
2025.10
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1日3万本の瓶を再生!日本酒を支える「一升瓶リユース」の世界 - 京都・吉川商店
日本酒を流通・販売する際に欠かせないのが容器です。甕から樽、徳利へと形を変え、ガラス瓶詰の日本酒が登場したのは1899年(明治39年)のこと。
昨今では瓶だけでなく、アルミ缶や紙パック、プラスチックなど多様な容器がありますが、「日本酒といえばやっぱり一升瓶」というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。
この一升瓶には、毎回新たに製造される新瓶と、洗浄して再利用されるリユース瓶が存在します。この記事では、京都伏見でリユース瓶の洗浄を行う吉川商店を取材し、日本酒容器の知られざる一面に迫ります。
ケチャップ・ソース製造から洗瓶事業へ転換
1952年(昭和27年)に大阪府大阪市で創業した株式会社吉川商店。当時はケチャップやソースの製造をおこなっており、それらを入れる瓶を回収し始めたことが現在の洗瓶事業につながっています。
「私が物心ついた時には、大阪の会社に木箱の山があったのを覚えています。昔は日本酒の王冠もコルクだったので、削っておはじきのようにして遊んでいました」と、当時を笑顔で振り返る吉川商店代表取締役の吉川康彦さん。
徐々に洗瓶事業を拡大する中、酒造メーカーが集中する現在の京都伏見に洗瓶専門の事業所を新設し、移転。当時の大阪事業所は別事業に転換しました。
「そのころは高度経済成長の真っ只中でしたので、日本酒の需要も右肩上がりでした。洗浄する瓶の数も、当時は年間2000万本にものぼりました。リユース瓶の在庫も今より何倍も多く、800万本もあったんです。それだけ瓶の比率が高かったということです」
現在の吉川商店の強みは、豊富な在庫スペースにあります。数年前に発生した瓶不足の状況において、リユース瓶を大量に集めることは不可能です。同社では、季節に応じた需要予測から瓶を確保し、それらを保管できるスペースがあるからこそ、全国各地から届けられる一升瓶を安定して受け入れられるのです。
また、洗瓶事業では大量の洗浄液を排水として処理しなければなりません。吉川商店では自社内に排水処理施設を設置し、数日かけて分解・濾過した処理水を排水しています。ほかにも工場や倉庫には太陽光パネルを設置し、エネルギー消費を低減。こうした努力によって、リユース事業を通じた環境負荷を最小限に抑えているのです。
脚光を浴びにくい瓶のリユースとは
現在、日本酒などに使われる一升瓶は、主に以下のルートで循環しています。
- 瓶メーカーが新瓶を製造・出荷
- 酒蔵が新瓶を調達し、お酒を充填し販売
- 飲食店や家庭でお酒を消費
- 自治体や回収業者が空き瓶を回収
- 再利用事業者が回収瓶を購入
- 酒蔵がリユース瓶を調達し、お酒を充填し販売
リユース瓶の2割程度は酒蔵内で自社洗瓶したうえで利用されており、それ以外が吉川商店のような再利用事業者によって洗瓶されます。
「東京は平成9年以前から瓶回収の独自サイクルが出来上がっており、リユースが進んでいますが、他の都市は基本的にリサイクル瓶が中心になっています」
リサイクル瓶とはガラス瓶を細かく砕いた「カレット」を原料にしたものを指します。回収後にすべてがリサイクルできるわけではなく、実際にリサイクルできる割合は3割程度に留まる市町村もあるそうです。
また、リサイクル瓶とリユース瓶を比較した時、後者が優れている点として「税金」が挙げられると吉川さんは指摘。「リサイクルするための収集費用は全て市町村が負担する一方、リユース瓶の回収は従来から事業者がおこなってきたため、仕組みがまったく違うんです」と説明します。
リユース瓶は日本酒の一升瓶に限らず、瓶ビールや牛乳といった商品も含まれています。これらは飲食店や酒屋を通して回収されるため、税金投入の場面がなく回収率も高いといいます。
しかし、一升瓶については新瓶の利用にこだわる酒蔵の増加や、回収可能なプラスチックケースではなく段ボールでの出荷の増加、といった市場の変化によって、徐々に回収率が下がってきている状態です。瓶ビールの場合はメーカーが瓶の基準を決めていますが、日本酒の場合は各酒蔵に委ねられています。そのため、剥がれ落ちにくいラベル等の場合はリユース自体が難しくなるという課題も生まれているそうです。
1日3万本を洗浄!瓶リユースの工程を公開
一升瓶の洗瓶について、「家でお皿を洗うようなもの」とたとえる吉川さん。主に温度・薬剤・時間・ブラッシングなどの物理作業の4つの要素が挙げられると説明します。
「一升瓶は口が狭いので、キャップに必要な資源が少なくて済む上に、注ぎやすい特徴を持ちます。その分、洗浄が難しいという面も含んでいます。専用の機械で洗うことでしっかりと汚れを落とし、リユース瓶として活用できるんです」
吉川商店に集められる一升瓶には醤油、みりんに使用されていたものも含まれますが、多くは日本酒や焼酎です。
同社取締役・統括部長である吉川貴大さんに、洗瓶工場の中を案内していただきました。
1パレット60ケース(360本)単位で届けられた一升瓶は最初、目視で剥がれにくいラベル、傷などを確認してリユースするかどうかを振り分けられます。
問題があった瓶はリサイクルに振り分けられます。その後、P箱(プラスチックケース)と一升瓶は別れ、抜栓した後に本格的な洗浄へと向かっていきます。
貴大さん「一升瓶の王冠については、プラスチックとアルミが混合しているためリサイクルではなく産業廃棄物となります」
吉川商店の洗瓶機は7年前に一新されており、約10秒間隔で22本の一升瓶が洗浄されていきます。
貴大さん「ラベルをシャワーで落とすと同時に、内側の洗浄も30分ほどかけておこないます。1.8〜2%程度の苛性ソーダ水の洗浄液を使用し、70度程度まで温度をあげて洗浄します」
ラベルは一度で洗浄できる場合もあれば、落ちきらない場合もあります。そういった場合には再度洗瓶機に入れて洗浄し直します。
洗浄水は不純物を取り除き、消毒を行った伏見の地下水を使用しています。
貴大さん「伏見の酒蔵が使用している水と同じです。洗瓶には大量の水を使うため、水道水を使用しているとコスト的に厳しい部分がありますね」
紙ラベルはリサイクルに回されますが、プラスチックと混合されているものは廃棄するしかありません。近年はラベルデザインに凝った銘柄も多く、リユース自体が難しい一升瓶も少なくないといいます。
貴大さん「こういう仕事をしていると、ラベルが落ちやすいかどうかも日本酒の好みに関わってきます(笑)。回り回って、自分たちの仕事に返ってきますからね」
洗浄した一升瓶は目視による最終チェックがおこなわれます。人の目を通した確認が多いことに驚くと同時に、洗瓶作業は職人技であることに気が付かされます。
一升瓶とともに届けられたP箱も洗浄されます。作業としては、洗瓶以上の手間がかかると話す貴大さん。
「宅配便などで使用される伝票などをP箱から剥がす作業が大変です。とはいえ、最近はシールを剥がしやすい仕様になりつつありますね」
洗浄された一升瓶とP箱は最終的に一緒になり、次の酒蔵での使用を待ちます。
回収率の下がるリユース瓶と、背景にある課題
近年、リユース瓶の回収を行う専門店が減少していることが酒類業界に大きな影響を与えています。かつては1,000社以上あった酒販店の数も減り、酒販免許を持つ量販店にその役割を移しつつあります。一升瓶の回収については、量販店それぞれで取り組みに対する熱量が異なるといいます。
国が規定する容器包装リサイクル法第18条における「自主回収認定基準」は”概ね90%”と設定されており、18条認定を受けた事業者は新瓶の購入委託金が免除されます。一升瓶の回収率は長年、この基準を下回っていますが、現時点では適用対象外となっていません。しかし今後のことを見据えると、回収率の回復は必要であると吉川康彦さんは話します。回収率が下がると業界全体としての経済的負担が大きくなるため、回収率の維持とリユース瓶の使用が重要となるのです。
「リユース瓶の回収は地域でおこなう方が効率的ですが、リユース瓶の一大消費地は東京です。一方、京都や灘、九州など西日本は日本酒や焼酎の生産地が集まっています。そのため、東京で生まれたリユース瓶の一部を西日本で洗浄するという流れがあります」
普通酒で使用される紙パックは6層包装になっており、リサイクルが難しい素材も多いうえ、森林資源を直接使用するため、環境負荷も大きくなります。
「森林の伐採が一番怖いですね。紙容器はプラスチックなどと比べてCO2の発生は大きくありませんが、生物の多様性という面ではしっかり管理すべきだと思います」
さらに、日本国内ではペットボトル容器の使用量が多く、ガラス瓶の消費は年々減少しています。この背景には瓶の重量的負担のほかにも、欧州などと比べて、日本の制度では軽量なペットボトルのリサイクルが制度上、コスト面で有利になっていることが挙げられると吉川さんは指摘します。
「プラスチックもペットボトルも、手軽でいい容器です。過去にこれらの素材をリユースできないか調査したのですが、薬や農薬を入れると吸着してしまい除去しきれないことが明らかになりました。香りの強い飲料をペットボトルに入れるとその香りが残ってしまうのはイメージできますよね。しかし、ガラス瓶は吸着が発生しない。何が入っても洗い流せる素材はガラスだけであり、リユースには瓶しかないと私は考えています」
地域性を活かすことでリユース文化を浸透させる
ドイツでは個人あたりのガラス消費量が日本の5〜6倍もあるうえリユース率も高く、これには地域経済圏の形成や、ローカルビールの存在が関係しているといいます。
「リユース瓶は地域密着型との相性が良いのです。たとえば地域単位での食品宅配サービスでは、瓶を使った商品の空き瓶回収を行うなど、リユース瓶の使用に積極的になっています。地域性を活かすことによる、回収率や効率の向上には期待しています」
「地域密着型」の実践として、吉川商店では近年、京都府内の量り売り専門店で使用される容器や、イベント等で飲料の提供に使用するリユースカップの回収・洗浄も手掛けはじめました。
今回の取材を通じて、一升瓶のリユースは環境負荷を抑えると同時に、地域や業界を支える重要な仕組みであることが見えてきました。
ガラス瓶ならではの強みを活かし、洗浄・再利用によって循環を生み出す吉川商店の取り組みは、持続可能な酒文化の継承に欠かせません。飲み終えた一升瓶を返却する小さな行動が、未来の酒文化を支える力となるのです。
美味しいお酒を楽しむその裏側で、一升瓶が何度も生まれ変わっていることを知れば、一杯を味わう時間がいっそう豊かになるはず。これからはお酒だけでなく、それを包む容器、そしてそれを支える人たちにも目を向けてみてはいかがでしょうか。
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