いまアメリカで最もクールな日本酒!“生酒”ファン急増の軌跡をたどる

2025.12

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いまアメリカで最もクールな日本酒!“生酒”ファン急増の軌跡をたどる

KJ Sakura  |  アメリカでSAKEを飲む

フレッシュな味わいが楽しめる日本酒の“生酒”。近年は、海外にも広がり、人気を集めています。

生酒は要冷蔵であり、その保管の難しさからかつては日本国内でも地元でしか消費されないものでした。国内でのコールドチェーン(冷蔵流通)が高度に発達したいまでこそ全国流通が可能になっていますが、海外への輸出ともなるとさらなるハードルが立ちはだかります。

海外の日本酒ファンはいつから生酒を飲み、好むようになったのでしょうか? この記事では、日本国外初の日本酒(SAKE)専門店「True Sake」の創業者であるボー・ティムケン氏と同店のスタッフに、アメリカにおける生酒人気の歴史と現在の状況について話を聞きました。

日本酒が「寿司のおまけ」だったころの流通事情

1990年代後半のアメリカで、日本から送られる日本酒の需要のほとんどは、ニューヨークの日本食レストランに集中していました。つまり、ステーキハウスなど現地の一般的なレストランでは当然メニューに載ることがなかったのです。そうして2000年代初頭、True Sakeは日本国外初の日本酒専門店としてサンフランシスコに誕生します。

「True Sakeは、需要が小売店に届く最初のパイプラインになりました」 と話すのは、同店創業者のボー・ティムケン。それは、 特定名称のついた良質な日本酒が利益を生むことに、アメリカ市場が気づきはじめたタイミングでもありました。

しかし、当時のアメリカでの日本酒需要は、高級酒か、安価な普通酒の二択。現在、流通の大きな層を支えている中価格帯の商品に対するニーズはまだ存在せず、まずは日本酒を安定した状態でアメリカへ届けることが必要でした。

「初めて発注をかけたとき届いたのは、4年も前の大吟醸6ケースでした。もちろん返品したら電話がかかってきて、『日本酒を返品する人なんていない』と言ってくる。『誰かの人生で初めて飲む日本酒があなたの4年物の大吟醸だったら、その瞬間にお客さんを失うことになる』と説明しました」

当時のインポーターは日本酒が劣化しやすいことを知らなかったのか、あるいはただ気づいていなかったのか、日本酒は常温のコンテナで運ばれるのが一般的でした。生酒の市場はまだ存在せず、二度火入れ(※)された商品がほとんどでしたが、中には品質の落ちたものも多かったといいます。

しかし、こうしてボーが返品をしたことで、少しずつ風向きが変わり始めました。アメリカの流通業者たちは、日本酒は生鮮食品のように扱う必要があることに気づき、限られた量をフレッシュローテーションで販売する方向へとシフトしていきます。

並行して、日本食──特に高級寿司が人気を集めるにつれ、アメリカ市場にも次第に生酒への需要が生まれていきました。

「寿司こそ“王様”で、日本酒は寿司に従属する存在でした。寿司が敷いてくれたレッドカーペットの上を、日本酒は歩かせてもらっていたんです」

※火入れ:加熱殺菌。一般的な日本酒は2回火入れされている。

輸入と流通の常識を変えたJPSI

ボーによれば、地酒蔵の生酒をアメリカに持ち込んだのは、日本名門酒会インターナショナル、通称「JPSI(Japan Prestige Sake International)」が初めてだったといいます。

日本名門酒会は株式会社岡永が1975年に立ち上げた流通・啓蒙活動をおこなう組織で、全国約120の酒蔵の商品を扱っています。その輸出事業を担うJPSIは、アメリカで初めて日本酒の輸入・流通に特化した企業であると同時に、日本酒流通の黎明期に生酒を冷蔵コンテナで輸送することに挑戦した会社でもありました。副社長を務めた故・山崎和英氏は「日本酒は生鮮品と同様に扱うべきだ」という考えを強く推し進めていたといいます。

初期に輸入された生酒は、一ノ蔵の純米生酒や奥の松の「純米大吟醸FN」などだったとボーは記憶しています。安定したコールドチェーンによって生酒を安全にアメリカへ届けられるようになるやいなや、非日系のインポーターも生酒に着目しはじめました。その中でも、クリス・ピアースが1998年に設立したWorld Sake Imports(WSI)、ニック・ラムコウスキーとエド・レールマンが創業したVine Connectionsは、生か火入れかにかかわらず、冷蔵状態での商品管理を徹底するようになりました。

この国で日本酒の冷蔵流通が始まると、そこからは競争です。誰が最も効率的に日本酒を届けられるかが、勝敗の分かれ目になりました。

True Sakeが位置するカリフォルニア州で流通する日本酒は、ロサンゼルス港やオークランド港に到着し、そこからトラックで近隣都市へ運ばれます。ニューヨーク向けの場合は、冷蔵トラックや鉄道で大陸横断するか、パナマ運河を通って東海岸へ回すという二つのルートがありました。

「次第に日本酒のフレッシュさが飲み手や売り手にとっての議論の的になりました。いかにフレッシュな酒を整った環境で届けるかがインポーターの差別化のポイントになり、やがて『誰が最速でアメリカに酒を届けるか』というレースになっていきました

この競争心の芽生えは、日本酒の品質に対する責任感にもつながっていきました。生酒需要の発達により、徹底的に冷蔵管理をされた日本酒を求める需要が高まり、今日のアメリカへの日本酒輸出を支えるコールドチェーンの基盤が築かれていったのです。

生酒はいま最も“クール”な日本酒

True Sakeがアメリカ市場へ貢献したことのひとつに、季節限定酒というカルチャーを根付かせたことが挙げられます。その多くは生酒であり、それぞれのシーズンにしか飲めない特別感が多くのファンを惹きつけました。

かつては、二度火入れの酒でさえ冷やして飲むという考えを定着させるのに苦労していました。私はそれを“ホットサケ・ブルース”と呼んでいたんです──熱燗はみんなにとって安全牌だったということ。ところが、生酒がそのパラダイムを一気に吹き飛ばしてくれました」

True Sakeを含むアメリカ日本酒業界の努力により、冷酒が受け入れられただけでなく、いまや生酒がヒットするまでになりました。これにともない、近年は、温度帯を変えて日本酒を楽しむ文化も徐々に広まってきています。幅広い温度帯で楽しめるということは、食事とのペアリングや提供スタイルに多くの選択肢をもたらすということ。この柔軟性こそが、数多ある酒類の中での日本酒の強みだといえます。

生酒の人気と需要が着実に高まっているアメリカ。True Sake のゼネラルマネージャーであり、同店が主催する日本酒イベント「SAKE DAY SF」のディレクターでもあるメイ・ホは、13年間のキャリアの中でその変化を目の当たりにしてきました。

「私が働き始めたころは、季節限定酒が入ってくるのは春と秋くらいでした。春は生酒が4銘柄、秋はひやおろし6〜8銘柄、夏は数種類、冬は一つあるかないか。いまとなっては、春から秋のあいだに、20種類を超える生酒が届きます。完全に別世界になりましたね」

生酒の強みは、リピーターを生み出すということでしょう。日本酒ビギナーは新しいカテゴリを学ぶ楽しさに、愛飲家はシーズンごとの違いに、それぞれ惹きつけられるのです。

「フレッシュなものって、みんなワクワクするんですよね」 とメイは話します。「季節限定で、すぐに売り切れてしまうかもしれない特別感もある。それに、 生酒の味わいは本当にダイナミックで、経験者にも初心者にも美味しいと感じられる懐の深さがあります

メイいわく、生酒は同店の年間売上の10〜12%ほどを占めるそうです。「全体の中でいちばん売上が大きいわけではないですが、成長し続けているうえに熱狂的なファンが多い、伸びしろのあるカテゴリーです

コールドチェーンへの不安と現実

一方で、生酒は同時に多くの不安の種も生み出しています。特に、ワインをメインの商材とする流通業者にとって、冷蔵コンテナ(リーファー)や港から倉庫までのコールドチェーン輸送などは未知の領域です。また、日本の酒蔵からアメリカの最終目的地に届くまで3〜5カ月かかることも懸念の要因となっています。

True Sakeのアシスタントマネージャーで、インターナショナル・セールスを担当するクリス・カブレラは、「アメリカの中でも、カリフォルニアがある西海岸は、フレッシュな生酒を受け取るのに有利な立地」と分析します。

True Sakeがあるサンフランシスコ湾岸地域の生酒は、日本からの直通ルートでオークランド港に入ってきます。フリーモントやヘイワードのような近隣都市には多くのディストリビューターの拠点があり、港に着いた商品を直送できます」

近年は、火入れの日本酒しか扱わない酒蔵からも、冷蔵コンテナ・冷蔵トラック・温度管理された倉庫などが整備されたコールドチェーンを使うことが期待されています。問題となるのは、そのコストです

「コールドチェーンの維持にはお金がかかるので、いまだに常温で届けられる商品もあります。国内の大手インポーターやディストリビューターは、日本酒を冷蔵では取り扱いません。しかし、日系の企業は日本酒の温度変化に知識があるので、基本的にすべて冷蔵で扱います。さらに、最近ではワイン系の業者の中から、日本酒のために本格的なコールドチェーンの整備に投資するところも出てきています

クリスによれば、日本の蔵元の中にはアメリカ現地まで来たことがなく、3Tier制度(※)をはじめとするアメリカ独自の流通構造を知らない人も多く存在します。市場の具体的なイメージがなく、「なぜアメリカで生酒が求められるのか?」と疑問に思う担当者も少なくありません。

※3Tier制度(Three-Tier System):アメリカの酒類流通にとって、輸入、卸売、小売の3業態を別法人とし、役割を明確に分ける制度。

特に、瓶詰め直後の生酒の味わいは衝撃的です。生きた酵素が生むいきいきとしたテクスチャと圧倒的なフレッシュさは、忘れられない体験になります。

True Sake のソーシャルメディアマネージャーであるケリー・ジョー・リッツォは、日本とアメリカでの飲酒体験をこう振り返ります。

「日本に行くまでは、生酒はパン生地やイースト、ブリオッシュのような熟成した香りが含まれているものだと思っていました。ところが、日本で飲んだ日本酒からはこの香りがしなかったんです。これらの香りはたとえ冷蔵輸送であっても輸送中に発生してしまうものなんですが、アメリカの生酒ファンの間では“生酒らしさ”として受け入れられ、むしろ好まれているように感じます」

アメリカの生酒流通の未来

アメリカで生酒の人気が高まり続ける中、当地で手に入る味わいはますます多様化しています。

True Sake のシニアセールス、ゾーイ・スーは、「酵母由来の香り、フルーティーさ、旨みこそが生酒の魅力。私はいつも、ナチュラルワイン好きや日本酒初心者に強くおすすめしています」と、その複雑さを評価します。

クリスは、「近年は、ワインのようにフルーティで、酸味が強く、軽い発泡感を持つ一度火入れのスタイルが増えてきている」と指摘します。

「昔のような、味がしっかりしてインパクトがある生酒だけの時代ではありません。ひと口に生酒といってもいろいろなタイプがあるので、お客さんにはどんな味わいが好きか必ず聞くようにしています」

さらにケリー・ジョーは、サンフランシスコのSequoia SakeオークランドのDen Sake Breweryといった地元生まれの酒蔵が生み出すフレッシュな地産生酒も重要な選択肢として付け加えます。

「日系の大手酒蔵も、これまでより思い切って生酒の瓶詰めに挑戦しています。バークレーの Takara Sake USAでは、期間限定であらばしりを瓶詰めし、タップルームでグラス販売をしています。長年のファンが喜ぶのはもちろん、ローカルでフレッシュな生酒を求める若い飲み手も魅了しています」

かつて熱狂的なファンだけに消費されていた生酒は、一躍スポットライトを浴びる存在になったと、メイは話します。

「特定の生酒ブランドには、カルト的人気とも言える熱狂的なファンがいます。以前はニッチなポジションだったのが、いまでは誰もが探し求める存在になりました。すごくクールなことだと思います。

今後は、うすにごりやスパークリング、生酛造りやユニークな米品種を使った複合的な生酒スタイルもアメリカ市場に出てくると思います。フレッシュさと新しい体験を求める飲み手が増えているので、生酒市場はさらに伸びるはずです」

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