵には数百年という長い歴史を持つ企業が多く、「地酒」や「テロワール」といった地域性が強調されることも含めて、日本酒産業では「各酒蔵が持つ独自の文化的価値」がブランド価値の源泉とされやすい傾向があります。
企画者がこうした要素を持っていない場合、既に市場に流通している商品と差別化した価値を市場で発揮するためには、酒蔵の通常商品とは異なる軸でブランド価値を訴求することが必要になります。
「独自のレシピ」の難しさ
原料の独自性を確保しやすい一般の食品や、多様なスタイル(製法と味わい)が定義されているクラフトビールと異なり、法律で原料が厳格に定義されており、製法のバリエーションも限定的な(または、豊富であっても味わいとの関係が定義されていない)日本酒の場合には、「独自のレシピ」を見出すのが難しい側面があります。
結果的に、委託先の酒蔵がふだんから行っている一般的な原料・製法で製造を依頼せざるをえなくなり、企画者の独自性を出すことが難しくなってしまいます。
「特約店」の反発
小〜中規模の酒蔵では、「特約店」と呼ばれる、特定の酒販店向けにのみ商品を出荷する流通形態をとっていることが多いです。品質が高く、人気のある酒蔵の特約店になるためには、酒販店間でも一定の競争やハードルがあり、ある取引先にのみオリジナル商品など独自のメリットがある場合、ましてそれが特約店ではない先に出荷されている場合には、反発を招いてしまう場合があります。
酒蔵としても、既存取引先からの反発を受けてまで、新規取引先のオリジナル商品を製造するメリットは乏しいこともあり、品質の高い酒を造っており、したがって人気のある酒蔵ほど、OEMの受託が難しくなる傾向があります。もちろんこれには、人気のある酒蔵ほど、自社商品だけでも生産能力の限界まで製造している場合が多いことも関係しています。
標準的な契約条件が必ずしも確立していない
ここまで見てきたような「オリジナル」条件の多様性や、酒蔵側の設備や体制の多様性、また、これまで必ずしも業界でOEMの商慣行が確立してこなかったことから、ロットや支払タイミング、在庫負担等の標準的な契約条件が確立していません。
ゼロベースでこれらの条件を詰めるためには法務の知識や信頼関係の構築が必要となることに加え、条件をきちんと決めていない場合には、ロットが大きい取引だけに双方にとってリスクが大きくなってしまいます。
日本酒OEMの将来は?
日本酒のOEMにはさまざまなスタイルがあり、自己商標卸免許の新設によって参入しやすい環境も整ってきています。一方で、酒蔵以外でつくられた著名なブランドがまだまだ少ないことからも分かるように、一般的とは言いづらい状況です。
今回の記事で見たように、日本酒のOEMにはさまざまな課題があり、この先成功例が増えるためには、これらの課題を乗り越えていく必要があるといえます。それでは、どうすればこうした課題を克服できるのでしょうか?
次回の記事では、OEM製造を手がける企画者や酒蔵の事例や、他産業の事例・制度から日本酒OEMの将来について考えていきます。
Pickup記事
2021.10.27
話題の記事
人気の記事
2020.06.10
最新の記事
2025.10.28
2025.10.24


















