
2025.12
02
「完全発酵」って知ってる?日本酒通が認める“辛口”を生む技術を徹底解説
発酵とは、微生物の働きによって、食物が人間にとって有益に変化することをいいます。日本酒造りにおける発酵は、麹菌や酵母が作用し、糖やアルコールが生成されるほか、香りや味わいにも大きな影響を与えています。
そんな日本酒の発酵について、「完全発酵」という考え方があるのはご存知でしょうか。今回の記事では、完全発酵とは何か、完全発酵の日本酒の特徴や醸造のポイントを考えました。
完全発酵とは
まずは日本酒造りの基本的な発酵について、みていきましょう。
日本酒の原料である米には、アルコール発酵に必要なブドウ糖が含まれていません。そのため、まずは麹菌の働きで、米のデンプンをブドウ糖に分解する必要があります。そのブドウ糖を、酵母が分解することでアルコールと炭酸ガスを生成します。このように同じタンクの中で米麹による「糖化」と酵母による「アルコール発酵」が並行しておこなわれるため、日本酒の発酵方法は「並行複発酵」と呼ばれています。
並行複発酵について詳しい記事はこちら
完全発酵の定義
日本酒造りでは多くの場合、醪(もろみ)中に糖分が残り、酵母が生きている状態でお酒を搾る「上槽」の工程に移ります。これに対し完全発酵とは、酵母が分解できない糖分(非発酵性糖分)以外の糖をほぼ完全に分解するまでアルコール発酵を最大限に進めることを表します。
ここで注意したいのが、完全発酵とは「醪中に糖分がなくなること」ではないということです。日本酒の並行複発酵では、麹菌による糖化と並行して酵母によるアルコール発酵がおこなわれますが、十分に糖化が進まなかった場合、醪中に糖がなくなり、発酵が停止しても、一部の米が溶けずに残ってしまいます。この場合、搾った後の酒粕の中には、まだ糖になることのできるデンプンが残った状態となります。
米やデンプンといった糖の原料がほぼない状態まで発酵させることができれば、酒粕も少なくなり、米やデンプン、糖は酒粕の中にほとんど残存しません。これを理想的な状態と捉えると、完全発酵とは「米や糖など発酵の原料が極力残っていない状態になること」であるといえます。
完全発酵の日本酒の特徴
完全発酵の日本酒の特徴として、アルコール度数が高く、日本酒度(※1)の高いお酒になることが挙げられます。酵母が活発に働き、ブドウ糖を分解すると、必然的にアルコールの生成量も増えていきます。また、酵母がブドウ糖を分解し切っているため、日本酒度が高く、いわゆる辛口の酒になります。
※1 日本酒度:日本酒の甘さ/辛さの目安として使われる数値。比重を測定することで、アルコール発酵の進み具合、糖分の消化具合が数値化されている。
日本酒度ついて詳しい記事はこちら
アミノ酸度が高く、旨味がしっかりした味わいもひとつの特徴と言えます。完全発酵の日本酒造りでは、米を溶かしきるために高い糖化力を持つ麹を使用します。アミノ酸度が高くなるのは、でんぷん分解酵素と一緒にタンパク質分解酵素が分泌され、タンパク質が分解されることでアミノ酸が生成されるためです。また、発酵の末期で酵母が死滅することで放出されるアミノ酸もあります。この時、一緒に硫黄化合物なども放出されるため、複雑な香りのお酒になりやすいとされています。
ここまで見たように完全発酵のお酒はアミノ酸が多く、糖分が極端に少ない状態になるため、銘柄によっては塩味のような味わいをほのかに感じるものもあります。
完全発酵の日本酒を造る技術とは
旨味やふくよかさがありながら、キレがよい味わいが魅力の完全発酵の日本酒。
では、完全発酵させるためには、どのような点に注意が必要なのでしょうか。
米を溶かしきる麹を使う
米や糖など発酵の原料が極力残っていない状態にするには、麹がデンプンをしっかりと分解し、ブドウ糖にしなければいけません。そのためには、麹の酵素が最後まで働き続ける必要があります。
完全発酵を目指す場合、米麹は、デンプンを分解する酵素であるαアミラーゼが豊富で米をよく溶かす力強いもの使う必要があり、菌糸が蒸米全体を覆っている総破精(そうはぜ)麹を使うのが望ましいとされています。また、麹は酵母の増殖に必要なビタミンなどの栄養源でもあるため、麹歩合(※2)を大きくすることで発酵が旺盛になります。
※2 麹歩合:酒母から留添までの、総米重量に対する麹米の合計重量の割合のこと。
アルコール耐性の高い酵母を育てる
完全発酵をするとアルコール度数が高くなるため、高アルコール耐性酵母を使用する必要があります。
華やかな香りを生む高エステル生成酵母などの発酵力が比較的弱い酵母は、アルコール16度台後半から発酵停止が見られ、18度に達すると高濃度のアルコールに耐えられず死滅してしまいます。この場合、十分に醪中の糖分を分解させることができないため、完全発酵は難しくなります。対して、高アルコール耐性の酵母を使えば、アルコールにより死滅することなく、最後まで糖を分解させることができます。
広く頒布されている酵母では、きょうかい酵母7号や9号、11号が発酵力が高く、完全発酵の酒造りに向いているといえます。
また、酒母製法は生酛や山廃(生酛系酒母)が良いとされています。乳酸菌を増殖させ、その乳酸菌の生成する乳酸によって雑菌の汚染を防いでいる生酛造りでは、市販の醸造用乳酸を添加する速醸酛よりもさまざまな微生物が関与します。そのため、より強靭な細胞壁をもち、30℃以上の高温下でも生存率が高く、高いアルコール耐性をもつ酵母が育つとされています。
発酵に最適な状態で醪を管理する
一般的な酒造りでは、目指す酒質の実現のため、通常、醪の最高温度を普通酒などで15℃前後、特定名称酒では10〜12℃ほどに調整して糖化と発酵のバランスを調整します。しかし、完全発酵を目指す場合は、デンプンや糖分の残量を極力少なくすることが目的となります。温度が低すぎれば、酵母の増殖は進まず、糖分を消費させきることができません。逆に、温度が高すぎると、今度は発酵の速度に麹菌の分解速度が追いつかず、デンプンが残ったまま、酵母は栄養不足で休眠状態になった後、死滅してしまいます。
糖化とアルコール発酵が同じ速度で進むように温度管理をすれば、原理的には完全発酵のお酒を造ることが可能ですが、そのコントロールは大変難しいといえます。一概には言えませんが、三段仕込みの三段目にあたる留添の仕込みの後にやや高めの温度で発酵を進めると、醪は前半で勢いよく糖化・発酵が進みます。その後、醪の後半では温度を下げて発酵を進めることで、酒粕が少なく、デンプンや糖分の残量が少ない酒になります。
また、留添の後に仕込み水を添加する「追い水」も重要です。たとえ高アルコール耐性酵母でも、アルコール度数が20度を超えると死んでしまいます。そのため、酵母を死滅させないために、適切なタイミングで追水をして、アルコール度数を下げる必要があります。しかし、ここで水を加え過ぎてしまうと、味の薄いお酒になってしまいかねないため、水の量も見極める必要があります。
追水について詳しい記事はこちら
酵素剤で糖化力を補う
現代的な完全発酵では、強い麹を使う代わりに酵素剤を補助的に使う方法もあります。例えば、月桂冠が特許を取得している「糖質スーパーダイジェスト製法」では、通常は分解されづらく、醪中に残ってしまう分岐オリゴ糖を、αグルコシダーゼを添加することで分解し、酵母が消費できる状態にしています。このような技術を活用し、糖質ゼロの清酒を造ることが可能となります。
完全発酵の日本酒にはどんなものがある?
普段はあまり意識することがない完全発酵の日本酒ですが、積極的に取り組んでいる酒蔵もあります。
- 有機米純米酒 和の月80生酛原酒(月の井酒造店・茨城県)
生酛造りの第一人者である石川達也杜氏が率いる月の井酒造店(茨城県)の生酛原酒。アルコール度数は20度。玄米に近い精米歩合80%の有機米を使用し、旨味と味わいの膨らみが感じられるお酒です。
- 上喜元 純米吟醸 超辛(酒田酒造・山口県)
酒米の特徴を最大限活かした酒造りを続ける酒田酒造(山形県)の超辛口純米吟醸酒。極限まで甘味を削り発酵させた超辛口のお酒。キレの良い味わいで、海鮮系の食事との相性も抜群です。
- 生酛のどぶ(久保本家酒造・奈良県)
日本発祥の地とされる奈良県の大宇陀(おおうだ)に300年以上前から酒蔵を構える、久保本家酒造の人気商品「生酛のどぶ」。完全発酵で醸した生酛純米のどぶろくで、日本酒度は+14度と高め。コクがありながら辛口で、キレの良い爽快感が特徴です。
まとめ
完全発酵を目指し、米や糖など発酵の原料が極力残っていない状態にするためには、米や麹、酵母の種類から温度管理まで、すべての工程において、選択と管理が必要になります。微生物の働きを制御するのは難しく、技術が発展した今日においても、完全発酵のお酒を造るのは簡単なことではありません。
しかし、その旨味がありながらキレがよい酒質は、多くの愛酒家を魅了しています。日本酒の味わいが多様化する今日、完全発酵の日本酒がさらに評価され、日本酒造りの指針のひとつとなる日も遠くないかもしれません。
参考資料
- 公益財団法人日本醸造協会編『最新酒造講本』(日本醸造協会, 2007)
- 犬童雅栄, 堤浩子「「糖質ゼロ」清酒の開発」(日本生物工学会和文誌, 第87巻 9号, 2009)
- 賀茂鶴酒造株式会社「会いに行ってもいいですか? 石川達也さん」(閲覧日:2025年9月7日)
- 株式会社久保本家酒造「久保本家酒造の酒造り」(閲覧日:2025年9月7日)
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